半導体量子ドット中の電子とテラヘルツ電磁波との強結合状態の実現に成功 ~量子情報処理技術への応用に期待~

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2024-02-13 東京大学 生産技術研究所

○発表のポイント:
◆半導体量子ドットと呼ばれる電子の個数が制御可能なナノ構造を導入することで、たった数個の電子とテラヘルツ電磁波とのハイブリッドな量子状態を生成・観測した。
◆テラヘルツ電磁波と電子の両方を半導体ナノ構造中に閉じ込めることにより、非常に強く相互作用させ、光と電子の両方の性質を併せ持ったハイブリッドな量子状態を実現した。
◆ハイブリッドな量子状態を用いることにより、電子が持つ量子情報を、テラヘルツ電磁波を介して遠方に運ぶことができるため、半導体量子ビット間の集積回路基板上での量子情報の伝送や、そのような技術をさらに発展させて、大規模固体量子コンピュータへの応用が期待される。

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テラヘルツ光共振器と量子ドットを集積化した試料の概念図

○概要:
東京大学 生産技術研究所の黒山 和幸 助教、平川 一彦 教授らによる研究グループおよび、同大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構の荒川 泰彦 特任教授、權 晋寛 特任准教授らによる研究グループは、スプリットリング共振器(注1)と呼ばれるテラヘルツ帯域に共鳴周波数を持つ半導体基板上に作製した光共振器と半導体量子ドット(注2)中に閉じ込めた電子を強く相互作用させ、光と電子の両方の性質を持つハイブリッドな量子結合状態を生成することに成功しました。
本研究では、GaAs(ヒ化ガリウム)半導体量子ドットの中に閉じ込められた電子と半導体基板上に作製されたテラヘルツ光共振器との間の強結合状態を、量子ドットを流れる電流を測定することによって観測しました。先行研究では、GaAs半導体中の多数の2次元電子(注3)集団とテラヘルツ光共振器の間で強結合状態が実現することが知られていました。しかし、量子情報処理技術などへの応用を見据えると、電子集団ではなく、単一の電子と光共振器との強結合状態の実現が望まれています。本研究では、GaAs 2次元電子系上に半導体量子ドットを形成することで、半導体量子ドットの中の電子数を数個程度に制御したうえで、電子とテラヘルツ光共振器との強結合状態の観測に成功しました。この研究成果は、光と物質の結合状態に関する物理の解明に大きく貢献するだけでなく、半導体量子ドットを基盤とした固体量子コンピュータの大規模化に繋がる可能性を秘めています。それにより、従来よりもはるかに高速な情報処理技術や、高温超伝導物質の探索、高機能な化学材料の開発などにつながると期待されます。

○発表内容:
本研究チームは、半導体量子ドット内に局在した電子とスプリットリング共振器との結合状態を、量子ドットを経由して流れるテラヘルツ電磁波によって誘起された電流を測定することによって電気的に読み出すことに成功しました。図1(a)に実際に測定した試料構造を示します。黄色い四角形で示された金属の構造が、GaAs半導体基板の上に作製したスプリットリング共振器で、そのギャップ構造の近傍に量子ドットを形成するための2本のサイドゲート電極が作製されています。GaAs半導体基板には、表面からおよそ100ナノメートル下に2次元電子が蓄積したヘテロ接合(注3)基板を用いています。サイドゲート電極とテラヘルツ共振器には電圧がかけられるようになっており、それらの電極に負電圧を印加することで、電極直下の2次元電子を空乏化し、図1(a)の赤い領域に電子の閉じ込めポテンシャル(量子ドット)を形成する設計になっています。

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図1:試料構造とスプリットリング共振器の光学特性
(a)作製した半導体試料の電極構造。上部にある黄色い正方形の電極は、テラヘルツ帯域のスプリットリング共振器として機能する。共振器の下側にある2本のサイドゲート電極とスプリットリング共振器に負電圧を印加し、表面から100ナノメートル下にある2次元電子層に量子ドットを形成する(図中赤い丸の領域)。(b)共鳴励起されたスプリットリング共振器周辺の電場分布のシミュレーション結果。共振器のギャップ、および、量子ドットの形成される領域(図中右上の挿入図)など、赤や白などの明るい色で示された領域においてテラヘルツ電場が増強している。


