2021-12-23 理化学研究所,早稲田大学,東京大学
この動画にはナレーションはありません
理化学研究所(理研)開拓研究本部染谷薄膜素子研究室の福田憲二郎専任研究員(創発物性科学研究センター創発ソフトシステム研究チーム専任研究員)、染谷隆夫主任研究員(同チームリーダー、東京大学大学院工学系研究科教授)、早稲田大学大学院創造理工学研究科の梅津信二郎教授らの共同研究グループは、接着剤を用いずに高分子フィルム上に成膜された金同士を電気的に直接接続する技術の開発に成功しました。
本研究成果は、次世代のウェアラブルデバイスにおける配線技術や、フレキシブルエレクトロニクスの集積化に向けた、フレキシブルな実装技術への応用に貢献すると期待できます。
今回、共同研究グループは、水蒸気プラズマ[1]を用いる新しい接合技術(Water Vapor Plasma-assisted Bonding;WVPAB)を開発しました。この技術を用いると、異なる薄膜基板上の金電極同士を配線する際に、接着剤を介さず、電極同士を直接接合できます。接着剤を一切用いないため、接合部の最小曲げ半径は0.5mm未満と非常に柔軟です。金属同士の直接接合であるため、WVPAB接合部の抵抗は0.07Ωと極めて低抵抗を達成しました。機械的耐久性も1万回の曲げで電気抵抗の変化が1%未満と優れており、かつ熱安定性にも優れ、100℃で500時間加熱しても酸化による劣化は生じず、むしろ金属結合が促進されることで、電気抵抗が8%改善しました。また、別々の薄膜基板上に作製したフレキシブルな有機太陽電池[2]と有機発光ダイオード(有機LED)[3]を、超薄型配線フィルムを介して相互接続することにも成功し、WVPABが超薄型フレキシブルエレクトロニクスシステムに応用できることを実証しました。
本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(12月22日付:日本時間12月23日)に掲載されます。
WVPABにより構築した超薄型の有機太陽電池と有機LEDの超薄型エレクトロニクスシステム
背景
近年、皮膚や洋服に貼り付けて使用する次世代ウェアラブルデバイスの実用化を目指し、センサーや電源などの高性能化・薄膜化が進んでいます。電子素子を薄膜化することで、人間の皮膚が持つ複雑な曲面に対して隙間なく密着して貼り付く次世代ウェアラブルデバイスが開発できます。このようなデバイスは、身体への装着負荷を減らし、継続的な生体モニタリングが可能です。例えば、この次世代ウェアラブルデバイスとモノのインターネット(IoT)技術を組み合わせることで、自宅療養患者や二次感染の可能性がある患者との遠隔診断が実現し、医療関係者の負担軽減および救急対応の迅速化に貢献できると考えられています。
このような生体継続モニタリングに向けたウェアラブルデバイスの実用化には、個々のセンサーや電源の高性能化とともに、複数の電子素子を集積化できる配線技術・実装技術が重要です。これらの技術には、金属のような導電性とデバイスの柔軟性を損なわない十分に低い剛性の実現、さらに、デバイスの損傷を防ぐために低温のプロセスで配線することが必要です。
しかし、従来の電子素子同士の配線方法は、導電性接着剤層を介する必要があり、その接着層の厚みによって接合部の剛性が増加するという課題がありました。十分な接着力と高導電性を実現するためには、加熱・加圧工程が必要であるため、プラスチックフィルムを用いた電子素子の配線は困難でした。一方で、表面活性化接合[4]など従来の金属の直接接合技術は、接合面の許容表面粗さRMS[5]が1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)未満と非常に高い平坦性が必須であるため、フレキシブル基板上の金属同士の接合に適応することは不可能でした。
研究手法と成果
共同研究グループは、2マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)厚の高分子材料パリレン[6]基板上に蒸着した金電極(表面粗さRMS=約7nm)に対して、水蒸気プラズマを照射し、大気中で金電極同士を接触させることで、金属結合が生じることを発見しました。そして、この新しい接合方法を「水蒸気プラズマ接合(WVPAB: Water Vapor Plasma-assisted Bonding)」と名付けました(図1)。
図1 水蒸気プラズマ接合(WVPAB)を用いた薄膜金電極の接合方法
パリレン基板の薄膜金電極に水蒸気プラズマを照射する(a)。その後大気中でプラズマ処理面同士を接触させ、大気中・常温常圧で放置することで、接合が完了する(b)。
