2022-11-22 森林研究・整備機構 森林総合研究所
ポイント
- 福島第一原子力発電所の事故後、10年間調査を行い、森林土壌中の放射性セシウム(セシウム137)の分布や動きを明らかにしました
- ほとんどの放射性セシウムが、時間の経過と共に鉱質土層の表層に移動し、現在ではほぼ動かなくなっています
- 本成果は、今後の被災地の森林管理や放射性セシウムの長期動態予測に役立ちます
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の研究グループは、原発事故による汚染の程度や優占樹種の異なる10地点の森林を対象に、事故後10年間継続して落葉層・鉱質土層を調査し、放射性セシウムの分布や動きを明らかにしました。
その結果、10年間で落葉層における放射性セシウム蓄積量は減少し、深さ5cm以内の鉱質土層表層に移動していることがわかりました。また現在では、鉱質土層表層の放射性セシウム蓄積量の増加は、ほとんどの調査地において止まり、ほぼ一定値になっていました。そして、樹木による⼟壌からの放射性セシウムの吸収量と落葉などによる地表への放射性セシウムの移動量が釣り合ってきていることが推定されました。これほど多地点において長期的に行われた信頼性の高い調査は、世界的にも類を見ない、非常に貴重なものです。今回の成果は、今後の被災地の森林管理手法の検討や、森林内の放射性セシウムの動態や将来の林産物の濃度の予測に活用されることが期待されます。
本研究成果は2022年8月2日に、Journal of Environmental Radioactivity誌にオンライン掲載されました。
背景
2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故によって森林土壌を汚染した放射性セシウムは、森林整備や林業の制限・停滞など様々な問題を引き起こしています。特にセシウム137は半減期が約30年と長いため、今後も長期に渡ってその影響が継続すると考えられます。今後の被災地での林業再生に向けた森林管理手法を検討していくためには、森林土壌中の放射性セシウムの分布や動きを長期的なデータに基づいて評価することが欠かせません。しかし、原発事故による汚染程度の違いや森林を構成する樹種の違いを考慮した森林土壌中の放射性セシウムデータは、我が国はもとよりチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故後のヨーロッパ各国においてもほとんど得られていません。
内容
本研究では、原発事故による汚染程度の異なる福島県川内村・大玉村・只見町ならびに茨城県石岡市のスギ・ヒノキ・コナラ・アカマツがそれぞれ優占する森林の計10林分を対象に調査しました。落葉層と鉱質土層(図1)に存在する放射性セシウムの濃度と蓄積量を、2011年8月から継続して測定しました。
事故から5年後の時点では、落葉層の放射性セシウム蓄積量は減少傾向を示し、深さ5cmまでの鉱質土層表層の放射性セシウム蓄積量は増加傾向にあることから、事故後初期に落葉層に存在していた放射性セシウムが時間経過と共に鉱質土層表層に移動していたと推定されています(*1)。今回、その後も含めた計10年間の変動を複数のモデルを使用して解析したところ、多くの調査地で鉱質土層表層の放射性セシウム蓄積量の増加が止まり、ほぼ一定値になっていることが明らかになりました(図2)。
最近、⼀部の森林の⽊材中の放射性セシウム濃度は、事故後数年間では増加傾向にあったものの、増加がほぼ停止あるいは減少に転じたことが報告されました(*2)。このこともあわせて考えると、根を通して土壌から樹木に吸収される放射性セシウム量と、落葉などによって樹木から土壌にもたらされる放射性セシウム量とが釣り合っている状態(平衡状態)となっていると考えられます。
さらに今回の調査期間では、放射性セシウムの鉱質土層表層から下層(5~20cm)への移行は認められませんでした。これは、鉱質土層表層に含まれる粘土鉱物が、放射性セシウムを強く固定するためと考えられます。
以上の放射性セシウム濃度や蓄積量の変化は、過去に行われた森林内の放射性セシウムの動きを予測するモデルでも予想されており(*3)、その結果と整合しました。そして放射性セシウムは今後も長期に渡って、鉱質土層表層に留まり続けることが推定されます。
図1 森林土壌の断面の様子
図2 落葉層および鉱質土層表層(深さ0~5cm)の放射性セシウム蓄積量の経年変化。スギ林の結果のみを抜粋。は観測値を、線と帯はそれぞれ回帰曲線と80%信頼区間を表す。
今後の展開
本研究で得られた放射性セシウムの多地点における長期間のデータは信頼性が高く、世界的にも非常に貴重であり、今後の森林管理方法の検討や、長期の放射性セシウムの動態予測に大きく貢献すると期待されます。一方で、根を通じた土壌中の放射性セシウムの吸収量や、落葉などによって樹木から土壌にもたらされる放射性セシウム量といった、森林内を循環する放射性セシウムの実態が不明なため、今後これらを明らかにして将来の林産物の放射性セシウム濃度の予測精度を向上させる必要があります。この他、調査地による放射性セシウムの蓄積量や変動幅の違いが何に起因しているのかなど、未だに明らかになっていないことも多く、引き続き観測と研究を続けていくことが必要です。
論文
論文名:Ten-year trends in vertical distribution of radiocesium in Fukushima forest soils, Japan
著者名:MANAKA Takuya(眞中卓也)、KOMATSU Masabumi(小松雅史)、SAKASHITA Wataru(坂下渉)、IMAMURA Naohiro(今村直広)、HASHIMOTO Shoji(橋本昌司)、HIRAI Keizo(平井敬三)、MIURA Satoru(三浦覚)、KANEKO Shinji(金子真司)、SAKATA Tadashi(阪田匡司)、SHINOMIYA Yoshiki(篠宮佳樹)
掲載誌:Journal of Environmental Radioactivity
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jenvrad.2022.106967(外部サイトへリンク)
研究費:林野庁受託事業「森林内における放射性物質実態把握調査事業」、森林総合研究所交付金プロジェクト「森林・林業・木材における放射線影響に関する基礎的研究」など
注釈
(*1)以下のプレスリリースを参照してください
福島第一原発事故後の森林内の放射性セシウムの動態を解明 —5年間で樹木の葉や幹から土壌表層へ移動—
(*2)以下のプレスリリースを参照してください
⽊材中の放射性セシウム(セシウム137)濃度、増加の頭打ちあるいは減少への転換を確認 —原発事故後10年間の観測と解析—
(*3)以下のプレスリリースを参照してください
最新のデータとモデルから森林内の放射性セシウムの動きを将来予測 —森林の中での動きが平衡状態に近づいている—
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 立地環境研究領域 養分動態研究室 主任研究員 眞中卓也
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係