固溶体化が燃料デブリの「その後、」を決める 〜核燃料デブリの安全な保管や処理・処分に関わる新たな化学的知見〜

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2022-06-13 東北大学多元物質科学研究所,日本原子力研究開発機構,京都大学

【発表のポイント】

  • 東京電力(株)福島第一原子力発電所(以下、「1F」)の事故後の炉内に存在する核燃料デブリ(注1)を安全に取り扱うためには、その化学的性質を知っておく必要がある。
  • 核燃料棒や配管、圧力容器等に含まれる元素が高温で反応すると、二酸化ウランの中にジルコニウムや鉄が溶け込んだ固体ができる(固溶体化)。
  • この固溶体化が起こると、もとの状態よりも水や海水に対して化学的に安定になり、放射能毒性の高いアクチノイド(注2)が溶け出し難くなった。

【概要】

1Fにおける燃料デブリ取り出しに先立ち、「固溶体化」という現象が燃料デブリの化学的な性質を決める鍵となることを突き止めました。東北大学多元物質科学研究所・桐島陽教授らの研究グループは日本原子力研究開発機構、京都大学と共同で、核燃料物質や燃料被覆管(注3)材料、さらに原子炉内の構造材として使われるステンレス鋼を原料とした模擬デブリを合成し、化学的な性質を研究しました。模擬デブリを分析したところ、核燃料の主成分である二酸化ウランに、被覆管に含まれるジルコニウムやステンレス鋼に含まれる鉄が溶け込んだ状態になっていました。これが「固溶体化」です。この模擬デブリを海水や純水に浸して化学反応を調べたところ、固溶体化が進行すると毒性の高い放射性物質であるアクチノイドの溶け出しが抑制されることが明らかになりました。これらの結果から、燃料デブリができる際に「固溶体化」が起こると、もとの二酸化ウランよりも化学的に安定になることが分かりました。これは、取り出し後の燃料デブリの保管や処理・処分を考える上で重要な知見となります。

本研究成果は、2022年6月6日付けで「Journal of Nuclear Materials」に掲載されました。

【研究背景と目的】

1Fでは廃止措置に向けた作業が続いています。この一連の作業の中で最も技術的ハードルが高いとされているのが極めて高い放射線量と発熱量を有する燃料デブリの取り扱いです。今年から始まる燃料デブリの取り出しとその後の作業を安全に進めるには、燃料デブリの化学的な性質を可能な限り理解・把握したうえで作業工程を構築する必要があります。しかし現時点では、実際の燃料デブリに関して分かっていることは限られています。

取り出し作業の前に得られる限られた直接情報を補完し、燃料デブリを安全に取り扱うことができるように、本研究チームでは事故時の炉内を想定した高温条件で模擬デブリを合成し、その結晶構造(注4)の分析や水の中での化学的な安定性の評価を行いました。

【研究成果】

模擬デブリは、核燃料の二酸化ウランや被覆管の材料として使われるジルコニウム、原子炉内の構造物の材料であるステンレス鋼を主な原料として、1600℃に加熱して合成しました。合成中の酸素の有無や加熱時間、さらに原料の組み合わせを変えて、合計37種類の模擬デブリを合成しました。図1に模擬デブリの一例を示します。この試料の場合、加熱前は茶色の粉末でしたが、加熱後は一部が溶けて固まったような黒い塊状となりました。

  • 観測された固溶体化
    合成した模擬デブリに対して、電子顕微鏡による観察や、X線やガンマ線、レーザー光による分析を行った結果、二酸化ウラン-ジルコニウム-ステンレス鋼を原料とした模擬デブリの場合、酸化状態(注5)が+2の鉄や同+4のジルコニウムが二酸化ウランの結晶中に溶け込み、「固溶体化」が起きていることが分かりました。図2は二酸化ウラン結晶にジルコニウムが溶け込んだ固溶体構造のイメージです。さらに、模擬デブリを2%の酸素が存在する条件で合成した場合、酸素がほとんどない条件での合成に比べて、この固溶体化がより速く進行することが分かりました。
  • 模擬デブリの水の中での安定性を確認
    次いで、合成した模擬デブリの水の中での安定性を調べました。事故直後には、冷却のために緊急的に海水が使われていたことを踏まえて、海水を使った試験も行いました。最長で400日の間、純水や海水の中でどのような変化が起きるのかを調べましたが、どの模擬デブリもX線を使った結晶構造の分析では変化が観察されませんでした。このような結果から、今回検討した模擬デブリは水中に一年以上あっても化学的に非常に安定であることが判明しました。
  • 放射性物質の溶け出しを抑制する効果
    さらに、水中にある模擬デブリから、主成分であるウランや放射能毒性の特に高い放射性物質であるネプツニウム(注6)やアメリシウム(注7)が、どの程度溶け出すのかを調査しました。そのために、ネプツニウムとアメリシウムを添加した模擬デブリを合成し、純水や海水の中での変化を観察する試験を行いました。その結果、二酸化ウラン-ジルコニウム-ステンレス鋼を原料とした模擬デブリの場合、純水中でも海水中でもこれらの放射性物質が溶け出す割合は0.08%未満と非常に微量でした。本研究で合成した様々な模擬デブリの全体的な傾向として、固溶体化が進むことによって、さらに安定性が高まる効果が観測できました。
    以上の結果から、燃料デブリ中で固溶体化が進むことが鍵となり、燃料デブリが化学的に安定化される効果が見込めることが分かりました。酸化状態+4のジルコニウムが二酸化ウラン結晶中に組み込まれると、酸化反応による結晶の溶解に対して耐性が増加すると考えられるため、今回観察された化学的安定化の傾向は固溶体理論(注8)と整合するものといえます。

