福島原発事故後の河川放射性物質長期モニタリング結果から
2019-10-08 京都大学
山敷庸亮 総合生存学館教授、恩田裕一 筑波大学教授、福島県らの研究グループは、東京電力福島第一原子力発電所の事故発生後における河川の放射性セシウム濃度を5年間にわたってモニタリングし、取得したデータを解析した結果、水田・畑・都市域など人間活動の影響がある地域から流出する放射性セシウム濃度が大きく低下していることを解明しました。
例えば阿武隈川水系では、事故後5年目までに、チェルノブイリ原発事故後のプリチャピ川の約3分の1~21分の1となっていることがわかりました。
本研究成果は、福島の陸域がヨーロッパの知見から考えられていたよりも速く浄化していることを示しており、福島の環境修復が進んでいることを明らかにしました。また、これらのデータは、将来、世界各国で起こりうる放射能汚染事故の復興計画に大きな影響を与えるものと考えられます。
本研究成果は、2019年9月26日に、国際学術誌「Environmental Science and Technology」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の主要な成果を現した模式図
書誌情報
【DOI】https://doi.org/10.1021/acs.est.9b02890
Keisuke Taniguchi, Yuichi Onda, Hugh G. Smith, William Blake, Kazuya Yoshimura, Yosuke Yamashiki, Takayuki Kuramoto and Kimiaki Saito(2019). Transport and Redistribution of Radiocesium in Fukushima Fallout through Rivers. Environmental Science and Technology.
詳しい研究内容について
人間の活動が河川の環境修復を促進することを解明
~福島原発事故後の河川放射性物質長期モニタリング結果から~
研究成果のポイント
1. 東京電力福島第一原子力発電所の事故発生後における河川の放射性セシウム濃度を、5年間にわたっ てモニタリングしました。
2. その結果、水田・畑・都市域などの人間活動の影響がある土地利用形態の地域から流出する放射性セ シウム濃度が大きく低下しました。例えば阿武隈川水系では、事故後5年目までに、チェルノブイリ 原発事故後のプリチャピ川の約3分の 1~21 分の 1 となっていることがわかりました。
3. 本研究成果は、将来起こりうる放射能汚染事故における、復興計画策定にも役立つと期待されます。
国立大学法人筑波大学 生命環境系 恩田裕一教授、福島県、国立大学法人京都大学 大学院総合生 存学館 山敷庸亮教授の研究グループは、阿武隈川水系と福島県浜通り地区の河川において、東京電力 福島第一原子力発電所の事故影響評価のためのモニタリング調査を実施しています(図1)。そのうち、 阿武隈川水系に位置する長期モニタリングサイト(図1中の1~6)で、2011年6月から2015年8月の 5年間にわたって取得したデータの解析を行いました。その結果、これら6地点における、懸濁態放射 性セシウム注1の濃度が、事故後5年目までに、チェルノブイリ原発事故後のプリチャピ川の約3分の1 ~21分の1となっていたことがわかりました(図2)。
この違いは、懸濁態放射性セシウムの濃度が、事故後1年間に急激に減少したことに起因します。濃 度低下が顕著だった流域では、水田・畑・都市域などの人間活動の影響がある土地利用形態が多く、人 間の活動により、放射性物質の下方浸透や流出(浄化)が促進されていると考えられます。また,事故 後3年目以降では除染の影響がみられた地点もありました(図2中の青・赤の破線)。
このことは、福島の陸域がヨーロッパの知見から考えられていたよりも速く浄化していることを示 しており、福島の環境修復が進んでいることが明らかとなりました。また、これらのデータは、将来、 世界各国で起こりうる放射能汚染事故の復興計画に大きな影響を与えるものと考えられます。
本研究の成果は、2019年9月26日付「Environmental Science and Technology」で公開されまし た。
* 本研究は、文部科学省原子力規制庁委託事業(2011年度-2014年度)、科学研究費 新学術領域研究(「福 島原発事故により放出された放射性核種の環境動態に関する学際的研究」(研究期間:平成24~28年度) によって実施されました。
研究の背景
