精神疾患に関わる脳内ネットワークを推定するAI手法を開発!

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ゲノム情報に基づいた新しい診断法に期待

2019-01-24  名古屋大学,日本医療研究開発機構

名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長 門松健治)システム生物学分野の川久保 秀子(かわくぼ ひでこ)特任助教、島村 徹平(しまむら てっぺい)特任准教授、精神医学・親と子どもの心療学分野の尾崎 紀夫(おざき のりお)教授、同大高等研究院(院長 周藤芳幸)の久島 周(くしま いたる)特任助教らの研究グループは、疾患の発症に関わるゲノム変異の影響が脳内でどのように伝播するかを解析するために、人工知能(AI)技術の1つである機械学習※1の手法を開発し、自閉スペクトラム症(ASD※2)や統合失調症※3の発症に関わる可能性のある脳領域間の関係性(脳内ネットワーク)を推定しました。

ASDや統合失調症に代表される精神障害は、ゲノムと環境の複合的要因による脳機能障害を原因とする疾患であり、その基盤となる分子、細胞、回路レベルにおけるメカニズムには未だ解明できていない点が多く残されています。こうした背景も相まって、如何に脳の各領域同士が互いに機能的に関係し合い、情報をやりとりしているかについて、すなわち、疾患に関わる脳領域間の関係性を詳しく調べることが重要になってきました。

本研究では、開発した機械学習の手法を疾患に関わる遺伝子群と脳領域ごとの遺伝子ネットワーク※4に適用することにより、ASDや統合失調症に関わるゲノム変異の影響が脳の各領域へどのように伝播し、疾患に関わるネットワークを形成しているのかについて調べました。解析の結果、疾患と強い関係があることが知られている扁桃体※5、前頭葉※6を中心にして、脳の様々な領域(側頭葉※7、海馬※8、視床※9など)にゲノム変異の影響が伝播していることが推定されました。また、ASDと統合失調症の脳内ネットワークを比較したところ、両疾患で約80%のネットワークの類似性があることを確認しました。

今後、個別化医療※10において、個々のゲノム情報に基づいた新しい診断法や治療法の開発の基盤になることが期待されます。本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム(発達障害・統合失調症等の克服に関する研究)の支援を受けて実施されました。

本研究成果は、英国の科学雑誌「Bioinformatics」(英国時間2019年1月15日付けの電子版)に掲載されました。

ポイント
  • 精神疾患の発症に関わるゲノム変異の影響が脳内でどのように伝播されていくかを解析するAI手法を開発
  • 自閉スペクトラム症や統合失調症の発症に関わる脳内ネットワークの推定が可能となった
  • 個別化医療に向けて、個々のゲノム情報に基づく診断法や治療法の開発の基盤として期待
背景

自閉スペクトラム症(ASD)や統合失調症に代表される精神障害は、遺伝要因と環境要因の複合的要因による脳機能障害による疾患ですが、その発症に関連する脳内機構は、未だ十分には解明されていません。これまで、両疾患と特定の脳部位との関係は数多く研究されてきましたが、脳領域間の関係性の全体像を明らかにした研究はなく、発症・病態のメカニズムを解明する上で、疾患に関わる脳領域間の関係性(ネットワーク)を詳しく調べることが重要になってきました。

研究成果

疾患の発症に関わるゲノム変異の影響が脳内でどのように伝播されていくかを解析する機械学習の手法を開発し、ASDや統合失調症の発症に関わる可能性のある脳内ネットワークを推定しました。開発した手法では、疾患に関わる遺伝子群で構成された脳領域ごとの遺伝子ネットワークに基づき、遺伝子ネットワークが領域ごとに他のどの脳領域の遺伝子ネットワークと関連するかを推定し、疾患に関わる脳内ネットワークのモデルを構築しました(図1)。この手法を用いて解析を行った結果、疾患と強い関係がある脳領域(扁桃体、前頭葉)を中心にして、脳の様々な領域(側頭葉、海馬、視床など)にゲノム変異の影響が伝播していることが明らかになりました。また、ASDと統合失調症の脳内ネットワークを比較したところ、両疾患で約80%という高い確率で、それぞれのネットワークに類似性があることを確認しました(図2)。

精神疾患に関わる脳内ネットワークを推定するAI手法を開発!

図1:開発したAI手法の概念図。疾患に関わる遺伝子群で構成された脳領域ごとの遺伝子ネットワークを入力として、ある領域が他のどの領域と関係するかを学習します。この学習を機械学習では特徴選択と呼びます。本研究では特徴選択をスパース学習に基づいて行い、複数の特徴量(脳領域)から着目する特徴量(脳領域)とは無関係の特徴量(脳領域)を排除、関係のある特徴量(脳領域)のみを選択します。特徴選択は各脳領域で行い、得られた学習結果を統合して最終的に疾患に関わる脳内ネットワークを出力します。

図2:自閉スペクトラム症・統合失調症の発症に関わるゲノム変異の影響が脳の各領域へどのように伝播し、疾患に関わるネットワークを形成しているのかについての推定結果

今後の展開

個々のゲノム情報に基づいた新たな診断法や治療法の開発の基盤になることが期待されます。

用語説明
※1 機械学習:
人工知能(AI)の技術の1つで、データが持つ潜在的な特徴をコンピュータに学習させて識別や予測などを行う。
※2 自閉スペクトラム症(ASD):
「社会的コミュニケーションの障害」と「限定された興味」などを特徴とする神経発達症。遺伝要因が発症に関与している。
※3 統合失調症:
幻覚・妄想・意欲低下・認知機能障害などを特徴とする精神障害。遺伝要因が発症に関与している。
※4 遺伝子ネットワーク:
どの遺伝子が共に活動しているかをネットワークとして表したもの。
※5 扁桃体:
情動的な出来事の記憶に関与する脳領域。不安や緊張などの恐怖に対する反応と関係する。
※6 前頭葉:
思考、理性、記憶、動機づけに基づく意思決定などに関与する脳領域。
※7 側頭葉:
言語、聴覚、記憶などに関与する脳領域。
※8 海馬:
記憶に関与する脳領域。新しい記憶は海馬に一旦貯蔵され、重要な記憶ならば前頭葉を経由して側頭葉に貯蔵されると考えられている。
※9 視床:
視覚、聴覚、全身の感覚などの感覚入力を大脳皮質(前頭葉など脳の最も外側を構成する脳領域)へと中継する脳領域。
※10 個別化医療:
同じ疾患でも個人によって病態が異なるため、疾患に関わる遺伝子などを個人ごとに調べ、個々人に合わせた最適な治療を行うこと。
発表雑誌
雑誌名:Bioinformatics(英国時間2019年1月15日付けの電子版に掲載)
論文タイトル:A Network of Networks Approach for Modeling Interconnected Brain Tissue-Specific Networks
著者:Hideko Kawakubo1, Yusuke Matsui2, Itaru Kushima3, Norio Ozaki4, Teppei Shimamura1
  1. Division of Systems of Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine
  2. Laboratory of Intelligence Healthcare, Nagoya University Graduate School of Medicine
  3. Institute for Advanced Research, Nagoya University
  4. Department of Psychiatry – Department of Psychotherapy for parents and children, Nagoya University Graduate School of Medicine
DOI:10.1093/bioinformatics/btz032
問い合わせ先
研究内容

名古屋大学医学部・医学系研究科システム生物学分野
特任助教 川久保 秀子

広報担当

名古屋大学医学部・医学系研究科総務課総務係

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 脳と心の研究課

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