原子炉内での放射性物質のふるまい予測をめざす~重大事故時のセシウムの「化学」をデータベース化~

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2020-03-26 日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 東京電力福島第一原子力発電所の廃炉を安全に進めるにあたっては、燃料デブリ取出し等各種作業における被ばく管理が重要である。このために必要となるセシウム等放射性物質の原子炉内での付着状態等を知るためには、放射性物質が事故時にどのようにふるまうかを正確に評価することが重要。
  • そこで、事故時の原子炉内における放射性物質のふるまいに大きな影響を与える「化学挙動」を予測可能なデータベース「ECUME」を構築した。この「ECUME」をシビアアクシデント解析コードに適用することを通じて、放射性物質のふるまいのより正確な予測をめざす。
  • このデータベースは、既存の軽水炉や様々な原子力施設における予測にも適用可能で、これらのさらなる安全性向上へつながることができる。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄)原子力基礎工学研究センター軽水炉基盤技術開発ディビジョン性能高度化技術開発グループの逢坂正彦グループリーダー、中島邦久研究主幹、三輪周平研究副主幹らは、軽水炉の重大事故時におけるセシウム1)等の放射性物質の事故時ふるまい2)に大きな影響を与える化学挙動3)を予測可能な核分裂生成物化学挙動データベース「ECUME(エキューム; Effective Chemistry database of fission products Under Multiphase rEaction)」を構築しました。

東京電力福島第一原子力発電所(1F)では、原子炉内・原子炉建屋内に大量の放射性セシウムが残っていることがわかっています。しかし、その分布は不明なため、燃料デブリ4)取出し等の各種廃炉作業における作業員の被ばく管理で大きな課題となっています。これは、セシウムが化学的に反応しやすいという性質を持っており、配管等の構造材と様々な化学反応を生じて付着すること等の「事故時ふるまい」が複雑で予測が困難なためです。

セシウムの事故時ふるまいは、他の元素とどのような化合物をつくっているかに大きく影響されます。従って、事故時ふるまいを正確に予測するためには、事故で想定される多様な条件において、高温で核燃料から放出されたセシウムが原子炉内を移行する中で、どのような化学反応を生じ、その結果どのような化合物となっているかを評価すること、すなわち化学挙動を評価することが不可欠です。しかしながら、事故時ふるまいの予測に使用される現状のシビアアクシデント解析コード5)では、化学挙動を考慮した解析ができませんでした。

そこで研究グループは、実際に原子炉内で起こり得る化学挙動に関するデータやモデルを整備して、新たにデータベースを構築しました。「ECUME」と名付けたこのデータベースをシビアアクシデント解析コードに適用することにより、多様な条件に応じた化学挙動の予測が可能となりました。

本成果は、セシウムの事故時ふるまい、さらには、原子炉内におけるセシウム化合物の付着状態等のより正確な予測に向けての足掛かりとなるものです。これにより、1F廃炉作業における作業者の被ばく低減策の検討等の安全対策立案へつながることが期待できます。

さらに、「ECUME」には、セシウムのみならず、既設軽水炉の継続的な安全性向上の観点で重要なヨウ素6)や、再処理施設の事故で重要なルテニウム7)のデータも組み込んでいます。今後さらに、放射性廃棄物管理において重要なストロンチウム8)のデータを組み込むことで、既存軽水炉を含め様々な原子力施設の安全性向上へつながることも期待できます。

「ECUME」は、以下のURLより3月26日に公開します。
https://doi.org/10.11484/jaea-data-code-2019-017

【研究開発の背景】

1Fの燃料デブリ取出しや廃炉に向けた今後の作業の推進に際しては、原子炉内・原子炉建屋内の高線量の主要因となっている放射性セシウムの分布や付着状態を把握することが不可欠です。セシウムの分布や付着状態を評価することができれば、1Fの燃料デブリ取出しの各種作業における被ばく管理等、1F廃炉に向けての効果的な安全対策立案に役立ちます。セシウムの分布や付着状態は、シビアアクシデント解析コードを用いた事故時ふるまい解析の結果、プラントパラメータ等の実測値、線量調査等の現場の実態に関する情報等の様々な情報を総合的に分析することにより評価されるため、各情報の精度を継続的に上げていくことが重要です。

化学的に反応しやすい(活性が高い)セシウムは、事故時の原子炉内の雰囲気や温度に応じてその化学形態が容易に変化すること、配管等の構造材との様々な化学反応を生じて付着すること等、「事故時ふるまい」が複雑で予測が困難です。特に原子炉内で表面積が非常に大きい鋼製構造材に多くセシウムが付着することが予想されており、これを正確に予測できるかどうかが分布や付着量の評価において重要となります。

これらのセシウムの事故時ふるまいを正確に予測するためには、化学挙動を評価することが必要です。しかしながら、事故時ふるまいの予測に使用されるシビアアクシデント解析コードにおいて、現状では、セシウムは化学反応を起こさないと仮定している等、化学挙動を考慮した解析ができず、セシウムの事故時ふるまい予測における大きな課題でした。

