炭素原子膜グラフェンに含まれる微量元素量の計測に成功~ドーピングによるグラフェン機能制御へ大きな進展!~

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2022-09-16 産業技術総合研究所

発表のポイント

  • 放射光を利用して、原子1層分の厚みしかないグラフェンに含まれる微量元素の量を計測することに成功
  • 微量元素のドーピング量に応じてグラフェンの電子状態が変化することを発見し、電気伝導性変調の効果を検証
  • 本計測技術はグラフェンを使った電池電極の性能向上や高速半導体デバイスの開発に大きく貢献

概要

グラフェンは炭素原子が六角形の網目状につながった原子1個分の厚さの膜で、すでに防錆膜や酸化保護膜で実用化しているほか、次世代の電池や高速半導体デバイスへの発展が期待されています。このグラフェンの機能を制御するためには、グラフェンに他の元素を添加する「ドーピング」が不可欠です。従来手法では極めて薄いグラフェンにドーピングされた元素の量を測ることは難しく、ドーピング量と機能の変化を比較することは困難でした。

東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター(兼多元物質科学研究所)の小川修一助教らの研究グループと日本原子力研究開発機構、産業技術総合研究所、静岡大学との共同研究チームは、放射光を利用した光電子分光法注1を用いてドーピングされたカリウムの量を測ることに成功しました。

研究成果は2022年9月12日(現地時間)にオランダ学術出版大手の専門誌「Applied Surface Science」にオンライン掲載されました。

研究の背景・実験の内容

グラフェンは炭素原子が六角形の網目状につながった原子1個分の厚さの膜で、保護膜や電池の電極など様々な分野での利用が検討されています。グラフェンの機能を制御するためには、グラフェン中に他の元素を添加する「ドーピング」が不可欠です。グラフェンへのドーピングはプラズマの利用や、水溶液中へのグラフェンの浸漬などの手法がありますが、このとき「どのくらいの量の元素がドーピングされたのか?」が問題となります。ドーピングされた元素(ドーパント)の量を求めることはグラフェンの機能の評価に大切です。従来はホール効果測定などによるキャリア密度測定注2を通じてドーピング元素の濃度を間接的に求めていました。しかし、効率的なドーピングを行うためには活性化していないドーパントの量も併せて計測できるドーパント濃度測定手法の開発が要望されていました。特にグラフェンへの簡便なドーピング手法として着目されている「水酸化カリウム水溶液浸漬法注3」ではドーピングされるカリウム濃度が少ないことに加え、グラフェンは原子1層しかないため、従来の分析方法でドーピング量を正確に測定することは難しい課題でした。

本研究では大型放射光施設SPring-8注4の高輝度放射光を利用した日本原子力研究開発機構専用ビームラインBL23SUの光電子分光法によってグラフェンに含まれるカリウムの濃度を求めました。また、リアルタイム光電子分光法という化学状態変化を追跡する測定法を活用し、放射光照射中のカリウム濃度の時間変化も観察しました。光電子分光法は放射光を利用しなくても測定可能な方法ですが、放射光を利用することでカリウムのような微量な元素も測ることができるようになります。測定で得た実験結果に対してAI化された新しい自動解析方法を適用することで、カリウムの濃度を明らかにしました。

本研究の成果

本研究において、カリウムドープグラフェンに放射光を照射するとグラフェン中のカリウムの濃度が減少することを発見しました。これはカリウムが光刺激脱離によってグラフェンから抜けていると考えられます。カリウムの濃度とグラフェンの状態を対応づけるためには、従来はカリウム濃度を変えた複数の試料を準備しなければなりませんでした。ところがSPring-8の高輝度放射光による光刺激脱離過程をリアルタイム光電子分光法で追跡し、得られた結果をAIで自動解析することで、ひとつだけの試料からカリウム濃度によって変化するグラフェンの状態を明らかにすることができました。その結果、カリウム濃度に依存してグラフェンに含まれる電子の量も変化していることがわかり、確かにカリウムがグラフェンのドーパントとして機能していることが確かめられました。これらの結果から、「水酸化カリウム水溶液浸漬法」では、グラフェン1層に約1%のカリウムがドーピングされることが明らかとなりました。このうち、約1/8のカリウムがグラフェンに電子を供給し、グラフェンの機能制御に寄与していることがわかりました。

