線形加速器を用いた透過型電子顕微鏡を開発

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コンパクトな装置で高い加速の電子ビームによる顕微観察に成功

2019-10-09 生理学研究所

概要

高い加速エネルギーの電子ビームを用いる超高圧電子顕微鏡は、厚い試料を透過観察でき、細胞などの内部構造を3次元的に再構成できるなど、極めて有用な観察手法です。従来、電子ビームの加速には直流高電圧を使用するため、大型で専用の建屋を必要とするなど、極めて高価な装置となる問題がありました。今回、東京工業大学の三宮工准教授、テラベース株式会社の新井善博代表取締役、生理学研究所の永山國昭名誉教授、高エネルギー加速器研究機構の永谷幸則特別准教授らの研究グループは、日本電子株式会社の協力により、小型でありながら効率的に電子ビームを加速する線形加速器と、新規な精密ビーム制御技術を電子顕微鏡に導入することにより、既存の研究室にも収容可能な程にコンパクトな超高圧電子顕微鏡を開発、顕微鏡像観察が可能であることを実証しました。本成果は、米国 Physical Review Letters 誌に掲載されます。

透過型電子顕微鏡は、試料に電子ビームを当て透過した電子ビームに含まれる試料の情報を高い分解能の像として取得する方法として、広く用いられている観察手法です。しかし通常の透過型電子顕微鏡では電子ビームは厚い試料を透過できないため、試料を数百ナノメートル未満に極薄片化しておく必要があります。より厚い試料を透過観察するには、500keV注1以上の高いエネルギーまで加速した電子を用いる超高圧電子顕微鏡が用いられます。超高圧電子顕微鏡は、試料を回転させながら複数の透過撮影像と、コンピューターによる再構成(トモグラフィ)によりナノスケールの3次元的な構造を観ることができるため、物質材料科学研究や医学生物学研究などで使用される極めて有用な観察手法です。
しかしながら超高圧電子顕微鏡は直流の高電圧を用いて電子ビームを加速する手法を採っているため、装置が巨大化し高額な装置となってしまう問題点があり、現に稼働中の超高圧電子顕微鏡は国内に数台しかありません。直流の高電圧を保持するには、圧縮した絶縁ガスを詰めた大型タンクの内部に電子ビーム源や加速電極を収納する必要があり、さらにそのタンクを地面の振動から隔離するため除振台に載せる必要などから、専用の建屋までもが必要となり、普及を阻んできました。
そこで研究グループは線形加速器注2を用いて電子ビームを加速する方法に注目しました。マイクロ波を用いて電子ビームなどを波乗り的に加速する線形加速器は、小型でありながら高いエネルギーまでビームを加速する能力があり、素粒子実験に用いられる巨大な加速器施設から医療用の小型加速器まで、広く利用されています。
この線形加速器を電子顕微鏡に導入することにより、研究グループは、既存の研究室にも導入できるコンパクトな電子顕微鏡の開発を自然科学研究機構 生理学研究所において進めてきました。図1に開発された装置の写真および構造を示します。この際に最大の問題となるのが電子ビームの加速エネルギーの安定性の問題でした。図2の赤曲線で示す様に、線形加速器は電子をマイクロ波への波乗りで加速するため、波に乗れた電子と乗れなかった電子で加速エネルギーに差異が生じます。電子顕微鏡は磁場を用いて電子ビームを収束し結像させる電子レンズを用いますが、加速エネルギーが揃っていない電子ビームでは磁場による曲がり方にもばらつきが生じ、色収差注3によりピンボケ像となってしまいます。これまで、電子顕微鏡に線形加速器が導入されてこなかった最大の理由は、この加速エネルギーが一定でないことによる色収差の問題を解決できないことにありました。
研究グループは、高分解能の電子顕微鏡に使われている電界放出型電子銃を用い、そこから得られる高い品質の電子ビームから、波に乗れる電子だけを切り出す高周波チョッパ注4を開発し、これを線形加速器の前に挿入することにより、色収差の問題を解決しました。開発した高周波チョッパは、電子ビームの品質を示す時間コヒーレンス注5と空間コヒーレンスを維持したまま、周波数が2.45GHzのマイクロ波に同期して、サブピコ秒のパルスを切り出す事ができます。2つの高周波偏向空洞注6とスリットを含むレンズ光学系の組み合わせにより実現された革新的な技術です。この新開発した高周波チョッパを用いて、線形加速器で200keVまで加速した電子ビームを用いて電子顕微鏡観察した結果、サブナノメートルの分解能が得られる事を実証しました。
また、電子顕微鏡において電子ビームを収束させたり、拡大・結像させたりする電子レンズの光学系は、高いエネルギーに加速された電子ビームでは大型化してしまう問題があります。これを解決するため、試料を透過した電子ビームを減速させてから、後段の電子光学系に投入する方法を採用しました。線形減速器注7はマイクロ波を用いて電子ビームを効率的に減速できます。そこで、研究グループは線形減速器を使用して試料の像に対応する電子ビームの波動関数の情報を保ったまま電子ビームを減速させました。その結果、試料を透過した電子ビームを線形減速器で減速した後の低加速のビームからも、試料の像が得られることを実証しました。
今回の研究では、試料部の前に線形加速器、後に線形減速器を導入することで、試料部だけを高加速化し、それ以外は低加速で構成する、コンパクトな超高圧電子顕微鏡の開発に成功しました。開発された装置の全高は3.75mとなり、多くの既存の研究室に設置可能な大きさとなりました。これまで超高圧電子顕微鏡は、その有用性にもかかわらず、設備投資的な問題点から普及が阻まれてきましたが、今回の研究によって、超高圧電子顕微鏡の広い普及につながると期待されます。
本研究はJSTさきがけ、日本電子株式会社の協力を受けて行われました。

