結晶粒サイズのナノ化による変形モード制御
2019-08-23 京都大学
鄭瑞暁 工学研究科特定研究員(現・北京航空航天大学准教授)、辻伸泰 同教授(兼・構造材料元素戦略研究拠点(ESISM)主任研究者)らの研究グループは、物質・材料研究機構と共同で、材料組織をナノスケールで制御することによって、高強度と高延性を併せ持つ軽量マグネシウム合金を作製することに成功しました。
マグネシウム(Mg)は極めて軽量な元素であり、高い比強度(強度を密度で割った値)を持つため、自動車をはじめとする輸送機器などの軽量化をもたらす軽量高強度材料として非常に期待されています。一方、Mgは異方的な六方晶結晶構造を有するため、一般に延性・加工性に乏しく、それが大きな障害となっていました。
本研究では、Mg合金を構成する結晶粒の大きさを1μm(マイクロメートル=100万分の1メートル)以下のナノスケールに超微細化することにより、高い強度と大きな引張延性を両立できることを見出し、そのメカニズムを明らかにしました。本研究成果は、Mg合金の可能性を大きく拡大することにつながることが期待されます。
本研究成果は、2019年8月12日に、国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
詳しい研究内容について
高強度・高延性マグネシウム合金を実現
―結晶粒サイズのナノ化による変形モード制御―
概要
京都大学大学院工学研究科材料工学専攻 鄭瑞暁 特定研究員(研究当時、現:北京航空航天大学准教授)、 同 辻伸泰 教授 (兼 京都大学構造材料元素戦略研究拠点 (ESISM)主任研究者)らの研究グループは、物質・ 材料研究機構の共同研究者とともに、材料組織をナノスケールで制御することによって、高強度と高延性を併 せ持つ軽量マグネシウム合金を作製することに成功しました。
マグネシウム(Mg)は極めて軽量な元素であり、高い比強度(強度を密度で割った値)を持つため、自動 車をはじめとする輸送機器などの軽量化をもたらす軽量高強度材料として非常に期待されています。一方、 Mg は異方的な六方晶結晶構造を有するため、一般に延性・加工性に乏しく、それが大きな障害となっていま した。本研究では、Mg 合金を構成する結晶粒の大きさを1μm (マイクロメートル=100 万分の 1 メートル) 以下のナノスケールに超微細化することにより、高い強度と大きな引張延性を両立できることを見出し、その メカニズムを明らかにしました。本成果は、Mg 合金の可能性を大きく拡大することにつながることが期待さ れます。
本研究成果は、2019 年 8 月 12 日に国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
1.背景
マグネシウム (Mg)の比重は 1.7 であり、アルミニウム (Al)の 2.7、チタン (Ti)の 4.5、鉄 (Fe)の 7.9、 銅 (Cu)の 8.9 などと比べて圧倒的に小さく、実用金属材料の中で最も軽い金属です。その結果、Mg および Mg 合金の比強度(強度÷密度)は、アルミニウム合金や鉄鋼材料よりも高く、同じ強度をより少ない重量で 実現することができます。そのため、自動車などの輸送機器等の軽量化のために、Mg 合金の応用が大いに期 待されています。
近年、構造材料にはより高い強度が強く求められるようになっています。しかし、高強度材料も最終的な部 品等の形状に加工する必要があり、また衝突や地震の際に脆く破壊することのないように、十分な延性 ・加工 性を同時に持つことが求められています。多くの金属材料が等方的な立方晶構造を有するのに対し、Mg は六 方晶結晶構造を有します。金属の塑性変形は、特定の結晶面に沿った「すべり変形」によりもたらされます。 六方晶 Mg の場合、六角柱の底面に沿った 「底面すべり」が生じます。しかし底面は一つしかないため、底面 すべりだけでは三次元的な変形を行うことができません。こうした異方性のため、Mg 合金は加工性・延性に 乏しく、実用上の大きな障壁になっています。本研究は、バルク体の Mg 合金の内部組織をナノメートル (nm =10 億分の1メートル)のスケールで超微細化し、Mg 合金の問題を克服したものです。
2.研究手法・成果
本研究では、Mg-6.2%Zn-0.5%Zr-0.2%Ca 合金(mass %)を用いました。High Pressure Torsion (HPT) という巨大ひずみ加工プロセスにより極めて大きなひずみの加工を加え、その後種々の温度・時間の焼鈍熱 処理を施すことによって、図1に示すような、0.77μm (770nm)〜23.3μm の範囲の種々の平均粒径(d) の 完全再結晶組織を有する多結晶試料を作製することに成功しました。これら種々の平均粒径の Mg 合金に対 して室温で引張試験を行って得た応力-ひずみ曲線を図2に示します。応力-ひずみ曲線とは、引張変形中に ある伸び(ひずみ)をもたらすのにどれだけの力(応力)が必要かを示すものであり、縦軸が強度を、横軸 が延性を表します。金属材料は、結晶粒径を微細にするにつれてその強度が増しますが、我々のこれまでの 研究によれば、多くの金属 ・合金では、結晶粒径が1μm 以下になると急激に引張延性 (特に均一伸び)が低下し、強度と延性を両立することができませんでした。しかし今回の Mg 合金の場合には、粒径が1μm 以下になっても降伏後に十分大きな加工硬化を示し、結果として高い強度と大きな延性を両立することがで きました。これは高強度 Mg 合金の延性化の可能性を拓く重要な結果です。
