ファビピラビル(アビガン)の合成中間体である3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミドの高効率合成…

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ファビピラビル(アビガン)の合成中間体である 3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミドの高効率合成法を開発

2020-05-20 東京大学

小林 修(化学専攻 教授)
石谷 暖郎(グリーン・サステイナブル・ケミストリー社会連携講座 特任准教授)

発表のポイント

  • 3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミド(1)の高効率な合成法を開発した。1は、口蹄疫に対する抗ウィルス剤として有効であることが認められているほか、最近、新型コロナウィルス感染症に対する治療薬として、世界的にも注目を集めているファビピラビル(商品名:アビガン)の合成中間体である。
  • 1の環構造を構築する鍵工程として、水を媒体とし、触媒を使用する効率的な手法を開発した。本工程は、現行法では生産量100キログラムにつき同量以上の廃棄物を生じるが、新法では廃棄物をほぼゼロにすることができた。
  • 本法は現行の製造ルート内での改良であり、すぐにも現行の製造法に適用できると考えられる。発表者グループは、他の現行製造ルート内での改良、製造ルートそのものの改良、連続フロー製造法の開発も行っている。

発表概要

ファビピラビル(A)は、富山大学と富山化学工業(現:富士フイルム富山化学)が開発した抗ウィルス薬で、条件付き承認を経て、商品名アビガンとして新型インフルエンザ用に日本政府が備蓄している薬剤である。最近、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)治療薬として世界的に注目を集めており、大量製造が急務とされている。実際、今年7月には約10万人分/月(生産開始時に比べ約2.5倍)、9月には約30万人分/月(同約7倍)の生産を実現すると発表されている(富士フイルムニュースリリース:注1)。ファビピラビルの基本骨格である3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミドは、二つおよび三つの炭素骨格からなる二種類の有機化合物の縮合により合成される。現行法でこの縮合反応を行う際、目的化合物の生産量100キログラムにつき約130キログラムの廃棄物が生じることが問題となっている。

発表者グループは、水中での有機合成反応、水中で有効に機能する触媒の研究を行ってきたが、今回、それらの研究を通じて得られた知見を活かし、この縮合反応に有効に機能する新触媒を開発した。反応は水中で行われ、新触媒は水中でも分解せず安定で効率よく働き、目的の環化生成物をほぼ100%の収率で与えた。反応は、原料と触媒を水中で混合するだけで進行し、反応終了後、触媒および反応に用いた水を回収することにより、このプロセスでの廃棄物を限りなくゼロにすることができた。さらに、同グループは、現行法のそのほかの工程についても改良を加えた。これらの改良は、現行法内の改良であり、すぐにも現行の製造法に適用できると考えられる。

一方、発表者グループは、製造ルートそのものの改良にも着手しており、現行のバッチ法に代わる、より効率の良い連続フロー製造法(注2)の開発も行っている。

発表内容

ファビピラビル(A)は、富山大学と富山化学工業(現:富士フイルム富山化学)が開発した抗ウィルス薬で、条件付き承認を経て、商品名アビガンとして新型インフルエンザ用に日本政府が備蓄している薬剤である。最近、ファビピラビルの新型コロナウィルス感染症(COVID-19)に対する効果が報告され、治療薬の候補として国内外で注目を集めている。日本政府も国外への無償提供を宣言し、治験が世界規模で行われ効果が明らかになれば、本格的な普及が進むと予想されている。もともと、日本政府はインフルエンザ薬として数10万人分を備蓄していたが、今回の感染症に対する治験を進めるためにも、現在増産体制の整備が急ピッチで進んでいる。富士フイルムのニュースリリース(注1)によると、今年7月には約10万人分/月(生産開始時に比べ約2.5倍)、9月には約30万人分/月(同約7倍)の生産を実現するとしている。

ファビピラビルは化学式C5H4FN3O2の低分子医薬品(図1)で、その基本骨格である3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミド(1)は、二つおよび三つの炭素骨格からなる、二種類の有機化合物2と3の縮合反応により合成される。既存法でこの縮合反応を行う際、リン酸緩衝液を使用し、反応剤と等量の塩基を加えて反応させたのち、酸を加えて加熱、冷却後、目的物を得ている(注3)

図1触媒法による水中での3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミドの合成

ここでは、目的化合物の生産量100キログラムにつき約130キログラムの廃棄物が生じる。生じた廃棄物は環境汚染を引き起こす可能性があり、その処理に手間がかかるうえ、費用もかさみ、製品のコストを引き上げている。

