素子間の結合による超伝導電流の非局所制御に成功~将来的な超伝導量子計算への応用に期待~

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2022-09-13 理化学研究所,科学技術振興機構

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子機能システム研究グループの松尾貞茂基礎科学特別研究員、樽茶清悟グループディレクターらの国際共同研究グループは、並列に配置された2本の半導体ナノ細線[1]上に二つの「ジョセフソン接合[2]」を形成し、ジョセフソン接合間にコヒーレント結合[3]が存在することを示す「非局所ジョセフソン効果」の観測に初めて成功しました。

本研究成果は、量子情報処理技術の基盤となるジョセフソン接合に関する新しい制御手法を提案するものであり、新機能超伝導素子の開発、超伝導量子ビット[4]間の結合の形成への応用が期待できます。

ジョセフソン接合は二つの超伝導体[5]が絶縁体や常伝導体を介して弱くつながっている素子のことで、近年発展の著しい超伝導量子コンピュータ[6]開発において主要な役割を担うと期待されています。ジョセフソン接合の新しい制御手法として、近距離に配置された二つのジョセフソン接合間にできるコヒーレント結合の利用が提案されていましたが、まだ実証されていませんでした。

今回、国際共同研究グループは、2本の細線上に片側の超伝導電極をそれぞれ共有した二つのジョセフソン接合を作製し、その輸送測定を行いました。その結果、一方のジョセフソン接合を流れる超伝導電流[5]が他方の接合に対して依存性を持つ非局所ジョセフソン効果の観測に成功しました。この効果は、二つのジョセフソン接合がコヒーレントに結合していることを示しています。

本研究は、オンライン科学誌『Communications Physics』(9月13日付:日本時間9月13日)に掲載されました。

素子間の結合による超伝導電流の非局所制御に成功~将来的な超伝導量子計算への応用に期待~

本研究で用いた素子と得られた結果の模式図

背景

ジョセフソン接合は、発展の著しい超伝導量子コンピュータ技術や高感度の磁気センサーへの応用に代表されるように、今日の科学技術社会において重要な役割を担うと期待されています。

これまで他の研究グループにより、近距離に配置された二つのジョセフソン接合が片側の超伝導電極を共有するとき、ジョセフソン接合間にコヒーレントな結合が形成されることが理論的に予測されていました。二つの接合がコヒーレント結合しているとき、一方の接合を流れる超伝導電流を他方の接合によって制御することが可能な「非局所ジョセフソン効果」が起こると考えられていました。この効果はジョセフソン接合の新しい制御手法を与えるため、新機能超伝導素子の開発につながる可能性があります。さらに、ジョセフソン接合で作られる超伝導量子ビットの新しい結合手法への応用も期待されます。

しかし、これまで非局所ジョセフソン効果の観測例はなく、隣接したジョセフソン接合におけるコヒーレント結合の有無は未解明でした。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、カリフォルニア大学のクリストファー パームシュトローム教授のグループが作製した半導体ナノ細線(インジウムヒ素、InAs)上に、片側の超伝導電極(アルミニウム、Al)を共有する二つのジョセフソン接合(接合UとL)素子を作製しました(図1)。また、それぞれのジョセフソン接合の電気的制御のためにゲート電極を取り付けました。

本研究で特徴的なのは、二つのジョセフソン接合のうち片方の接合が超伝導体でできたループの中に埋め込まれた構造になっていることです。ジョセフソン接合を流れる超伝導電流の大きさは、二つの超伝導電極の持つ位相[7]の差に依存して変化することが知られています。超伝導ループ構造に接合Lを埋め込み、面直(紙面垂直)に磁場を加えることで、接合Lの位相差を制御可能にしています。この素子を極低温10mKまで冷却し、接合Uの電子輸送特性を測定しました。

素子の電子顕微鏡写真と模式図の画像

図1 素子の電子顕微鏡写真と模式図

左上は素子全体の電子顕微鏡写真で、右上は黒線四角部分を拡大したもの。基板上の2本の並列した半導体ナノ細線(青と赤)に超伝導体アルミニウム(黄)の電極を用いて、二つのジョセフソン接合UとLが形成されている。下側の接合Lは、素子全体の写真に黄色点線で示された超伝導体のループに埋め込まれている。これにより、二つのゲート電極でそれぞれのナノ細線を独立に電気的制御できる。磁場は、紙面の裏面から表の向きに紙面に対して垂直にかかっている。下図は素子の模式図。ループ外の接合Uに電流を印加し、電圧差の測定を行った。

測定の結果、接合Uにおいて電流をゼロから大きくしたときに、抵抗がゼロでなくなる電流値(スイッチング電流[8])が磁場に対して明瞭に振動することが分かりました(図2)。観測されたスイッチング電流の振動の周期は、超伝導ループの囲む面積と磁場の大きさから計算される接合Lの位相差の変化の周期とほぼ一致していることが分かりました。このことから、観測された接合Uのスイッチング電流の磁場に対する振動現象は、接合Uを流れる超伝導電流が接合Lの位相差に対して依存性を持っていることを示した実験結果であることが分かります。独立した単一のジョセフソン接合を流れる超伝導電流はその接合の持つ位相差のみに依存し、異なる接合の位相差に対する依存性はありません。従って、今回得られた振動現象は、接合Uと接合Lがコヒーレント結合を形成していることを示すものであり、その結果生み出される非局所ジョセフソン効果の観測に成功したことを意味しています。

