最小限の光回路でさまざまな光の量子もつれを効率的に合成

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「究極の大規模光量子コンピュータ」の心臓部を実現

2019-05-18  科学技術振興機構

ポイント
  • 2017年9月に発表した「究極の大規模光量子コンピュータ」方式の心臓部となる回路を開発し、計算原理の本質ともいえる量子もつれ合成動作を実現した。
  • 最小限の回路を機能を切り替えながら繰り返し用いて、2~3個の光パルスの量子もつれや1000個以上の光パルスの量子もつれなど、さまざまな規模および種類の量子もつれの効率的な合成に成功した。
  • この回路を拡張すれば、1000ステップ以上の大規模な計算が実現可能となり、高い拡張性と汎用性を兼ね備えた「究極の大規模光量子コンピュータ」実現へつながることが期待される。

量子コンピュータは、特定の計算を現代のスーパーコンピュータよりも圧倒的に短時間で解くことのできる新しい動作原理のコンピュータです。2017年9月に東京大学 大学院工学系研究科の古澤 明 教授と武田 俊太郎 助教(当時)は、どれほど大規模な計算も最小規模の回路構成で効率よく実行できる「究極の大規模光量子コンピュータ」方式(図1)を発表しました。今回、同 大学院工学系研究科の武田 俊太郎 特任講師は、高瀬 寛 大学院生(博士課程1年生)、古澤 明 教授らと共に、「究極の大規模光量子コンピュータ」方式の心臓部である、機能切り替えが可能な量子テレポーテーション回路注1)(図3)の基本構造を開発しました。これにより、最小限の回路でさまざまな量子もつれ注2)の光パルスを自在に合成するという、効率的かつ汎用的な量子もつれ合成動作を実証しました。従来、量子もつれの光パルスを生成する場合、生成したい量子もつれの規模が大きくなると光回路も大きくなり、また量子もつれの種類が変わると光回路の構造を組み替える必要がありました(図4)。しかし、今回開発した光回路では、回路の規模や構造を一切変更することなく、回路の機能切り替えパターンを変更するだけで、2~3個の光パルスの量子もつれや1000個以上の光パルスの量子もつれなど、さまざまな規模および種類の量子もつれ注3)(図2)を合成することができました。この量子もつれの合成動作は、「究極の大規模光量子コンピュータ」方式での計算原理の本質ともいえる動作です。この回路を拡張すれば、1000ステップ以上さまざまな種類の計算が実行可能となり、高い拡張性と汎用性を兼ね備えた「究極の大規模光量子コンピュータ」の実現へとつながります。

本研究成果は、2019年5月17日(米国東部夏時間)に米国科学雑誌「Science Advances」に掲載されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「量子の状態制御と機能化」(研究総括:伊藤 平 慶應義塾大学 理工学部長/教授)における「プログラマブルなループ型光量子プロセッサの開発」(研究者:武田 俊太郎 東京大学 大学院工学系研究科 特任講師)の支援のもとに行われました。また、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(分子・物質合成)により分子科学研究所装置開発室の技術支援を受けました。

<研究背景>

量子コンピュータは、特定の計算を現代のスーパーコンピュータよりも圧倒的に短時間で解くことのできる新しい動作原理のコンピュータです。その応用は、機能性材料・医薬品の開発、物流の最適化、人工知能の高性能化など多岐にわたります。現在、世界中で超伝導回路・イオン・光などさまざまなシステムで量子コンピュータの開発が進められています。中でも、光を用いた量子コンピュータは、室温・大気中でも動作し、ほかのシステムで必要な巨大な冷却装置や真空装置が不要であるため、実用化に有利です。また、光は空間を光速で移動し通信手段としても利用できるため、光量子コンピュータはそのまま情報通信もできるというメリットもあります。

