スピン流で電流の渦を作る~新しいスピン流-電流変換現象を数値シミュレーションにより発見~

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2021-04-14 理化学研究所,中国科学院大学カブリ理論科学研究所,グライフスヴァルト大学

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター計算量子物性研究チームの前川禎通上級研究員と柚木清司チームリーダー(計算科学研究センター量子系物質科学研究チームチームリーダー、開拓研究本部柚木計算物性物理研究室主任研究員)、中国科学院大学カブリ理論科学研究所の藤本純治研究員、グライフスヴァルト大学の江島聡研究員(同柚木計算物性物理研究室客員研究員)とホルガー・フェスケ教授らの国際共同研究グループは、スピン流(電子スピン[1]の流れ)を電流の渦に変換する新しい現象を数値シミュレーションにより発見しました。

第5期科学技術基本計画における未来社会(Society 5.0[2])の量子技術として、電子スピン(スピン)と電流の相互変換を省エネや情報制御に用いる「スピントロニクス[3]」が注目されています。本研究成果は、そのための新しい潮流をもたらすものと期待できます。

ラシュバ型スピン軌道相互作用[4]を持つ金属や半導体に磁気の素であるスピン流を注入することで電流を発生させる現象は、磁気と電気の相互変換のための重要な基礎技術です。

今回、国際共同研究グループは、同じ物質において、注入するスピンのスピン分極[5]方向をこれまでと異なる方向に選ぶことで、電流の渦が誘起されることを明らかにしました。電流の渦は回転による角運動量を持つことから、この現象は注入したスピンのスピン角運動量が電子の回転角運動量に変換されたと理解できます。また、電流の渦は磁界を伴うことから、この現象は電磁波の新しい発信技術としても利用可能です。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(4月12日)に掲載されました。

量子スピン鎖の先端からスピン流を2次元電子系に注入すると(緑)、電流の渦が生じる(黄)の図

量子スピン鎖の先端からスピン流を2次元電子系に注入すると(緑)、電流の渦が生じる(黄)

背景

磁気の素である電子スピン(スピン)の流れを指すスピン流は、数十マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)程度流れると緩和されて消えてしまうため、物質の性質を考える上で考慮する必要のない量として無視されてきました。ところが、近年の微細加工技術の進展により、ナノテクノロジーを対象としたナノデバイスでスピン流が観測できるようになってきました。これに伴い、電子の持つ電荷の流れである電流のほかに、電子のスピンの流れであるスピン流も積極的に利用しようという「スピントロニクス」が、電流のみを利用した従来のエレクトロニクスに変わる次世代デバイス技術として大きく注目されています。

スピン流を生成・制御する上で重要な点の一つは、スピン軌道相互作用[4]に起因するスピンホール効果および逆スピンホール効果[6]と呼ばれるスピン流-電流相互変換の技術です。ただし、ここでは直流のスピン流と電流を対象としてきました。

こうしたスピン流-電流相互変換に関する理論的な研究を行う場合、スピン流が流れる磁性体とスピン軌道相互作用を持つ電子系との接合系における量子多体系[7]のダイナミクスを調べる必要があり、これまで数値シミュレーションを用いてもそのまま解くことは難しい状況にありました。

研究手法と成果

そこで、国際共同研究グループでは、独自に開発した数値シミュレーション法を用いることで、ラシュバ型スピン軌道相互作用を持つ2次元電子系にスピン流を局所的に注入するシミュレーションを実行しました。その結果、注入されるスピン流のスピン分極方向を調整することにより、2次元電子系内に電流の渦が誘起されることを明らかにしました。

今回開発したシミュレーション法では、量子多体効果[7]を厳密に取り扱う必要のある量子スピン鎖[8]に結合している2次元電子系に対して、基底変換(座標変換)の一つであるブロックランチョス法を利用することで、接合している2次元電子系の中から時間発展に寄与する必要最低限の基底を抽出して有効な1次元模型を導出します。これにより、1次元系を得意とする密度行列繰り込み群法[9]と呼ばれる数値計算手法を適用でき、2次元系を含む量子多体問題の高精度な大規模数値計算が可能になりました(図1)。

