人間活動に伴う海洋への窒素と鉄の排出が引き起こす地球規模の海洋環境の変化~地球温暖化の影響を相殺/増幅していることが明らかに~(発表主体:海洋研究開発機構)

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2022-07-02 東京大学

〇発表のポイント
◆人間活動によって海洋へ排出される栄養塩(窒素•鉄)が海洋生態系、炭素•酸素循環へ地球規模の変化を引き起こしていることを明らかにした。
◆人為的な栄養塩は、海洋の基礎生産とCO2吸収を増加させることにより地球温暖化の影響を相殺するが、溶存酸素濃度は栄養塩排出と地球温暖化の両方の影響によって低下していることを示した。
◆人間活動が海洋環境に及ぼす影響を低減するためには、地球温暖化と栄養塩排出の双方の影響に配慮する必要があると考えられる。

〇概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸)地球環境部門 環境変動予測研究センターの山本彬友特任研究員(当時。現 国立大学法人東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)、河宮未知生センター長、国立大学法人東京大学(総長 藤井 輝夫)生産技術研究所の山崎大准教授らの研究グループは、地球システムモデル(※1)を用いた数値シミュレーションにより、海洋への人為的な栄養塩排出が、海洋環境(海洋基礎生産(※2)およびCO2吸収•溶存酸素濃度(※3))へ地球規模の影響を及ぼし、その影響が地球温暖化の影響に匹敵することを明らかにしました。
化石燃料の燃焼や農業用肥料の利用などの人間活動により、大気や河川を介して海洋へ流入する栄養塩(窒素•鉄)は産業革命前と比べて、地球全体で倍増したと推定されています。人間活動による海洋環境への影響は、これまで主に地球温暖化による水温上昇や成層化(※4)の影響について研究が行われてきましたが、栄養塩の排出が地球全体の海洋へ与える影響はわかっていませんでした。本研究では、気候変動に関する政府間パネル(IPCC、※5)第6次評価報告書でも引用されている独自の地球システムモデルを用いて、1850〜2014年の期間で温室効果ガスやエアロゾル、施肥などのデータをモデルに与えたシミュレーションを実施し、過去の地球規模の海洋環境変化に対する栄養塩排出と地球温暖化の影響をそれぞれ見積もり、両影響の関係を調べました。
その結果、栄養塩の排出は海洋の基礎生産とCO2吸収を主に沿岸域で増加させ、地球全体でも有意に増加させることが示されました。さらに、その増加量は、地球温暖化よる基礎生産とCO2吸収の減少量を打ち消す以上の効果があることが明らかとなりました。一方で、魚などの高次生物にとってストレスとなる貧酸素化(溶存酸素の減少)は、栄養塩排出と地球温暖化が同程度に寄与して進行していることが示されました。これらの結果から、人間活動が栄養塩排出と地球温暖化の両影響を通じて、地球規模の海洋環境の変化を引き起こしていることがわかりました。また、栄養塩排出は基礎生産とCO₂吸収に対してポジティブな影響を及ぼし、温暖化のネガティブな影響を打ち消している一方、溶存酸素に対してはネガティブな影響を及ぼし、温暖化のネガティブな影響を増幅するという両影響の関係性が明らかとなりました。
海洋への栄養塩排出は今後も続くと予想されています。本研究の結果を踏まえると、人間活動が海洋環境に及ぼす負荷を低減するためには、地球温暖化と栄養塩排出の双方に配慮する必要があると考えられます。
本成果は、「Science Advances」に7月2日付け(日本時間)で掲載されました。なお、本研究は文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム(JPMXD0717935715)、及びJSPS科研費(JP20K12144)の助成のもと行われました。

タイトル:Competing and accelerating effects of anthropogenic nutrient inputs on climate-driven changes in ocean carbon and oxygen cycles
著者:山本彬友1,2、羽島知洋1、山崎大3、野口真希1、伊藤彰記1、河宮未知生1
1. 海洋研究開発機構、2. 東京大学 大気海洋研究所、3. 東京大学 生産技術研究所

