50nm台の波長分解能と±1°の指向性を実現 より高度な温度センサーや位置センサー実現へ
2019-08-26 物質・材料研究機構,科学技術振興機構
- NIMSは物質の熱ふく射注1)を波長分解し、かつ、飛来する方向を絞って検出できる多波長型(分光型注2))の赤外線センサーを開発しました。このセンサーは50nmの波長分解能と±1°の指向性注3)を持ち、これにより、熱ふく射の波長分布やその温度変化が未知の物体であっても、非接触で真温度を計測でき、その物体の状態を判別するセンサーへの応用が期待されます。また、精度の高い位置センサーやガスセンサーなどへの応用も期待できます。
- 地上の全ての物体は熱ふく射として電磁波を放出しており、物体を構成する材料の種類や状態に応じて異なる波長分布の電磁波を放出しています。しかし、既存のサーモグラフィー注4)や赤外線カメラには、電磁波を波長分別する能力が無く、広い波長範囲の総和としてしか計測されません。そのため、あらかじめ波長分布が分かっている人体などは比較的正確に温度が求められますが、熱ふく射の波長分布が分からないコーティング材料や、分布が温度と共に変化するような半導体材料などの温度計測では、大きな誤差が生じ問題となっていました。
- 本研究グループは、1cm×1cmのシリコンチップ上に、それぞれ異なる波長に応答する赤外線素子を4つ搭載した、分光型のオンチップ赤外線センサーを開発しました。一つ一つの素子は、特定の波長の電磁波だけを熱に変える表面構造を持ち、発生した熱を焦電体注5)で電気信号に変換します。具体的には、極微小な隆起構造を周期的に配置し、その隆起構造の周期を調整することで吸収する波長を調整することができ、かつ垂直に入射した波長のみを吸収します。さらに隆起構造のサイズと高さを精密に調整することで、高い感度と指向性、そして世界最高クラスの波長分解能を実現することに成功しました。本研究では、中赤外帯域(3.5µm~3.9µm)の4つの波長に対して50nm台の波長分解能で応答し、かつ指向性も±1°となるように4つの素子を製作して並べることで、世界初の高い波長分解能と指向性とを同時に持つ、多波長オンチップセンサーを実現しました。
- 今回の成果を応用することで、温度などの状態や物体の材質に関する情報を非接触で「見る」ことができ、真温度計測、工場ラインの品質状態管理、住宅やオフィスのひと見守りセンサー、車載環境センサーなど、高度な認知能力を持つセンサーシステムの開発につながることが期待されます。
- 本研究は、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 長尾 忠昭 グループリーダーらの研究グループによって行われました。本研究成果は、2019年8月26日に「Advanced Science」誌のオンライン速報版で公開されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「エネルギー高効率利用のための相界面科学」研究領域における研究課題「セラミックスヘテロ層における界面電磁場制御と熱エネルギー利用」(研究代表者:長尾 忠昭)による研究支援のもとで行われました。
<研究の背景>
熱ふく射や赤外線の吸収スペクトルには物質の状態や性質に関する情報が含まれています。近年、熱ふく射の強度を測定することで、温度を非接触で求める放射温度計やサーモグラフィーが多方面で利用されています。また、熱ふく射を分光しながら認識できるサーモグラフィーが実現すれば、より高度な温度計測や材質・状態の認識を可能にするセンサーやカメラ、また、複数のガスを識別できるセンサーやカメラの実現が可能になると期待されています。しかし、赤外線分光器には、マイケルソン干渉計などの大きな光学系が必要であり、波長分解能の高いオンチップの分光型赤外線センサーはいまだに実現していません。
<研究内容と成果>
