臨終間近の老星が変身する瞬間をアルマ望遠鏡が捉えた

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2020-03-05  国立天文台

臨終間近の老星が変身する瞬間をアルマ望遠鏡が捉えた

アルマ望遠鏡で観測した年老いた星を含む連星系「W43A」の周囲。中心に連星があり、左右方向に細長い高速ジェットが伸びていることが分かります(青色)。ジェットの周りには、低速のガス流も見えています(緑色)。さらにその周りには、ジェットで掃き寄せられた塵(ちり)が広がっています(オレンジ色)。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Tafoya et al.) オリジナルサイズ(163KB)


アルマ望遠鏡を用いた観測で、老齢の星から噴き出すガスのジェットとその周囲の物質の分布が、これまでにない解像度で描き出されました。詳しい分析の結果、ジェットが噴き出し始めたのは今からわずか60年ほど前であることや、このジェットが星の周囲のガス雲を今まさに変形させつつあることが明らかになりました。これらの結果は、星が一生を終えた後に残す「惑星状星雲」の形成メカニズムを明らかにする上で重要な知見です。加えて、惑星状星雲の形成過程が人間の寿命程度の時間で起こる現象であることも明らかにした、興味深い成果です。

太陽程度の質量を持つ星は、一生の最後に大きく膨らんで赤色巨星となります。その後は自身を形作るガスを噴き出し、「惑星状星雲」と呼ばれる天体を残して一生を終えます。惑星状星雲には球状のものや細長く伸びたものなど様々な形状がありますが、元の星が単独星か連星かによって違った形状になると考えられています。単独星の場合はガスがほぼ球対称に噴き出すために惑星状星雲も球対称になり、連星の場合は老齢の星から噴き出すガスがもう片方の星の重力の影響を受けるために球対称ではなく複雑な形に広がるとされています。しかし、惑星状星雲の形状の鍵となる年老いた星の周辺は、星から既に放出された物質で隠されてしまうため、直接観測することが困難でした。

鹿児島大学の今井裕(いまい ひろし)准教授らの国際研究チームは、高い解像度を持つアルマ望遠鏡を用いて、わし座の方向7200光年の位置にある、年老いた星を含む連星系「W43A」を観測しました。その結果、年老いた星から噴き出すジェットの電波放射と、天体を取り巻く塵(ちり)の広がりを、これまでになく鮮明に捉えることに成功しました。そして解析の結果、ジェットによって周囲の物質が掃き寄せられ始めていること、ジェットが噴き出す速度がこれまで推定されていたよりもはるかに大きいことが分かりました。この速度は、天体から放出された時には秒速175キロメートルにも及んでいます。ジェットの長さと速度から逆算すると、ジェットが噴き出し始めたのはわずか60年前という極めて最近のことであることが分かったのです。

ジェットの噴出開始が最近であることから、この天体の周囲の物質の分布は、ジェットによってまさに変形され始めた段階にあると考えられます。

今回の研究成果について今井准教授は、「このジェットにしても、その後数十年以内に形成される惑星状星雲にしても、星間空間と恒星との間の物質の輪廻(りんね)の一部です。それらを通して我々は、恒星内部で合成された元素が宇宙空間にまき散らされる過程を見ていることになります。その仕組みを解き明かすことは、私たちの宇宙における物質進化の理解がより深まることにつながります」と述べています。

この研究成果は、D. Tafoya et al. “Shaping the envelope of the asymptotic giant branch star W43A with a collimated fast jet”として、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』に2020年2月13日付で掲載されました。

2020.03.05
臨終間近の老星が変身する瞬間をアルマ望遠鏡が捉えた
鹿児島大学の今井裕 准教授、スウェーデン・チャルマース工科大学のダニエル・タフォヤ シニア・リサーチ・エンジニアらの国際研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて老齢の星W43Aを観測し、この星から噴き出すジェットとその周囲の物質の分布をこれまでにない解像度で描き出すことに成功しました。データを詳しく分析した結果、ジェットが吹き出し始めたのは今からわずか60年ほど前であり、ジェットによって星の周囲のガス雲の形状が変形しているまさにその現場を見ていることが明らかになりました。これは、星が一生を終えた後の姿である「惑星状星雲」が形作られるメカニズムを明らかにする上で重要な知見を与える成果であることに加え、その過程が人間の寿命程度のタイムスケールで追跡できる現象であることを明らかにした、興味深い成果と言えます。

