硝化抑制率40%のBNI強化コムギの開発により、世界のコムギ生産由来の温室効果ガスを9.5%削減へ

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BNI強化コムギの温室効果ガス削減効果をLCAで評価

2021-12-10 国際農研,国際コムギ・トウモロコシ改良センタ

ポイント

  • 2050年までの開発目標である土壌の硝化抑制率40%のBNI強化コムギ1)は、窒素利用効率を16.7%向上、施肥窒素量を15.0%削減可能と試算
  • 上記BNI強化コムギを、世界のコムギ生産地域の3割に導入した場合、LCAでは窒素肥料由来の温室効果ガス2)を9.5%削減可能と推定

概要

国際農研は国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)と共同で、少ない窒素肥料で高い生産性を示すBNI(Biological Nitrification Inhibition:生物的硝化抑制)強化コムギについて、コムギ生産の各段階で発生する総温室効果ガス排出量を「ライフサイクル温室効果ガス3)」として評価する新たなモデルを構築しました。

令和3年8月31日プレスリリースのBNI強化コムギでは、土壌の硝化抑制率4)が実測値で約30%ですが、研究グループは、2050年カーボンニュートラルの実現5)に向けて、硝化抑制率40%を実現可能な目標として開発を進めています。

本研究では、LCA(Life-Cycle Assessment:ライフサイクルアセスメント)6)に基づき、BNIに関わる補正を加えた新たなモデルに、硝化抑制率40%のBNI強化コムギを適用した場合、ライフサイクル温室効果ガスの排出量は15.9%低減できることを示しました。また、この際のコムギの窒素利用効率7)は16.7%向上し、施肥窒素量は15.0%削減できることを試算しました。

一方、BNI強化コムギは、微酸性から中性の土壌(pH5.5~7.0)で、硝化抑制作用をよく発揮することが明らかになっています。世界のコムギ生産面積(約2億4000万ha)の約3割(約7200万ha)がこの条件を満たしており、硝化抑制率40%のBNI強化コムギを導入した場合、LCAでは窒素肥料由来の温室効果ガスを9.5%削減可能と推定しました。

BNI強化コムギの開発は、高い生産性と農業からの環境負荷軽減を両立させる農業システムの構築に貢献し、地球温暖化の緩和への効果も期待できます。

本研究の成果は、科学雑誌「Environmental Science and Pollution Research」オンライン版(日本時間2021年9月1日)に掲載されました。

<関連情報>
予算
運営費交付金プロジェクト「生物的硝化抑制(BNI)技術の活用による低負荷型農業生産システムの開発
発表論文
論文著者
A Leon, GV Subbarao, M Kishii, N Matsumoto and K Gideon
論文タイトル
An ex ante life cycle assessment of wheat with high biological nitrification inhibition capacity
雑誌
Environmental Science and Pollution Research
DOI: https://doi.org/10.1007/s11356-021-16132-2<?XML:NAMESPACE PREFIX = “[default] http://www.w3.org/2000/svg” NS = “http://www.w3.org/2000/svg” />
問い合わせ先など

国際農研(茨城県つくば市)理事長 小山 修
研究推進責任者:国際農研 プログラムディレクター 林 慶一
研究担当者:国際農研 社会科学領域    レオン 愛
国際農研 生産環境・畜産領域 グントゥール V. スバラオ
国際農研 生産環境・畜産領域 松本 成夫
広報担当者:国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配付しています。

※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。

開発の社会的背景

2015年に締結されたパリ協定8)では、世界の気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑えることが世界共通の目標になっています。さらに、長期低排出発展戦略9)の策定が求められており、我が国は2050年カーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言し、取り組みを進めています。一方で、2050年の世界の食料需要は2010年と比較して、1.7倍となることが予想されています。このため、温室効果ガスを削減し、環境負荷を軽減しながら、食料生産を増加させる持続的な食料システムを世界的に構築していく必要があります。

世界の三大穀物の一つであるコムギへの窒素肥料使用量は、世界全体の約18%を占め、作物の中で最も多くなっています。一方で、作物に吸収されなかった50~70%の窒素肥料は硝酸態窒素として農地外へと溶脱・流出し、地下水汚染の原因となるとともに、土壌での硝化と脱窒の過程から、二酸化炭素の約298倍の温室効果ガスである亜酸化窒素(N2O)が排出され、農業からの温室効果ガス排出の主要因の一つになっています。

多収品種と肥料の投入を組み合わせた近代的なコムギ生産では、入手しやすい工業的に生産された窒素肥料の投入が高収量に貢献する一方で、吸収されなかった窒素肥料からの環境負荷が大きな問題です。このため、高い生産性と低環境負荷を両立できる、生物的硝化抑制を活用したBNI強化コムギの活用が注目されています。