【研究開発の内容】

そこで、シビアアクシデント解析コードを用いて事故時に実際に原子炉内で起こり得ると考えられるセシウム等の化学挙動を予測可能とするため、核分裂生成物化学挙動データベース「ECUME」を構築しました(図1)。「ECUME」には、主に以下の3つが格納されています。

① セシウムとホウ素との気相中での化学反応速度定数データ
(ホウ素は沸騰水型軽水炉(BWR)で制御材として使用されている)
② セシウムと鋼製構造材等との化学反応モデル
③ ①と②のデータやモデルの構築に必要な、セシウムの主要な化合物の熱力学データ

「ECUME」は、セシウムの事故時の温度や雰囲気変化による化学反応に加え、ホウ素との化学反応、さらに原子炉内の鋼製構造材に含まれる鉄やケイ素との化学反応の解析を可能とした世界で初めてのデータベースです。

図1 「ECUME」の構成と概要

「①化学反応速度定数データ」は、第一原理計算9)等を用いた計算科学的手法を駆使して、実験等で観察される複雑な化学反応を構成する1つ1つの基本的な素反応について速度定数を評価しました。これにより、今までのシビアアクシデント解析コードでは不可能であった気相中でのセシウム等の化学反応を、事故時の原子炉内のあらゆる場所・条件に応じて解析できるようになりました。その結果、セシウムとホウ素との事故時の化学反応を再現する実験において観察された現象であるホウ素がセシウムと結合して高い凝縮性を有する化合物となることを解析できるようになりました(図2)。

「②構造材等との化学反応モデル」は、鋼製構造材であるステンレス鋼と揮発性セシウムの事故時の化学反応を再現する実験を行い、セシウムと鉄・ケイ素が化合物を生成して鋼製構造材に固着することを明らかにしました(図2)。さらに、温度や鋼製構造材組成等の各種条件下で生じるセシウムと鋼製構造材の反応を評価して、モデルを作成しました。これまでのシビアアクシデント解析コードで用いられていたモデルでは温度の影響しか考慮されていませんでしたが、これによりセシウム濃度や鋼製構造材組成等の影響を評価できるようになり、典型的・代表的な事故条件だけでなく、多様な条件におけるセシウムと鋼製構造材の反応を正確に解析できるようになりました。これらのモデルは、シビアアクシデント解析コードにそのまま適用することができます。

図2 「ECUME」で解析可能なセシウムの化学反応例

「③熱力学データ」は、我々のグループで自ら平衡蒸気圧データ等の実験データを取得し、あるいは第一原理計算による評価により、凝縮性セシウムや固着性セシウムに対する高精度のデータをまとめました。これら高精度な熱力学データは、OECD/NEA等のプロジェクトにも提供し、国際的にもその有用性が認められています。

【研究開発成果の応用】

セシウムとBWR制御材(ホウ素)との反応による凝縮性の化合物の生成や、セシウムと鋼製構造物(鉄やケイ素)との化学反応による固着は、原子炉内における分布や付着状態に大きな影響を与えるものの、今まではシビアアクシデント解析コードにより予測できませんでした。今回新たに構築した「ECUME」を、シビアアクシデント解析コードに適用することで、これらの化学挙動を予測できるようになります。例えば、今まで、条件によっては最大で10倍程度過大に見積もっていた可能性のある炉内の上部鋼製構造材へのセシウムの固着速度をより正確に予測できるようになります。今後、1F内部調査による現場の情報等を用いて、「ECUME」を適用したシビアアクシデント解析コードの妥当性の検証・改良を進めることで、セシウムの事故時ふるまいのより正確な予測につながることが見込めます。これは、原子炉内における分布や付着状態の予測に向けての足掛かりとなるもので、燃料デブリ取出し作業における被ばくの低減策の検討や二次的な汚染の評価等、1F廃炉作業における安全対策立案へつながることが期待できます。

また、「ECUME」には、揮発性の化合物になりやすいヨウ素のデータも組み込んでおり、原子炉内での化学反応を解析できるようになりました。これは、ヨウ素の事故時ふるまいや環境放出量のより正確な予測への足掛かりとなり、より精度の高い被ばく線量の評価や効果的な安全対策の立案等、軽水炉の安全性向上の取り組みへつながることも期待できます。さらに、「ECUME」には、再処理施設の事故で重要となるルテニウムのデータも組み込んでおり、再処理施設内でのルテニウムの化学反応も解析できるようになりました。これにより、再処理施設の安全性向上に向けた事故時のルテニウムの環境放出予測手法や安全対策の高度化につながることも期待できます。

【今後の展開】

「ECUME」は放射性物質のデータを容易に組み込んで拡張できるため、今後は、1F廃炉や廃棄物処理において重要となるストロンチウム等の様々な放射性核種の放射能量評価にも役立つことを目指して、継続的なデータベースの拡充を行っていく予定です。