図2に、WVPABで接合した金電極の断面を走査型透過電子顕微鏡(STEM)[7]で観察した結果を示しています。上下別々の基板上に蒸着された二つの金電極の一部がWVPABによって一体化(境界線が消失)し、強固に接合していることを確認しました。
図2 WVPABを用いて接合した金電極の断面のSTEM画像
上下別々の基板上(①と②)に蒸着した金電極をWVPABで接合し、接合後に断面を走査型透過電子顕微鏡(STEM)により観察した。
WVPABを用いて接合した薄膜サンプルと、従来接合手法の異方導電性テープ(ACF)[8]で接合した薄膜サンプルの接合部の柔軟性を比較したところ、ACF接合の最小曲率半径が1mm以上であるのに対し、WVPABの最小曲率半径は0.5mm未満でした。つまり、WVPABによって接合した薄膜には接着層がないため、優れた柔軟性を持つことを確認しました(図3)。
図3 WVPABと異方導電性テープ(ACF)を用いた接合サンプルの接合部の柔軟性の比較
0.5 mmの曲率半径を持つ曲面上にそれぞれの方法で接合したサンプルの接合部を静置した。(a)はWVPABを用いて接合した薄膜サンプル。(b)はACFを用いて接合した薄膜サンプル。WVPAB接合は接合部の厚みが増加しないために柔軟性が保たれ、曲面に追従して変形しているが、ACF接合は接着剤による厚みが増加する、曲面に追従できない。
また、WVPABによる直接接合は機械的耐久性と、熱安定性にも優れていることを確認しました。曲げ半径2.5mmで1万回繰り返し曲げた後でも、電気抵抗の変化は1%未満でした(図4(a))。大気中、100℃で500時間加熱しても電気抵抗の上昇は観察されず、むしろ金属同士の結合が促進されることで電気抵抗が8%減少することを確認しました(図4(b))。
図4 WVPABの機械的耐久性と熱安定性
(a)1万回の繰り返し曲げ試験の結果。曲げ半径は、2.5mm。
(b)加熱試験の結果。大気中100℃、500時間の加熱。
いずれの試験においても抵抗の増加は見られず、WVPAB接合の高い安定性を示している。
さらに、超薄型のフレキシブルエレクトロニクスの集積化デバイスへの応用も実証しました。厚さ約3μmの超薄型有機太陽電池と超薄型有機LED、複数の超薄型配線を、WVPABにより相互接続することに成功しました(図5)。WVPABによって素子や基板に損傷は無く、実際に太陽電池に光を照射し、発電した電力で有機LEDが発光することを確認しました。この集積化デバイスは、配線や接合部を含めた全体が柔軟な超薄型のフレキシブルエレクトロニクスシステムです。
図5 WVPABを用いた超薄型フレキシブルエレクトロニクスシステム
超薄型有機太陽電池モジュール(上側)と超薄型有機LED(下側)と薄膜配線(中央部)のそれぞれの接続部をWVPABで接続した。太陽電池が発電した電力で、有機LEDが黄色に発光している。
今後の期待
本研究によって、薄膜基板上の金電極同士を水蒸気プラズマ処理によって接合する新たな接合技術を開発しました。この技術は、大気中室温で加圧することなく、複数のフレキシブルエレクトロニクスを一つのシステムとして集積することを容易にし、従来研究の分厚い接着剤で接続されたフレキシブルエレクトロニクスシステムの柔軟性を向上させることが可能です。
本研究では金電極とパリレン基板のみを対象としましたが、この技術はプラズマ条件や接合用電極の表面粗さRMSを調整することで、幅広い素材に対応できる汎用的な集積技術となる可能性があります。次世代のウェアラブルデバイスにおけるフレキシブルな接合の実装に大きく貢献すると期待できます。
補足説明
1.水蒸気プラズマ
ガス源に水を使用したプラズマ処理方法。水由来のガス雰囲気下でプラズマ処理を行うことで、処理面の還元作用が得られる。
2.有機太陽電池
有機半導体を光電変換層として用いた太陽電池のこと。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。
3.有機発光ダイオード(有機LED)
OLEDや有機ELとも呼ばれる。有機半導体を光電変換層として用いた発光ダイオード。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、軽量で柔らかい特徴をもつ。
4.表面活性化接合
真空中室温で金属結合を生じさせる直接接合方法。真空中で中性子ビームやアルゴンビームエッチングを用いて接合表面に付着している有機物や酸化膜、吸着した水などを除去し、活性化エネルギーの高い状態で接合面を接触させると、常温で強固な接合を得ることが可能。