今回の発見

1.マイクロ波を用いて電子を加速する線形加速器を導入した透過型電子顕微鏡を開発し、顕微観察に成功しました。
2.従来問題であった加速エネルギーのばらつきの問題を解決する新しい高周波チョッパを開発し、線形加速器の導入と顕微鏡分解能を両立させました。
3.試料部の前後に線形加速器と線形減速器を導入し、試料部だけを高加速化するコンパクトな超高圧電子顕微鏡の原理実証に成功しました。

図1 開発した電子顕微鏡の写真および構成図

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最上部の電界放出型電子銃で生成された高い品質(高い時空間コヒーレンス)をもつ100keVの電子ビームは、2台の高周波偏向空洞、チョッパスリットおよびチョッパレンズから構成される高周波チョッパにより、その品質を保ったまま、2.45GHzのマイクロ波に同期したサブピコ秒のパルス電子ビームとして切り出されます。同一のマイクロ波源で駆動される線形加速器に最適のタイミングで入射された電子は安定して500keVまで加速され、試料を透過します。試料を透過した電子ビームは、試料の像を保ったまま線形減速器で200keVまで減速されます。直流高電圧は最高でも100kVまでしか用いず、試料部だけが高加速でその前後は低加速なため、装置全体がコンパクトになります。写真の青色部分に線形加速器と線形減速器が収納されており、その間が試料部となります。

図2 エネルギーのばらつき問題とチョッパによる解決

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線形加速器において、電子は加速器の内部の空洞で共振する強いマイクロ波の電場により加速されます。マイクロ波はまさしく「波」であり、図の赤曲線で示す様にその電場は最大加速から最大減速まで振動しています。このため、単に電子を投入しただけでは、その投入タイミングにより最大加速されることもあれば最大減速されることもあり、加速エネルギーは大きくばらついてしまい、電子顕微鏡には使えません。これを解決するため、加速が安定する山の頂上付近だけに電子を投入する装置が高周波チョッパです。マイクロ波の周波数(2.45GHz)の周期で訪れる、サブピコ秒の時間帯にのみ電子を線形加速器に供給し、最大加速に電子のエネルギーを揃えます。

この研究の社会的意義

専用建屋を必要とする大型で高額な超高圧電子顕微鏡が、既存の研究室に導入できる程にコンパクトになり、これまでは国内に数台しかなかった超高圧電子顕微鏡が広く普及すると期待されます。細胞や材料など厚い試料の透過型電子顕微鏡観察が一般化すると考えられます。

用語解説

注1)    keV:
粒子のエネルギーの単位。500keVの電子ビームは、電子を50万V (ボルト)の電位差で加速することで得られ、その速度は光の速度の86パーセント程となる。
注2)線形加速器:
マイクロ波などの高周波の電磁波を用いて荷電粒子を直線的に加速する装置。空洞への電磁波の共鳴による強い電場を利用する。
注3)色収差:
電子顕微鏡などに用いられる電子レンズの焦点距離が、電子ビームのエネルギーに依存して変動する現象。エネルギーの高い電子ビームほど磁場で曲がりにくい事が原因である。電子ビームのエネルギーにばらつきがあると、それに応じて電子レンズの焦点距離もばらつき、焦点ボケが生じる。
注4)チョッパ:
特定のタイミングで、時間的に連続するビームからパルスを切り出す装置。
注5)コヒーレンス:
ビームの波としての干渉性とその尺度。時間的コヒーレンスと空間的コヒーレンスに分けられる。ビームのエネルギーが揃っていると時間コヒーレンスが高く、ビームの向きが揃っていると空間コヒーレンスが高い。電子顕微鏡は電子ビームの干渉性を利用して像を得るため、時間的および空間的な両方のコヒーレンスの高いビームを用いる必要がある。
注6)高周波偏向空洞:
高周波の電磁波を用いて荷電粒子の向きを左右に振る装置。空洞への電磁波の共鳴による強い電場を利用し、電磁波に同期してビームを振る。
注7)線形減速器:
線形加速器の配置を前後逆にし、ビームの加速ではなく減速に用いる装置。

論文情報

Transmission Electron Microscope Using a Linear Accelerator.
Takumi Sannomiya, Yoshihiro Arai, Kuniaki Nagayama, and Yukinori Nagatani.
Physical Review Letters.   2019年 10月 9日(日本時間)
DOI: 10.1103/PhysRevLett.123.150801

お問い合わせ先

<研究について>
東京工業大学 物質理工学院 材料系
准教授 三宮工(サンノミヤ タクミ)
テラベース株式会社
代表取締役 新井善博(アライ ヨシヒロ)
自然科学研究機構 生理学研究所
名誉教授 永山國昭(ナガヤマ クニアキ)
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
特別准教授 永谷幸則( ナガタニ ユキノリ)
自然科学研究機構 生理学研究所
所長 鍋倉淳一(ナベクラ ジュンイチ)
<広報に関すること>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室
国立大学法人 東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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