川から海へ、セシウムはどれだけ流出したか

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観測結果とモデルを組み合わせたセシウム流出量の推定手法を開発

2020-01-15   日本原子力研究開発機構,福島大学

【発表のポイント】

  • 河川を通じた放射性セシウム(以下「セシウム」)の海への流出は、東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所(以下「1F」)から海への直接放出および大気経由のフォールアウト1)に続く第3の流出経路と考えられていた。
  • 現在、森林流域から河川に流出するセシウムは年間1%未満と非常に小さく、河川水中のセシウム濃度も低下し続けている。しかし、1F事故後初期の河川水のモニタリングデータは乏しく、その後も断片的な評価期間や観測地点しか存在しなかった。また、降雨時を含め長期にわたって評価可能な計算モデルも存在しなかった。
  • そこで原子力機構は観測結果を基にした計算モデル「MERCURY 2)」を開発し、1F事故後の河川を通じて海へ流出するセシウム流出量を算出した。その結果、事故後半年間のセシウム流出量は、他の流出経路に比べ流出量が2桁程度少ないこと、また、2017年までに河川から海へ流出した量の6割を占めることがわかった。
  • モデルを利用することで、事故後初期に加え長期にわたる海洋への流出量の評価や、降雨ごとのセシウム流出量や河川水中セシウム濃度の時間変化の予測が可能となる。そのため、阿武隈川を含む複数の河川に対し、台風時等のセシウム流出量を評価することで、地域住民の安心につながることが期待される。さらに、本手法はセシウムのみならず、水や土砂流出に伴う汚染物質の移行などにも応用が可能である。

図1 河川から海洋へのセシウム流出量の推定手法

図2 河川から海洋へのセシウム流出量の算出方法概念図

①から④の手順で計算を行う。

手順①・・・一時間ごとの降水量から河川水流量を計算する。

手順②・・・河川水流量に応じた懸濁物質の流出量を実測値から推定する。

手順③・・・セシウム濃度の時間変化を実測値から推定する。河川中でセシウムは、懸濁態に付着した成分と水に溶存した成分が存在するため、それぞれに対して推定する。

手順④・・・手順①から手順③にて得られた河川水流量、土砂流量、セシウム濃度を組み合わせて、合計のセシウム流出量を計算する。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 児玉敏雄、以下、「原子力機構」という)福島研究開発部門 福島研究開発拠点 福島環境安全センターの佐久間一幸研究員ら、国立大学法人福島大学の難波謙二教授らは、1F事故に由来するセシウムが、河川を通じて海洋へどの程度流出するのかを計算するモデルを開発しました(図1、2)。

1F事故由来のセシウムの海洋流出の経路は、1Fからの直接放出および大気経由のフォールアウト1)の2つが主な経路として評価されてきました。そこに加えて、河川を通じて海洋へ移動する経路が、第3の流出経路と考えられています。

しかし、水位や濁り度合、セシウム濃度を河川毎に観測する手間から、事故後初期においてモニタリングデータが乏しく、その後も断片的な評価期間や観測地点しかありませんでした。また、広範な阿武隈川を含む複数の河川から流出するセシウムを、降雨時含め長期にわたって評価可能な計算モデルも存在しませんでした。そのような背景から、河川から海洋へのセシウム流出量の推定が望まれていました。

そこで、河川を通じた海洋への流出量を推定するために、簡易な河川流出モデル(タンクモデル3))と事故から数か月経って以降の観測結果を組み合わることで、河川から海洋に流出するセシウムを、河川ごとに、降雨に対応するよう時間単位で、かつ数年という長期間に対し、迅速に算出できる計算モデル「MERCURY(マーキュリー)2)」を開発しました。

本モデルを用いた解析の結果、事故後初期の1Fからの直接放出量(3.5千兆Bq)や大気を経由したフォールアウト量(7.6千兆Bq)に比べ、1F事故から約半年間での河川を経由したセシウム流出量は2桁程度小さかったことがわかりました。さらに、1F事故から約半年間の河川を通じた海洋へのセシウム流出量は、2017年末までの流出量の約6割を占めることがわかりました。

本モデルを用いることで、事故後初期の流出量の評価のみならず、長期にわたる海洋への流出量の評価が可能となります。

また、本モデルは、降雨ごとのセシウム流出量や河川水中セシウム濃度の時間変化の予測が可能なため、阿武隈川を含む複数の河川に対し、台風時等のセシウム流出量を評価することで、地域住民の安心につながることが期待されます。

さらに、本研究で用いられた手法は、環境放射能だけでなく、水や土砂流出に伴う汚染物質の移行などにも応用が可能なので、世界中で利用されることが期待できます。

本成果は、「Journal of Environmental Radioactivity」11月号に掲載されました。また、オンライン版としてオープンアクセスにて公開中です。

本研究は、福島大学環境放射能研究所平成30年度連携研究推進事業環境放射能分野における学際共同研究「研究者間共同研究プロジェクト」の一環として福島大学と共同で実施したものです。

【研究の背景と目的】

1Fの事故に由来するセシウムの海洋への流出は、1Fからの直接放出および大気を経由したフォールアウトが主な経路として評価されてきましたが、第3の経路として、河川を通じて海洋へと移動する経路も考えられています参考文献1。しかし、河川を通じて海洋へと流出するセシウム量を推定するには、水位や濁度、セシウム濃度を河川ごとに観測する手間から、事故後初期のモニタリングデータは乏しく、その後も断片的な評価期間や観測地点しかありませんでした。また、広範な阿武隈川を含む複数の河川から流出するセシウムを、降雨時含め長期にわたって評価可能な計算モデルも存在しませんでした。そのような背景から、川から海へのセシウム流出量の推定が望まれていました。