〇背景
地球表面の約7割を占める海洋は、人間活動によって排出された二酸化炭素CO2の大きな吸収源となっており、地球温暖化を抑制する役割を果たしています。海洋の植物プランクトンによる基礎生産は、食物連鎖を通じて高次生物(魚類や海洋性哺乳類など)を含めた海洋生態系全体の生物資源量を支えるとともに、海洋の炭素•酸素循環を駆動する役割を担っています。そのため、人間活動が海洋の基礎生産と、これに伴う物質循環にどのような影響を与えうるのかを理解することは、非常に重要な課題となっています。
地球規模の海洋環境に対する人間活動の影響については、これまで主に地球温暖化の影響に重点をおいて調べられてきました。地球温暖化による海水温上昇は、海洋を成層化させると共に気体の溶解度を下げるため、海洋内部から表層に供給される栄養塩と海洋表層から内部に輸送される炭素や酸素を減少させます。その結果、地球温暖化の進行に伴い基礎生産、CO2吸収量および溶存酸素濃度は減少すると考えられています(図1黒線)。
一方、化石燃料の燃焼や化学肥料の使用などによって排出される窒素や鉄は、大気や河川を通じて海洋へ流入し、植物プランクトンの栄養源として使われるため、特に沿岸域の海洋環境に影響を及ぼしていることが知られています。国内においても高度経済成長期に、人為的な栄養塩の流入によって東京湾や瀬戸内海などでプランクトンが異常に増殖する、いわゆる赤潮が頻発し、溶存酸素濃度の低下などにより漁業に影響を与えてきました。これまでの人間活動の影響によって海洋へ流入する窒素と鉄の量は、地球全体で倍増したと推定されていますが、このような栄養塩流入が地球全体の海洋環境に与える影響については、その影響度合いやメカニズムを含め、これまでほとんどわかっていませんでした。

〇成果
そこで本研究では、IPCCの第6次報告書向けの温暖化予測などにも活用された地球システムモデルとスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて、1850〜2014年の期間のシミュレーションを実施しました。まず、過去の基礎生産、および炭素•酸素循環に対する温暖化の影響を評価するため、人為起源の窒素と鉄排出を産業革命以前の状態に維持したまま、過去の温室効果ガスなどの変動をモデルに与える実験を実施しました。次に、人為起源の窒素と鉄排出も加味した実験を実施し、この2つの実験の違いを見ることにより、人為的な窒素と鉄排出が海洋環境の変動にどの程度寄与していたのかを見積もりました。
基礎生産については、温暖化に伴う成層化の影響で主に中低緯度域で減少し、地球全体では減少することが、先行研究同様に示されました(図2)。栄養塩排出は排出量が多い北アメリカ、ヨーロッパ、アジアの沿岸域を中心に基礎生産を増加させ、地球全体での増加は温暖化の影響を上回り、両影響を考慮すると基礎生産が増加するという結果が得られました。また、温暖化と栄養塩排出の影響の現れ方は海域ごとに異なっており、北大西洋では両影響がほぼ打ち消し合う一方で、北太平洋では栄養塩排出の影響が支配的となりました。
また栄養塩排出に伴う基礎生産の増加により、海洋内部に運ばれる有機物が増加すると共に、有機物の分解が増加し、酸素が消費されます。この結果、炭素が海洋に取り込まれる一方、溶存酸素濃度は減少します(図1赤線)。貧酸素化については、温暖化によって主に中•高緯度域で進行しますが、地球全体における酸素減少量は観測値に比べかなり小さく、このようなモデルと観測との不整合は、多くのモデルで共通して見られる課題として認識されています(図3)。しかし、栄養塩排出も考慮すると、モデルの結果が観測された酸素減少量により近づくことが今回の実験で示されました。基礎生産が増加した沿岸域や北半球の中緯度域において溶存酸素が減少し、地球全体の酸素減少量を見積もると、温暖化によって引き起こされる減少と同程度であることが分かりました。これらの結果から、これまでの数値モデルで再現が困難であった酸素減少量を再現するためには、人為栄養塩付加と温暖化の双方の影響を考慮することが不可欠であることが示されました。観測値とモデルの不整合が完全に解消されるわけではありませんが、このような改善は、栄養塩排出が地球規模の酸素循環の変動に大きく寄与していることを裏付けるものです。
海洋のCO2吸収についても、温暖化に伴って吸収量が低下するとこれまで考えられてきましたが、栄養塩排出によってもたらされる吸収増加がこれを打ち消していることが示されました。
これまで人間活動に伴う栄養塩排出の影響は主に沿岸域に限られていると考えられてきましたが、今回の実験で示されたこれらの結果から、地球規模で海洋の基礎生産および炭素•酸素循環の変化を引き起こし、従来推定されていた地球温暖化の影響に匹敵することが明らかになりました。