図1 HPT 法による強加工後、適切な条件で焼鈍することにより得られた、種々の平均粒径 (d)を有 する Mg-Zn-Zr-Ca 合金の結晶粒組織。
図2 種々の平均粒径(d)を有する Mg-Zn-Zr-Ca 合 金の室温における応力-ひずみ曲線。
図3 六方晶における底面すべりと錘面<c+a>すべり。
六方晶 Mg 合金では、先に述べた通り、図3の左に示すような、結晶の a 軸方向 (底面内に3つの a 方向 が存在する)に沿った底面すべり(すべり)が主に生じます。しかしこれでは三次元的な変形ができな いので、六方晶結晶の長軸(c 軸)に沿った変形成分を有する変形双晶が通常は生じます。しかし変形双晶 は、結晶粒界にぶつかるとしばしば空隙(ボイド)を生じ、破壊を引き起こしてしまいます。本研究で得ら れた試料の変形組織を詳細に調べた結果、結晶粒が微細化するにつれて変形双晶の形成が抑制され、粒径 0.77μm 材ではほとんど変形双晶が生じなくなることが明らかになりました。変形双晶が生じないと、粒界 での破壊は抑制されますが、三次元的な変形が実現できません。粒径 0.77μm 材の変形組織を透過電子顕微 鏡でさらに詳細に調べたところ、すべりをもたらす転位に加え、通常は活動しないはずの錘面<c+a>すべり(図3の右)をもたらす転位の活発な活動が見出されました。こうした変形機構の劇的な変化が、高い 強度とともに大きな引張延性を実現する原因になったものと考えられます。
3.波及効果、今後の予定
本研究成果は、Mg 合金の延性化の方策とメカニズムを明らかにしたものであり、高強度と高延性を両立し た六方晶 Mg 合金の実現は、その実用上の可能性を大きく広げ、将来的には輸送機器などの軽量化をもたらす ことが期待できます。また、結晶粒径を1μm 以下にすることによって特異な変形機構が活動したわけですが、 こうした現象は他の金属 ・合金でも生じる可能性があり、それらを調べた上で統一的に理解することによって、 金属材料全体の変形と破壊に関する未知の部分を明らかにし、優れた力学特性を有する構造用金属材料の実現 につなげていきたいと考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、京都大学構造材料元素戦略研究拠点 (ESISM 拠点長 ・田中 功 京都大学教授)および科学研究 費補助金 ・基盤研究(S) (15H05767)と挑戦的研究 (萌芽) (18K18945)の支援により実施されました。ESISM は、様々な構造材料の変形と破壊の基礎を徹底的に探求し明らかにすることを通じて、卓越した特性を示す究 極の構造材料の実現を目標とする、文部科学省の助成による研究プロジェクトです。
<研究者のコメント>
結晶粒径を1μm 以下に超微細化することによって、マグネシウムの変形機構が劇的に変化するという結果 には驚かされました。結晶粒超微細化 (バルクナノメタル化)による変形機構の変化を種々の材料で系統的に 明らかにし、その理由を明らかにすることによって、従来理論では予測できない優れた力学特性を有する金属 材料を実現できると考えています。
<論文タイトルと著者>
タイトル: Change of Deformation Mechanisms Leading to High Strength and Large Ductility in Mg-Zn-Zr-Ca Alloy with Fully Recrystallized Ultrafine Grained Microstructures(完全再結晶超 微細粒組織を有する Mg-Zn-Zr-Ca 合金における変形機構の変化がもたらす高強度・高延性)
著 者: Ruixiao Zheng(鄭瑞暁:京都大学 特定研究員、現・北京航空航天大学 准教授), Tilak Bhattacharjee(京都大学 ESISM 特定研究員), Si Gao(高斯:京都大学 講師), Wu Gong(龔 武 :京都大学ESISM 特定研究員), Akinobu Shibata (柴田曉伸 :京都大学 准教授), Taisuke Sasaki (佐々木泰佑 :物質 ・材料研究機構 研究員), Kazuhiro Hono (宝野和博 :物質 ・材料研究機構 フ ェロー), Nobuhiro Tsuji(辻伸泰:京都大学 教授)
掲 載 誌:Scientific Reports DOI:10.1038/s41598-019-48271-5
<用語解説>
♦ 巨大ひずみ加工プロセス:極めて大きな塑性変形を実現する特別な加工プロセス。
♦ 多結晶:ほとんど全てのバルク金属材料は、多数の結晶粒が集まってできた多結晶体である。
♦ 降伏:力を加えていった時に、最初は弾性変形(除荷すると元の形に戻る変形)のみだが、ある点から 塑性変形(除荷しても元の形に戻らない変形)が始まる。塑性変形の始まりを、降伏と呼ぶ。
♦ 双晶:マトリクスの結晶に対し、鏡面対称の原子の並びを示す結晶。変形時に双晶が
できると、形状変 化(塑性ひずみ)がもたらされる。
♦ 結晶粒界:多結晶体を構成する結晶粒と結晶粒の間の境界。
♦ 転位(dislocation):すべり変形をもたらす格子欠陥(原子の周期的な配列の乱れ)。