ブロックランチョス法による基底変換の図

図1 ブロックランチョス法による基底変換

ラシュバ型スピン軌道相互作用を持つ2次元電子系部分(白色)にブロックランチョス法を適用し、基底を変換することで、密度行列繰り込み群法の得意とする有効的な1次元模型を導出する。これにより、大規模系の時間発展計算が可能になり、電流の渦のようなマクロな電子の動きを捉えることができた。ここで、磁性体の模型である量子スピン鎖は緑色、スピンを生成する相互作用のない電子系(自由電子系)のバスは薄青色で示してある。


この方法を図2に示すような電子系と量子スピン鎖の接合系に応用しました。シミュレーションのセットアップでは、左側の相互作用がない電子系(自由電子系)に磁場を加えることで、量子スピン鎖にスピン流を生じさせ、それが量子スピン鎖の先端からラシュバ型スピン軌道相互作用のある2次元電子系に流れ込みます。

シミュレーションのセットアップの図

図2 シミュレーションのセットアップ

左側の自由電子系に磁場を加えることで量子スピン鎖にスピン流を発生させ、それを量子スピン鎖の先端から2次元ラシュバ電子系に注入した。


その実時間ダイナミクスを詳細に調べることにより、2次元電子系内に、量子スピン鎖の接合点から同心円上に電流の渦が発生することが分かりました(図3)。

2次元ラシュバ電子系に生じた電流の渦の図

図3 2次元ラシュバ電子系に生じた電流の渦

本研究によるシミュレーションの結果。左図から右図へと時間が経過している。2次元ラシュバ電子系に生じた電流を矢印で示してある。量子スピン鎖の接合点から同心円上に、薄い青やマゼンタで示す電流の渦が生じていることが分かる。さらに、時間とともに電流の渦が中心から広がっている様子および渦の流れの方向が中心からの距離に依存して右回り、左回りと変化している様子が分かる。

これは、これまでよく知られている2次元電子系の一端から反対の端に一様に流れる直流電流が誘起されるものとは対照的です。この違いには、注入されたスピン流のスピン分極の違いが関係しています。今回の研究では、スピン流のスピン分極は2次元電子系に「垂直に」分極しています。これまでの主な研究では、注入されるスピン流のスピン分極が2次元電子系の「面内に」分極していました。この違いが、同じ2次元電子系内に誘起された電流の振る舞いの違いを生じさせました。

ラシュバ型スピン軌道相互作用のある2次元電子系では、2次元電子系面に垂直方向の全スピン角運動量と、2次元上を動く電子の回転に起因する角運動量の和が保存されています。今回の結果は、スピン流として流れ込んだスピン角運動量が2次元電子系の電子の回転運動に起因する角運動量に変換された過程を実証したことになります。

また、量子スピン鎖では電荷の自由度が凍結しているため、今回の結果は、純粋なスピン流が電流の渦という電荷自由度へ変換されたことを実証したことになります。

今後の期待

電流の渦が発生すると磁場が発生します。したがって、スピン流を生成するために初めに加えた磁場に周期性を持たせることで、2次元電子系内に発生する電流の渦にも周期性が現れ、結果として電磁場が発生することが予想されます。この電磁場は実験的に観測可能です。今後の実験による検証が待たれます。

今回のシミュレーションにより、注入するスピン流のスピン分極方向を2次元電子系に垂直に選んだときに、電流の渦が発生することが分かりました。これまでのスピントロニクス研究では、スピン分極方向はあまり重要視されてこなかったことから、今回のシミュレーション結果は新たな着眼点を与えるものであり、今後のさらなる研究や応用に期待がもたれます。

補足説明

1.電子スピン
電子の持つ自由度の一つで、微小な磁石として働く。電子の自転として理解できる。

2.Society 5.0
「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」として、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。

