アモルファス構造のトポロジーから熱伝導率を予測する技術を開発~ミクロな構造と材料機能の相関解明に期待~

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2022-06-24 分子科学研究所

ポイント

・従来の方法では、非晶質(アモルファス)(1)が持つ構造の特性を系統的に抽出できず、熱伝導と原子スケールでのミクロな構造を結びつけることができなかった。

・トポロジカルデータ解析(2)を活用することで、アモルファスシリコンの構造から熱伝導率を予測し、その高低を決めるミクロな構造の同定を実現。

・アモルファスだけでなく合金などその他の乱れた構造に対する新規解析方法としての展開や、望ましい性質を持ったアモルファスの創成への応用が期待される。

概要

分子科学研究所の南谷英美准教授、東京大学大学院工学系研究科の志賀拓麿講師(当時)、青山学院大学の柏木誠助教、岡山大学の大林一平教授からなる研究グループは、トポロジカルデータ解析を活用することで、アモルファスの熱伝導率を予測する技術を開発しました。

アモルファスは太陽電池を始め広く応用されている材料ですが、どのようなミクロな構造が物理的性質や性能に直結しているかが従来の解析方法ではわかりませんでした。そのため、複雑な構造の特徴を捉え、ナノスケールからの物性理解に結びつける技術の開発が望まれていました。

本研究グループは、産業応用上重要な材料と物理量の組み合わせとして、アモルファスシリコンの熱伝導率に注目しました。ホモロジーと呼ばれる数学的概念を用いたデータ解析手法の一つ、パーシステントホモロジー(3)を用いると、複雑な構造が持つマルチスケールな特徴を抽出できることに着目し、それを機械学習・物性シミュレーションと結びつけることでアモルファスの謎を解明することに挑みました。その結果、熱伝導率を高精度に予測するだけでなく、それを決定しているナノスケール構造を明らかにすることができました。

今回得られた成果や技術は、乱れた構造に対する新たな解析方法としての展開や、微細構造の制御を通じたアモルファス物性のコントロールへの応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「The Journal of Chemical Physics」に掲載されました。

研究の背景

アモルファスは太陽電池を始め幅広く応用されていますが、未解決問題が多く残っている材料です。その原因が、複雑な構造です。アモルファスでは結晶とは異なり、決まった構造が繰り返される長距離秩序はありません。しかし完全にランダムな構造とも異なり、複数の原子間の相互作用がもたらすナノメートル程度のスケールでの中距離秩序があると考えられています。この規則性とランダムの中間に位置する構造が、アモルファスの物理的性質とどのように関係しているのかは、固体物理における長年の謎です。その謎を解く鍵として、アモルファスの構造の特徴を中距離秩序も含めて抽出し、物性シミュレーションと結びつけることが求められてきました。

研究の成果

今回、共同研究グループは、複雑な構造と物理的性質の関係の典型例としてアモルファスシリコンでの熱伝導率に着目しました。熱伝導率は、デバイスの信頼性や性能に直結する重要な物理量です。アモルファスシリコンは結晶シリコンに比べてはるかに低い熱伝導率を持ちますが、どのような構造が熱伝導率を決めているのかと、中距離秩序との関係性は不明でした。そこで、トポロジカルデータ解析手法の一つ、パーシステントホモロジーが複雑な構造の持つマルチスケールな特徴を抽出できることに着目し、それを機械学習・物性シミュレーションと結びつけることに取り組みました。その結果、熱伝導率を高精度に予測するだけでなく、それを決定しているミクロな構造や中距離秩序との関係を明らかにしました。
本研究ではまず、分子動力学法(4)によりアモルファスシリコンのモデル構造(図1左)を多数作成しました。そして、得られた様々な構造での熱伝導率とパーシステントホモロジーを計算しました。パーシステントホモロジーは図1の中央に示すような二次元のヒストグラムとして可視化されます。これをパーシステント図と呼びます。この図を数値データに変換することで、機械学習や統計解析に利用できるようにしました。


図1 アモルファス構造とパーシステント図とデータ処理の模式図

次に、パーシステント図を変換した数値データを入力、熱伝導率が出力となるようなリッジ回帰(5)モデルを作成し、学習させることで、構造から熱伝導率を高精度に予測できるようになりました(図2左)。

また、熱伝導率の高低を決めているミクロな構造を、主成分分析(6)とパーシステント図の逆解析から求めました。その結果、シリコン原子が作る五角形の構造の特徴が熱伝導率に強く相関していることがわかりました。この五角形は中距離秩序を構成する最小の要素であり、これが大きく歪んでできた四角形が存在すると、原子間に働く力にも不均一性が強く現れて、熱伝導率が低下することが判明しました(図2右)。