2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所(以下、FDNPP)の事故により、1986年のチェルノブイ リ原子力発電所の事故以降、最多の放射性セシウムが環境中に放出されました。海洋に放出されたFDNPP 由来の放射性セシウムの行方については多くの研究がありますが、陸域に沈着した放射性セシウムの、河 川を介した移動については、包括的な研究が不足しており、多くの河川を対象にした、事故直後から長期 的に積み上げられたデータに基づく研究が必要とされていました。
本研究は、FDNPP周辺の河川系における、放射性セシウム137の流量と再分布を調査し、その結果を とりまとめたものです。30の河川観測地点(図1)のネットワークから得られた測定データを、放射性セ シウムの分布状況と、土地被覆のGIS(地理情報システム)データセットを組み合わせて解析し、河川の 放射性セシウム輸送に対する、人間活動の影響を受ける地域と、それ以外の地域(森林)の相対的な寄与 を初めて評価しました。
研究内容と成果
阿武隈川水系に位置する6つの長期モニタリングサイトでは、FDNPPの事故発生から5年間(2011年 6月〜2015年8月)、そのほか24地点では,2012年10月-2015年8月まで、河川を通じての放射性セシウム の流出について、詳細な測定を行いました。
その結果、阿武隈川水系の長期モニタリングサイトでは、河川における懸濁態セシウム濃度が、事故後 約1年までの期間のチェルノブイリ原発事故後を超える速いペースでの濃度低下により、事故後5年目ま でにプリチャピ川の3分の1~21分の1になっていることがわかりました(流域の初期沈着量あたり。 図2)。ほかの調査地点でも、流域に耕作地・都市域を多く含む流域では、同様な低下傾向をしめしまし た。また、測定を行なった5年間での、海洋への河川による放射性セシウムの輸送総量は、約12テラ(12 兆)ベクレルであり、このほとんどすべて(96.5%)は粒子状で輸送されていました。
初期の放射性セシウムの主な発生源は、阿武隈川の流域面積の38%を占める水田、耕作地、市街地(P FU)注2であり、ここから全放出量の85%の放射性セシウムが流出していることがわかりました。事故発 生から1年後までに、PFUからの放射能濃度は大きく低下し、それ以降は緩やかな減少傾向がみられる ようになりました(図3)。
今後の展開
これらの結果は、福島の陸域がヨーロッパの知見から考えられていたよりも速く浄化していることを 示しています。とりわけ、人間の活動が行われているエリアでの環境修復が進んでいることが観測事実に よって解明されました。今回の発見は、将来、起こりうる放射能汚染事故の際の、アジアや人口密集地域 における放射性降下物汚染への対処と、その後の復興計画の策定に関して、大きな鍵となると期待されま す。
参考図
図1 河川モニタリング地点の位置図。福島第一原子力発電所(図中 F1)から 80km 圏内に、30の河 川観測点を設けました。
図2 河川における、流域の初期沈着量あたりの正規化懸濁態 137Cs 濃度の経時変化(137Cs 濃度を各地 点の流域における初期沈着量で割った値)。チェルノブイリ原発事故後のプリチャピ川(黒破線)に比べ、 地点 1~6 では、事故後 1 年間(First period)の濃度低下が著しいことがわかります。
図3 本研究の主要な成果を現した模式図。人間活動のない森林よりも、人間活動のある地域 (水田 ・畑 ・ 都市=PFU)の方が懸濁態放射性セシウム濃度の低下速度が速いことがわかりました。また、阿武隈川か ら海に流出した放射性セシウムの約 85%が、面積比で 38%程度しかない水田・畑・都市起源であったこ ともわかりました。
用語解説
注1) 懸濁態放射性セシウム
河川によって浮遊して流される土砂に付着した放射性セシウム
注2) PFU
水田、耕作地、市街地(paddy fields, farmland, and urban areas の頭文字)
掲載論文
【題 名】 Transport and redistribution of radiocaesium in Fukushima fallout through rivers (福島第一原子力発電所から放出された放射性セシウムの河川を介した移動と再分布)
【著者名】 Keisuke Taniguchi, Yuichi Onda, Hugh G. Smith, William Blake, Kazuya Yoshimura, Yosuke Yamashiki, Takayuki Kuramoto, Kimiaki Saito
【掲載誌】 Environmental Science and Technology(DOI: 10.1021/acs.est.9b02890)