3.スピントロニクス
物質中の電子が持つスピンと電荷の二つの自由度を工学的に応用する分野のこと。

4.ラシュバ型スピン軌道相互作用、スピン軌道相互作用
スピン軌道相互作用とは、電子の自転運動によって生じるスピン角運動量と電子が原子核の周りを周回運動すること(軌道運動)によって生じる軌道角運動量との間に働く相対論的相互作用のこと。ラシュバ型スピン軌道相互作用は、2次元電子系や3次元物質表面・界面など、空間反転対称性が破れた系で著しいスピン軌道相互作用のことである。

5.スピン分極
磁性体や電子中のスピンの向きを空間的に偏極させた(ある特定の方向に向かせた)状態。実験的には磁場などを印加して偏極させる。

6.スピンホール効果、逆スピンホール効果
スピンホール効果は、電流が発生しているときに、スピン軌道相互作用などに起因して、電流に対して垂直方向にスピン分極方向に依存して別々の方向の力を受けることで、結果としてスピン流が発生する現象。逆スピンホール効果は、スピンホール効果の逆で、スピン流が発生しているときに、スピン流に対して垂直方向に電流が発生する現象。

7.量子多体系、量子多体効果
量子多体系は、量子力学に基づく多数の粒子が互いに影響を及ぼし合う系。「量子効果」と多数の粒子が影響を及ぼし合うことで生じる「多体効果」の両者が重要となる。

8.量子スピン鎖
量子的に振る舞うスピン(量子スピン)が1次元上に並んでいる系。通常、隣り合う量子スピン同士はお互いに影響を及ぼし合う、量子多体系の一つである。本研究では、隣り合う量子スピンの間には互いに反対向きになろうとする相互作用(反強磁性相互作用)を仮定した。

9.密度行列繰り込み群法
量子多体系における低エネルギー物理を高精度に計算するために考案された数値計算手法のこと。

国際共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 計算量子物性研究チーム
上級研究員 前川 禎通(まえかわ さだみち)
チームリーダー 柚木 清司(ゆのき せいじ)
(理研計算科学研究センター 量子系物質科学研究チーム チームリーダー、理研 開拓研究本部 柚木計算物性物理研究室 主任研究員)
開拓研究本部 柚木計算物性物理研究室
国際プログラム・アソシエイト(研究当時) フロリアン・ランゲ(Florian Lange)
計算科学研究センター 量子系物質科学研究チーム
研究員 白川 知功(しらかわ とものり)

中国科学院大学カブリ理論科学研究所
研究員 藤本 純治(ふじもと じゅんじ)

グライフスヴァルト大学
研究員 江島 聡(えじま さとし)
(理研 開拓研究本部 柚木計算物性物理研究室 客員研究員)
教授 ホルガー・フェスケ(Holger Fehske)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「ナノ構造制御と計算科学を融合した傾斜材料開発とスピンデバイス応用(研究代表者:能崎幸雄 慶應大学教授)」、同「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」(研究代表者:永長直人 東京大学教授/理研・創発物性科学研究センター副センター長)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B「スピンと巨視的回転の相互作用が切り拓くスピントロニクスの新展開(研究代表者:前川禎通)」、同「力学回転とスピンの相互変換(研究代表者:前川禎通)」、同「対称性が自発的に破れた二次元反強磁性体のマグノン励起とスピノン励起の数値解析(研究代表者:柚木清司)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Florian Lange, Satoshi Ejima, Junji Fujimoto, Tomonori Shirakawa, Holger Fehske, Seiji Yunoki, Sadamichi Maekawa, “Generation of current vortex by spin current in Rashba systems”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.126.157202

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 計算量子物性研究チーム
上級研究員 前川 禎通(まえかわ さだみち)
チームリーダー 柚木 清司(ゆのき せいじ)
(計算科学研究センター 量子系物質科学研究チーム チームリーダー、開拓研究本部 柚木計算物性物理研究室 主任研究員)
開拓研究本部 柚木計算物性物理研究室
国際プログラム・アソシエイト(研究当時) フロリアン・ランゲ(Florian Lange)
計算科学研究センター 量子系物質科学研究チーム
研究員 白川 知功(しらかわ とものり)

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