研究の経緯

国際農研では、作物が根から物質を分泌し、硝化を抑制する現象「BNI」(図1)に着目し、窒素汚染防止と食料増産を両立する解決策として、BNIを使った「アンモニウムの活用」を提案しました(令和3年6月1日プレスリリース)。また、野生コムギ近縁種であるオオハマニンニク10) に、高いBNI能を見出し、CIMMYT等と共同で、これをコムギと属間交配により導入することで、少ない窒素肥料で高い生産性を示すBNI強化コムギの開発に成功しています(令和3年8月31日プレスリリース)。

近年、研究開発後に社会実装されるべき技術が、実際に生産性向上や環境負荷低減等に貢献できるかを、科学的な予測に基づいて評価し、研究課題の優先順位を決定する「Ex-anteインパクト評価」の重要性が増しています。BNI強化コムギにおいても、実験室及び圃場試験から得られた実験データ(土壌の硝化抑制率、施肥窒素低減量等)に基づいた評価を行うことにより、BNI強化コムギの導入が生産性向上や環境負荷低減に与える効果を予測することが可能です。しかし、開発段階にあるBNI強化コムギでは、科学的に環境負荷低減の効果を評価する手法がありませんでした。

そこで、研究グループは、世界各国の温室効果ガス排出及び吸収の目録11)作成に使用されているIPCCガイドライン12)に示された算定式に、BNIに関わる補正を行い、コムギ生産の資材及び機械の製造から作物収穫までの各段階で発生する温室効果ガスの総排出量を、ライフサイクル温室効果ガスとして評価する新たなモデルを構築し、BNI強化コムギの環境へのEx-anteインパクト評価を行いました(図2)。

研究の内容・意義

  1. 令和3年8月31日プレスリリースのBNI強化コムギは、土壌の硝化抑制率が約30%(実測値)です。また、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、硝化抑制率40%を実現可能な目標として開発を進めています。
  2. そのため、2030年までに土壌の硝化抑制率30%、2050年までに硝化抑制率40%が達成されることを想定し、次の3つのシナリオを圃場レベルで設定しました。
    (1) 一般に普及しているコムギを導入したコムギ畑(硝化抑制率0%)
    (2) 硝化抑制率30%のBNI強化コムギを導入したコムギ畑
    (3) 硝化抑制率40%のBNI強化コムギを導入したコムギ畑
  3. シナリオ2の場合、シナリオ1に比べ、ライフサイクル温室効果ガス排出量は12.3%、施肥窒素量は11.7%それぞれ低減し、コムギの窒素利用効率は12.5%向上する試算結果になりました(図3の硝化抑制率30%の場合)。
  4. シナリオ3の場合、シナリオ1に比べ、ライフサイクル温室効果ガス排出量は15.9%、施肥窒素量は15.0%それぞれ低減し、コムギの窒素利用効率は16.7%向上する試算結果になりました(図3の硝化抑制率40%の場合)。
  5. 一方、BNI強化コムギは、微酸性から中性の土壌(pH5.5~7.0)で、硝化抑制作用をよく発揮することが今までの研究で明らかになっています。世界の農地土壌データベースから、世界のコムギ生産面積(約2億4000万ha)の約3割(約7200万ha)がこの条件を満たしており、今後開発される硝化抑制率40%のBNI強化コムギを導入した場合、LCAでは窒素肥料由来の温室効果ガスを9.5%削減可能と推定しました(図4)。

今後の予定・期待

本研究で新たに構築したモデルは、IPCCガイドラインに示された算定式をBNI強化コムギ向けに改変したもので、土壌の硝化抑制率さえ判明すれば、施肥窒素低減量やN2O発生低減量を推定できます。これまでの圃場試験でも、硝化抑制率30%のBNI強化コムギの栽培試験により、環境負荷を軽減できることが明らかとなっています。今後、圃場における硝化抑制率、施肥窒素や燃料消費量等のLCAに必要なパラメーターが得られることにより、現在開発中のソルガムやトウモロコシ等の他のBNI強化作物にも応用することができます。

世界の様々な食料システムにおいて、地域に適応したBNI強化作物を開発し、導入していくことにより、ライフサイクル温室効果ガス削減に寄与することが期待できます。これにより、高い生産性と農業からの環境負荷軽減を両立させる農業システムの構築に貢献し、地球温暖化の緩和への効果も期待出来ます。

