まだお酒未満ですが、新たな可能性を拓く技術開発に挑戦します
2018-04-26 国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
ポイント
- 化学処理や熱処理を行わず、木材に食品用の酵素と酵母を加えてアルコール発酵する技術を開発しました。
- スギやシラカンバを原料にアルコール発酵して蒸留すると、それぞれの樹種に特徴的な豊かな香り成分を含むアルコールができました。
- 今後、長いお酒の歴史上初めての「木のお酒」の製造が可能になるかもしれません。
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所(以下、森林総研という)は、木を原料として樹木の香りを豊富に含むアルコールを製造する技術を開発しました。これにより製造されたアルコールは現段階ではお酒ではありませんが、今後安全性が確認されれば木のお酒を製造する技術になるかもしれません。
木材を原料とした燃料用のアルコール(バイオエタノール)の製造技術は、いくつかの手法が開発されています。しかし、燃料用アルコールの製造は、効率追求のために原料を熱処理したり薬剤処理したりすることが一般的でした。そのため、生産されるアルコールを燃料用途以外に使用することは困難でした。
今回私たちは、森林総研で既に開発していた湿式ミリング処理という技術を応用して、低温(80℃以下)で木材に食品用の酵素と酵母を加えてアルコール発酵する技術を開発しました。
試験的にスギ材(樹皮を剥いだ幹の部分)を原料として製造したアルコールにはスギ特有の香りが含まれ、シラカンバ材(樹皮を剥いだ幹の部分)を原料として製造したアルコールには、甘く熟した香りやウイスキー等で感じる熟成に使用した樽の香りが含まれることが分かってきました。このことから、木を原料にして製造したアルコールには、長期間の熟成を経ずとも原料樹木特有の成分が豊富に含まれることもわかりました。
背景
木材は、古くから建築材や木工品, 紙の原料として利用されてきました。しかし、木材価格の低迷により国内の林業は難しい経営を続けているのが現状です。このため、未利用材を有効に活用する方法の開発が求められています。近年では脱化石資源, グリーンエネルギーという観点から木材を原料に燃料用アルコールを製造する技術も開発されていますが、コストの問題から大規模な実用化には至っていません。
森林総研では、木材の新しい前処理方法として、湿式ミリング処理という技術を開発しました。この技術は、水中で木材を微粉砕することにより、熱処理や化学的な薬剤処理を行うことなく木材の糖化と発酵を可能にします。この技術を用いて木材をメタン発酵したりアルコール発酵したりして、木材からメタンガス燃料やバイオエタノールを製造する試みがなされていました。
一方で、樹木は私達の食文化と密接に関係しています。日本では古くからスギ材を用いて樽や桶を製造し、醤油, 味噌, 日本酒などの保存に使用してきました。また、無垢のシラカンバ材などは割り箸や爪楊枝に利用され、私達の食卓にも登場しています。材以外の部分では、サワラやホオノキの葉を食品の包装, 保存用途として使用しています。
木材を発酵可能にする湿式ミリング処理は、その装置が食品加工に利用されているだけでなく加える材料も全て食品用の添加物です。そこで、木材から発酵によりエネルギーを製造するのではなく、これまでにない利用分野の開拓ができるのではないかと考えました。その結果、この技術を使って木材に食品用の酵素と酵母を加えて原料樹木特有の香りに富んだアルコールの試験製造に成功しました。
内容
森林総研内(茨城県つくば市)にて伐採されたスギ材、および北海道内で伐採されたシラカンバ材の樹皮を除き、チッパーとハンマーミルによりそれぞれ粗粉砕しました。この粗粉砕木粉とミネラルウォーターを混合して、食品加工用ビーズミルにより湿式ミリング処理を行い、クリーム状のスラリーを得ました。このスラリーに食品添加用の酵素(セルラーゼ・ヘミセルラーゼ)と酵母を混合し、タンク内で並行複発酵(注1)を行いました。発酵後、遠心分離により上清を回収して、アルコール度数約2%の発酵液を得ました。次にこの発酵液を減圧蒸留法により蒸留し、アルコール度数28〜30%の蒸留物を得ました(図1参照)。
スギ糖化発酵液の蒸留物からは、スギ材特有の香りを感じることが出来ました。この香り成分を分析したところ、スギ特有の香り成分であるテルペン類が多く含まれることがわかりました。
またシラカンバ糖化発酵液蒸留物からは、材の香りからは想像できないような甘く熟した芳醇な香りを感じることが出来ました。この香り成分を分析したところ、ウイスキーやブランデーを長期間樽熟成したときに生成する熟成香の成分が含まれていることが明らかとなりました。
このことから、本技術により試験製造されるアルコールには、長期間の樽熟成を経ずとも、木から醸し出される香り成分を豊富に含むことがわかりました。また、樹種によって含まれる香り成分が異なることから、1200種類とも言われる日本国内の樹木それぞれからバラエティーに富む香りを持つアルコールが製造できると考えられます。
本技術により製造されたアルコールは、現段階ではまだお酒ではありません。今後、安全性確認を慎重に行っていくことが必要です。そしてもし安全性が確認できれば、木から製造されたアルコールが紀元前4000年から続く長いお酒の歴史の中で初めての「木のお酒」になるかもしれません。「木」からおいしいお酒を製造する技術が実現できれば、日本各地の特徴的な樹木を用いた新しい産業が生まれ、国内の林業振興につながることを期待しています。
図1.食品加工技術で木のアルコール発酵が可能に
図2.樹種ごとに特有の風味を持つアルコールができる
今後展開
森林総合研究所では、試験製造されるアルコールの成分分析を詳細に行い、安全性に関する知見を蓄積していく予定です。私たちは、産学官民で意見交換しながら本技術の実用化に向けてさらに開発を進めていきたいと考えています。
用語解説
注1 並行複発酵
木材の繊維(セルロース・ヘミセルロース)が酵素によって糖に分解されることと、酵母による糖のアルコール発酵が同時に行われることを示します。
お問い合わせ先
研究推進責任者:
森林総合研究所 研究ディレクター 真柄 謙吾
研究担当者:
森林総合研究所 森林資源化学研究領域 微生物工学研究室 主任研究員 大塚 祐一郎
広報担当者:
森林総合研究所 広報普及科広報係