磁場による超伝導電流増幅の機構を解明~超伝導デバイスの高性能化に貢献~

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2022-05-23 理化学研究所,科学技術振興機構

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子機能システム研究グループの佐藤洋介リサーチアソシエイト、松尾貞茂基礎科学特別研究員、樽茶清悟グループディレクターらの国際共同研究グループは、半導体ナノ細線[1]上に作製したジョセフソン接合[2]において、磁場を加えることで超伝導電流[3]が増幅される効果を詳細に研究し、これまで想定されていたトポロジカル相[4]が関与していないことを明らかにしました。

本研究成果は、従来のトポロジカル相が関与するという議論に終止符を打つと同時に、超伝導接合[3]を用いた新奇なデバイスの設計に貢献するものです。本研究の磁束[5]による超伝導接合の冷却効果を応用した設計により、マヨラナ粒子[6]の探索の効率化や、超伝導量子ビット[7]の性能向上も期待できます。

これまでの研究で、磁場中で超伝導電流が増幅するという現象については、トポロジカル量子計算[4]への応用が期待される、マヨラナ粒子やトポロジカル相が関与しているという議論がなされてきました。しかし、その根拠となる実験には不可解な点も多く残されていました。

今回、国際共同研究グループは、半導体ナノ細線インジウムヒ素(InAs)に二つの超伝導体アルミニウム薄膜を接合したジョセフソン接合デバイスを作製しました。接合間を流れる超伝導電流を測定した結果、弱い面直磁場のもとで超伝導電流が増幅されることを確認しました。さらに、磁場の向きや接合の電子密度[8]を変えて実験を行い、この増幅が起こる機構を解明しました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』(5月20日号)のEditors’ Suggestionに選ばれ、オンライン版(5月19日付)に掲載されました。

背景

二つの超伝導電極の間に非常に薄い半導体や絶縁体を挟んでできるジョセフソン接合は、ある一定の電流(スイッチング電流[9])以下で抵抗がゼロになるという性質(超伝導)があります。強い磁場の下ではこの超伝導は壊れてしまい有限の抵抗を示しますが、超伝導薄膜の面直方向に弱い磁場をかけるとスイッチング電流が増幅され、接合により多くの超伝導電流が流れるという現象が報告されていました注)

先行研究においては、この現象はマヨラナ粒子やトポロジカル相によるものであるとされていましたが、他のマヨラナ粒子の報告に比べ磁場が100分の1程度と弱すぎることや磁場の角度依存性が示されていないことなど未解明な事項があり議論が続いていました。

注)Tiira et al., Magnetically-driven colossal supercurrent enhancement in InAs nanowire Josephson junctions. Nat. Comm. 8, 14984 (2017).

研究手法と成果

国際共同研究グループはジョセフソン接合デバイスを作製するために、シリコン基板上に、北京大学でHongqi Xu教授らのグループが作製した高移動度[10]の半導体ナノ細線インジウムヒ素(InAs)を散布し、ナノ細線の両端に超伝導体のアルミニウム電極(薄膜)を取り付けました。そして、酸化アルミニウム薄膜を堆積させ、その上にナノ細線の電子密度を制御するためのゲート電極を取り付けました(図1)。

磁場による超伝導電流増幅の機構を解明~超伝導デバイスの高性能化に貢献~

図1 デバイスの電子顕微鏡観察画像

超伝導電極(青:アルミニウム)とゲート電極(オレンジ:酸化アルミニウム)が、太さ80ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)のナノ細線(InAs)上に作製されている。


次に、極低温において超伝導電流の磁場依存性を測定しました。超伝導電流は、クーパー対(逆向きスピンを持つ二つの電子)がアルミニウム電極間を流れることにより運ばれます。測定の結果、アルミニウム電極薄膜の面直方向に10mTの磁場をかけたときに、スイッチング電流が増幅されることが確認されました。加えて、この増幅がゲート電圧、つまり接合の電子密度に依存しないこと、また、面内方向の磁場にも依存しないことが、測定の結果判明しました。

また、磁場の掃引方向(磁場を変化させる方向)によって、この増幅より弱い磁場でヒステリシス(履歴)が現れる(スイッチング電流値が掃引方向に依存する)ことが分かりました。この結果は測定温度を変えても同様で、スイッチング電流の増幅がある10mTより弱い磁場でのみ確認されました(図2)。

スイッチング電流の磁場依存性の図

図2 スイッチング電流の磁場依存性

青とピンクの矢印は、それぞれの色のデータの掃引方向を示す。増幅が起こる10mTより磁場が小さいときのみ、履歴が現れる(スイッチング電流値が掃引方向に依存する)。


以上の結果から、超伝導薄膜に侵入した磁束が重要な働きをしていることが明らかになりました。一般的に、系は外部から侵入する熱的・電磁気的ノイズに常にさらされており、これが準粒子[11]として接合の温度を上昇させ、超伝導性を悪化させる働きをします。面直磁場がかかると、この準粒子が磁束によって発生した量子渦[12]に捕捉され、結果として接合付近の温度が下がり、スイッチング電流が増幅されます(図3)。この機構は、上述の結果の、磁場面直成分にのみ依存する、ゲート電圧に依存しない、増幅磁場以下でのみヒステリシスが現れる、といった性質と整合します。

