核融合発電の実現に向けて軽水素と重水素の混合プラズマの研究が大幅に進展
2020-01-20 核融合科学研究所
概要
核融合発電は水素同位体※1である重水素と三重水素を燃料とし、高温のプラズマ中で生じる核融合反応を利用します。それを実現するためには、水素同位体が混ざり合うようにプラズマを制御することが必要です。核融合科学研究所(岐阜県土岐市)の居田克巳教授、仲田資季准教授、吉沼幹朗助教らの研究グループは、同研究所の大型ヘリカル装置(LHD)※2の重水素と軽水素の混合プラズマ実験において、プラズマ中の重水素と軽水素の混合状態を世界で初めて計測し、それらが「混ざり合っていない状態」から「混ざり合っている状態」へと変化することを発見しました。さらに、混ざり合っている状態の維持に、プラズマ中に発生する乱流※3が重要な働きをすることを示しました。今後、本研究成果が基盤となって、核融合発電実現に向けて、水素同位体混合プラズマの研究が大きく加速すると期待されます。
この研究成果をまとめた論文が1月14日付けの米国の科学雑誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に掲載されました。
研究の背景
核融合発電の実現を目指して、高温のプラズマを磁場で閉じ込める研究が世界中で行われています。核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)では、プラズマの温度を高めるために、重水素のプラズマを用いた実験(重水素実験)を2017年より行っています。
さらにLHDでは、将来の核融合発電で用いられる「重水素」と「三重水素」の混合プラズマを模擬して、「重水素」と「軽水素」の混合プラズマの実験も行っています。
核融合発電では、プラズマ中の重水素と三重水素の核融合反応で発生したエネルギーを取り出します。効率良く核融合反応を起こすためには、重水素と三重水素の密度が等しくなるよう、それらが混ざり合っている状態を生成して維持することが必要です。ところが、これまで、水素同位体の混合状態(密度比)を直接計測する手法が無かったため、混合状態の制御に関する研究はほとんどありませんでした。LHDの重水素と軽水素の混合プラズマ実験で、重水素と軽水素の混合状態を明らかにして、その制御法の開発につながる知見が得られれば、核融合発電実現に向けた大きな一歩となります。
研究成果
居田克巳教授らの研究グループは、LHDで生成した重水素と軽水素の混合プラズマにおける重水素と軽水素の密度比の計測に取り組みました。密度比を得るために、高速の粒子ビームをプラズマに入射して、プラズマから発せられる光の波長分布を分析する方法(バルク荷電交換分光法※4)を用いました。居田教授らは、これまで困難とされていた、波長の差が極めて小さい重水素と軽水素から発せられる光を分離する手法を開発し、この密度比を求めることに成功しました。
この方法を用いて、密度比の空間分布を計測した結果、重水素と軽水素が「混ざり合っていない状態」から「混ざり合っている状態」へと変化(遷移)することを発見しました(下図)。つまり、プラズマ中で水素同位体が混ざり合うことを世界で初めて観測したのです。さらに、LHDの実験結果とスーパーコンピュータを用いたシミュレーション結果を比較したところ、重水素と軽水素が混ざり合っている状態の時には、プラズマをかき混ぜる効果を持つ乱流が大きくなっていることが分かりました。この乱流はプラズマの中心イオン温度が高い時に発生するものです。この結果により、プラズマ乱流を制御することができれば、同位体の混合状態を制御することが可能であることが分かりました。
図 LHDの磁場で閉じ込められたプラズマは、ねじれたドーナツの形をしています。混ざり合っていない状態では、プラズマの中心部で軽水素が重水素よりも多く、プラズマの端の方で逆に重水素が多くなっています。混ざり合っている状態では、プラズマの中心部から周辺部に至るまで、軽水素と重水素の密度比がほぼ一定になっています。
成果の意義と今後の展開
核融合装置ではプラズマのサイズが大きいため、中心部のプラズマに燃料を直接補給することが困難で、周辺のプラズマへの燃料補給しかできません。そのため、周辺のプラズマの密度比は容易に制御できますが、核融合反応に寄与するプラズマ中心の密度比の制御は難しいという問題があります。今回の成果によって、プラズマ中心の密度比の制御法の開発につながる重要な知見を得ることができました。今後も本研究成果を発展させ、水素同位体混合プラズマの性質をさらに明らかにして、核融合発電の実現に貢献していきます。
【用語解説】
※1 水素同位体
原子核は陽子と中性子から構成されているが、物質の化学的性質はほとんどが陽子の個数で決定されるので、陽子数が同じで中性子数が異なるものを同位体という。陽子が1個の水素の同位体としては、軽水素(中性子数0)・重水素(中性子数1)・三重水素(中性子数2)の3種類ある。自然界における水素の存在比は、軽水素が99.985%、重水素が0.015%で、三重水素はほとんど存在しない。核融合発電は重水素と三重水素の核融合反応を利用して行う。軽水素と重水素との組み合わせでは、核融合反応は起こさない。
※2 大型ヘリカル装置(LHD)
核融合科学研究所の主実験装置で、我が国独自のアイデアに基づくヘリオトロン磁場を用いた世界最大の超伝導ヘリカル装置。LHDとはLarge Helical Device の略。2本の超伝導ヘリカルコイルと3対の円環超伝導コイルから構成される。1998年から実験が開始された。ヘリカル方式は本質的に制御性が優れており、将来の発電炉に必要な定常運転に適しているといわれている。トカマク方式と磁場構造が異なっていることから、トカマク方式と相補的な研究を行うことができる。
※3 乱流
プラズマを加熱していくと、温度勾配が大きくなるにつれて小さい渦状の流れができる。この小さい渦状の流れは大きさも様々で不規則に並んでいることから、乱れた流れ=乱流と呼ばれている。乱流が発生すると、温度の上昇が妨げられたり、プラズマの粒子が渦によってかき混ぜられたりする。
※4 バルク荷電交換分光法
プラズマに入射した高速の中性粒子(原子)とプラズマ中のイオンが衝突して出す光を利用して、プラズマ内部の同位体密度比(軽水素と重水素との密度比)を計測する方法。プラズマから発せられる光の波長分布(スペクトル)を分析するが、そのスペクトルはプラズマの密度、温度、プラズマの流れの速さなどによって変化する。居田教授らは、重水素と軽水素のスペクトルについての高精度な計算解析と、他の計測システムによって得られたプラズマの流速のデータを活用することで、重水素と軽水素が発する光を分離して、重水素と軽水素の密度比を求めることに成功した。
【論文情報】
雑誌名:Physical Review Letters
題名:Transition between isotope-mixing and non-mixing states in hydrogen-deuterium mixture plasmas
(水素・重水素混合プラズマの混ざり合っている状態への遷移)
著者名:居田克巳1,2、仲田資季1,2、田中謙治1、吉沼幹朗1,2、藤原大1、坂本隆一1,2、本島厳1、増崎貴1,2、小林達哉1,2、山崎広太郎3
1 自然科学研究機構 核融合科学研究所
2 総合研究大学院大学
3 九州大学応用力学研究所
【研究サポート】
本研究は九州大学応用力学研究所との核融合科学研究所一般共同研究、及び量子科学技術研究開発機構トカマク炉心プラズマ共同研究として行われました。
【本件のお問い合わせ先】
- 研究内容について大学共同利用機関法人
自然科学研究機構 核融合科学研究所 ヘリカル研究部
高温プラズマ物理研究系
教授 居田 克巳(いだ かつみ)