感染症指定医療機関の浸水想定状況を調査~感染症と大規模水害の複合災害への備えを~

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2020-05-01 京都大学

野原大督 防災研究所助教、角哲也 同教授らの研究グループは、全国の感染症病床を有し、新型コロナウイルス感染症対応の拠点となる372の感染症指定医療機関の浸水想定の状況を調査した結果、河川計画の基準となる規模の洪水では全体の約4分の1、想定される最大規模の洪水では約3分の1の医療機関で浸水が想定されていることを明らかにしました。

また、最大浸水深が2~3mまたはそれ以上となる医療機関も、計画規模で約14%、想定最大規模では約27%に上りました。特定および第一種感染症指定医療機関に限ると、想定最大規模では半数近くの医療機関で浸水が想定、約4割の機関で最大2~3mまたはそれ以上の浸水が想定されており、一類感染症の医療体制の維持に対する深刻なリスクが潜む状況がうかがえました。

一部の医療機関では最大想定浸水深が10mを超え、設備配置の工夫や垂直避難など医療機関内での対策のみでは浸水リスクに対応しきれない可能性があります。立地場所の浸水深を抑える対策や医療機関全体の避難先の確保など、行政の治水・防災部局、厚生・保健部局との連携が重要になると考えられます。

本研究成果は、2020年4月27日に、防災研究所水資源環境研究センター 社会・生態環境研究領域のWebサイトに掲載されました。

図:感染症指定医療機関の浸水想定の状況:(左)感染症病床を有する計372医療機関、(右)特定および第一種感染症指定機関(計57医療機関)

詳しい研究内容について
感染症指定医療機関の浸⽔想定状況を調査
―感染症と⼤規模⽔害の複合災害への備えを― 概要
我が国で感染症医療の拠点となるのが、感染症指定医療機関です。世界的に流⾏中の新型コロナウイルス感染症も、感染症指定医療機関を中⼼に各地で懸命な医療が続けられています。こうした医療機関が⼤規模な洪⽔時にどの程度影響を受ける可能性があるかは、地域の公衆衛⽣にとっても重要な観点だと考えられます。
京都⼤学防災研究所野原⼤督助教、⾓哲也教授らの研究グループでは、このたび、全国の感染症病床を有する 372 の感染症指定医療機関の浸⽔想定の状況を調査しました。その結果、河川計画の基準となる規模の洪⽔では全体の約 1/4、想定される最⼤規模の洪⽔では約 1/3 の医療機関で浸⽔が想定されていることが分かりました。また、最⼤浸⽔深が 2〜3m またはそれ以上となる医療機関も、計画規模で約 14%、想定最⼤規模では約 27%に上りました。特定および第⼀種感染症指定医療機関に限ると、想定最⼤規模では半数近くの医療機関で浸⽔が想定、約 4 割の機関で最⼤ 2〜3m またはそれ以上の浸⽔が想定されており、⼀類感染症の医療体制の維持に対する深刻なリスクが潜む状況がうかがえました。⼀部の医療機関では最⼤想定浸⽔深が 10m を超え、設備配置の⼯夫や垂直避難など医療機関内での対策のみでは浸⽔リスクに対応しきれない可能性があります。⽴地場所の浸⽔深を抑える対策や医療機関全体の避難先の確保など、⾏政の治⽔・防災部局、厚⽣・保健部局との連携が重要になると考えられます。本調査結果の詳細は、所属研究室の Web サイトに掲載されました。
図 1 感染症指定医療機関の浸⽔想定の状況:
(左)感染症病床を有する計 372 医療機関、(右)特定および第⼀種感染症指定機関(計 57 医療機関)1.調査の⽬的
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡⼤に伴い、各地の医療現場では医療スタッフらによる懸命な対応が続いています。我が国でこうした感染症に対する医療の拠点となるのが、感染症指定医療機関です。近年、我が国では⼤規模な⽔害が相次いで発⽣しており、⽔害避難の重要性が盛んに議論されていますが、特殊な感染症患者の医療を担当する感染症指定医療機関などでは、感染症対策の都合、患者の状況、必要となる設備の特殊性などから、避難に通常より⻑い時間を要したり、避難そのものが困難となったりする可能性が懸念されます。また、浸⽔に伴う感染症指定医療機関の機能停⽌は、地域の感染症医療体制の弱体化を招き、特に昨今のように特殊な感染症が流⾏している最中においては公衆衛⽣の危機に繋がりかねないと考えられます。
本調査では、このような課題認識のもと、洪⽔時における感染症指定医療機関の浸⽔の危険性を把握し、もって感染症指定医療機関を含めた地域の⽔害対応計画の向上に資することを⽬的として、⼤規模な洪⽔の発⽣時における感染症指定医療機関の浸⽔想定状況を調査しました。