これは、これまでのスイッチング電流増幅の減少に対する議論に合理的な説明を与えるとともに、今後の超伝導デバイス設計に対する重要な示唆を与える結果です。

磁束による準粒子トラップの模式図の画像

図3 磁束による準粒子トラップの模式図

通常、外部(電極)から準粒子が侵入することで接合の温度が上昇するが、磁束によってこれらの準粒子が捉えられ、接合部が冷却される。青色が低温、赤色が高温を示す。

今後の期待

本研究では、面直磁場によりジョセフソン接合のスイッチング電流が増幅される機構について明らかにしました。この結果は従来の、超伝導電流の増幅にトポロジカル相が関与するという議論に終止符を打ち、ジョセフソン接合における粒子のミクロな振る舞いの理解を深めるものであると同時に、超伝導デバイスの設計に重要な示唆を与える結果です。今後、この機構を利用して冷却効果を得、性能を上げた超伝導デバイスの誕生が期待できます。具体的には、これにより、マヨラナ粒子の探索が加速したり、超伝導量子ビットの性能が向上したりする可能性があります。

特に、マヨラナ粒子の探索には通常強い磁場が必要とされており、このような環境下では超伝導体の性能低下が問題となってきました。本結果は、マヨラナ粒子探索時に必要な強い面内磁場に加え、弱い面直磁場を加えることでデバイスの性能が向上することを示唆しています。従って本研究は、安定なマヨラナ粒子の発見、ひいては将来のトポロジカル量子計算につながる重要な成果といえます。

補足説明

1.半導体ナノ細線
結晶成長により形成された、太さがナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズの細線。本研究で用いた細線は太さ80nm、長さ数マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)である。

2.ジョセフソン接合
二つの超伝導体の間に、非常に薄い絶縁体もしくは常伝導体(超伝導を示さない物質)を挟んだ接合のことで、クーパー対(逆向きスピンを持つ二つの電子)のトンネル効果により超伝導電流が生じる。

3.超伝導電流、超伝導接合
超伝導はある温度を境として電気抵抗がゼロになる状態。この状態ではエネルギーの消費がなく、電流が永久に流れる。超伝導体状態では、二つの電子がクーパー対を形成する。超伝導体を流れる電流を超伝導電流、超伝導体と非超伝導体の接合を超伝導接合という。

4.トポロジカル相、トポロジカル量子計算
トポロジカル量子計算は、マヨラナ粒子を例とする非可換性を持つ粒子の交換によって行われる計算。環境からの影響を受けない安定的な量子計算として期待されている。こういった非可換性など、位相幾何学的に保護された状態(相)をトポロジカル相という。

5.磁束
磁力の(量子化された)最小単位で、N極からS極へ線状に伸びている。本数が磁場の強さに対応する。

6.マヨラナ粒子
粒子それ自身が反粒子としても振る舞うフェルミ粒子(電子に代表される、同じ量子状態を一つずつしか占めない粒子)であり、電気的に中性である。さらに、二つのマヨラナ粒子を入れ替えると元の状態とは異なる状態に変化するという特殊な性質を持ち、トポロジカル量子計算に応用できると考えられている。

7.超伝導量子ビット
量子計算(およびトポロジカル量子計算)に用いられる最小単位の、ジョセフソン接合によって形成された素子。

8.電子密度
固体中の伝導に寄与する電子の密度。

9.スイッチング電流
超伝導体には電気抵抗ゼロで電流が流れるが、電流がある値より大きくなると超伝導が壊れて有限の抵抗を示す。このときの値をスイッチング電流と呼ぶ。実験的には、徐々に大きな電流をかけていって抵抗がゼロでなくなった点をスイッチング電流と定義する。

10.移動度
固体の物質中での電子の移動のしやすさを示す量。

11.準粒子
超伝導体内部においては、電子は通常、クーパー対と呼ばれる二つ1組のペアを形成するが、熱などの擾乱により励起された粒子が存在する。これらを総称して準粒子と呼ぶ。

12.量子渦
超伝導体内部において磁束が貫き、超伝導が壊れている部分。

国際共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
リサーチアソシエイト 佐藤 洋介(サトウ・ヨウスケ)
基礎科学特別研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)

東京大学
大学院生 上田 健人(ウエダ・ケント)
大学院生 武重 祐介(タケシゲ・ユウスケ)

PSL研究大学(フランス)
研究員 鎌田 大(カマタ・ヒロシ)

北京大学(中国)
教授 ホンキ・シュウ(Hongqi Xu)

ルンド大学(スウェーデン)
教授 ラーズ・サミュエルソン(Lars Samuelson)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)「非可換エニオンの電気的光学的制御(研究代表者:樽茶清悟)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「並列二重ナノ細線と超伝導体の接合を用いた無磁場でのマヨラナ粒子の実現(研究代表者:松尾貞茂)」、新世代研究所ATI研究助成「並列ジョセフソン接合間に流れる非局所超伝導電流の制御」、令和3年度公益信託 小澤・吉川記念エレクトロニクス研究助成基金「超良質超伝導半導体量子井戸接合の実現とマヨラナ粒子の実現」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Yosuke Sato, Kento Ueda, Yuusuke Takeshige, Hiroshi Kamata, Kan Li, Lars Samuelson, H. Q. Xu, Sadashige Matsuo, and Seigo Tarucha, “Quasiparticle Trapping at Vortices Producing Josephson Supercurrent Enhancement”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.128.207001

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
リサーチアソシエイト 佐藤 洋介(サトウ・ヨウスケ)
基礎科学特別研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
科学技術振興機構 広報課

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子(シマバヤシ・ユウコ)

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