異種間交配を利用したイネの品種改良に期待
2018-02-15 北海道大学大学院農学研究院,京都大学大学院農学研究科,京都大学白眉センター,国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター
ポイント
- イネの品種改良を妨げる「雑種の種を稔らせない」遺伝子の機能を,突然変異の誘発により改変。
- イネの雑種の種を稔らせない性質(雑種不稔性)に関わる新たな遺伝子を同定。
- 異種間交配の障害を取り除くことで,新たなイネ品種の育成に期待。
概要
北海道大学大学院農学研究院の小出陽平助教(前 京都大学白眉センター特定助教),金澤 章准教授,国立研究開発法人国際農林水産業研究センターの福田善通主任研究員,京都大学大学院農学研究科の奥本 裕教授らの研究グループは,突然変異育種法を用いて,イネの種の壁を構成する遺伝子を人為的に改変することに成功しました。
イネには日本人の主食であるアジアイネの他に,アフリカイネという種が存在します。このアフリカイネは,アジアイネが持たない,高温などの不良環境に対する耐性を与える有用な遺伝子を持っており,品種育成への利用が望まれています。しかし,アジアイネとアフリカイネの交配によってできた雑種植物には種子が稔らず,子孫を得ることができません。この現象は「雑種不稔」と呼ばれ,アフリカイネを品種改良に利用することを妨げています。
本研究では,雑種不稔の原因の一つであるS1遺伝子座*1に着目し,突然変異を誘発することにより,S1遺伝子座による雑種不稔が生じない変異体を得ることに成功しました。この変異体を調べることにより,S1遺伝子座は,ペプチダーゼ*2様ドメイン保持タンパク質と呼ばれるタンパク質を作り出すSSP遺伝子などの複数の遺伝子で構成されていることが明らかになりました。また,SSP遺伝子はアジアイネには存在しておらず,ユニークな進化を経ていることが示唆されました。
今後,この変異体を用いることで,アフリカイネとアジアイネの異種間交配を利用した新たなイネ品種が育成されることが期待されます。
背景
人口増加に伴う食料問題に対応するため,開発途上国での食料の安定生産技術の開発が求められています。また,気候変動などによる栽培環境の変化に適応できる作物の品種を作り出すことが,重要な課題となっています。小出助教らの研究グループはこれまでに,日本人にはなじみの薄いアフリカイネ(Oryza glaberrima)という種を用いて,イネの生産性の向上に関わる研究を行ってきました。その結果,アフリカイネはアジアイネ(Oryza sativa)が持たないストレス耐性遺伝子など,農業上有用な遺伝子を持つことが明らかになりました。
しかし,このアフリカイネをすぐに品種改良に利用することはできません。なぜなら,アフリカイネとアジアイネの交配では,交配種子はできるものの,交配種子を育てて得られた雑種には種子がほとんど稔らないからです。雑種が種子をつけない現象は「雑種不稔性」と呼ばれ,イネでは種の交わり合いを防ぐ壁として存在していると考えられます。この雑種不稔性にS1という遺伝子座が深く関わることが,日本の遺伝学者により1970年代に明らかにされていましたが,その実体は解明されていませんでした。
今回の研究では,このS1遺伝子座に着目し,突然変異を誘発し,S1遺伝子座の機能を人為的に改変することで,S1遺伝子座による雑種不稔を起こさない変異体を作り出そうと試みました。
研究手法
まず,S1遺伝子座がヘテロ接合*3となる交配種子を多数用意しました。次に,国立研究開発法人理化学研究所仁科加速器研究センターRIビームファクトリーの協力の下,この交配種子に対し,重イオンビーム照射法*4による突然変異誘発を行いました。その後,京都大学大学院農学研究科と国立研究開発法人国際農林水産業研究センターの協力を得て,延べ2,400粒以上の照射種子を圃場に種まきし,育成しました。一つ一つの植物体に生じた穂を観察し,種子が稔るようになった突然変異体を選抜しました。
研究成果
突然変異体を選抜したところ,S1遺伝子座がヘテロ接合であるにもかかわらず,種子稔性が高い個体を見出すことに成功しました。この個体の遺伝子を解析したところ,この個体はS1遺伝子座内にあるペプチダーゼ様ドメイン保持タンパク質をコードする遺伝子(SSP遺伝子)に塩基対5つ分の欠損があり,機能が損なわれていることがわかりました。
形質転換法によりSSP遺伝子を人為的にアジアイネに導入し,突然変異体と交配したところ,不稔が生じ,確かにこの遺伝子が雑種不稔を誘導していることが証明されました。興味深いことに,SSP遺伝子をアジアイネに導入するだけでは不稔は生じませんでした。このことから,SSP遺伝子は雑種不稔を誘導するのに必要な要素ではありますが,十分な要素ではなく,雑種不稔は複数の未知の遺伝子の相互作用により生じることが示唆されました。