2.調査結果を踏まえて
調査結果を踏まえて強調したいことは、以下の通りです。

(1) 訴えたいこと
① 新型コロナウイルスによる「感染症」と「⼤規模⽔害」の「複合災害」を意識する必要がある。
② ⽔害時に⽔平避難が困難な状況が考えられ、特段の⽔害対応が必要
③ 医療機関、医療・保健部局は感染症対策で⼿⼀杯なので、防災・治⽔対応部局が、梅⾬期・台⾵期に備えて特段の側⾯⽀援を今から⾏う必要がある
(2) 早急に⾏うべきこと
① ⽔害リスクの発⽣要因の再確認: 河川の外⽔氾濫、⼩河川の内⽔氾濫、河川の合流部・狭窄部直上流など。これらの要因は、⻄⽇本豪⾬における⼩⽥川(岡⼭県倉敷市真備町)、台⾵19号の阿武隈川(宮城県伊具郡丸森町)・越辺川(埼⽟県)、千曲川破堤などに関連。
② 直接的な浸⽔対策: 病院の防⽔機能強化として、⾬⽔侵⼊ルートの確認と防⽔板の設置、⾃家発電施設の耐⽔化(2 重化)など。
③ 間接的な浸⽔対策: 近接堤防の⽔防対応強化(⼟嚢確保)、ポンプ⾞の重点⼿配、上流ダムの治⽔機能強化など。
(3) 中⻑期的に⾏うべきこと
① 感染症指定医療機関の⽴地条件の適正化(⽔害リスクも⼗分に考慮する)
② バックアップ体制(指定医療機関の2重化)の構築

このうち、(2)の③に記載の上流ダムの治⽔機能強化については、京都⼤学は、(独)⽔資源機構・(財)⽇本気象協会と共同で、SIP(内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム)による「アンサンブル事前放流」技術を開発中です。(参考:http://ecohyd.dpri.kyoto-u.ac.jp/theme/SIP.html)本技術開発の枠組みを活⽤して、以下のようなことに取り組みたいと考えています。

1) 15 ⽇前からの⻑時間アンサンブル降⾬予測と流出予測の⾼精度化により、ダムの治⽔機能を⾼める事前放流を確実に実施する
2) SIP技術も活⽤し、感染症指定医療機関を下流に抱える上流ダムがあれば、その治⽔機能を⼀段と⾼めるべく関係者で連携協議

(※参考までに、東⽇本⼤震災時には、下流河川堤防の地盤沈下に伴い、多⽬的ダムの貯⽔容量配分を⼀時的に⾒直して、上流ダムの治⽔機能を⾼めた事例があります 。)

3.調査⽅法
感染症指定医療機関の情報は、厚⽣労働省の web サイト(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/ kekkaku-kansenshou15/02-02.html)に掲載されている特定感染症指定医療機関 (4 医療機関)、第⼀種感染症指定医療機関 (ただし特定感染症指定医療機関に指定されている機関を除く 53 医療機関)、および感染症病床を有する第⼆種感染症指定医療機関 (特定、第⼀種感染症指定医療機関と重複する機関を除く 315 医療機関)の計 372 医療機関を対象としました。
各指定医療機関の浸⽔想定状況の調査には、主として国⼟地理院の「ハザードマップポータルサイト」(https://disaportal.gsi.go.jp)に掲載されている「重ねるハザードマップ」を利⽤しました。「重ねるハザードマップ」で公開されているマップのうち、河川計画の基準となる規模の洪⽔発⽣時における浸⽔想定状況の判別には「洪⽔浸⽔想定区域(計画規模)」 を、想定される最⼤規模の洪⽔発⽣時における浸⽔想定状況の判別には「洪⽔浸⽔想定区域(想定最⼤規模)」 を⽤いました。また、特に重要と考えられる特定感染症指定医療機関と第⼀種感染症医療機関については、⽴地する地域の河川管理者(国、都道府県)や⾃治体によって公開されている情報を可能な限り参照し、浸⽔想定の情報が得られた場合にはそちらを採⽤しました。

