電離圏データ解析が大地震の減災・防災に資する可能性
2019-10-17 京都大学
梅野健 情報学研究科教授、後藤振一郎 同特定研究員(現・統計数理研究所特任准教授)、打田凌馬 同修士課程学生(研究当時)、五十嵐喜良 同研究員、高明慧 同専門業務職員の研究グループは、陳佳宏 台湾国立成功大学助理教授、台湾中央気象局と共同で、2016年2月に発生したマグニチュード6.4の台湾南部地震(美濃地震)を対象に、本研究グループが開発した、複数のGPS観測局から地震発生前のデータを用いて電離圏電子数異常を捉えるデータ解析法(相関解析法:CRA-CoRrelation Analysis)による解析を行った結果、マグニチュード6クラスの内陸型地震である台南地震発生直前の、電離圏電子数の異常を明瞭に捉えることに成功しました。
本研究成果は、2019年10月15日に、国際学術誌「Journal of Geophysical Research -Space Physics」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
書誌情報
【DOI】https://doi.org/10.1029/2019JA026640
Shin‐itiro Goto, Ryoma Uchida, Kiyoshi Igarashi, Chia‐Hung Chen, Minghui Kao and Ken Umeno (2019). Pre‐seismic ionospheric anomalies detected before the 2016 Taiwan earthquake. Journal of Geophysical Research: Space Physics.
NHK(10月17日)および読売テレビ(10月17日)で放送されました。
詳しい研究内容について
2016 年 2 月の台湾南部地震直前の電離圏異常を発見
―電離圏データ解析が大地震の減災・防災に資する可能性―
概要
梅野健 京都大学大学院情報学研究科 教授、後藤振一郎 同特定研究員(研究当時、現:統計数理研究所特 任准教授)、打田凌馬 同修士課程学生(研究当時)、五十嵐喜良 同研究員、高明慧同専門業務職員らの研究 グループは、台湾國立成功大學地球科學系助理教授陳佳宏博士及び台湾中央気象局(台湾気象庁)と協力して、 2016 年2月に発生したマグニチュード 6.4 の台湾南部地震(美濃地震)を対象に、本研究グループが開発し た、複数の GPS 観測局から地震発生前のデータを用いて電離圏電子数異常を捉えるデータ解析法(相関解析 法:CRAーCoRrelation Analysis)による解析を行いました。その結果、マグニチュード 6 クラスの内陸型地 震である台南地震発生直前の、電離圏電子数の異常を明瞭に捉えることに成功しました。
本研究成果は、2019 年 10 月 15 日(日本時間)に米国地球物理学会の科学誌「Journal of Geophysical Research -Space Physics」に掲載されました。
1.背景
地震の直前予測ができるかどうかは、確かな地震の前兆現象の存在を捉えることができるかどうかにかかっ ています。しかし、今まで、地震前兆現象的な電離圏異常として報告されている様々な現象のほとんどが、太 陽フレアの爆発等による宇宙天気の異常と明確に区別することが困難でした。ただ、物理学的には、エネルギ ー保存則から、そのエネルギー変化を前兆シグナルとして捉えることができれば良いと考えられます。本研究 は、通信技術で培った最新の信号検出技術により、前兆シグナルを検出することを試みました。
2.研究手法・成果
本研究で開発した解析手法(CRA)は、2011 年東北地方太平洋沖地震の本震、前震、余震および 2016 年熊 本地震に適用し、大地震直前の電離圏異常を捉えることに成功した、GNSS(Global Navigation Satellite System: 全地球航法衛星システム)を基礎とする多点観測型解析手法—相関解析法であり、台湾は、GNSS 観 測局が日本よりも密に分布していることも、本研究を可能にした要因でした。
本手法を、熊本地震発生の約2ヶ月前にあたる 2016 年 2 月5日 19 時 57 分(協定世界時)に発生した台湾 南部地震(美濃地震:マグニチュード 6.4)にも適用した結果、台湾南部地震発生の1時間前から発生直前にか けて電離圏異常が生じていることが解りました。更に、台湾の南北に走る断層と並行な形で長細い局所的な電 離圏異常が台湾上空にあることが解りました。衛星の SIP(Sub-Ionospheric Point)*がその局所的な電離圏異 常区域を垂直に横切れば(図 1 左)電離圏異常が観測され(図2上段)、同じ観測局であっても異なる衛星の SIP がその電離圏異常を横切らなければ(図 1 右)電離圏異常が観測されませんでした(図 2 下段)。これによ り、この電離圏異常が太陽フレアの爆発などの宇宙天気によるものでは無いことが証明されました。
