汎世界的ミューオン観測網のデータからコロナ質量放出の地球到達時の構造を解明

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南極・昭和基地での宇宙線観測がきっかけ

2021-05-14 国立極地研究所,信州大学

宇宙から降り注ぐ放射線(宇宙線)の観測のため、2018年2月、南極・昭和基地に中性子計とミューオン計が設置されました(図1)。昭和基地での本格的な宇宙線観測は実に58年ぶりのことです。

観測再開の約半年後となる2018年8月、昭和基地での中性子およびミューオンの値の減少が確認されました。信州大学や国立極地研究所などの研究グループは、太陽風プラズマの観測データなどから、この現象が太陽の爆発現象(コロナ質量放出、注1)によるものだと結論付け、さらに詳細に調べるため、汎世界的ミューオン観測網と中性子計群のデータを用いて、この時の地上の宇宙線密度と宇宙線の流れ(異方性)の変化を解析しました。

その結果、コロナ質量放出によって太陽から噴出したロープ状の磁力線群(磁気フラックスロープ、MFR)の内部に地球が入った時、宇宙線密度がいったん減少し、MFRの外に出る直前に急激に増加していたことを確認しました。通常、地球がMFRに入ると宇宙線密度は減少し、外に出る前に元のレベルに戻りますが、この時の後半の増加はMFR外の宇宙線密度をはるかに超えるものでした。この異常な増加の原因は、MFRの後方から吹いていた高速の太陽風がMFR後部に追いついたことで、MFR後部で断熱圧縮が起こり宇宙線の加速が起きたためと解釈することができました。

昭和基地での宇宙線観測実験の詳細と、コロナ質量放出の解析結果は、それぞれJournal of Space Weather and Space ClimateSpace Weatherに掲載されました。

図1:(a)昭和基地の中性子計とミューオン計が入ったコンテナ。中性子計はコンテナ(b)(c)に、ミューオン計はコンテナ(c)の中性子計下部に設置されている。

研究の背景

太陽から吹き付ける太陽風中の擾乱は、地球の磁場が乱れる「磁気嵐」の原因になります。大規模な磁気嵐が発生して地磁気が弱くなると、宇宙に存在する低エネルギー放射線が通常より多く地球近くにまで侵入し、人工衛星の故障や、飛行機乗務員の被ばく、地上の送電網の異常などが生じる恐れがあります。そのため、太陽活動に伴う地球への影響を予測する「宇宙天気予報」の研究は重要です。

地上での宇宙線連続観測による宇宙天気研究は、主に中性子計と多方向ミューオン計による観測データを用いて行われています。宇宙天気現象は短期間(数日)スケールの現象なので、数時間の宇宙線の流れの変化を調べることが有効で、そのためには宇宙線の全天モニタが必要になります。ミューオン計においては2006年から汎世界的ミューオン観測網が宇宙天気現象の観測をおこなっており、中性子計では宇宙船地球号(Spaceship Earth)計画が同様の観測網を構成し、全天モニタの役割を担っています(例えば文献1、2)。これまで中性子計とミューオン計による観測は独立して行われ、それぞれ宇宙天気研究で成果を挙げてきましたが、両者による観測が同時に行われている地点はほとんどありませんでした。そこで、2018年2月、中性子計とミューオン計による観測の橋渡し的なデータを取得するため、信州大学の加藤千尋教授が中心となり、昭和基地において中性子計とミューオン計の同時観測を開始しました。また、極地では、地磁気の特性上、地球上のほかの場所と異なり、同じ方向から来た宇宙線を中性子計とミューオン計で観測することが可能となります(注2)。これが観測地点として昭和基地を選択した理由です。

研究の内容

2018年8月、昭和基地の中性子計とミューオン計で計数の低下が観測されました。信州大学大学院修士課程(研究当時)の木原渉氏、信州大学理学部の宗像一起特任教授、加藤千尋教授、国立極地研究所の片岡龍峰准教授、門倉昭教授らの研究グループは、太陽風プラズマの人工衛星観測データ等を調査し、コロナ質量放出によって太陽から吹き出る、螺旋状のロープのようなねじれた磁力線群(磁気フラックスロープ、MFR)の到来が引き起こした現象であると結論づけ、汎世界的ミューオン観測網のデータを使ったさらに詳細な解析を行いました。

