2022-11-10 京都大学
京都大学アイセムスの北川進拠点長・特別教授、堀毛悟史准教授、大竹研一特定助教らの研究グループは、中国華南理工大学の Gu 教授の研究グループと共同で、水(軽水またはH2O)と重水(HDO、D2O)の分離が可能な多孔性材料の開発に初めて成功しました。
同位体とは、原子番号が同じでありながら、中性子数の違いにより質量数が異なる関係のことを言います。例えば、質量数が1である水素(H)の同位体には質量数が2である重水素(D)があります。自然界の水には、およそ 0.02%(1 万個に 2 個)の割合で、水分子の水素(H)が重水素(D)に置き換わった「重水」が含まれています。
重水は、原子炉の減速材としての利用に加え、放射線治療における医療応用、ニュートリノの検出や、研究の現場において溶媒として用いられるなど、現代社会には欠かせない物質です。しかし、水と重水はその性質がほぼ同じであるため、これまでは重水を分離して精製することが非常に困難でありました。従来知られている水と重水の分離方法では、分離係数が 1.02〜1.20 程度(分離係数 1.0 は選択性がなく、分離の効率が悪いことを示す)であり、水と重水の分離のためには何度も蒸留を繰り返す、電気分解をするなど、莫大なエネルギーやコストがかかっていました。
本研究で開発した多孔性材料は、有機分子と金属イオンからなるジャングルジム状のネットワーク構造でできており、内部にナノサイズの微小な筒状の細孔を無数に持っています。この多孔性材料の細孔に、細孔内を通過するガス分子の流量の調整や、ガスの種類の選別を可能とする「ゲート(扉)」の役割を担う分子を組み込みました。実際に、水と重水の分離を行ったところ、分離係数は 212 に到達し、従来法に比べて 100 倍以上の分離効率を示すことが分かりました。
今後、重水の効率的な精製や、重水のように精製のために莫大なエネルギーやコストがかかっている分子を、エネルギー消費を抑えて効率良く分離するための新規材料、効率的な分離技術開発への応用が期待されます。
本成果は米国東部時間 2022 年 11 月 9 日(日本時間 10 日)に、英国科学誌「Nature」オンライン版で公開されました。
多孔性材料にトンボ型のゲート(扉)分子を組み込むことで、性質が似ていて分離が困難だった水と重水を、これまでの100倍以上の効率で分離可能に。(©️高宮ミンディ/京都大学アイセムス)
書籍情報
論文タイトル:“Separating water isotopologues using diffusion-regulatory porous materials” (参考訳:拡散制御型多孔性材料を利用した、水の同位体置換体の分離)
著者:Su Yan, Ken-ichi Otake, Jiajia Zhang, Satoshi Horike, Susumu Kitagawa, Gu Cheng
Nature | DOI: 10.1038/s41586-022-05310-y