分子ガス観測で明らかになった高速電波バースト出現環境

ad

2022-11-28 東京大学

廿日出 文洋(天文学専攻 助教)
橋本 哲也(國立中興大學(台湾) 助教)
新納 悠(天文学教育研究センター 特任助教)
シュー ツーイン(國立清華大學(台湾) 学部3年)

発表のポイント

  • 未だ謎の多い天体現象である「高速電波バースト」。星の材料である分子ガスの観測から、高速電波バーストがガンマ線バーストや重力崩壊型超新星の母銀河や一般的な星形成銀河とは異なる銀河環境で出現することを明らかにした。
  • 高速電波バーストが出現した銀河(母銀河)のうち、分子ガスの検出例としては最遠方の母銀河の報告を含め、分子ガスの観点で出現環境を理解する新たな手法を開拓した。
  • 今後、分子ガスの観測が多数の母銀河において行われることによって、高速電波バーストの起源天体の理解が進むことが期待される

発表概要

高速電波バーストは、マイクロ秒~ミリ秒という短時間に強力な電波パルスを発する天体現象です。2007年の発見以降、数千例以上の観測がありますが、その起源となる天体の正体や発生のメカニズムは、未だ分かっていません。東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センターの廿日出文洋助教を中心とする研究チームは、星の材料である分子ガス(注1)に着目し、高速電波バーストが出現した銀河(母銀河)を調べることで、その起源天体の正体に迫りました。アルマ望遠鏡(注2)を使って、高速電波バースト母銀河における分子ガスを観測した結果、距離およそ3.6億光年の母銀河から分子ガスを検出することに成功しました。高速電波バーストの母銀河における分子ガスの検出例としては最遠方です。既存のデータと合わせて合計6つの母銀河サンプルを用いて分子ガスの性質を調べたところ、一般的な星形成銀河や、ロングガンマ線バースト(注3)の母銀河、重力崩壊型超新星(注4)の母銀河とは異なる性質を持つことが分かりました。

本研究では、高速電波バーストの出現環境を分子ガスの観点で理解する新たな手法を開拓しました。今後、分子ガスの観測が多数の母銀河において行われることによって、高速電波バーストの起源天体の理解が進むことが期待されます。

本研究成果は、2022年11月28日(グリニッジ標準時)に米国科学誌「アストロフィズィカルジャーナルレターズ」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

研究の背景
高速電波バースト(Fast Radio Burst; FRB)は、マイクロ秒~ミリ秒という短時間に非常に強い電波パルスを発する天体現象です。2007年に最初の観測が報告されて以降、数千例以上観測されていますが、その起源天体や発生メカニズムは謎のままです。起源天体の候補としては、中性子星やマグネター(強い磁場を持つ中性子星)、巨大ブラックホールなど、数多くのモデルが提唱されている状況で、天文学における未解決問題となっています。ほとんどの高速電波バーストは、銀河系外で発生していることが分かっています。2020年には銀河系内のマグネターから同様の電波パルスが検出され、マグネター起源説が注目を集めていますが、他の高速電波バーストもマグネター起源であるかは分かっていません。

天体の形成にはその周辺の環境が大きく影響するため、高速電波バーストが出現した環境を研究することが必要です。中でも分子ガスは天体を形成する材料であるため、起源天体がどのような環境で生まれたのかを探る重要な手掛かりとなります。例えば、星の質量に対する分子ガスの質量の割合や、分子ガスが星の形成に利用される時間スケールといった、天体形成の理解に直結する物理量を調べることができます。しかし、高速電波バーストが出現した銀河(母銀河)における分子ガスの観測はほとんど行われていません。これまでに高速電波バースト母銀河で分子ガスの観測が行われたのは3例に限られ、このうち銀河系外で分子ガスが検出されたのは近傍銀河のM81のみでした。遠くの天体からの信号は微弱であるため、高い感度を持った望遠鏡での観測が必要になります。