コロナ質量放出は太陽での爆発現象で、文字通りコロナの物質を惑星間空間へ放出します。その際、太陽磁場もコロナ物質に引きずられて放出されますが、磁力線の根元が太陽につながっているために図2のようなMFRを形成し、その輪はだんだん広がります。MFR内部は、もともと宇宙線の少ないコロナ中の領域が膨張して形成されるので、その内部では宇宙線密度が低く、到来したMFR内に地球が入ると宇宙線の計数が下がる現象が観測されます(フォーブッシュ減少と呼ばれます)。

汎世界的ミューオン観測網のデータを解析した結果、宇宙線密度と異方性(宇宙線の流れ)が図3のように変化していることが確認されました。MFRの前面に形成された衝撃波が到来(ピンクの線)し、その後地球はMFR内部に入ります(図中青線の間)。

図2:磁気フラックスロープ(MFR)の概念図。文献3の図を改変

図3:GMDNデータの解析結果。Kihara et al.(学会等発表資料より)。上から順に(a)太陽風速度(黒)と太陽風の吹く向き(青)、(b)太陽風プラズマの密度(黒)と温度(青)、(c)惑星間空間磁場強度(黒)とそのゆらぎ(青)、(d)宇宙線密度、(e)、(f)、(g)はそれぞれ異方性から計算した密度勾配のx、y、z成分、(e)の赤いプロットは宇宙線密度(d)の時間微分で、密度勾配のx成分の独立な指標。


注目すべきは宇宙線密度の変化です。衝撃波の通過後密度は減少し(フォーブッシュ減少)、その後回復に転じます(パネル(d)の青い部分)。通常はMFR到来前の水準まで回復するのですが、このイベントでは、MFRの後縁部(薄い青で表示されている部分)でMFR到来前の水準を超えて増加しています(パネル(d)の赤い部分)。これまでの汎世界的ミューオン観測網を用いた解析では、こうした現象は確認されていませんでした。

実は、このイベントは特異なイベントとして研究者の間で注目されています。第1に、現在太陽活動は極小期付近にあってイベントそのものの規模が小さい。第2にイベントの規模の割に大きな地磁気嵐を引き起こしている。第3にMFRの後方から早い太陽風が追いついてきていることが分かっており、MFRと太陽風との相互作用が予想されるといった点です。宇宙線密度の増加期間(図3の水色部分)は磁場強度とプラズマ密度の増加している期間と重なっていることなどから、高速の太陽風プラズマが後方から追いついてMFRを局所的に圧縮しているのではないかと考えました。この仮説を図4のようにモデル化し、それによって観測結果が定量的に再現されることが確認されました。

図4:MFR断熱圧縮のモデル

今後の展開

昭和基地での中性子の観測は、第4次南極地域観測隊で開始されましたが、1960年10月、不幸にも観測を担当していた福島紳隊員が遭難事故で亡くなり、観測が途絶えていました。この度、再び昭和基地で、実に58年ぶりに本格的な宇宙線観測が再開されたことになります。宇宙線の観測データは宇宙天気研究だけでなく、成層圏突然昇温(注3)などの大気現象にも密接に関連しており、今後、幅広い分野でのデータ活用が期待されます。なお、昭和基地での宇宙線の観測データは、本研究の対象となった2018年8月の現象を含め、ウェブサイトで公開され、毎日更新されています(http://polaris.nipr.ac.jp/~cosmicrays/)。

注1:コロナ質量放出
太陽のコロナ中の磁気エネルギーが突発的に解放される「太陽フレア」と呼ばれる爆発現象に伴って、大量のプラズマと磁場が放出される現象。

注2:
宇宙線は荷電粒子で、地上のミューオン計で観測される宇宙線のエネルギーは、中性子計で観測される宇宙線より約6倍高い。地球に到来した宇宙線は地球の磁場によってその軌道が曲げられるが、その曲がりは宇宙線のエネルギーに依存するので、異なるエネルギーを持つ宇宙線は異なる軌道をとる。これは地上の同じ地点で同じ方向を観測しても、異なるエネルギーの宇宙線は宇宙空間の異なる方向から来ていることを意味する。ただし、地球の磁場は極域においては宇宙空間に開いて(棒磁石のN極、S極の磁力線のように)いるため、極域では、宇宙線は磁力線に沿った形で入射することになり、中性子計とミューオン計でほぼ同じ方向から到来した宇宙線を観測することが可能になる。