太陽程度の質量を持つ星は、一生の最後に大きく膨らんで赤色巨星となり、その後は自身を形作るガスを噴き出して「惑星状星雲」と呼ばれる天体として一生を終えます。惑星状星雲には球状のものや細長くのびたものなど様々な形状が知られていますが、そのもとになった星は球状であることから、多様な形状の星雲が作り出されるメカニズムは多くの天文学者の関心を引いてきました。

惑星状星雲の形状は、もとになった星が単独星か連星を成すかによって異なると考えられています。単独星の場合は、年老いた星からガスがほぼ球対称に噴き出すために惑星状星雲も球対称な形状になると考えられますが、ふたつの星が互いを回りあう連星系の場合、老齢の星から噴き出したガスが、もう片方の星の重力によって影響を受け、球対称ではない複雑な形に広がることが想定されます。しかし、惑星状星雲の形状のカギとなる年老いた星周辺の領域は星から既に放出された物質によって隠されてしまうため、直接観測することが困難でした。

今井氏らの研究チームは、これまでに電波望遠鏡を用いて終末期にある星々を数多く観測し、一部の天体からは水分子が放つ特異的な電波が検出されることをすでに明らかにしています。今井氏は、次の様に解説します。「これらの天体を、私たちは『宇宙の噴水』天体と呼んでいます。これらが本当に連星を成しているのか、実の所はまだ確定できていません。しかし、次のことが予想されます。2つの星の片方が先に進化し、赤色巨星を経てガスを噴き出し、自身は芯だけになります。ここに、低質量の伴星からのガスが流れ込みます。そのガスの一部が、終末期の星から双極方向に高速で噴き出すジェットを作るのです。赤色巨星から過去に噴き出したガスとこのジェットがぶつかることで、複雑なガスの構造が作られるとともに、この衝突現場から水分子の電波が出るのです。」年老いた星を含む連星系の進化のイメージ図
年老いた星を含む連星系の進化のイメージ図。(1) A,B二つの星からなる連星系です。(2)連星系のうち質量の大きい星Aが先に進化し、赤色巨星になります。(3)星Aの進化がさらに進み、ガスを周囲にガスを噴き出します。中心には、星Aの芯が残されます。(4)星Bも膨らみ始め、星Bのガスが星Aの芯の重力にとらえられて流れ込みます。そのガスの一部は星Aから両極方向にジェットとして放出されます。
Credit: NAOJ


この現象の鍵となるジェットの継続時間は100年未満と考えられており、星々の寿命に対して数百万分の1以下と大変短いことが特徴です。つまり、実際にジェットを噴き出す段階にある星を観測できる確率が低いのです。「1000億個以上の星が存在する天の川銀河の中でも、この段階にある連星系はこれまでの観測で15例しか発見されていません」と、ホセ=フランシスコ・ゴメス氏(スペイン・アンダルシア天体物理学研究所)が観測の現状を振り返ります。短時間しか継続しないジェットは、地球からは遠くにあって非常に小さく見えるので、これまでジェットと周囲のガスの衝突のようすを詳しくとらえることはできていませんでした。

そこで研究チームは、高い解像度を持つアルマ望遠鏡を用いて、「宇宙の噴水」天体のひとつであるW43Aを観測しました。W43Aは、地球から見るとわし座の方向に7,200光年離れた位置に存在する、年老いた星を含む連星です。アルマ望遠鏡による観測の結果、年老いた星から噴き出すジェットからの電波放射と、その周囲の塵の広がりをこれまでにないほど鮮明に捉えることに成功しました。