原子力機構ではこれまで、森林から河川、海洋に至る流域規模での環境中のセシウムの一連の動きに対して包括的な調査および解析的研究を行ってきました。現在、森林流域から河川に流出するセシウムは年間1%未満と非常に小さく、また河川水中のセシウム濃度も低下し続けていることがわかっています。それらの知見を活用し、河川を通じた海洋へのセシウム流出量の推定に取り組んできました。

【研究の手法】

本研究は、降水量から河川水流量を計算できるタンクモデル、実測値をベースとした、河川水流量と懸濁物質4)流出量の関係および河川水中のセシウム濃度の経験式を組み合わせることで(図1、2)、河川から海洋に流出するセシウムを、河川ごとに、降雨に対応するよう時間単位で、かつ数年という長期間に対し、迅速に算出できる計算モデル「MERCURY」を開発しました。

開発したモデルを用いて、2011年3月から2017年12月までの、阿武隈川および浜通り13河川から海洋へのセシウム流出量を計算しました。浜通りの2級河川(南相馬市小高川、浪江町請戸川、双葉町前田川、大熊町熊川、富岡町富岡川)において(図3)、河川水流量および懸濁物質濃度を連続観測し(阿武隈川においては公表データを利用)、さらにセシウム濃度の時間変化は、福島県内で測定・公表されているデータを用いて解析しました。本研究で計算対象としていない河川については、セシウム沈着量との関係から推定しました。

タンクモデルから計算される河川水流量については、対象河川毎に降雨時の応答性5)や地下水からの基底流量、対象期間の総流出量等を比較し、再現性を確認しました。河川水流量と懸濁物質流出量の関係式は、対象河川毎に連続観測データから作成し、いずれの河川においても解析値は観測値を良好に再現しました。河川水に含まれるセシウムの濃度は、水に溶けているセシウムと河川水中に浮遊している土の粒子に付着しているセシウム毎に、福島県内で取得されたデータを事故後初期から2017年まで内挿6)あるいは外挿6)することで、時間変化の経験式を求めました。

図3 計算対象河川流域(赤枠)と観測地点(白丸)

小高川、請戸川、前田川、熊川、富岡川にて河川水流量及び懸濁物質濃度を連続観測(阿武隈川においては公表データを利用)。河川水中のセシウム濃度の時間変化を解析する際は、福島県内で公表・測定されているデータを他の河川を含めて解析。

【得られた成果】

開発したモデルを用いた解析の結果、1F事故から約半年間における河川を通じた海洋へのセシウム流出量は、2017年末までの流出量の約6割を占めることがわかりました。さらに、1F事故から約半年間の河川を通じた海洋へのセシウム流出量は、1Fからの直接放出量(3.5千兆Bq)や大気を経由した海洋へのフォールアウト量(7.6千兆Bq)に比べて、2桁程度小さいこと(図4)がわかりました。

図4 事故直後から約半年間の海洋へのセシウム137流出量の比較

1F事故から約半年間の河川を通じた海洋へのセシウム流出量は、1Fからの直接放出量や大気を経由した海洋へのフォールアウト量に比べ2桁程度小さいことがわかった。

【波及効果と今後の展開】

本研究で開発されたモデルを用いることで、事故後初期の流出量の評価のみならず、長期にわたる海洋への流出量の評価が可能となります。

また、本モデルを利用することで、降雨時の時間単位での河川水中のセシウム濃度の予測、湖沼や海洋への流出量の予測が可能となり、河川水の灌漑における水門管理などに利用されることが期待されます。

さらに、本研究で用いられた手法は、環境放射能の分野のみならず、水や土砂流出に伴う汚染物質移行などにも応用が可能なので、幅広く世界中に利用されることが期待されます。今後は海洋の研究者とともに、より直接的に河川由来のセシウムの影響をうける沿岸域を対象に、沿岸域に存在するセシウム量との比較を行う予定です。

【書誌情報】

雑誌名:Journal of Environmental Radioactivity (2019), 208-209, 106041.

タイトル:A modeling approach to estimate the 137Cs discharge in rivers from immediately after the Fukushima accident until 2017

著者:K.Sakuma, T.Nakanishi, K. Yoshimura, H. Kurikami, K. Nanba, M. Zheleznyak

所属:日本原子力研究開発機構、福島大学

DOI番号:10.1016/j.jenvrad.2019.106041

【参考文献】

1) Tsumune et al., 2018. Impacts of riverine input on oceanic 137Cs derived from the Fukushima dai-ichi nuclear power plant accident. In: Japan Geoscience Union Meeting 2018.

【用語解説】

1) フォールアウト

大気圏内核実験や原子力施設の事故などで大気中に放出され、地上に降下した放射性物質のこと。放射性降下物。

2) MERCURY(マーキュリー)

Mathematical and EmpiRical approach to predict radioCesiUm dischaRge bY tank modelの略。

3) タンクモデル

雨に対して河川水流量の反応を計算するために古くから利用されているモデル。世界中で十分検証されていて、精度良く実測値を再現することが可能である。

4) 懸濁物質

水中に浮遊している水に溶けない1 µm~2 mmの固体粒子をいう。

5) 応答性

降雨に対して河川水流量が変化(応答)する特性。河川流域の大きさ、地形、地質、土地利用などによって異なる。

6) 内挿・外挿

観測データがない期間の数値を推定する補完方法。前後の観測データがある場合を内挿、前あるいは後の観測データのみがある場合を外挿という。

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