〇今後の展望
本研究では、人間活動による海洋環境の地球規模の変化が、栄養塩排出と地球温暖化の複合的な影響によって引き起こされていることが示唆されましたが(図1)、海洋への人為的な栄養塩排出は今後も続くと予想されています。
したがって、本研究の結果は、今後の海洋環境の将来予測研究においても、これまで重点的に考慮されてきた地球温暖化の影響に加えて、栄養塩排出の影響を考慮する必要性を示しています。これは同時に、地球温暖化と栄養塩排出による海洋環境への負荷、それぞれに対する配慮が今後必要である、というメッセージが含まれています。
特に、基礎生産の変化と貧酸素化は魚などの高次生物にとってストレスとなり、資源量に影響を及ぼすと考えられています。そのため、人為的な栄養塩排出と地球温暖化の複合的な影響が食物連鎖へ与える影響を評価し、より有効な海洋環境保全策へ貢献することが期待されます。
栄養塩流入に対する基礎生産の応答は、モデルにおいて不確実性の大きな過程の一つです。国内外の他の地球システムモデルを用いて、本研究の成果を追試することも重要です。また、海洋観測においては、同位体を用いたトレーサビリティ分析から人為的な栄養塩排出の影響を検出することが進められており、モデルの制約や検証に役立つと考えられます。そのため、船舶観測の継続およびデータの蓄積が期待されます。
今後、研究グループでは、本研究で用いた数値モデルを用いて将来予測における人為的な栄養塩排出の影響を調べるとともに、気候へのフィードバック及び酸性化への影響についても評価し、人間活動•海洋環境•気候の相互関係をより包括的に明らかにしていく予定です。

【補足説明】
※1 地球システムモデル: 大気•海洋•陸域における物理現象を取り扱う気候モデルに、炭素循環をはじめとする地球表層物質循環やそれにかかわる生物•化学的なモデルを結合した数値モデル。
参考:https://www.jamstec.go.jp/rigc/j/reports/ipcc6/06.html

※2 基礎生産:植物プランクトンが光合成によって有機物を作り出すこと。生産量は水温、光量、栄養塩量によってコントロールされている。

※3 溶存酸素濃度: 海水中に溶け込んでいる酸素濃度。酸素濃度が低下する現象を貧酸素化という。溶存酸素濃度が低くなると、魚類などの高次生物が住めなくなる。貧酸素化は水温上昇、酸性化、基礎生産の変化と並び、海洋生態系にとってストレスと考えられている。

※4 成層化: 深い場所にある海水と表面にある海水が混じりにくくなる現象。温暖化により海面の水温が上昇すると海水の密度が軽くなり、より深いところにある密度の大きい海水と混じりにくくなる。成層化により、海洋表層と内部の物質(栄養塩、炭素、酸素など)の交換が阻害される。

※5 気候変動に関する政府間パネル(IPCC): 人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として、1988年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立された組織。IPCCによって2021年から2022年にかけて発表された評価報告書が第6次評価報告書で、2007年に第4次評価報告書を発表した際に、IPCCはノーベル平和賞を受賞した。

※6 CMIP: 世界気候研究計画(WCRP)のもとで行われている、モデル相互比較プロジェクトの略。第5期及び6期のプロジェクトをCMIP5、CMIP6と呼び、それぞれIPCC AR5及びAR6で引用された気候シミュレーションを統括した。

〇お問い合わせ先:
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 環境変動予測研究センター センター長 河宮未知生

国立大学法人東京大学
大気海洋研究所 気候システム研究系 気候変動現象研究部門 特任研究員 山本彬友

山崎先生図1.png
図1: 基礎生産および炭素•酸素循環に対する人間活動の影響の模式図。黒線が人為CO2排出および地球温暖化の影響、赤線が栄養塩排出の影響を示す。

山崎先生図2.png
図2: 温暖化と栄養塩排出による基礎生産の変化量。(a)基礎生産の変化の時系列。比較対象としてCMIP5(※6)およびCMIP6モデルの結果を青とオレンジで示す。CMIP5のモデルは温暖化の影響のみを考慮。CMIP6の一部のモデルは温暖化と人為的な栄養塩排出の影響を考慮。(b)と (c)はそれぞれ、温暖化および栄養塩排出による基礎生産変化量の空間分布 (2005-2014年)。(d)海域ごとの温暖化と栄養塩排出の影響の関係性。記号の赤色は北半球(北緯15度から60度)、黒色は低緯度(南緯15度から北緯15度)、青は南半球(南緯15度から60度)を示す。

山崎先生図3.png
図3: 温暖化と栄養塩排出による溶存酸素(表層1000m平均)の変化量。基準は1970年とした。(a) 溶存酸素の変化の時系列。観測値は1970年から2010年の変化を示す。(b)と (c)はそれぞれ、温暖化および栄養塩排出による溶存酸素変化の空間分布(2005-2014年)。

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