研究内容
そこで本研究では、ミリ波・サブミリ波帯で世界最高の性能を誇るアルマ望遠鏡を用いて、新たに3つの母銀河の観測を行いました。観測には、分子ガスの指標として用いられる一酸化炭素分子輝線を使用しました。その結果、赤方偏移0.3214(距離およそ3.6億光年)の母銀河から、分子ガス輝線を検出することに成功しました(図1、2)。高速電波バーストの母銀河における分子ガスの検出としては、最遠方となります。


図1:高速電波バーストFRB 20180924B母銀河から検出された一酸化炭素分子輝線のスペクトル。速度分解能は50 km/s。


図2:高速電波バーストFRB 20180924B母銀河の一酸化炭素分子輝線の積分強度図。明るい部分ほど信号が強いことを表す。緑丸は高速電波バーストが起きた場所を示す。左下の楕円は、アルマ望遠鏡の空間分解能。右下のスケール(5 kpc)は約1万6千光年の距離。


過去に観測が行われた3つの母銀河と合わせて、合計6つの母銀河サンプルを使い、分子ガスの性質を探りました。図3では、母銀河の分子ガス質量と星形成率(星がどれだけ多く作られているかという指標)を比較しています。一般的な星形成銀河では、分子ガス質量と星形成率の間には相関関係があります。一方、高速電波バーストの母銀河は、一般的な星形成銀河とは異なり、広い範囲に渡って分布していることが分かりました。分子ガスの割合や消費時間についても調査を行ったところ、一般的な星形成銀河とは異なる分布を示すことも分かりました。また、大質量の星の終末に起因すると考えられるガンマ線バーストや重力崩壊型超新星の母銀河とも異なる傾向を示していて、高速電波バーストの起源天体はこれらの起源天体とは異なることが示唆されます。


図3:さまざまな銀河における分子ガス質量と星形成率との比較(縦軸横軸とも対数スケール)。本研究で得られた高速電波バースト母銀河の結果を橙色で示す(矢印は上限値)。他の銀河種族(近傍銀河、重力崩壊型超新星母銀河、ロングガンマ線バースト母銀河)を比較のため示してある。一般的な星形成銀河は、分子ガス質量と星形成率との間に相関(斜めの点線)があることが知られている。高速電波バースト母銀河は、この図の広い範囲に渡って分布しており、一般的な星形成銀河やロングガンマ線バースト母銀河、重力崩壊型超新星母銀河とは異なる銀河環境を持つことを示している。

本研究の意義・今後の予定
本研究では、高速電波バーストの起源天体を研究する新たな手法を提示しました。現状では、母銀河のサンプルが6天体と限られているため、統計的な議論を行うためには、サンプルの拡張が必要です。現在、分子ガス雲の速度構造を含め、アルマ望遠鏡を用いた新たな観測の解析が進行中です。また、今後も母銀河の観測を進めることで、高速電波バーストの起源天体について迫っていきます。

謝辞
本研究は、科研費「基盤研究(C)(課題番号:19K03925)」の支援により実施されました。

外部リンク國立中興大學

発表雑誌
雑誌名
Astrophysical Journal Letters論文タイトル
Diverse Properties of Molecular Gas in the Host Galaxies of Fast Radio Bursts

著者
Bunyo Hatsukade*, Tetsuya Hashimoto, Yuu Niino, and Tzu-Yin Hsu

DOI番号

用語解説

注1  分子ガス
星間空間に存在しているガスのうち、分子として存在しているもの。温度は10-100ケルビン程度。星を形成する材料となる。

注2  アルマ望遠鏡
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計。日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリの標高5,000mの高地に建設し運用を行う国際天文施設。

注3  ガンマ線バースト
0.01秒から数時間程度にわたってガンマ線が突発的に観測される現象。ガンマ線放射の継続時間によって2種類(ロングガンマ線バーストとショートガンマ線バースト)に分類される。ロングガンマ線バーストは、大質量の星の重力崩壊が原因であるとする説が有力である。

注4  重力崩壊型超新星
大質量の星が最期を迎える際、自らの重力によって急激に収縮して引き起こす爆発現象。

ad

1701物理及び化学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました