目に見えない静電気分布を発光させることにより直接的な可視化に成功~いつどこで発生するか分からない静電気の発生予測やリスク評価に役立つ新手法を開発~

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2022-06-02 産業技術総合研究所

ポイント

  • 静電気の電荷の移動により発光するセラミックス材料を発見
  • セラミックス微粒子を発光センサーとして活用することで肉眼による静電気分布の可視化が実現
  • 新たなモニタリング技術で製造現場や次世代モビリティの静電気トラブルの回避に貢献

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター センサー情報実装研究チーム 菊永 和也 研究チーム長、4Dビジュアルセンシング研究チーム 寺崎 正 研究チーム長は、電荷に反応して発光するセラミックス微粒子を発見し、目に見えない静電気を目視やカメラで可視化する世界初の静電気発光センシング技術を開発した。

この技術は、静電気の発生を発光で可視化する新しいセンシング技術である。対象物に静電気で緑色に発光するセラミックス微粒子を塗布したり、合成樹脂に添加したフィルムを接着したりすることで、静電気を観察できる。これにより製造現場や次世代モビリティの分野で、いつ、どこに発生するか分からない静電気の時空間情報をデータとして蓄積し、製造プロセス条件などの改善策を立てることで、静電気による電子機器のトラブルの回避につながる。なお、この技術の詳細は、2022年6月2日(英国時間)にScientific Reportsで発表される。

目に見えない静電気分布を発光させることにより直接的な可視化に成功~いつどこで発生するか分からない静電気の発生予測やリスク評価に役立つ新手法を開発~

静電気を発光として可視化

開発の社会的背景

最近、実世界で起きるさまざまな現象を情報として感知するセンシング技術が注目されている。自動車、航空機、ドローン、ロボットなどには電子部品が多く搭載されている。静電気は放電やノイズを発生させるため、低電圧駆動の電子デバイスの誤作動を誘発する。静電気がいつ、どこで発生するのか、実態を把握することが困難なため、センシング技術が必要とされていた。

これまでにさまざまな静電気センサーが開発されてきたが、従来の静電気センサーは、表面に凹凸のある対象物は正確には測定できない。また、移動している状態や、測定環境が変化する状態での測定には対応できなかった。

一方で発光材料は、さまざまな物理現象を観察するため、さまざまな研究分野で使用されてきた。光を照射することによって発光するバイオマーカー蛍光材料、エレクトロルミネッセンス材料、カソードルミネッセンス材料、長持続性リン光材料、および応力発光材料などがあるが、静電気によって発光する材料はなかった。

研究の経緯

産総研は、実社会のあらゆる情報を高度に組み合わせることで社会ニーズに応えるスマート社会への貢献を図る中で、モノの情報を的確に取得していくためのセンシング基盤技術の研究開発を進めている。その一つとして静電気計測技術の開発に取り組んできた(2011年10月24日2017年6月6日 産総研プレス発表)。

今回、静電気で発光するセラミックス微粒子を用いて肉眼でも静電気を観察できる可視化技術の開発に取り組んだ。

研究の内容

本研究では、静電気で発光する物質を探索するため、電荷の移動による発光が知られている既知物質を系統的に調べた。その結果、SrAl2O4:Eu2+、が空気中のイオンや帯電粒子などの微弱な電気に反応して発光する静電気発光材料として利用できることを見いだした。SrAl2O4:Eu2+をアクリル樹脂に添加したフィルムに、静電気発生ガンからコロナ放電を照射すると緑の発光が観測された(図1d、動画1)。発光したフィルムの表面電位分布を測定したところ、コロナ放電の照射によって形成された帯電と発光領域とが一致した。このことから静電気発光では電荷が注入された部分に発光が生じることが分かった。

図1

図1 (a) 静電気発光材料(SrAl2O4:Eu2+)、(b)静電気発光フィルム、(c)コロナ放電の照射に伴う静電気発光の模式図と(d)カメラで撮影した画像

動画1:コロナ放電の照射により静電気発光フィルムが発光する様子

次に摩擦と剥離によって静電気を発生させるヴァンデグラフ型静電気発生器に指を近づける実験を行った。この静電気発生器は、金属製とフッ素樹脂製の滑車をゴムベルトで回転させる機構と先端にあるパイプ状の板紙(SrAl2O4:Eu2+と樹脂の混合物をコーティング)から構成されており、モーターを回転させると、約20〜30 kVの静電気が発生する。この静電気発生器に指を近づけると、図2bおよび動画2に示すように指と静電発電器とが最短距離となる場所で発光が観察できた。また指を動かすと、それに応じて発光場所が移動した。このように静電気発生器から指に向かって電荷が放出されたときに発光が観察された。したがって、静電気発光材料は、材料が帯電するときと放電するときの両方で発光現象が起きることが分かった。

図2

図2 (a) 静電気発生器(静電気の反発力で金属フィルムが浮遊している様子)
(b)指と静電気発生器との間で起こる目に見えない放電に伴う静電気発光

動画2:静電気発生器からの電荷の放出により、静電気発光材料が発光する様子

静電気発光のメカニズムとしては、(1) 紫外線から(可視光の)青色までの波長領域の光を吸収してキャリアが伝導帯に励起され、(2)一部のキャリアは欠陥準位に捕捉される。外部から電荷が発光材料に注入されると、(3)欠陥準位に捕捉されたキャリアが伝導帯を伝って移動し、(4) Eu2+に由来する発光が観測されたと考えられる。

また同じ化学組成で結晶構造が異なるSrAl2O4:Eu2+において静電気発光する材料としない材料があることも分かった。これは静電気発光材料において、材料設計をすることで、静電気によって発光強度を調節できる可能性を示している。

図3

図3 静電気発光の発光メカニズム

我々が発見した静電気発光を示すセラミックス微粒子は粒径が数µmであり、電源を必要とせずに静電気に由来する電荷を検知して光を出力することができ、世界最小の静電気センサーであるとも言える。この超小型の静電気センサーを用いれば対象物に塗布することでセンサー機能を持たせることが可能である。例えば、自動車やドローンなどの移動する3次元的な対象物の静電気をカメラでリアルタイムに遠隔で測定できるだろう。

今後の予定

今後は静電気発光のメカニズムの解明を行うとともに、さまざまな環境に柔軟に対応する静電気の可視化センシング技術の技術的基盤を確立する。さらにエレクトロニクスや次世代モビリティ分野でさまざまな機器や製品を対象とした静電気発生のモニタリングおよび静電気対策の実証試験を行う予定である。連携可能な企業を募集している。

論文情報

掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Demonstration of Static Electricity Induced Luminescence
著者:K. Kikunaga and N. Terasaki

用語の説明
◆静電気発光
静電気に由来する電荷の移動によって材料が発光する現象。
◆センシング技術
装置やセンサーを使用してさまざまな現象のデータを取得し、これを情報として取り出す技術。
◆蛍光材料
紫外線や可視光など外部からの光のエネルギーを吸収し、光照射とは異なる光を放出する材料。
◆エレクトロルミネッセンス材料
電圧または電界をかけると発光する材料。
◆カソードルミネッセンス材料
電子線の照射などによって電子が衝突したときに光を放出する材料。
◆長持続性リン光材料
一般的に蓄光材料とも呼ばれ、紫外線や可視光などの光のエネルギーを蓄えて、光照射を止めても発光(残光)する材料。
◆応力発光材料
摩擦、衝撃、圧縮、引っ張り、ねじりなど外部からの機械刺激により発光する材料。
◆SrAl2O4:Eu2+
優れた蓄光材料として知られ、緑色に発光する残光特性を示す物質。
◆コロナ放電
尖った電極に高電圧をかけると起きる持続的な放電のことで、この放電によって飛び出した電子が空気の分子とぶつかって電荷を有するイオンが生成される。
◆キャリア
結晶内の自由電子や正孔(ホール)のように電荷を運ぶ存在のこと。
◆伝導帯
結晶のバンド構造の中で、電気伝導に寄与する自由電子がとるエネルギー帯で、バンドギャップの直上にある空のエネルギー帯のこと。
◆励起
原子・分子などが、外部から熱・光・放射線などのエネルギーを与えられ、エネルギーの低い状態からエネルギーの高い状態に移ること。
◆欠陥準位
バンドギャップの中に存在する電子が入り込むことのできるエネルギーの高さ(準位)で、伝導帯や価電子帯からエネルギー的に離れているもの。
0501セラミックス及び無機化学製品
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