図2 研究成果のまとめ。左)リッジ回帰によって得られたモデルの予測値とシミュレーションでの実測値の関係、右)主成分分析結果から得られた、熱伝導率と強い相関を持つデータ点(赤い部分と青い部分)と、それらに対応するナノスケール構造(五角形・四角形)。五角形の構造は中距離秩序の最小要素になっており、四角形の構造は中距離秩序を壊している。

今後の展開・この研究の社会的意義

本研究成果は、トポロジカルデータ解析と機械学習と物性シミュレーションを融合することにより、複雑な構造と物性の相関を解明できることを実証した例になります。今回の研究手法は熱伝導率にとどまらず、アモルファスの力学特性やダイナミクスにも応用可能です。固体アモルファスに限らず、合金などその他の乱れた構造に対する、数理科学を応用した新たな解析方法としての汎用化が期待されます。また、産業応用上望ましい性質を持つ、高性能なアモルファス材料の物質設計に適応することも期待できます。

用語解説

(1) アモルファス(非晶質)
結晶のように原子が規則正しく並んだ状態ではなく、不規則に配列した固体。身の回りの代表例では窓ガラスが挙げられる。
(2)トポロジカルデータ解析
データを集合とみなすと、データとデータの繋がり方(トポロジー)がその集合の特徴を表していると考えられる。繋がり方によって決まる環や空隙といった「穴」に対応する構造が、データの持つトポロジーを代表していると考えて定量化し、クラスタリングや回帰などのデータ解析に応用する手法全般をトポロジカルデータ解析と呼ぶ。
(3)パーシステントホモロジー
2000年代以降、急速に発展を続けているトポロジカルデータ解析の代表的な手法の一つ。アモルファス以外にも、タンパク質やDNAから社会ネットワークまで様々な構造の特徴抽出に応用できる。データとデータの繋がり方や、その結果生じるデータの中の「穴」に対応する構造を、データ点を中心にした球の半径を増やしていったときの被覆のされ方で定義する点に特徴がある(図3)。どのスケールで「穴」が発生または消滅するかを数学のホモロジーと呼ばれる概念を用いて定式化する。この方法は、様々なスケールでのデータが持つトポロジーの情報を得られる点が優れている。

図3 原子座標をデータとした場合に、パーシステントホモロジーの計算過程で繋がり方をどのように定義するかと、得られるパーシステント図の模式図。原子を中心とした球の半径を大きくしていって、球が接すると原子と原子の間に辺を置く。球の半径を大きくしていった際に、辺が増えていき閉じた環を作った半径(birth time)を記録する。さらに球の半径を大きくして環が球ですべて被覆された半径(death time)も記録する。その二つの半径の情報を散布図にしたものがパーシステント図である。
(4)分子動力学法
個々の原子・分子の物理的な動きを決める運動方程式をコンピューターで計算することで、時間変化を追跡するシミュレーション手法。
(5)リッジ回帰
入力データ(x0,x1,…,xn)から出力yを予測するモデルがy=w0x0+w1x1+⋯+wnxnであり、w0,w1,…,wnを学習データに基づいて最小二乗法で最適化するものを線形回帰という。線形回帰を行う際、入力データの次元が大きいと過学習をしてしまうことがある。リッジ回帰では最適化に使う損失関数に正則化項を入れて過学習を抑制している。
(6)主成分分析
高い次元を持つデータをわかりやすく見通しの良い低次元のデータに要約するデータ解析手法。

論文情報

掲載誌:The Journal of Chemical Physics
論文タイトル:“Topological descriptor of thermal conductivity in amorphous Si”
(「アモルファスシリコンの熱伝導率に対するトポロジカル記述子」)
著者:Emi Minamitani, Takuma Shiga, Makoto Kashiwagi, and Ippei Obayashi

掲載日:2022年6月23日(現地時間)(オンライン公開)
DOI:10.1063/5.0093441

研究グループ

分子科学研究所 南谷英美 准教授
東京大学大学院 工学系研究科 志賀拓麿 講師
(当時、現在は産業技術総合研究所 主任研究員)
青山学院大学 柏木誠 助教
岡山大学 大林一平 教授

研究サポート

本研究は以下の研究費の助成を受けて実施されました

・JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ
JPMJPR17I7, JPMJPR17I5, JPMJPR19I4
(熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御 領域)
JPMJPR1923
(数学と情報科学で解き明かす多様な対象の数理構造と活用 領域)
JPMJPR2198
(力学機能のナノエンジニアリング 領域)

・科学研究費補助金
21H01816(基盤B)
19H02544(基盤B)
19H00834(基盤A)
20H05884(学術変革領域研究A)

また、本研究のコンピューターシミュレーションには自然科学研究機構岡崎共通研究施設・計算科学研究センターのスーパーコンピューターを用いました。

研究に関するお問い合わせ先

南谷英美(みなみたにえみ)
分子科学研究所 准教授

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所
研究力強化戦略室 広報担当

科学技術振興機構 広報課

JSTの事業に関するお問い合わせ先

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林ゆう子(しまばやしゆうこ)

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