4.調査結果の抜粋
調査対象とした全感染症指定医療機関(372 医療機関)の浸⽔想定の状況を図 2 に⽰します。ここでは、想定浸⽔の程度を危険度に応じて表 1 のような 4 階級に分けて表⽰しています。計画規模の洪⽔で浸⽔が想定されているのは 95 医療機関(全体の 25.5%)でした。このうち 50 医療機関(13.4%)では最⼤想定浸⽔深が 2〜3m 以上(浸⽔ランク 2 以上)、うち 11 医療機関(8.0%)では、最⼤想定浸⽔深が 5m またはそれ以上(浸⽔ランク 3)でした。⼀⽅、想定最⼤規模の洪⽔で浸⽔が想定されるのは 125 医療機関(全体の 33.6%)でした。そのうち、99 医療機関(26.6%)では最⼤想定浸⽔深が 2〜3m 以上(浸⽔ランク 2)、うち 36 医療機関
(9.7%)では最⼤想定浸⽔深が 5m またはそれ以上(浸⽔ランク 3)となっていました。

表 1 本調査で⽤いる想定浸⽔の階級区分


図 2 全国の感染症指定医療機関の浸⽔想定の状況
(感染症病床を有する医療機関に限る、計 372 医療機関、再掲)

次に、特に⼀類感染症の患者等の⼊院を担うなど、特殊な感染症対策の拠点となる特定感染症指定医療機関と第⼀種感染症指定医療機関(計 57 医療機関)の浸⽔想定の状況を図 3 に⽰します。計画規模の洪⽔で浸⽔が想定されているのは 17 医療機関(対象医療機関の 29.8%)でした。このうち 10 医療機関(17.5%)では最⼤想定浸⽔深が 2〜3m またはそれ以上(浸⽔ランク 2 以上)、うち 1 医療機関(1.8%)では、最⼤想定浸⽔深が 5m またはそれ以上(浸⽔ランク 3)となっていました。⼀⽅、想定最⼤規模の洪⽔で浸⽔が想定されるのは 26 医療機関で、対象医療機関の 45.6%に上りました。このうち、想定浸⽔深が 1m 以下であったのは 2 医療機関(対象医療機関の 3.5%)のみであり、残る 24 医療機関(42.1%)では最⼤想定浸⽔深が 2〜3m またはそれ以上でした。また、8 医療機関(14.0%)では、最⼤想定浸⽔深が 5m またはそれ以上(本調査対象で最も危険なレベル)であり、中には最⼤で 10m を超える浸⽔が想定されている医療機関もありました。

図 3 特定感染症指定医療機関と第⼀種感染症指定医療機関の浸⽔想定の状況
(計 57 医療機関、再掲)

5. 調査結果のまとめ
全国の感染症指定医療機関のうち感染症病床を有する 372 医療機関の浸⽔想定の状況を調査した結果、計画規模の洪⽔でおよそ 4 分の 1 の医療機関で、想定される最⼤規模の洪⽔でおよそ 3 分の 1 の医療機関で浸⽔が想定されていました。この割合は、特定感染症指定医療機関と第⼀種感染症指定医療機関に限って⾒て場合に、いずれの規模の洪⽔でも増加し、想定最⼤規模では半数近くの医療機関で浸⽔することが想定されていました。このことは、⼤規模な⽔害が全国のどこかで⽣じた場合に、その地域の感染症指定医療機関が浸⽔するような事態が発⽣する可能性が必ずしも⼩さくないことを⽰しています。
最⼤想定浸⽔深が 2〜3m またはそれ以上となる医療機関も、計画規模で約 14%、想定最⼤規模で約 27%と 3 割弱に上りました。特に、特定感染症指定医療機関と第⼀種感染症指定医療機関では、およそ 4 割の医療機関が該当し、特に⼀類感染症に対する医療体制の維持に対する深刻なリスクが潜む状況がうかがえました。この場合、⼟嚢や⽌⽔板の設置などの浸⽔防⽌対策によって浸⽔を防ぐことは困難であるため、建物内の浸⽔を前提に対策を考える必要があります。特に⼊院患者や医療機能の⽔平避難が困難である場合には、感染症対策の⾯では感染症病床の上層階への設置、電気回路の防⽔化や⾮常⽤電源や⾃家発電設備の上層階への設置などを検討する必要があると考えられます。
また、中には最⼤想定浸⽔深が 10m 以上となる医療機関も⾒られました。こうした医療機関では、設備配置の⼯夫や垂直避難などの⾃衛的な対策のみでは浸⽔リスクに対応しきれない可能性がある。従って、これをサポートする地域の⽔防活動の強化や上流ダムの事前放流など浸⽔深を抑えるような治⽔施設の⾼度な運⽤、医療機関全体の避難の受⼊れ先の確保など、医療機関と⾏政の治⽔・防災部局、厚⽣・保健部局の連携が重要になると考えられます。