本研究ではこの方法を抜本的に改良するため、種々検討し、原理的に廃棄物を生じない触媒法を見出した。発表者グループは、水を溶媒として用いる有機合成反応や、水中で分解することなく有効に機能する触媒の開発研究を行ってきたが、今回、それらの研究を通じて得られた知見を活用し、新しい触媒を開発した。反応は水中で行われ、新触媒は水中でも分解せず安定で効率よく働き、目的の環化生成物をほぼ100%の収率で与えた。この改良法によれば、廃棄物をほぼゼロにすることができるうえ、反応終了後に生成物を取り出せば、ほぼ純粋な水のみが残る極めてクリーンで効率的な製造法となることを示した。さらに発表者グループは、現行法のそのほかの工程についても改良を加えた。これらの改良は、現行法内の改良であり、すぐにも現行の製造法に適用できると考えられる。

一方、発表者グループは、現行の製造ルートそのものの改良にも着手している。例えば、3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミド(1)の原料となる化合物2の前駆体4(2-アミノマロン酸ジエチル)は、サプライチェーンでは2次原料とされ、マロン酸ジエチル(5)から合成される(図2)。

図2ファビピラビル合成原料の製造ルートの改良

これらの化合物は低炭素数の有機化合物、いわゆるコモディティケミカルズ(注4)であるが、製造コストと販売の関係から、現在その供給を、国内製造ではなく海外からの供給に依存している。ファビピラビル製造に関しては、サプライチェーン全体の国内製造体制が急速に再整備されつつあることが各メディアで報じられている。今回のような世界的なパンデミックに際し、国内生産体制を確保しておく重要性が再認識されつつあるが、リスク回避のためには、同時に複数のサプライチェーンを確保しておくことが重要である。発表者グループは、環化工程の効率化や現行法の改良に加え、2-アミノマロン酸ジエチル(4)の合成法改良にも着目した。すなわち、いずれもマロン酸ジエチル(5)と簡単な反応剤との組み合わせにより、複数の手法で目的とする2-アミノマロン酸ジエチル(4)が合成できること、これらの手法はいずれも、既知法に比べ大幅な効率化が可能であることを明らかにした。

アビガンの製造は、現行ではバッチ法で行われているが、将来的には、より効率の良い連続フロー法で生産されることが望ましい。発表者グループはすでに連続フローを用いる有機合成、触媒を用いる連続フロー反応の実績があり、それらに基づきアビガンの連続フロー製造法の開発にも着手している(図3)。

図3:アビガン製造プロセス確立への戦略

アビガンの製造に関しては、今後、諸外国からの追随も予想される。我が国発の医薬品であるアビガンの優位性を担保するためには、世界的にみても他の追随を許さない製造法を我が国でいち早く開発して、日本国内でアビガンの安定供給体制を確立することが望まれる。そのためには、現行のバッチ法に代わる連続フロー法の開発が必須である。一連のアビガン製造法の開発にはさまざまな科学技術を駆使する必要があり、一企業、一大学の手におえるものではない。国の主導のもとに、産官学が一体となったオールジャパン体制を作って取り組むことが望まれる。ここではアビガンにとどまらず、先に述べたコモディティケミカルズの我が国における生産体制の整備も合わせて行うこともできるだろう。これらの製造においても、連続フロー法は極めて有望である。連続フロー法に関しては、発表者グループは現在、100社以上の企業が参画しているフロー精密合成コンソーシアム(FlowST、代表:佐藤一彦(産総研触媒化学融合研究センター長))と連携している。

用語解説
注1 富士フイルムニュースリリース
新型コロナウイルス感染症向けに抗インフルエンザウイルス薬「アビガン®錠」の生産を拡大 | 富士フイルム [日本]
注2 バッチ法と連続(フロー)法

バッチ(回分)法は、反応原料を全て反応器に仕込んでから反応を開始し、適当な時間経過後に反応器内全体を取り出し後処理工程に供する。連続法はこれに対し、反応原料を連続的に反応器に供給し、同時に生成物を反応器から連続的に取り出す。槽型反応器あるいは管型反応器が用いられ、連続フロー法では後者が用いられる。

注3 3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミド製造法

特許第5739618号 3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミドの製造法より

注4 コモディティケミカルズ

石油化学や無機化学製品を主とする汎用化学品。利益率が低く、大量に生産、販売することで利益規模を確保するという事業特性を持つ。継続した需要拡大が見込まれるが、末端の製品市場価値の変動に伴い大きく利益が変動する。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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