長い間、光量子コンピュータの実現方法として、量子ビット注4)の情報を乗せた多数の光パルスを多数の光路上に同時に準備した上で、光路に沿って光学部品を並べて光回路を構成することで量子ビットを処理していく方式が考えられてきました(図1)。しかし、この方式で多数の量子ビットに何ステップもの計算をする大規模な計算を行おうとすると、光回路の規模が増大し、実用レベルの計算を行うには膨大なスペースと膨大な数の光学部品が必要になるため、大規模化は難しいと考えられてきました。一方で2017年9月、東京大学 大学院工学系研究科の古澤 明 教授と武田 俊太郎 助教(当時)は、どれほど大規模な計算も最小規模の回路構成で効率よく実行できる「究極の大規模光量子コンピュータ」方式を発明しました(図1)。この方式のポイントは、時間的に一列に並べた多数の光パルスが、計算の基本単位となる1ブロックの量子テレポーテーション回路を何度もループする構造になっていることです。ループ内で光パルスを周回させておき、1個の量子テレポーテーション回路の機能を切り替えながら繰り返し用いることによって、どれほど大規模な計算でも実行できます。この方式は、光量子コンピュータの飛躍的な大規模化を促すと同時に、それに必要なリソースやコストを大幅に減少させると期待され、その実験的検証が待たれていました。

<研究内容>

今回、「究極の大規模光量子コンピュータ」方式の提案者である東京大学 大学院工学系研究科の武田 俊太郎 特任講師は、高瀬 寛 大学院生、古澤 明 教授らと共に、この方式の心臓部である機能切り替えが可能な量子テレポーテーション回路の基本構造を開発しました。これにより、最小限の回路でさまざまな量子もつれの光パルスを自在に合成するという、効率的かつ汎用的な量子もつれ合成動作を実現しました(図4)。これは、「究極の大規模光量子コンピュータ」方式での計算原理の本質ともいえる動作です。

量子テレポーテーション回路で計算1ステップを行う際には、光パルスと光パルスの間に、行いたい計算の種類に応じた量子もつれを作り出す動作が不可欠です(図3)。この時、量子テレポーテーション回路を構成するミラーの透過率や光位相シフタの設定が異なれば、異なる種類の量子もつれが作り出され、異なる種類の計算1ステップが実行できます。従って、「究極の大規模光量子コンピュータ」方式(図1)で計算を行う場合、1つの量子テレポーテーション回路のミラー透過率や光位相シフタを切り替えながら繰り返し用いて、順次やってくる多数の光パルスを必要な規模や種類の量子もつれに次々と変換することになります。この動作が本方式での計算原理の本質であり、これができればさまざまな計算を無制限に何ステップも続けられることになります。

今回この動作を実現するため、「究極の大規模光量子コンピュータ」方式の量子テレポーテーション回路の基本構造を持つ回路を構築しました(図4)。さらに、光の速度で次々とやってくる光パルスのタイミングに合わせて、この回路のミラーの透過率・位相シフタの設定を数ナノ秒の時間精度で高速に切り替える制御システムを開発しました。この切り替えパターンを適切に設定すれば、最小限の回路を機能を切り替えながら繰り返し利用し、次々とやってくる独立な光パルス同士を順次量子もつれに変換することが可能となります。従来、量子もつれの光パルスを生成する場合、生成したい量子もつれの規模が大きくなれば光回路も大きくなり、また量子もつれの種類が変われば光回路の構造を組み替える必要がありました(図4)。しかし、今回開発した光回路は、回路の規模も構造も一切変更することなく、回路の機能切り替えパターンを変更するだけで、さまざまな量子もつれが効率よく合成できます。実際に、今回は2~3個の光パルスの量子もつれから、1000個以上の光パルスの量子もつれまで、さまざまな量子もつれの合成を実証しました(図2)。

この結果は、この回路をループ構造の中に組み込んで繰り返し量子テレポーテーション回路を動作させることで、1000ステップ以上もさまざまな種類の計算が実行できることを意味しており、大規模光量子コンピュータ実現へ向けた重要な一ステップであると考えられます。今回構築したシステムは、「究極の大規模光量子コンピュータ」方式の一部に過ぎませんが、本方式の強みである、