今後の展望

本研究によって、グラフェンに含まれる微量なカリウムの量を測る手法が確立され、これにより、グラフェンにドーピングされた不純物のうち活性化しているカリウムの割合も明らかにすることができました。この手法を活用し、より効率的なドーピング方法を開発することによって、カリウムドープグラフェンの燃料電池の電極や透明電極、高速動作半導体デバイスなど様々な分野に応用が期待されます。応用先によってカリウムの量を変える必要がありますが、微量のドーパント量を測るこの手法は2024年の利用開始に向けて仙台市で建設中の次世代放射光施設「ナノテラス」注5でも利用可能であり、今後グラフェンのさらなる応用に向けた研究の進展が期待されます。

本研究は科学研究費補助金(17KK0125、20H02191、20K05338)と「物質・デバイス領域共同研究拠点」の共同研究プログラム助成、前川報恩会学術研究助成、ならびに日本原子力研究開発機構において挑戦的な課題を対象とした萌芽研究制度の支援を受けて行われました。

共同研究における各研究者の役割
  • 小川修一、虻川匡司(東北大学):実験計画の取りまとめ、光電子分光測定、および光電子スペクトル自動解析プログラムの開発とそれを用いた分析
  • 沖川侑揮、山田貴壽(産業技術総合研究所):研究プロジェクトの立案、カリウムドープグラフェンの作製およびホール効果測定
  • 増澤智昭(静岡大学):カリウムドープグラフェンのキャラクタリゼージョン
  • 吉越章隆、津田泰孝、坂本徹哉(日本原子力研究開発機構):放射光光電子分光実験のデザインと実施、光電子分光の測定自動化プログラムの開発

なお、実験結果の考察は全著者が担当しました。

論文情報

タイトル:Evaluation of Doped Potassium Concentrations in Stacked Two-Layer Graphene using Real-time XPS
著者:Shuichi Ogawa(東北大学), Yasutaka Tsuda(日本原子力研究開発機構), Tetsuya Sakamoto(日本原子力研究開発機構), Yuki Okigawa(産業技術総合研究所), Tomoaki Masuzawa(静岡大学), Akitaka Yoshigoe(日本原子力研究開発機構), Tadashi Abukawa(東北大学), Takatoshi Yamada(産業技術総合研究所)
掲載誌:Applied Surface Science
DOI:10.1016/j.apsusc.2022.154748

用語説明
注1. 光電子分光法
物質にX線や紫外線など短波長の光を当てると、電子が物質から飛び出す「光電効果」という現象が起こります。飛び出た電子を光電子といい、その光電子が持っているエネルギーとその数を計測する手法を「光電子分光」と呼びます。光電子分光法では物質の化学状態や、物質に含まれている元素の量を調べることができます。しかし元素の量が少なくなると光電子の量も少なくなり、測定が難しくなりますが、今回はコンピュータによる自動解析を活用することで少量のカリウムの量を明らかにすることができました。
注2. ホール効果測定などによるキャリア密度測定
半導体中では正の電荷をもつ正孔、もしくは負の電荷を持つ電子が移動することで電流が流れます。このとき電流の元となっているのが正孔なのか電子なのかを明らかにすることは半導体の性質を調べる上で極めて重要です。通常の電流計では両者の区分はできませんが、半導体が磁界の中にあると「フレミングの左手の法則」により、電荷は力を受けて一方に偏ります。このとき、電荷の正負によって偏る方向が異なります。この電荷の偏りを電圧として検出することで半導体中の電荷の正負の極性とその量(キャリア密度)を調べる方法をホール(Hall)効果測定と言います。
注3. 水酸化カリウム水溶液浸漬法
グラフェンを水酸化カリウム水溶液に浸すことでカリウムをグラフェンにドーピングする手法で、産業技術総合研究所により開発されました。本手法により簡便なカリウムドーピングが可能となり、グラフェンの電気特性変調に利用が期待されています。
注4. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
注5. ナノテラス
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構と一般財団法人光科学イノベーションセンターが東北大学青葉山新キャンパス内に2024年の利用開始を目指して建設を進めている次世代放射光施設です。SPring-8に比べて軟X線領域に強みを持ち、国内既存施設の100倍の明るさで世界最高水準の解析能力を有します。 活用分野は多岐にわたっており、創薬や医療技術、省エネや環境保全、食の安全など様々な範囲への応用が期待されています。
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