用語の解説
1) BNI強化コムギ
多収国際コムギ品種「Munal」等に、コムギの近縁野生種であるオオハマニンニクのBNI能を導入し、固定したコムギです。国際農研は、CIMMYTと共同でBNI強化コムギの開発をさらに推進しており、2030年までに土壌の硝化作用を30%、2050年までに40%抑制可能な各地域に合わせた特性を持つコムギ品種の開発及びその普及を目指しています。
2) 窒素肥料由来の温室効果ガス
コムギ生産の各段階で発生する総温室効果ガス排出量のうち、BNI強化コムギの導入により、特に変化する部分の温室効果ガス排出量です。すなわち、工業的窒素固定のために必要な化石燃料によるエネルギー生成に伴う温室効果ガス排出と、施肥され作物に利用されなかった窒素から、硝化・脱窒、溶脱・流出を経由して農地内外から排出される亜酸化窒素による温室効果ガスを合計したものです。
3) ライフサイクル温室効果ガス
コムギ生産の様々な段階で発生する総温室効果ガス排出量を意味します。本研究では、肥料等の製造から収穫作業に至る各段階の温室効果ガス排出量を集計しています。
4) 土壌の硝化抑制率
土壌中の微生物(硝化細菌)により、肥料中のアンモニア態窒素(NH4+)が硝酸態窒素(NO3)に酸化される反応を硝化と言います。BNIにより、土壌で硝化を行う細菌の活性が抑制される度合を抑制率としています。
5) 2050年カーボンニュートラルの実現
令和2年10月、第203回臨時国会の所信表明演説において、菅義偉内閣総理大臣は「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言しました。カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることを意味し、その達成のためには、温室効果ガスの排出量の削減・吸収作用の保全及び強化をする必要があります。
6) ライフサイクルアセスメント(LCA)
ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)、または、その特定段階における環境への影響を定量的に評価する手法です。
7) 窒素利用効率
施肥された窒素肥料が、どの程度作物に利用されたかの指標です。BNI強化により向上することが期待されます。
8) パリ協定
2015年12月にCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で採択された協定です。世界共通の長期温室効果ガス削減目標を規定し、主要排出国・途上国を含む全ての国が参加する、公平で実効的な枠組みを構築しました。
9) 長期低排出発展戦略
パリ協定では、各国が温室効果ガス排出の削減目標を策定し、大胆に取り組むことを盛り込んだ長期戦略の策定と、その取り組み状況についてレビューを受けることが明記されています。
10) オオハマニンニク
学名 Leymus racemosus (Lam.) Tzvelevの多年生イネ科植物です。ユーラシア大陸の砂地に分布する野生コムギ近縁種で、コムギとは全く異なる生態、形態を持ち、コムギより高いBNI能を有します。BNI強化コムギはこの植物の能力をコムギに属間交配により導入したものです。
11) 温室効果ガス排出及び吸収の目録
国連気候変動枠組み条約に基づき、締約国は、算出された温室効果ガス排出及び吸収の目録(インベントリ)を条約事務局に提出する責務があります。
12) IPCCガイドライン
温室効果ガス排出及び吸収の目録を正確かつ公平な方法で作成することを目的に、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)が作成した、世界的な基準となる算定方法の手引書(IPCC Guidelines for National Greenhouse Gas Inventories)のことです。

図1. 生物的硝化抑制による生産力向上と持続性の両立への貢献

図1. 生物的硝化抑制による生産力向上と持続性の両立への貢献

図2. BNI強化コムギによる窒素肥料由来の温室効果ガス(GHG)削減

図2. BNI強化コムギによる窒素肥料由来の温室効果ガス(GHG)削減

本研究では、①肥料等の農業資材の製造時に発生するGHG量、②整地・栽培・収穫で使用される機械の燃料消費時に発生するGHG量、③コムギに施肥した窒素由来のN2O発生量の合計を「ライフサイクル温室効果ガス」と定義しました。BNI強化コムギにより施肥窒素量が低減することで、肥料製造時に発生するGHG量と、コムギに施肥した窒素に由来する亜酸化窒素発生量が低減します。図2の赤枠は、特にBNI強化コムギにより変化する部分を示しています。

図3. 硝化抑制率の変化に伴うライフサイクル温室効果ガス排出量、施肥窒素量、窒素利用効率の変化の推定

図3. 硝化抑制率の変化に伴うライフサイクル温室効果ガス排出量、施肥窒素量、窒素利用効率の変化の推定

図4. 世界のコムギ生産地域の3割にBNI強化コムギを導入した場合の 窒素肥料由来の温室効果ガス削減

図4. 世界のコムギ生産地域の3割にBNI強化コムギを導入した場合の 窒素肥料由来の温室効果ガス削減
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