【今後の展望】

以上の成果をイラスト化して図3に示しました。今回の研究から、事故時に核燃料と被覆管のジルコニウム、原子炉内の配管等に使われているステンレス鋼中の鉄が高温で反応した場合には、ジルコニウムや鉄が二酸化ウランに溶け込んだ固溶体が形成されることが示されました。さらに、この固溶体という物質は、水の中で長期に渡り安定であるという化学的性質を有することが分かりました。この成果から、固溶体化の反応が燃料デブリの長期保管や処理・処分といった「その後、」の技術開発の鍵となることが分かりました。現在、本共同研究では放射線が燃料デブリの安定性に与える影響[1]や燃料デブリのレーザー光を使った分析法、ネプツニウムやアメリシウム以外の放射性物質の溶け出しについても研究を進めています。

燃料デブリには今回検討した成分以外に、制御棒に含まれるホウ素を含む物質や原子炉建屋底部に使用されているコンクリート等、様々な物質が関与している可能性があります。また、今回の研究では模擬デブリの合成にあたり、試料を1600℃で加熱し、その後はゆっくりと冷却しました。福島第一原子力発電所の燃料デブリにはこのようにゆっくり冷えたものに加えて、より高温から冷却水等で一気に急冷された燃料デブリの存在も指摘され[2]、冷え方によって化学的な性質が違うことも考えられます。今後は他の成分の存在や、燃料デブリ生成時の温度変化、さらには酸素濃度などの諸条件の影響についても検討し、燃料デブリの化学特性に関する研究を進め、これから行われる燃料デブリの安全な取り出しと保管、さらには処理・処分についての検討を基礎科学面でサポートしていきます。

本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)の「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」(JPJA18P18071886)の助成を受けたものです。

[1] Y. Kumagai, R. Kusaka, M. Nakada, M. Watanabe, D. Akiyama, A. Kirishima, N. Sato, T. Sasaki, J. Nucl. Sci. Technol. in press. DOI: 10.1080/00223131.2021.2023055

[2] 技術研究組合 国際廃炉研究開発機構(IRID), 平成 29 年度補正予算 廃炉・汚染水対策事業 補助金に係る補助事業(燃料デブリの性状把握ため分析・推定技術開発)2019年度実施分成果報告, 2020年9月 https://irid.or.jp/research/20190000-2/

【論文情報】

タイトル:Structure, Stability, and Actinide Leaching of Simulated Nuclear Fuel Debris Synthesized from UO2, Zr, and Stainless-Steel

著者:Akira Kirishima, Daisuke Akiyama, Yuta Kumagai, Ryoji Kusaka, Masami Nakada, Masayuki Watanabe, Takayuki Sasaki, Nobuaki Sato

掲載誌:Journal of Nuclear Materials

DOI:10.1016/j.jnucmat.2022.153842

【共同研究における各研究機関の役割】

東北大学:模擬デブリの合成、核種溶出実験、論文作成
日本原子力研究開発機構:模擬デブリの分析、論文作成
京都大学:核種溶出試験、論文作成

【用語説明】

注1.核燃料デブリ
核燃料が溶融し、原子炉内の様々な物質と融け合った生成物のこと。炉心溶融物、溶融燃料、コリウムなどとも呼ばれます。福島第一原子力発電所の燃料デブリでは、燃料を包む管に使われるジルコニウムの他に、原子炉の構造材であるステンレス鋼や制御用材料などとして利用されていた炭化ホウ素などの成分が含まれると推測されています。

注2. アクチノイド
周期表において、原子番号89のアクチニウム(Ac)から原子番号103のローレンシウム(Lr)までの15元素(Ac、Th、Pa、U、Np、Pu、Am、Cm、Bk、Cf、Es、Fm、Md、No、Lr)の総称です。

注3.被覆管
原子力発電で使う核燃料の主成分は二酸化ウランですが、原子炉内での使用に耐えるように、二酸化ウランのペレットはジルコニウムの合金で覆われています。この覆いが被覆管です。

注4.結晶構造
原子やイオンが3次元空間で周期を持って規則的に配列している状態を結晶と呼びます。この結晶の構造が結晶構造です。立方晶や斜方晶、六方晶などに分類されます。

注5.酸化状態
原子の酸化の度合いを示すものです。例えば金属鉄の酸化状態は0となり、鉄イオンには+2と+3の二つの酸化状態が存在します。

注6.ネプツニウム
原子番号93のアクチノイド元素です。ウランよりも重く、天然には存在せず、原子炉や加速器を用いた核反応で製造することができます。確認されている全ての同位体が放射性ですが、使用済み核燃料に含まれる質量数237のネプツニウム同位体は200万年を超える長い半減期を持ち、α線を放出することから放射能毒性の高い核種と認識されています。

注7.アメリシウム
原子番号95のアクチノイド元素です。ウランよりも重く、天然には存在せず、原子炉や加速器を用いた核反応で製造することができます。確認されている全ての同位体が放射性ですが、使用済み核燃料に含まれる質量数241や243のアメリシウム同位体は、長い半減期とα線を放出する性質から放射能毒性の高い核種と認識されています。

注8.固溶体理論
ある結晶を作っている1種類の原子またはイオンの一部が、同じ構造の結晶を作ることができる別の原子またはイオンと置き換わった状態を「固溶体」と呼びます。この固溶体が生成する反応の進みやすさや、別の原子またはイオンが入り込むことで起こる化学的な性質の変化などを説明する理論が固溶体理論です。

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