2020-03-04 国立天文台
台湾の中央研究院天文及天文物理研究所のパク・ジョンホ研究員や国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘助教を中心とする東アジアの国際研究チームが、楕円銀河M87の中心にある巨大ブラックホール近傍から噴出するジェットの運動を調べ、加速する様子を明らかにしました。M87は、イベント・ホライズン・テレスコープ (EHT) によってブラックホールが撮影された天体として有名ですが、研究チームは以前からブラックホールに付随するジェットについての研究を進めていました。
本研究では、秦助教らの研究成果「KaVAで活動銀河核ジェットの運動を捉えることに成功」からさらに発展し、M87を2週間に1度観測するKaVA大規模観測プログラムの最初1年分のデータを使って、ジェットの運動をより詳細に調べたものです。KaVAは日韓合同VLBI観測網 (KVN and VERA Array) の略称で、大規模プログラムは2016年から開始し、M87のジェットを43GHzと22GHzの周波数帯で調べています。
この観測の結果、電波コア (ジェット根元の電波で明るい場所) から0.5ミリ秒角(※1)離れた場所では見かけの速度が光速の0.3倍程度であったのに対し、20ミリ秒角離れた場所になると、光速の2.7倍という超光速運動(※2)が見られました(図1)。つまりジェットが0.5ミリ秒角から20ミリ秒角の間で加速されており、その加速度合いは、ジェットの加速機構を調べるための重要な観測結果となります。
パク研究員らは、更に遠方 (下流) のジェットの運動も調べるため、VLBA(※3)で観測された波長の長い1.7GHz帯のデータも同様に分析しました。このデータからは、電波コアから200~410ミリ秒角の離れた場所で、見かけの速さが光速の5.8倍にもなる超光速運動を捉えました。
これらの観測結果から、ジェットの収束領域付近で加速も起こっていることがわかりました。ただし、磁場が強いジェットで理論的に予測されるよりも、緩やかに加速されている(図2)ので、注入されるエネルギーに対する加速の効率が予測よりも低い可能性があります。あるいは、上で仮定したシンプルな1つの流れではなく、ジェットが複数の層を持っていて、それぞれが別の具合いで加速している可能性もあります。
本研究結果は、EHTでブラックホールが撮影された2017年よりも前の観測に基づくものですが、ブラックホール撮影と同時期にも東アジアのチームはジェットの撮影を行なっています。現在、これらの最新データを用いた詳細な分析が進められており、ブラックホールとジェットの関係はさらに理解が深まることが期待されます。
図1:22GHz帯で観測されたM87ジェットの画像。上から順に時系列に並んでおり、一番上と一番下の観測日は109日離れている。色付けされた点が少しずつ右にずれる様子が見られ、ジェットの運動を表している。ジェットの下流へ行くほど大きく右にずれることから、下流の方が速度が速いことがわかる。
図2:ブラックホールからの距離 (横軸) とその場所でのジェットの速度 (縦軸) の関係。距離はシュバルツシルト半径(※4)の単位で表している。本研究で得られた結果と、以前のKaVA観測の結果をダイヤマークで示し、特にKaVAによって測定された領域は赤い楕円で囲んでいる。この図から、ジェットの下流ほど速くなる様子がわかり、ローレンツ因子Γは距離zの0.16乗に比例する傾向がある (破線)。一方、M87のジェットが強い磁場を持つと考えた時、理論的にはΓがzの0.58乗に比例するはずなので、その予測と比べると、実際には加速が緩やかである。
※1: ミリ秒角は角度の単位で、1ミリ秒角は3600000分の1度。2点が見かけ上どれだけ離れているかを表す。地球から5500万光年離れているM87では、1ミリ秒角が実距離にして0.3光年にあたる。ただし、ジェットは天球面に対して傾いているので、離角が1ミリ秒角でもジェット軸に沿った長さは0.3光年よりも長くなる。
※2: 超光速運動とは、見かけ上、光の速度を超えて運動しているように見える現象のこと。物体が電磁波を放射しながら光速に近い速さで観測者の方向へ運動している時に、観測される。
※3: VLBA (超長基線アレイ; Very Long Baseline Array) はアメリカ国立電波天文台が運用する超長基線電波干渉計 (VLBI)。
※4: シュバルツシルト半径とは、ブラックホールの質量に比例する大きさで、ブラックホールの半径として用いられる。M87 巨大ブラックホールのシュバルツシルト半径は0.003光年 (200億キロメートル) 程度。
文責:田崎文得
関連論文
- Park et al. (2019), ApJ, 887, 147, “Kinematics of the M87 Jet in the Collimation Zone: Gradual Acceleration and Velocity Stratification”