  • 1つの回路を繰り返し用いて大規模化できる高い拡張性
  • 切り替え動作パターンを変えれば1つの回路で別の動作ができる高い汎用性

の2つが明確に現れており、本方式の従来方式に対する優位性を裏付ける成果です。

<社会的意義と今後の展開>

本手法は、日本発のアイデアである「究極の大規模光量子コンピュータ」方式の心臓部の本質的な動作を実証し、この方式の光量子コンピュータが実際に実現可能であることを強く支持する成果です。今後、今回開発した回路をループ構造に組み込んで実際に動作させることにより、1個の量子テレポーテーション回路を繰り返し無制限に利用した大規模な量子計算が可能になり、さまざまな量子アルゴリズムが実装できることが期待されます。また、今回生成したさまざまな種類の光の量子もつれ状態は、量子コンピュータ以外のさまざまな量子科学関連分野で不可欠な要素です。その応用範囲は、安全性や通信性能を高める量子通信や、従来の物理的限界を超えた計測を可能とする量子センシング・量子イメージングなど多岐にわたります。従って、今回開発した回路そのものも、光の量子もつれを必要に応じて適宜合成する量子もつれ合成器として、幅広い量子科学関連分野への応用が期待されます。

今後は、さらなる継続的な技術開発を進め、「究極の大規模光量子コンピュータ」方式の動作検証を目指すとともに、今回の技術のさまざまな分野への応用可能性について検討を進めていきます。

<参考図>

最小限の光回路でさまざまな光の量子もつれを効率的に合成
図1 光量子コンピュータ方式の比較

(a)従来の光量子コンピュータ方式では、はじめに情報を乗せた多数の光パルスを別々の光路上に同時に準備します。次に、光パルスの進路に沿って、計算の基本ブロックである量子テレポーテーション回路(図3)を何ブロックも配置することで計算を実行し、最終的に計算結果の情報を持つ光パルスが現れます。各ブロックの量子テレポーテーション回路では、行いたい計算の種類に応じて、異なる種類の量子もつれ状態を作り出しながら計算処理を行っています。大規模な計算ほど、光路の数や計算ステップ数が増加し、量子テレポーテーション回路のブロック数が増加します。(b)2017年9月に古澤 明 教授と武田 俊太郎 助教(当時)が提案した「究極の大規模光量子コンピュータ」方式は、一列に連なった多数の光パルスが、1ブロックの量子テレポーテーション回路(オレンジ色の部分、図3と等価)を何度もループする構造です。ループ内で光パルスを周回させておき、1個の量子テレポーテーション回路の機能を切り替えながら繰り返し用いることによって計算が実行できます。この時、この量子テレポーテーション回路では、ミラーの透過率や位相シフタのシフト量を変化させながら、次々とやってくる光パルス同士を順次量子もつれの状態に変換するような動作をしています。今回の実験では、この量子テレポーテーション回路に相当する部分の基本構造を構築し、この量子もつれ生成動作を実証しています。

(参考)2017年9月22日のプレスリリース「究極の大規模光量子コンピュータ実現法を発明-1つの量子テレポーテーション回路を繰り返し利用-」
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/foe/press/setnws_201709221056102300122908.html

 

図2 今回生成した量子もつれ状態のイメージ図
図2 今回生成した量子もつれ状態のイメージ図

今回は、規模や種類の異なる6種類の量子もつれを合成しました。この図では、オレンジ色の丸1個が光パルス1個を表しており、数字は光パルスの番号です(図4に示されているように、光パルスに1、2、3、…と番号を割り当てています)。(a)と(b)における青色の矢印は、その矢印で結ばれた光パルス同士に相関があり、その相関を用いて量子情報通信ができることを表します。このため、(a)や(b)の量子もつれ状態は、しばしば量子通信のために用いられます。一方、(c)において丸と丸をつなぐ茶色の棒線は、この2つの光パルスの間にクラスター状態特有の相関があることを意味しています。今回、2個の光パルスのクラスター状態、3個の光パルスで相関関係の異なる2種類のクラスター状態、また1000個以上の光パルスが鎖状に連なったクラスター状態を生成することに成功しています。