今回、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の長尾 忠昭 グループリーダーらの研究グループでは、分光型のオンチップマイクロ赤外線センサーを実現し、高い波長分解能と指向性を持たせることに成功しました。今回開発したセンサーは、極微小な隆起構造を周期的に配置した表面構造を持ち、電磁波が垂直入射すると、ちょうど表面と平行方向に回折波が生じるような周期を持っています。一方で、金属表面には固有の電荷密度の振動が存在するため、金属格子の表面を進む電磁波は、その電荷振動の波と混成しながら減衰して伝搬し、最終的には完全に消失します。このメカニズムのため、垂直入射方向に入射した電磁波だけが完全に吸収されて熱を生じることになります。吸収される電磁波(熱ふく射)は、周期構造で決まる特定の波長(エネルギー)でのみ励起されるため、非常に狭い波長と角度の範囲で吸収を生じさせることができます。これまで提案されていた素子は、孤立した金属ナノ構造への電磁波閉じ込めによる定在波の発生を利用していましたが、波長分解能と指向性が低いという欠点がありました。今回、ウッズの異常回折(Wood’s Anomaly)や表面波共鳴(Surface Resonance)と呼ばれる回折現象を利用することで、飛躍的に性能を高めることができました。前者は表面プラズモンの発見の契機の1つにもなった現象であり、後者は薄膜成長のモニタリングに使用する電子線回折パターンの明るさ向上のために利用される現象です。本研究ではこのような、表面平行方向への電磁波の回折効果に着目し、最適な条件を精査することで、従来の分解能から2桁近く高い波長分解能と角度分解能の向上に成功しました。
<今後の展開>
今後は、熱検知材料の高感度化と素子の断熱性能を高めることで、センサーのさらなる性能向上が進み実用化が期待されます。それにより、放射率が未知であっても物体の真温度を計測できるセンサーや、対象物の状態や加工した製品の欠陥などを判別できるセンサー、車載の環境センサーや、高精度な位置センサー、オフィスや住宅でのモーションセンサーなど、広範な応用が期待されます。
<参考図>
図1 今回製作した4波長赤外線センサー
(左)4波長センサー全体の光学顕微鏡写真。
(中)1波長分の素子の中の電磁波吸収構造の光学顕微鏡写真。
(右)さらに拡大した走査電子顕微鏡写真。
図2 中赤外帯域で50nm台の波長分解能と高い指向性±1°を持つ4波長タイプの分光型赤外線センサー
(a)特定波長の電磁波・赤外線のみを完全に吸収し熱へと変換する表面構造。
(b)4波長型のオンチップ分光型センサーの模式図。
(c)1波長分の素子の光学スぺクトル(計算)。
(d)光熱変換スペクトル(計算)。
(e)~(g)電磁波の回折により生じる電場の分布と、発生するジュール熱の分布の様子(シミュレーション)。
<用語解説>
- 注1)熱ふく射
- 物質の温度に応じて放射される電磁波のこと。赤外線、遠赤外線の波長帯域の波長を持つ。波長の長い光の一種として考えることもできる。
- 注2)分光型
- 光や電磁波を波長ごとに分解(分光)し、各波長の強度の分布を得る計測の方式のこと。
- 注3)指向性
- 光や電磁波などが空間中に出力されるときに、その波の伝わる強さが、方向によって異なること。受信装置やセンサーの場合は、ある特定方向からの光や電磁波を選択して受信できる性能のことをいう。
- 注4)サーモグラフィー
- 物体から放射される赤外線を測定し、空間的な熱分布を図として表した画像、またそれを行う装置。
- 注5)焦電体
- 熱ふく射のようなわずかな熱エネルギーの変化を受けて分極変化を生じる材料。電気的に分極しているセラミックスに赤外線が照射されると、格子ひずみなどで分極構造が瞬間的に変化し、セラミックスの表面に吸い付けられていたイオンが出入りし、電荷あるいは電圧を発生する。
<論文タイトル>
- “An On-Chip Quad-Wavelength Pyroelectric Sensor for Spectroscopic Infrared Sensing”
- DOI:10.1002/advs.201900579
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
長尾 忠昭(ナガオ タダアキ)
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 MANA主任研究者/グループリーダー
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
<報道担当>
物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室
科学技術振興機構 広報課