注3:成層圏突然昇温
上空の成層圏(高度10km~50km程度)の温度が数日で数十度も急激に上昇する現象。冬期に北半球で発生することが多いが、2019年9月には南極でも17年ぶりに観測された。

参考文献

文献1:
Bieber, J., Evenson, P., Dröge, W. and Pyle, R., Astrophys. J., 601, L103-L106., 2004. https://doi.org/10.1086/381801

文献2:
Rockenbach, M., Dal Lago, A., Schuch, N. J., et al., Space Sci. Rev., 182, 1-18, 2014, doi:10.1007/s11214-014-0048-4.

文献3:
Marubashi, K., Adv. Space Res., Vol.26, No. 1, 55-66, 2000.
https://doi.org/10.1016/S0273-1177(99)01026-1

発表論文

掲載誌:Space Weather
タイトル:A Peculiar ICME Event in August 2018 Observed with the Global Muon Detector Network

著者:
木原 渉(研究当時:信州大学大学院 総合理工学研究科 修士課程)
宗像 一起(信州大学理学部 特任教授)
加藤 千尋(信州大学理学部 教授)
片岡 龍峰(国立極地研究所 宙空圏研究グループ 准教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 准教授)
門倉 昭(国立極地研究所 宙空圏研究グループ 教授/データサイエンス共同利用基盤施設極域環境データサイエンスセンター 教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 教授)
三宅 晶子(茨城工業高等専門学校 電気電子システム工学科 講師)
小財 正義(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 プロジェクト研究員)
桑原 孝夫(千葉大学理学部 特任研究員)
徳丸 宗利(名古屋大学 宇宙地球環境研究所 教授)
Mendonça R.R.S., Echer E., Dal Lago A., Rockenbach M., Schuch N.J., Bageston J.V.,(National Institute for Space Research, ブラジル)
Braga C.R. (George Mason University, アメリカ)
Al Jassar H.K., Sharma M.M. (Kuwait University, クウェート)
Duldig M.D., Humble J.E. (University of Tasmania, オーストラリア)
Evenson P. (University of Delaware, アメリカ)
Sabbah I. (Public Authority for Applied Education and Training, クウェート)
Kóta J. (University of Arizona, アメリカ)
DOI:10.1029/2020SW002531
URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2020SW002531
受理原稿公開日:2021年2月3日

掲載誌:Journal of Space Weather and Space Climate
タイトル:New cosmic ray observations at Syowa Station in the Antarctic for space weather study

著者:
加藤 千尋(信州大学理学部 教授)
木原 渉(研究当時:信州大学大学院 総合理工学研究科 修士課程)
高 柚季乃(研究当時:信州大学大学院 総合理工学研究科 修士課程)
門倉 昭(国立極地研究所 宙空圏研究グループ 教授/データサイエンス共同利用基盤施設極域環境データサイエンスセンター 教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 教授)
片岡龍峰(国立極地研究所 宙空圏研究グループ 准教授/総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 准教授)
Evenson P.(University of Delaware, アメリカ)
内田 悟(研究当時:信州大学大学院 総合理工学研究科 修士課程)
海見 走(研究当時:信州大学大学院 総合理工学研究科 修士課程)
中村 佳昭(中国科学院Institute of High Energy Physics)
内田 ヘルベルト 陽仁(国立極地研究所 宙空圏研究グループ 特任助手/総合研究大学院大学 複合科学研究科 5年一貫制博士課程)
村瀬 清華(総合研究大学院大学 複合科学研究科 5年一貫制博士課程)
宗像一起(信州大学理学部 特任教授)
DOI:10.1051/swsc/2021005
URL:https://doi.org/10.1051/swsc/2021005
論文公開日:2021年4月28日

お問い合わせ先

(研究内容について)
国立大学法人信州大学 理学部 教授   加藤千尋

(報道について)
国立極地研究所 広報室
国立大学法人信州大学 広報室

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