高機能な有機ケイ素材料の製造に適した鉄錯体触媒の開発に成功

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空気中で安定な鉄触媒として東京化成工業から発売

2020-12-14 新エネルギー・産業技術総合開発機構,北里研究所,大阪市立大学

NEDO、学校法人北里研究所、公立大学法人大阪は、有機ケイ素材料の高機能化と安価提供に向け、実用性に優れた鉄錯体触媒を開発しました。安価な金属資源である鉄を材料に使いながらも、空気に対する高い安定性を備えるとともに、少量でも高い活性を有します。このため、有機材料と無機材料を結ぶシランカップリング剤をはじめ、さまざまな有機ケイ素材料の製造に欠かせない合成触媒としての利用が見込めます。

また高価な希少金属を用いる従来の白金触媒を代替できることから、有機ケイ素材料の製造プロセスにおいて大幅な省エネルギー化とコスト低減を可能にします。今後、有機ケイ素材料の製造に必要なヒドロシリル化反応のスケールアップ実験を行い、さらに高機能で安価な有機ケイ素材料の提供に寄与します。

1.概要

シランカップリング剤※1やシリコーン※2といった有機ケイ素材料は、汎用的な炭素系ポリマー材料に比べ耐熱性や耐寒性、耐光性、電気絶縁性、離型性、撥水性に優れています。このためシャンプーや化粧品、キッチン用品、コンタクトレンズ、低燃費タイヤ、LED電球といった身近な製品から、絶縁性グリースや剥離剤、シーリング剤、コーティング剤などの工業製品まであらゆる場面で使用されています。この有機ケイ素材料の製造には白金触媒を使用するのが一般的ですが、白金が高価な希少金属であること、供給が不安定であること、そして残留した白金によって材料の性能が低下してしまうことなどを理由に、用途が制限される課題がありました。

これを踏まえ、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」※3において、学校法人北里研究所(北里大学)と公立大学法人大阪(大阪市立大学)は2017年から有機ケイ素材料の高機能化と安価提供を実現する革新的な触媒技術の開発に取り組んできました。そしてこのたび、高機能な有機ケイ素材料を製造するための鉄錯体触媒を開発することに成功しました。

今回開発した鉄錯体触媒は、空気に対する高い安定性を備えるとともに、少量でも高い活性を有します。このため、例えば自動車の低燃費タイヤ用添加剤向けなど、さまざまな種類のシランカップリング剤の製造に欠かせない合成触媒として高い実用性を備えています。また従来の白金触媒を代替することにより、大幅な省エネルギー化とコスト低減を可能にします。本研究内容の詳細はNEDO有機ケイ素プロジェクト中間成果報告会(2020年12月16日)で報告する予定です。

2.今回の成果

(1)鉄錯体触媒の開発

このたび開発した鉄錯体触媒は、PNNピンサー型配位子※4を有する鉄錯体です(図1)。開発した鉄錯体がオレフィンのヒドロシリル化※5反応に極めて高い触媒活性を示すこと、空気中で取り扱いが可能なこと、反応開始剤として使用してきたNaHBEt3※6などの還元剤を使用することなく塩基の添加により触媒活性を発現できることを明らかにし、合成触媒としての実用性を向上させました。なお、この成果は2019年と2020年に論文発表をしました※7

鉄錯体触媒の構造(X線結晶構造解析ORTEP図)

図1 鉄錯体触媒の構造(X線結晶構造解析ORTEP図)

また、空気下と空気を取り除いた不活性ガス(窒素ガス)下で溶解させる対照実験(図2)と、空気下で2カ月間保存した鉄錯体構造の分析結果に差異がないことを検証し、鉄錯体触媒の安定性を確認しました(図3)。なお、触媒活性についても大阪市立大学と北里大学の共同研究開発により、適切な塩基の添加によってアルケンのヒドロシリル化反応に対し白金触媒に匹敵する、極めて高い活性があることを見いだしました。

鉄錯体触媒を空気下と不活性ガス(窒素)下で溶解させた様子

図2 鉄錯体触媒を空気下と不活性ガス(窒素)下で溶解させた様子

空気下で2カ月保存した鉄錯体触媒の1H NMRスペクトル(0カ月保存との比較)

図3 空気下で2カ月保存した鉄錯体触媒の1H NMRスペクトル(0カ月保存との比較)

(2)有機ケイ素材料製造プロセスへの応用

鉄錯体触媒によるヒドロシリル化反応について、シランカップリング剤を合成した場合に重要となる反応選択性が白金触媒よりも優れていることが明らかになりました。現在利用されている白金触媒はヒドロシリル化反応の反応選択性が乏しいため、ヒドロシリル化を行った際に目的のシランカップリング剤に加えて不要な化合物を同時に与えます。今回開発した鉄触媒によるヒドロシリル化反応では白金触媒と比較して残留成分が少ないため、これまで多大なエネルギー消費の要因になっていた有機ケイ素材料の蒸留分離が不要となり、大幅な省エネルギー化と製造コストの低減が可能になります。なお、空気に対する安定性や高い活性、反応選択性などの触媒性能が白金触媒と同等以上の性能を示す有効性を確認できたことから、東京化成工業株式会社が今回開発した鉄錯体触媒の試薬販売を始めています。