図1:(左)電離圏異常を衛星の SIP が横切る場合。(右)電離圏異常を衛星の SIP が横切らない場合。
図 2:(左)衛星の SIP の経路。水色は観測局「gais」が、赤色は観測局「wanc」が追跡した経路。(中)台湾 南部の震源に近い観測局(左図の「gais」と「wanc」)で観測された電離圏電子数。(右)CRA によって得られた相関値。 相関値が大きければ異常の程度が大きい。(中)および(右)の縦線は地震が発生した時刻(19 時 57 分)を示す。上段 が衛星(GPS17 番衛星)の SIP が電離圏異常を横切り、電離圏異常が観測される場合。下段が衛星(GPS28 番衛星)の SIP が 電離圏異常を横切らず、電離圏異常が観測されない場合。
3.波及効果、今後の予定
本研究で示したことは、CRA の手法によって電離圏データから「太陽フレアの爆発等の宇宙天気の異常と明 確に区別できるマグニチュード6クラスの内陸型地震発生直前の電磁気学的現象を捉えたこと」になります。 本手法による電離圏データの解析が、大地震の防災・減災に資する可能性を科学的に示唆するものです。今後 はさらなる事例の検証と物理モデルの解明が必要と考えられます。また、本成果をどう防災・減災に活用する か、南海トラフ地震や大都市直下型地震に対応するため同時に真剣に検討する予定です。台湾では 2018 年か ら、既に国家プロジェクトとして中央気象局(台湾気象庁)によって本技術の活用を検証している状況です。ま た、防災へ電離圏データの情報がどう活用されうるかについては、今後、仙台で行われる世界防災フォーラム 2019(2019 年 11 月 10 日の 11 月 12 日)の最終日(11 月 12 日)のメインホールの 0-44 セッション「Value of advance information for earthquake reduction and its feasibility」で本技術を活用する減災防災の仕組みが 提案され、世界中の防災関係者と議論が開始される予定です。
4.研究プロジェクトについて
本研究プロジェクトは、株式会社オプテージの支援を受けました。また、研究で取得した GPS データは、台 湾中央気象局が管理する測位衛星観測局のデータを用いています。
5.参考リンク
(1)平成 28 年 10 月 3 日京都大学発表 「大地震発生直前の電離圏異常を検出—マグニチュード7以上の大地 震の直前予測の可能性—」 http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2016/160930_1.html
(2)平成 29 年 3 月 1 日京都大学発表「熊本地震直前にも電離圏異常が起きていたことを発見」 http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2016/170224_3.html
<用語説明>
SIP(Sub-Ionospheric Point):衛星と観測局とを結ぶ線上の地上 325km の高さに位置する点 IPP(Ionospheric Pierce Point)を地表に垂直に投影した点
<研究者のコメント>
本研究は、ある理想的な”可解な電磁気学的前兆現象”を探し求めた結果です。そして、 台湾の気象庁はいち早く CRA 手法を取り入れ防災上の効果を確認しました。この電離 圏の情報により、救える命があるとしたら、台湾だけでなく、日本においてもまた他の インドネシア等の地震が多い国にもこの日本発の本手法の早期検証および導入が進む ことを願って止みません。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Preseismic ionospheric anomalies detected before the 2016 Taiwan earthquake
著 者:後藤 振一郎(Shin-itiro Goto), 打田 凌馬(Ryoma Uchida), 五十嵐 喜良(Kiyoshi Igarashi), 陳 佳宏(Chia-Hung Chen), 高 明慧(Minghui Kao), 梅野 健(Ken Umeno)
掲 載 誌:Journal of Geophysical Research -Space Physics
DOI:10.1029/2019JA026640