不均一系化学反応の直接的な定量モニタリングを実現

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2020-05-07 東京大学

発表のポイント

  • 工業的に重要であり、特に触媒プロセスでは8割を占める不均一系反応について、従来は難しかった定量的なモニタリング手法を開発した。
  • 安定質量同位体である重水素を導入した内部標準を用いることによって、不均一系で生じる諸問題を克服した。また、DART法というイオン化法を用いた質量分析器によって、サンプルに一切の処理を行うことなく直接的に測定することを可能にした。さらに、水中で進行する有機化学反応へ応用し、その速度論解析に成功した。
  • 本研究はさまざまな化学反応に応用可能なコンセプトを提案するものであり、学術的にも産業的な応用を推進する上でも重要なファクターである。特に工業化されている多くの化学反応が不均一系で行われていることから、今後、産業界に広く応用されることが期待される。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の小林 修教授らのグループは、これまで測定の難しかった不均一系反応について、直接的な定量モニタリングを行うことに成功した。重水素化した反応生成物を内部標準として用いることで、従来の吸光度スペクトル法(注1)やサンプリング法(注2)での光の散乱や再現性といった問題を克服し、DART-MS(注3)と呼ばれる質量分析法によって測定できるようになった。本研究ではこれまで小林教授が精力的に開発してきた水中での有機合成反応を例として取り上げ、速度論解析が可能であることを示した。不均一な完全水中での反応は水-有機溶媒混合系での均一反応とは異なる速度式に従うことが判明し、その機構解明に向けて重要な知見を得ることができた。 本研究成果は、イギリスの化学雑誌「Chemical Science」のオンライン速報版で日本時間5月7日(英国夏時間5月7日)に公開される 。

発表内容

<研究の背景>
化学反応のメカニズム解明において、反応速度の決定は基礎的かつ重要な要素である。均一な溶液中での有機化学反応では、吸光度スペクトルや核磁気共鳴スペクトルなどといった分析法によって容易に反応速度を実験的に求めることができる。一方で、工業化されている反応の多くが不均一系で行われており、特に触媒反応に至ってはその8割が不均一系である。しかしながら、不均一系反応では光が散乱されてしまうため上記のようなスペクトル分析は非常に難しく、サンプルを採取しクロマトグラフィーなどの処理によって行う分析法でも再現性に難があることから、反応速度の測定は困難とされてきた。

小林教授のグループでは、水中でも安定なルイス酸などを触媒としたさまざまな有機化学反応を開発している。水中では有機化学反応がユニークな反応性・選択性を示すことを明らかにしており、有機溶媒を用いない環境保全の観点からも注目されている。これら水中での有機化学反応の多くは基質である有機物質が水に溶けないため不均一系での反応となり、反応機構解明に向けた反応速度の測定は大きな課題となっていた。

<研究の内容>
本研究では、測定対象である不均一系での有機化学反応に対して、その生成物の重水素化体を合成し内部標準として加えることで、DART-MSと呼ばれる質量分析法によってリアルタイムに反応の進行を定量化できることを示した。

合成した重水素化体は化学的には反応生成物と同じであるが、僅かに質量が異なるため、通常の出発原料から化学反応を行う限りは増加することがない。そのため、内部標準としてごく少量を添加して化学反応を行うと、反応系では通常の反応生成物(軽水素体)のみが増加し、重水素化体に対する軽水素体の比率(=質量同位体比)は時間とともに増加する(図1)。

図1:重水素化した内部標準による測定原理

不均一な系であっても、撹拌が十分になされている限り、化学反応の進行よりも早く物質が拡散し、同一の化学物質の質量同位体比は見かけ上「均一」に見える。これはすなわち、不均一な系の中に擬似的に均一な指標を作り出す手法であり、不均一系での有機化学反応の反応速度決定に適した高い定量性を確保することに成功した。

本研究では実際にこの手法を用いて、水中での直接アルドール反応および向山アルドール反応の定量的なモニタリングと速度論解析に成功している(図2)。

図2:水中での直接アルドール反応および向山アルドール反応

モデルとした反応は水―有機溶媒を混合して用いた均一系での例ではすでに速度論解析を報告しているが、今回解析した有機溶媒を用いない水中での不均一系反応では異なる速度式が算出され、同様の基質、触媒を用いた場合でも反応系が均一か不均一かで大きく反応様式が異なるという非常に興味深い事象を見出した。

<今後の展開>
本研究では、これまで解析が非常に難しかった不均一系での有機化学反応に対して定量的にモニタリングが可能となる方法を開発し、実際に水中での有機化学反応を例として速度論解析が可能であることを示した。この研究はさまざまな化学反応に応用可能なコンセプトを提案するものであり、その応用範囲は大きいものと考えられる。化学反応の機構解明は学術的な側面に留まらず、産業的な応用を推進する上でも重要なファクターである。上述したように、工業化されている多くの化学反応が不均一系で行われていることから、今後、広く産業界に応用されることが期待される。

発表雑誌

雑誌名
Chemical Science論文タイトル
Direct and Quantitative Monitoring of Catalytic Organic Reactions under Heterogeneous Conditions Using Direct Analysis in Real Time Mass Spectrometry

著者
Koichiro Masuda and Shū Kobayashi*

用語解説
注1 吸光度スペクトル法

紫外可視吸光度分析、赤外分光法や核磁気共鳴スペクトルなどが挙げられる。溶液に対して電磁波を照射し、含まれる化合物特有の吸収を波長に対して連続的にプロットしたもの。光の吸収の度合いは溶液中に含まれる物質の濃度に比例するため、スペクトル測定によって溶液中の物質の量を決定することができる。電磁波が散乱してしまう不均一な系では、基本的に測定が不可能である。

注2 サンプリング法

ここでは、反応液から極微量のサンプルを採取し、高速液体クロマトグラフやガスクロマトグラフなどによって分離することでサンプル内部に含まれる化合物の量を決定する方法のことをいう。不均一な系からサンプルを採取する場合、系のどこから取るかによって含まれる化合物の量が変わってしまうため、再現性に問題があることが多い。

注3 DART-MS

Direct Analysis in Real Time Mass Spectroscopyの略。JEOL USA社によって開発されたイオン化法である。無声放電によって活性化されたヘリウムやアルゴンなどの不活性ガスが大気中に含まれる水分子のクラスターイオン化を経由して有機分子のイオン化を行っていると考えられている。気体のみでなく、溶液や固体表面のサンプルも直接的にイオン化可能な手法であり、有機分子のフラグメント化が起こりづらいソフトなイオン化法である。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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