3.今後の予定

ヒドロシリル化反応はシリコーン(有機ケイ素材料)の製造に利用される重要な化学反応であるため、シリコーン産業分野でも白金触媒を代替する触媒として利用が見込めます。今後は有機ケイ素材料の製造に必要なヒドロシリル化反応のスケールアップ実験を行い、さらに高機能かつ安価な有機ケイ素材料の提供を目指します。

【注釈】
※1 シランカップリング剤
分子内に有機材料と反応結合する官能基と、無機材料と反応結合する官能基とを同時に有する有機ケイ素化合物で、一般的な構造式はY-R-Si-(X)3で示される。Yは有機材料と反応結合する官能基で、ビニル基、エポキシ基、アミノ基などが代表例として挙げられる。Xは無機材料と反応する官能基でアルコキシ基、アセトキシ基、クロル原子などが挙げられる。シランカップリング剤は有機材料と無機材料の界面における接着性の改良に効果的であることから、ガラス繊維強化プラスチックの強度向上や性能改良などに利用されている。
※2 シリコーン
シロキサン結合(-Si-O-Si-)を主骨格とし、ケイ素原子にさらにアルキル基、アリール基などの有機基が結合した高分子化合物の総称。一般的な炭素同士のC-C結合や炭素と酸素のC-O結合よりも結合のエネルギーが大きく、化学的に安定な構造であり、これがシリコーンの持つ耐熱性、耐候性につながっている。重合度、有機基、高次構造などにより、オイル、グリース、ゴム、樹脂などの形態をとる。
※3 「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」
概要:有機ケイ素工業が抱えるエネルギー面、コスト面の問題を解決し、安定的に高機能な有機ケイ素部材を提供するための革新的触媒技術と触媒プロセス技術の確立を目的として、砂からの有機ケイ素原料製造プロセス技術開発と、有機ケイ素原料からの高機能有機ケイ素部材製造プロセス技術開発を実施する。

実施期間:2012年度~2021年度(2012年度~2013年度は経済産業省、2014年度からNEDOプロジェクトとして実施中)

実施先:国立研究開発法人産業技術総合研究所、公立大学法人大阪 大阪市立大学、学校法人早稲田大学、国立大学法人群馬大学、学校法人関西大学、昭和電工株式会社、コルコート株式会社、信越化学工業株式会社

※4 PNNピンサー型配位子
錯体の金属原子あるいは金属イオンを取り巻く他の原子、イオン、小分子を「配位子」という。ピンサー型配位子は、三つの元素が金属に配位する三座配位子の一種で、同一平面上の3方向から配位子が結合するため他の三座配位子と比較して強固に結合し、安定な錯体を与える。PNNピンサー配位子は1つのリン(P)と2つの窒素(N)が金属に配位するピンサー配位子を意味する。
※5 ヒドロシリル化反応
不飽和結合(アルケンやアルキンは炭素間不飽和結合をもつ化合物)部位にヒドロシランのSi-H結合が付加し、C-Si結合ならびにC-H結合が形成する反応。この反応は通常は触媒を必要とする。代表的な遷移金属触媒として白金錯体であるSpeier触媒やKarstedt触媒が知られている。
※6 NaHBEt3
鉄、コバルト、ニッケルなどの卑金属を用いたヒドロシリル化反応において汎用される還元剤(反応開始剤)で、空気や湿気との接触により直ちに分解する取り扱いの難しい化合物。原料であるシランと反応して副生成物の増加や発火性化合物の発生を引き起こすため、工業スケールでの利用には向かず、NaHBEt3を用いない卑金属触媒の開発が望まれている。今回開発した鉄錯体触媒では代替の反応開始剤としてKOtBuやKOPvなどの塩基を使用する。
※7 鉄錯体触媒のヒドロシリル化反応に関する論文
Masahiro Kamitani, Haruki Kusaka, Hidetaka Yuge, “Development of Activator-free Iron Pincer Complexes for Alkene Hydrosilylation and Elucidation of Its Activation Mechanism”, Chemistry Letters, DOI: 10.1246/cl.190521, 2019

Masahiro Kamitani, Kouta Yujiri, Hidetaka Yuge, “Hemisphere and Distance-dependent Steric Analysis of PNN Iron Pincer Complexes using SambVca 2.1 and its Influence on Alkene Hydrosilylation”, Organometallics, DOI: 10.1021/acs.organomet.0c00512, 2020

4.問い合わせ先

(本ニュースリリースの内容についての問い合わせ先)
NEDO 材料・ナノテクノロジー部 担当:山田、久保、尾畑
学校法人北里研究所 北里大学理学部 助教 神谷 昌宏
公立大学法人大阪 大阪市立大学大学院理学研究科 特任教授 中沢 浩

(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)
NEDO 広報部 担当:鈴木(美)、坂本

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