【論文情報】

雑誌名:原子力機構研究開発報告書類「JAEA-Data/Code」, JAEA-Data/Code 2019-017, DOI:10.11484/jaea-data-code-2019-017

タイトル:”Fission Product Chemistry Database ECUME Version 1.1”

著者:Development group for LWR advanced technology

著者所属:日本原子力研究開発機構

雑誌名:Mechanical Engineering Journal, volume 7, number 3, 2020, paper number 19-00537, https://doi.org/10.1299/mej.19-00537 (Advanced Publication by J-STAGE)

タイトル:”Development of fission product chemistry database ECUME for the LWR severe accident”

著者:S. Miwa, K. Nakajima, N. Miyahara, S. Nishioka, E. Suzuki, N. Horiguchi, J. Liu, F. Miradji, J. Imoto, A. Mohamad, G. Takase, H. Karasawa, M. Osaka

著者所属:日本原子力研究開発機構

雑誌名:Journal of Nuclear Science and Technology, volume 56 issue 2, 2019, pp.228 – 240

タイトル:”Chemical reaction kinetics dataset of Cs-I-B-Mo-O-H system for evaluation of fission product chemistry under LWR severe accident conditions”

著者:N. Miyahara1, S. Miwa1, N. Horiguchi1, I. Sato2, M. Osaka1

著者所属:1日本原子力研究開発機構、2東京都市大

雑誌名:Journal of Nuclear Science and Technology, volume 56 issue 11, 2019, pp.988 – 995

タイトル:”An experimental investigation of influencing chemical factors on Cs-chemisorption behavior onto stainless steel”

著者:S. Nishioka, K. Nakajima, E. Suzuki, M. Osaka

著者所属:日本原子力研究開発機構

雑誌名:Journal of Nuclear Materials, volume 491, 2017, pp.183 – 189.

タイトル:”Thermodynamic study of gaseous CsBO2 by Knudsen effusion mass spectrometry”

著者:K. Nakajima, T. Takai, T. Furukawa, M. Osaka

著者所属:日本原子力研究開発機構

【公開URL】

https://doi.org/10.11484/jaea-data-code-2019-017

【用語解説】

1)セシウム

核燃料であるウランの代表的な核分裂生成物で、放射性同位体としてはセシウム134、135、137等があげられる。気体状になりやすい放射性元素で、特にセシウム137は、1F原子炉内での主要な放射線源として問題となっている。なお、1F事故後には、「事故時のセシウム137の放出量が100TBqを超えるような事故の発生頻度は、100万年に1回程度を超えないように抑制されるべきである」との安全目標が定められている。

2)事故時ふるまい

軽水炉事故時に高温となった核燃料から気体状の放射性物質が放出されて、放射性物質同士の反応や原子炉内の構造物との化学反応、さらに冷却系配管や格納容器での温度低下により凝縮・凝集することで、化学形態や化学的性質、物理的形状を大きく変化させる。この物理化学的変化を総称して、事故時ふるまいと呼ぶ。

3)化学挙動

重大事故時に燃料から放出された核分裂生成物が、環境に放出されるまでに温度や雰囲気に応じて変化したり、周辺の物質等と化学反応したりして様々な種類の化合物に変化すること。

4)燃料デブリ

重大事故時に、冷却材の喪失により原子燃料が溶融し、原子炉構造材や制御棒と混ざり合い冷えて固まったもの。

5)シビアアクシデント解析コード

原子力施設の主要な機器や系統をモデル化し、原子炉内の熱流動、炉心の溶融の仕方や放射性物質の放出などの主要な現象を模擬して、シビアアクシデントの進み方を総合的に、またシビアアクシデント時に生じる様々なふるまいを解析するコードである。

6)ヨウ素

核燃料であるウランの代表的な核分裂生成物で、放射性同位体としてはヨウ素129、131等があげられる。気体状になりやすい性質を持ち、ヨウ素は甲状腺に蓄積されるため、特に放射能が高いヨウ素131は、被ばく評価において重要な核種となっている。

7)ルテニウム

核燃料であるウランの代表的な核分裂生成物で、放射性同位体としてはルテニウム106、103等があげられる。再処理施設の条件では、気体状になりやすい化合物に変化するため、被ばくにおいて重要である。

8)ストロンチウム

核燃料であるウランの代表的な核分裂生成物で、骨を構成するカルシウムと電子配置・半径が似ているため、体内に取り込まれると骨の中のカルシウムと置き換わって体内に蓄積し、体内からの被ばく(内部被ばく)の要因となる。

9)第一原理計算

物質を構成する電子のふるまいを理論的に取扱うことで、実験データや経験パラメータを使用せずに物質の状態やエネルギーを計算する手法。第一原理計算により実験では分からないミクロな情報を補うことで、物質の変化や性質を解析することが可能となる。