図3 光量子コンピュータの計算の基本単位となる量子テレポーテーション回路
図3 光量子コンピュータの計算の基本単位となる量子テレポーテーション回路

この回路は、何か情報を持った入力光パルス①に対して、ある基本的な計算処理(例えるなら、加減乗除のいずれか1つ)を行って出力光パルス④として出力する、1入力1出力の回路です。具体的な動作は、まず入力光パルス①が別に準備した補助光パルス②と部分透過ミラー(一部透過して残りを反射するミラー)で混ぜ合わせられます。混ぜ合わせた後の2つの光パルス③は量子もつれ状態になります。このうち、片方の光パルスを光測定器で測定し、測定結果に応じてもう一方の光パルスの状態を光変調器で変化させます。これにより、計算結果の情報を持った出力光パルス④が得られます。補助光パルスの種類、部分透過ミラーの透過率、位相シフタのシフト量に応じて、③の時点でどのような量子もつれ状態ができるかが変わり、これによって実行する計算の種類(加減乗除のうちどれを実行するか)を変えることができます。

図4 量子もつれ合成の光回路の比較
図4 量子もつれ合成の光回路の比較

(a)今回開発したのは、図1(b)中のオレンジ色の部分の本質的要素を抽出した回路です。スクイーズド光と呼ばれる量子的な光を作る光源を準備し、そこから独立な(互いに相関のない)光パルスが66ナノ秒間隔で一列に並んで出力されます。これを、1周66ナノ秒のループ構造を持つ回路(1周約20m)に入射します。この回路において、66ナノ秒ごとに、ミラー透過率、位相シフタのシフト量を時々刻々と切り替えることで、やってくる光パルスを次々と量子もつれ状態に変換することができます。切り替え動作パターンを変更すれば、異なる規模や種類の量子もつれ状態を作ることができます。(b)従来、さまざまな規模・種類の量子もつれ状態の光パルスを作るためには、この図に示すような異なる規模・構造の光回路が必要でした。今回は、これらの種類の量子もつれ状態全てが、図4(a)の最小限の光回路から生成できます。

<用語解説>
注1)量子テレポーテーション回路
量子テレポーテーションとは、量子ビットの情報をそっくりそのまま別の場所に移動する通信手法です。一方で、量子テレポーテーションの手法を少し改良すると、量子ビットに何らかの計算処理を施した上で、別の場所に移動できるようになります(図3)。従って、量子テレポーテーションを1ブロックとして複数ブロック連ねれば、量子ビットにさまざまな計算処理を何ステップも実行でき、この方法で量子コンピュータが実現できることが知られています。
注2)量子もつれ
2個以上の量子が、量子力学抜きには説明できない、特殊な相関を持っている状況を指します。この相関は量子同士が互いに離れていても成立します。量子もつれは、量子テレポーテーションを利用した計算や、量子通信、量子センシング、量子イメージングなど、さまざまな量子科学関連技術の実現に不可欠なリソースです。
注3)さまざまな規模および種類の量子もつれ
量子もつれ状態には、何個の量子がもつれているか、またどの量子とどの量子の間に相関があるかに応じて、いくつかの種類に分類されます。代表的なものとしては、

  • 2個の量子がもつれ合った「Einstein-Podolsky-Rosen状態」
  • 3個以上の量子がもつれ合い、どの量子と量子の間でも量子情報のやりとり(量子通信)が可能となる「Greenberger-Horne-Zeilinger状態」
  • 「一方向量子計算」という量子計算方式に必要な、多数の量子が特有の相関関係でもつれ合った「クラスター状態」

などがあります。今回は1つの回路を使って、これら3種類を全て生成することに成功しています(図2)。

注4)量子ビット
現代のコンピュータは0か1のいずれかで表されるビットという情報単位を用いて情報処理を行います。一方、量子コンピュータでは、0と1の重ね合わせで表される量子ビットを情報単位に用います。重ね合わせとは、0と1が同時並行で存在するような一種の中間状態で、ミクロな量子力学の世界特有の状態です。量子コンピュータの高い処理性能は、この重ね合わせをうまく利用することによって生み出されます。
<論文情報>
タイトル:“On-demand photonic entanglement synthesizer”
著者名:Shuntaro Takeda, Kan Takase, Akira Furusawa
<お問い合わせ先>
<お問い合わせ先>

武田 俊太郎(タケダ シュンタロウ)
東京大学 大学院工学系研究科 特任講師

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

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