さらにSSP遺伝子の有無を様々なイネ属の植物を対象に調べたところ,SSP遺伝子はアジアイネにはなく,アフリカイネとその他数種の野生種にのみ存在していました。すなわち,SSP遺伝子は,イネが進化した過程の限られた系譜において獲得された,もしくは失われた,遺伝子であることが明らかになりました。このようなユニークな進化経路を持つ遺伝子が,種が分かれた状態を保っていたのです。
今後への期待
今回の研究では,突然変異育種法により雑種不稔に関与する遺伝子の機能を改変し,不稔が生じない変異体を得ることに成功しました。イネにおいて雑種不稔は,ある種の植物と別の種の植物が交わらないようにする障壁,すなわち,「種の壁」として働いているため,種の壁を部分的に取り除くことに成功したと言えます。
この手法はイネに存在する他の雑種不稔遺伝子や,他の作物にも応用でき,これまで交配しても種子が稔らなかった植物を利用して新しい品種を作りだせる可能性があります。また,このような順遺伝学的手法*5は,ゲノム編集などによる逆遺伝学的手法とは異なり,改変すべき遺伝子に関する情報がない状況でも適用可能です。したがって,本手法は広い適用範囲を持つと考えられます。
今回,S1遺伝子座による雑種不稔を引き起こさない変異体を得ることに成功しましたが,アジアイネとアフリカイネの間の雑種不稔性に関わる遺伝子は他にも存在することが知られています。今後,本手法を用いて他の遺伝子についても変異体を得ることで,アフリカイネがもつ有用遺伝子をアジアイネの品種改良に利用することが容易になると考えられます。
研究グループについて
本研究は北海道大学大学院農学研究院,京都大学大学院農学研究科,京都大学白眉センター,国際農林水産業研究センターを中心とする研究グループに加え,理化学研究所,吉備国際大学,帯広畜産大学,九州大学,岩手生物工学研究センターに所属する研究者の協力の下で行われました。また,本研究は科学研究費助成事業JP25892014,JP26850003,JP16KT0034,京都大学白眉プロジェクト,文部科学省科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業の支援を受けて行われました。
論文情報
論文名 Lineage-specific gene acquisition or loss is involved in interspecific hybrid sterility in rice(系譜特異的な遺伝子の獲得または喪失がイネの種間雑種不稔性に関与する)
著者名 小出陽平1,2, 荻野篤史1, 吉川貴徳3, 北嶋ゆき1, 齋藤 希1, 金岡義高1, 大西一光4, 吉竹良洋2, 築山拓司2, 齊藤大樹2,5, 寺石政義2, 山形悦透6, 植村亜衣子7, 高木宏樹7, 林 依子8, 阿部知子8, 福田善通5, 奥本 裕2, 金澤 章1(1北海道大学,2京都大学,3吉備国際大学,4帯広畜産大学,5国際農林水産業研究センター,6九州大学,7岩手生物工学研究センター,8理化学研究所)
雑誌名 PNAS(米国科学アカデミー紀要)
公表日 米国東部時間2018年2月14日(水)(オンライン公開)
お問い合わせ先
北海道大学大学院農学研究院 助教 小出陽平(こいでようへい)
URL https://www.agr.hokudai.ac.jp/r/lab/plant-breeding
配信元
北海道大学総務企画部広報課
用語解説
*1 遺伝子座 …それぞれの遺伝子が位置付けられる,染色体やゲノム上の特定のDNA領域のこと。
*2 ペプチダーゼ … ペプチド結合を分解するタンパク質分解酵素のこと。
*3 ヘテロ接合 … 相同染色体を二本ずつ有する二倍体の生物において,一つの遺伝子座に二種類の異なる対立遺伝子が存在すること。アフリカイネとアジアイネを交配すると,交配後の雑種はアフリカイネに由来する対立遺伝子とアジアイネに由来する対立遺伝子をそれぞれ一つずつ保持し,ヘテロ接合の状態となる。
*4 重イオンビーム照射法 … ヘリウムより重い元素のイオン(重イオン)を加速器により加速し,ビームとして生体に照射する突然変異誘発法。
*5 順遺伝学的手法 … 生物の形質(性質や特徴)に着目し,その形質の元となる遺伝変異を明らかにする手法。一方,遺伝子配列に着目し,特定の遺伝子を変異させることで生物の形質がどう変化するかを調べる手法を逆遺伝学的手法という。