接合Uを流れる電流の磁場依存性の図

図2 接合Uを流れる電流の磁場依存性

磁場を変化させながら接合Uに電流を流した際に測定される接合Uでの電圧差を示す。青色部分は接合Uの抵抗ゼロ、赤色部分は接合Uの抵抗が有限であることを示しており、青と赤の境界がスイッチング電流に対応する。スイッチング電流が明瞭に磁場に対して振動しているが、これは接合Lの位相差の変化によって接合Uのスイッチング電流が振動していることを示している。


さらに、接合Uおよび接合Lの上に作製されたゲート電極に電圧を加えることで、それぞれの接合の電気的制御によってスイッチング電流の振動がどのように変化するのかを調査しました。その結果、接合Uを制御した場合にはスイッチング電流の振動の振幅、および振動成分を取り除いたスイッチング電流の値がともに大きく変化することが分かりました。一方で、接合Lを制御した場合にはスイッチング電流の振動の振幅のみが大きく変化し、振動成分を取り除いたスイッチング電流はほとんど変化しないことが分かりました。これは、スイッチング電流の振動が接合UとLの双方に依存している、つまり、二つの接合のコヒーレント結合により生じた現象であることを示しています。

今後の期待

本研究では、コヒーレント結合したジョセフソン接合で期待される非局所ジョセフソン効果を初めて観測しました。今回示された実験結果は、ジョセフソン接合の新しい制御手法(非局所的な制御)を提案するものであり、ジョセフソン接合を用いて実現されている量子ビットや磁気センサーなどの新たな制御手法への発展が期待できます。

また、コヒーレント結合の物理は異なる物質から作られたジョセフソン接合同士を結合させる可能性も示しています。今後、このようなコヒーレントに結合した多数のジョセフソン接合を用いた新しい超伝導現象の発現も期待できます。

ジョセフソン接合は基礎物理においてもマヨラナ粒子[9]など重要な物理現象の実現舞台となることが知られています。そのため、ジョセフソン接合同士のコヒーレント結合は、こういった新奇超伝導現象の新しい発現や制御の手法を与えるものと期待できます。

補足説明

1.半導体ナノ細線
結晶成長により形成された、太さがナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズの細線。本研究では、化合物半導体インジウムヒ素(InAs)のナノ細線を使用している。

2.ジョセフソン接合
二つの超伝導体の間に、非常に薄い絶縁体もしくは常伝導体(超伝導を示さない物質)を挟んだ接合のことで、超伝導電流が電極間に流れる。

3.コヒーレント結合
二つの波がそれぞれの位相を失わずに干渉することで形成される結合のこと。本研究では、ジョセフソン接合において超伝導電極間のナノ細線中に形成される状態が、もう一方の接合の状態と波としての位相を失わずに結合することを指す。

4.超伝導量子ビット
ジョセフソン接合によって形成された、量子計算に用いられる最小単位の素子。

5.超伝導体、超伝導電流
超伝導は、ある温度を境として電気抵抗がゼロになる状態。この状態ではエネルギーの消費がなく、電流が永久に流れる。超伝導を示す物質を超伝導体といい、超伝導体では、二つの電子が対(クーパー対)を形成する。超伝導体を流れる電流を超伝導電流という。

6.超伝導量子コンピュータ
ジョセフソン接合を核として構成される量子計算機のこと。

7.位相
超伝導体では二つの電子がクーパー対を成しており、この対の状態が持つ波としての特性の指標が位相である。超伝導体では位相がそろった状態になっている。

8.スイッチング電流
ジョセフソン接合では電気抵抗ゼロで超伝導電流が流れるが、電流がある値より大きくなると超伝導が壊れて有限の抵抗を示す。このときの値をスイッチング電流と呼ぶ。

9.マヨラナ粒子
自身が反粒子(ある粒子に対して、質量やスピンは同じで電荷が逆の粒子)としても振る舞うという特性を持つ。また二つのマヨラナ粒子を入れ替えると元の状態とは異なる状態に変化するという性質を持ち、量子計算に応用できると考えられている。

国際共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
基礎科学特別研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
リサーチアソシエイト 佐藤 洋介(サトウ・ヨウスケ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)
量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム
特別研究員 チェン-ユェン・チャン(Chien-Yuan Chang)

東京大学
大学院生 上田 健人(ウエダ・ケント)

テネシー大学(米国)
助教 ジュン・スー・リー(Joon Sue Lee)

カリフォルニア大学(米国)
教授 クリストファー・パームシュトローム(Christopher Palmstrom)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「非可換エニオンの電気的光学的制御(研究代表者:樽茶清悟)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「並列二重ナノ細線と超伝導体の接合を用いた無磁場でのマヨラナ粒子の実現(研究代表者:松尾貞茂、JPMJPR18L8)」、新世代研究所ATI研究助成「並列ジョセフソン接合間に流れる非局所超伝導電流の制御」、令和3年度公益信託 小澤・吉川記念エレクトロニクス研究助成基金「超良質超伝導半導体量子井戸接合の実現とマヨラナ粒子の実現」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Sadashige Matsuo, Joon Sue Lee, Chien-Yuan Chang, Yosuke Sato, Kento Ueda, Christopher Palmstrøm, Seigo Tarucha, “Observation of nonlocal Josephson effect on double InAs nanowires”, Communications Physics, 10.1038/s42005-022-00994-0

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
基礎科学特別研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
科学技術振興機構 広報課

JST事業に関する窓口

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子(シマバヤシ・ユウコ)

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