<研究担当者>
野原 ⼤督  京都⼤学防災研究所 ⽔資源環境研究センター 助教
⾓ 哲也  京都⼤学防災研究所 ⽔資源環境研究センター センター⻑・教授

<研究者のコメント>
⽔害対応計画や⽔害時の事業継続計画(BCP)は事業者たる医療機関によって策定されるものであり、当事者である多くの医療機関では、既にこうした洪⽔リスクを念頭においた対策が既に進められているものと推察します。しかし、上述のような洪⽔リスクに⾒合った事業継続計画が⽤意されていない医療機関がある場合には、本調査結果が洪⽔リスクの認知度や備えの向上に少しでも資するようであれば幸いです。
なお、研究者の意⾒としては、新型コロナウイルス感染症の対応に地域によっては医療が逼迫している現状を考えれば、⽔害対応計画や事業継続計画が浸⽔想定に照らして不⼗分であると考えられる場合でも、計画規模や想定最⼤規模の洪⽔の発⽣頻度を考えれば、こうした洪⽔が次の出⽔期に発⽣する危険性は否定できないものの、現状の医療体制の維持を損ねてまでこれらの計画の向上に⼒を注がなければならないほどの蓋然性は無く、医療機関において直ちに計画の改善に相応の⼈的資源を割くことは現実的ではありません。新型コロナウイルス感染症の流⾏がピークを過ぎ、医療に余裕が⽣じたタイミングで本格的に対応する⽅が現実的であると考えます。⼀⽅で、⾏政の治⽔・防災担当部局にあっては、最近の異常洪⽔の頻発化を受けて、まもなく始まる本格的な出⽔期に向けて万全の対策を講じられることと思いますが、ここで指摘させていただいた医療機関を保全する視点は極めて重要であり、⾏政の厚⽣・保健部局とも連携して、現段階から出⽔期へ向けて時間的にある程度余裕を持った対策を進めていただきたいと考えています。
また、直ちに計画を改善できなくても、医療機関の浸⽔リスクを認知し関係者間で共有しておくだけでも、洪⽔時の初動対応を⼤いに改善できるものと考えられます。このとき、洪⽔発⽣の危険性をいち早く察知し、その時の患者の受⼊れ状況などを踏まえた⽔害対応計画の具体化など、対応のための時間をできる限り⻑く確保するためにも、数⽇〜1 週間程度の⻑いリードタイムを持つ降⾬予測情報などを活⽤していくことも有⽤であると考えます。

<論⽂タイトルと著者>
タイトル:全国の感染症指定医療機関の浸⽔想定状況の調査報告
著 者:野原⼤督・⾓ 哲也
掲歳場所:京都⼤学防災研究所⽔資源環境研究センター 社会・⽣態環境研究領域の Web サイト(http://ecohyd.dpri.kyoto-u.ac.jp/)に掲載予定。

<⽤語解説>
特定感染症指定医療機関:⼀類感染症(エボラ出⾎熱、ペスト、ラッサ熱など)、⼆類感染症(SARS、MERS、⾼病原性⿃インフルエンザなど)、新型インフルエンザ等感染症の患者、および新感染症の所⾒がある者の医療を担当する医療機関で、厚⽣労働⼤⾂が指定する。
第⼀種感染症指定医療機関:⼀類感染症、⼆類感染症、新型インフルエンザ等感染症の患者、および新感染症の所⾒がある者の医療を担当する機関で、都道府県知事が指定する。
第⼆種感染症指定医療機関:⼆類感染症、新型インフルエンザ等感染症の患者、および新感染症の所⾒がある者の医療を担当する機関で、都道府県知事が指定する。
洪⽔浸⽔想定区域(計画規模):河川流域や河川区間によって異なるが、主要河川の場合で概ね 100 年〜200 年に 1 度の確率で発⽣する可能性がある洪⽔時の浸⽔が想定される区域。
洪⽔浸⽔想定区域(想定最⼤規模):想定上の最⼤規模の洪⽔(概ね 1000 年に 1 度の確率で発⽣する可能性がある洪⽔)の発⽣時における浸⽔が想定される区域。いわゆるレベル 2 に対応。
事前放流:降⾬予測情報などから出⽔が予測される場合に、ダム貯⽔池の洪⽔調節以外の⽬的に割り当てられている貯⽔容量から安全な範囲で⽔を放流しながら事前に貯⽔位を下げることで、ダム貯⽔池が持つ洪⽔調節能⼒を増⼤させる操作。予測の不確実性への対応が課題となっている。

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