この共振器構造に対して外部からテラヘルツ電磁波を照射して共鳴励起(注1)させると、共振器のギャップにおいて、非常に強い電場の閉じ込めが起こります(図1(b)中の橙色の矢印)。さらに、スプリットリング共振器と量子ドットの微細電極の間には、さらに強い電場の増強が得られます。また、量子ドットの中では、量子化した電子の軌道が形成されています。この電子軌道のエネルギー間隔は、量子ドットに磁場を印加することによって、その大きさを調整することができます。したがって、特に、電子軌道のエネルギー間隔がテラヘルツ光共振器の共鳴エネルギーと一致する場合には、量子ドットに閉じ込められた電子は、サイドゲート電極の近傍で発生した強いテラヘルツ電場を感じて、量子ドットの中の軌道間で共鳴励起されます。
この量子ドット-スプリットリング共振器結合系試料を、ヘリウム3冷凍機で冷却した上でテラヘルツ電磁波を照射し、量子ドットにおける電流変化(以下、光電流)を入射周波数と印加磁場の大きさに関して測定しました(図2)。図中の白い矢印で示した入射周波数0.9 テラヘルツ(1テラヘルツ=1012ヘルツ)近傍の信号が、スプリットリング共振器の共鳴吸収に伴う信号です。さらに、青と赤の矢印で示すように、磁場に関して共鳴周波数が増大する信号が観測されました。これらの信号は、2次元電子のランダウ準位(注4)間の共鳴励起と量子ドットの量子化された電子軌道間の共鳴励起による信号と同定することができます。さらに、これら3つの信号のエネルギーが一致する磁場領域においては、3つの共鳴信号の間で反交差信号を形成することが分かりました。この反交差信号は、テラヘルツ光共振器と2次元電子の結合、および、テラヘルツ光共振器と半導体量子ドットの結合の同時結合状態によって説明することができます。実際に、そのような同時結合状態の共鳴エネルギーの磁場依存性を計算した結果、図2の青点線が示すように、実験により得られた光電流信号を良く再現できることが分かりました。この計算結果から、共振器と2次元電子の結合強度を評価した結果、ラビ周波数(共振器と2次元電子との間で起きるエネルギーのやり取りの周波数)が、共振器の共鳴周波数の0.1倍よりも大きいという結果になり、これは共振器と2次元電子とが超強結合状態(注5)にあることを示しています。さらに、テラヘルツ光共振器と量子ドットの結合強度も、共振器と2次元電子の結合強度に匹敵する大きさになっていることが分かりました。微細パターンを形成していない従来の2次元電子の場合には、典型的には数千から1万個程度の電子集団が光共振器に同時に結合しており、その結合強度は、集団による増強効果によって非常に大きなものとなります。一方で、測定した量子ドットには、数個程度の電子しか存在しないにもかかわらず、2次元電子の集団励起に匹敵するほどの非常に大きな結合強度が得られたことは驚くべきことです。この顕著に大きな結合強度は、量子ドットの電極とスプリットリング共振器との間に発生する非常に強い局所的なテラヘルツ電場により実現できたと考えています。

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図2:量子ドットにおける光電流スペクトルの磁場依存性
スプリットリング共振器の近傍に量子ドットを形成した状態で、量子ドットの光電流スペクトルの磁場依存性の測定結果。スプリットリング共振器の共鳴モード(SRR、白矢印)と2次元電子のサイクロトロン共鳴(注4)(CR、青矢印)、さらに、量子ドットの共鳴励起信号(QD、赤矢印)の間で反交差信号が観測されている。青色の点線は、3つの信号の結合量子状態のエネルギーを計算したフィッティング曲線。