臨終間近の老星が変身する瞬間をアルマ望遠鏡が捉えた20200305_W43A_composite
アルマ望遠鏡で観測した年老いた星を含む連星系W43Aの周囲のようす。中心に連星系があり、左右方向に細長い高速ジェットがのびていることがわかります(青色に着色)。ジェットのまわりには、低速なガス流も見えています(緑色)。さらにジェットのまわりには、ジェットではき寄せられた塵が広がっています(オレンジ色に着色)。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Tafoya et al.20200305_W43A_art20200305_W43A_art
アルマ望遠鏡による観測結果をもとにした、W43Aの周囲の想像図。画面いっぱいに広がる淡いガス雲は、より早い段階で中心の星から球対称に噴き出したガスです。星から噴き出す細長いジェットが周囲の物質をはき寄せて変形させていくことで、複雑な惑星状星雲の形が今まさに作られようとしています。
Credit: NAOJ


このデータを詳しく調べた結果、老齢の星から噴き出したジェットによって周囲の物質が掃き寄せられ始めていることがわかりました。今回観測された塵は、こうして集められた物質であり、ジェットによって今後さらに外側へと運ばれていくと考えられます。また、ジェットの速度がこれまで推定されていたよりもはるかに大きく、天体から放出された時には秒速175kmにも及ぶことがわかりました。ジェットの長さとこの速度から逆算すると、ジェットが噴出を始めたのはわずか60年前という極めて最近のことであることが明らかになりました。さらに、ジェットの中にほぼ等間隔に並ぶガスの塊も確認できました。今回の観測では連星系中の2つの星を分離して見ることはできませんでしたが、この様な「間欠泉」とも呼べる断続的なジェット放出もまた、W43Aが連星系をなすと考えられる重要な知見を与えています。

「ジェットが非常に若いことを考えると、この天体では星周物質の分布がジェットによってまさに変形され始めた段階にあると考えられます。数十年というタイムスケールで変化する現象であれば、一人の人間が生きている間にその動きを追跡することができるのです」と、論文の筆頭著者であるダニエル・タフォヤ氏(スウェーデン・チャルマース工科大学)は語っています。

今井氏は、「このジェットにしても、その後数十年以内に形成される惑星状星雲にしても、星間空間と恒星との間の物質の輪廻の一部です。それらを通して我々は、恒星内部で合成された元素が宇宙空間に撒き散らされる過程を見ていることになります。その仕組みを解き明かすことは、私たちの宇宙における物質進化の理解がより深まることにつながります。」と結論付けています。

論文・研究情報

この観測成果は、D. Tafoya et al. “Shaping the envelope of the asymptotic giant branch star W43A with a collimated fast jet”として、アメリカの天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に2020年2月13日付で掲載されました。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
ダニエル・タフォヤ(スウェーデン・チャルマース工科大学オンサラ天文台)、今井裕(鹿児島大学理工学研究科附属天の川銀河研究センター/総合教育機構共通教育センター)、ホセ=フランシスコ・ゴメス(スペイン高等科学研究院アンダルシア宇宙物理研究所)、中島淳一(中国・中山大学物理天文学部天文学科)、ガボール・オロス(オーストラリア・タスマニア大学/中国・新疆天文台)、ボスコ H.K.・ユン(ポーランド・ニコラス=コペルニクス天文学センター)

この研究は、以下の支援を受けて行われました。

文部科学省科学研究費補助金(No. 16H02167)、日本学術振興会外国人研究者招聘事業(S14128)、MINECO (Spain) Grant AYA2017-84390-C2-R (co-funded by FEDER) 、State Agency for Research of the Spanish MCIU through the “Center of Excellence Severo Ochoa” award for the Instituto de Astrofisica de Andalucia (SEV-2017-0709)、Australian Research Council Discovery project DP180101061 of the Australian government、CAS LCWR 2018-XBQNXZ-B-021 and National Key R&D Program 2018YFA0404602 of China.

1701物理及び化学
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