5.表面粗さRMS
Root-Mean-Squareの略。二乗平均粗さ。凹凸の平均線からのプロファイルの高さの偏差の二乗平均値。
6.パリレン
高分子材料の一種。化学気層堆積法によって良質の均一薄膜が形成できる。生体適合性に優れているため、さまざまな生体・医療用途に応用されている。
7.走査型透過電子顕微鏡(STEM)
透過型電子顕微鏡の一種。試料組成に関するコントラストを強く反映できることから、組成情報を得たい場合、透過型電子顕微鏡よりもSTEMが優れている。また走査型のため透過型電子顕微鏡よりも厚みのある試料の測定にも向いている。STEMはScanning Transmission Electron Microscopyの略。
8.異方導電性テープ(ACF)
不導体である熱硬化性樹脂を接着剤として、その中に導体の粒子が分散している構造を持つ。電極と電極の間に挿入し、熱と圧力を加えることで、導体粒子を介した電気的なパスが形成されることで、導通が形成される。ACFはAnisotropic Conductive Filmの略。
共同研究グループ
理化学研究所
開拓研究本部
染谷薄膜素子研究室
専任研究員 福田 憲二郎(ふくだ けんじろう)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 専任研究員)
主任研究員 染谷 隆夫(そめや たかお)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームリーダー、東京大学 大学院工学系研究科 教授)
創発物性科学研究センター
創発ソフトシステム研究チーム
研修生 髙桑 聖仁(たかくわ まさひと)
(早稲田大学大学院 創造理工学研究科 総合機械工学専攻 博士課程1年)
物質評価支援チーム
チームリーダー 橋爪 大輔(はしづめ だいすけ)
専門技術員 井ノ上 大嗣(いのうえ だいし)
早稲田大学大学院 創造理工学研究科 総合機械工学専攻
教授 梅津 信二郎(うめず しんじろう)
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻
准教授 横田 知之(よこた ともゆき)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域「ソフトロボット学の創成:機電・物質・生体情報の有機的融合」のうち「弾性グラディエントナノ薄膜を利用した自由変形可能な太陽電池の創成(研究代表者:福田 憲二郎)」、JSPS特別研究員奨励費「水蒸気プラズマを用いた超柔軟な導電接合技術の開発(研究代表者:髙桑聖仁)」、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)「ウルトラフレキシブル有機太陽電池の開発 (研究代表者:福田憲二郎)」、早稲田大学理工学術院総合研究所若手研究者支援事業(アーリーバードプログラム)「薄膜金電極同士の直接接合によるフレキシブル配線の低接触抵抗化とノイズ増加の抑制(研究代表者:髙桑聖仁)」による支援を受けて行われました。
原論文情報
Masahito Takakuwa, Kenjiro Fukuda, Tomoyuki Yokota, Daishi Inoue, Daisuke Hashizume, Shinjiro Umezu, and Takao Someya, “Direct gold bonding for flexible integrated electronics”, Science Advances, 10.1126/sciadv.abl6228
発表者
理化学研究所
開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室
専任研究員 福田 憲二郎(ふくだ けんじろう)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 専任研究員)
主任研究員 染谷 隆夫(そめや たかお)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームリーダー、東京大学 大学院工学系研究科 教授)
早稲田大学大学院 創造理工学研究科 総合機械工学専攻
教授 梅津 信二郎(うめず しんじろう)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
早稲田大学 広報室 広報課
東京大学 大学院工学系研究科 広報室