半導体量子ドットに局在する電子の電荷やスピン自由度は、量子ビットを実装する固体量子系の有力な候補の1つとして、近年、精力的に研究開発が進められています。量子ドットの量子ビット操作は、量子ドットに近接した電極に直流や交流の電圧を印加することで行われ、1および2ビットの高忠実度な量子ゲート操作が確立しつつある開発段階に来ています。一方で、離れた量子ドット間の2ビット量子ゲート操作や量子情報の転送といったより高い自由度での量子ゲート操作を実現するためには、量子ドットに局在した量子情報を、より伝送特性の良い光や電磁波などに量子変換する技術が必須であるというのが、現在の共通の理解となっています。そのような技術は、量子アルゴリズムの自由度を格段に飛躍させるだけでなく、量子ビットの大規模化にとっても、重要な要素技術になると考えられています。本研究成果は、半導体量子ドットとテラヘルツ共振器との量子結合系を実現しており、これまでに報告されたものよりはるかに高速な固体-光量子情報変換を実現できると期待できます。
さらに、本研究成果は、テラヘルツ電磁波を用いることで、より高いエネルギーの電子励起を制御することが可能になることを意味しています。現状の半導体量子ドットにより実装される量子ビットは、希釈冷凍機で数10 ミリケルビン程度の絶対零度に近い極低温環境で熱的なエネルギー散逸が十分に抑制された系においてのみ動作します。しかし、そのような極低温における冷凍機の冷却能力は限られており、量子ビットの素子サイズの拡張に伴い、冷凍設備もより大きくかつ複雑になるのを避けられないとされています。一方で、4 ケルビン程度であれば、既存の冷凍機技術でも比較的大きな冷却能力を得ることができるので、従来よりも比較的高温な環境下で動作する量子ビットの開発も喫緊の課題となっています。本研究成果で提案する半導体量子ドットとテラヘルツ共振器との量子結合系は、そのような高温で動作可能な固体量子ビットの開発に展開される可能性があります。

○発表者・研究者等情報:
東京大学
生産技術研究所
平川 一彦 教授
兼:東京大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
黒山 和幸 助教

ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
荒川 泰彦 特任教授
權 晋寛 特任准教授

○論文情報:
〈雑誌名〉Physical Review Letters
〈題名〉Coherent interaction of a few-electron quantum dot with a terahertz optical resonator
〈著者名〉Kazuyuki Kuroyama*, Jinkwan Kwoen, Yasuhiko Arakawa, Kazuhiko Hirakawa*
〈DOI〉10.1103/PhysRevLett.132.066901

○研究助成:
本研究は、科研費「基盤研究(S)(課題番号:JP20H05660)」、「若手研究(課題番号:JP20K14384)」、「基盤研究(C)(課題番号:JP20H05660)」、科学技術振興機構「さきがけ(課題番号:JPMJPR2255)」、村田学術振興財団「研究助成」の支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)スプリットリング共振器、共鳴励起
リングの一部が切断された金属構造。コイルとコンデンサで構成された共振回路(LC共振回路)を形成しており、共振周波数の電磁波で外部励起する(共鳴励起)と、リング内に振動電流が発生する。

(注2)量子ドット
金属や半導体などの導体に形成された電気的な閉じ込め構造のこと。静電的な閉じ込めポテンシャルによって、電子の量子化された軌道が形成される。また、ドット内部のポテンシャルエネルギーの大きさを変化させることで、閉じ込める電子の個数を1個単位で調整することができる。

(注3)2次元電子、ヘテロ接合
GaAsとAlGaAs(ヒ化アルミニウムガリウム)などの2種類の半導体の接合(ヘテロ接合)界面に2次元状に蓄積した電子のこと。

(注4)ランダウ準位、サイクロトロン共鳴
速度を持った電子などの荷電粒子に静磁場を印加すると、粒子に対してローレンツ力が働く。このローレンツ力に起因した回転運動のことをサイクロトロン運動と呼び、その回転運動の周波数をサイクロトロン周波数と呼ぶ。低温・高磁場においては、2次元電子のサイクロトロン運動が量子化し、サイクロトロン周波数のエネルギー間隔で離散化した量子準位が形成され、この量子準位をランダウ準位と呼ぶ。また、このランダウ準位間の共鳴励起をサイクロトロン共鳴と呼ぶ。

(注5)超強結合状態
まず、物質と光共振器との間で起きる光子を介したエネルギーの交換をラビ振動と呼ぶ。このラビ振動の周波数が、共振器の光の共鳴周波数に匹敵するほど大きい結合状態を超強結合と呼ぶ。つまり、光の電場が一回振動する時間(一周期)の間に、光子を介したエネルギーの交換が起きるようになり、従来近似により無視されていた様々な効果が無視できなくなるため、新しい光物性現象の発現が期待されている。

○問い合わせ先:
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 生産技術研究所
教授 平川 一彦(ひらかわ かずひこ)
助教 黒山 和幸(くろやま かずゆき)
東京大学 生産技術研究所 広報室

科学技術振興機構 広報課

〈JST事業に関すること〉
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)

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