機械学習を活用したゼオライト合成の理解〜ほしい材料を思いのままに。究極の材料合成を目指して〜

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2019-10-03 東京大学

1. 発表者
村岡 恒輝(研究当時:東京大学大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 博士課程、現在:米国カリフォルニア大学バークレー校/ローレンスバークレー国立研究所 日本学術振興会海外特別研究員)
佐田 侑樹(東京大学大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 修士課程 2 年)
宮崎 大輝(研究当時:東京大学工学部 化学システム工学科 学部 4 年)
Watcharop Chaikittisilp(研究当時:東京大学大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 助教、現在:国立研究開発法人物質・材料研究機構 統合型材料開発・情報基盤部門 エネルギー材料設計グループ 主任研究員)
大久保 達也(東京大学大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 教授)

2. 発表のポイント
♦ 大規模なゼオライト合成のデータベースを構築し、機械学習や理論計算等の計算化学を用いたアプローチにより、材料合成条件の類似性と、結晶化した材料の構造の類似性との間に関連性があることを導き出しました。
♦ 本研究成果は、これまで理解が困難であったゼオライト合成に新たな指針を与えました。
♦ 本研究成果は、ゼオライトのみならず、熱力学的に準安定相として形成される材料の合成にも新たな指針を与えることが期待されます。

3. 発表概要
ゼオライトなど、準安定相として形成される材料は、その生成過程が速度論的な要因の影響を強く受けるため、目的に応じた最適な構造を有する材料を選択的に結晶化させることは困難であると考えられてきました。
このような課題に対して、東京大学大学院工学系研究科の大久保達也教授は、同 Watcharop Chaikittisilp 助教 (現: 国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS))、村岡恒輝大学院生 (現: 米国カリフォルニア大学バークレー校/ローレンスバークレー国立研究所)、佐田侑樹大学院生らと共同で、大規模なゼオライト合成のデータベースを構築し、材料合成条件の類似性と、結晶化した材料の構造の類似性との間に関連性があることを導き出しました。
この関連性の導出にあたっては、長年積み上げられてきたゼオライト合成の文献データに、近年開発された勾配ブースティング法(注 1)と呼ばれる機械学習アルゴリズムと決定木(注 2)を適用しました。またゼオライト結晶構造の分析はグラフ理論(注 3)に基づき行いました。
本研究成果は、これまで理解が困難であった、熱力学的に準安定相として得られる材料の合成の理解にも広く貢献するものと期待され、英国 Nature Publishing Group の発行するネイチャー コミュニケーションズ誌 (Nature Communications) に 2019 年 10 月 1 日(ロンドン時間) 付で掲載されました。

4. 発表内容
材料は与えられた条件下で、熱力学的に最小のエネルギーをもつもの(安定相)として得られる場合と、それよりもエネルギーの高い準安定相として得られる場合とに大別されます。理論計算によって、何が安定相であるかを説明することはできます。一方、物質の拡散や界面のエネルギーなどの影響下、速度論的な要因で生成する準安定相を、実験を行うことなく予測する理論的枠組みは未だ整備されておらず、様々な材料群を対象に世界中で活発に研究が行われています。
例えば、内部にナノ空間を有し、ケイ素、アルミニウム、酸素を骨格成分として構成される結晶性材料である「ゼオライト」は、準安定相として合成される代表的な結晶群です。ゼオライトは、わずかな合成条件の違いで、様々な結晶構造をとり得ることが知られています。目的にあわせて適切な結晶構造を有するものを合理的に合成することが望まれていますが、その生成過程が速度論的な要因の影響を大きく受けるため、「設計的合成」は困難とされてきました。
今回、東京大学大学院工学系研究科の大久保達也教授らは、勾配ブースティング法と決定木という 2 つの機械学習アルゴリズムを用いて、686 例に及ぶ実験データを分析することで、ゼオライト合成の化学空間が、結晶構造の類似性を強く反映する領域と、そうではない領域に大別できることを示しました(図 1)。
結晶構造の類似性とは、結晶を原子同士が繋がったネットワークとみなしたときに、そのネットワーク間に共通したパターンがどの程度見られるかという指標です。
大久保教授らは既に、合成を行う出発物質中に、目的とするゼオライトと共通した構造のパターンを持つゼオライトをあらかじめ少量加えることで、結晶化を促進することを見出し、実用プロセスに展開していますが、これらは今回見出した、結晶構造の類似性を強く反映する領域におけるものでした。一方で、結晶構造の類似性を反映しない領域では、生成物は速度論的な要因の影響を大きく受け、わずかな合成条件の違いにより生成物が大きく変化するという実験的事実と符合することがわかりました。
また、勾配ブースティング法と決定木という 2 つの機械学習アルゴリズムを用いて実験データを分析することで、ゼオライトを合成する際に、重要度の高い合成条件を抽出することに成功しました。これらの結果は、これまで経験的にしか理解されていなかったゼオライト合成の詳細を理解する上で大きな意味を持つものと考えられます。さらに、導出された結晶構造の類似性を用いて、実在するゼオライトの結晶構造全てを含む「類似性ネットワーク」を構築しました(図 2)。
「類似性ネットワーク」では、互いに似た結晶構造を有するゼオライトを結びつけて可視化することにより、これを手がかりに、新しい合成条件を設計し、目的とする構造を有するゼオライトの合成が可能になります。
実際に本研究では、この「類似性ネットワーク」を用いて、今まで知られていなかった、 IHW 型、NES 型、EUO 型、EEI 型ゼオライト間の類似性を見出し、機械学習で特定された結晶構造の類似性を強く反映する領域にて合成を行うことで、EUO 型ゼオライトの新しい合成法を見出すことに成功しました。本研究のアプローチは、ゼオライトに限らず、新しい物質を発見するためのあらゆる合成システムに適用することが可能です。そのため、これまで理解が困難であった、準安定相として得られる材料の合成の理解に広く貢献すると期待されます。本研究成果に関して大久保教授は「材料は多様性に富み、各々が固有の特徴を有し、魅力的な研究対象ですが、分野が細分化してしまいがちです。様々なゼオライトの知識を統合化し、新しい合成経路を開拓した本研究は、他の材料に対しても新たな指針を与えるものです。」と述べています。
本研究成果は、英国 Nature Publishing Group の発行するネイチャー コミュニケーションズ誌 (Nature Communications) に 2019 年 10 月 1 日(ロンドン時間)付で掲載されました。

5. 発表雑誌
雑誌名:「Nature Communications
論文タイトル:Linking synthesis and structure descriptors from a large collection of synthetic records of zeolite materials
著者:Koki Muraoka, Yuki Sada, Daiki Miyazaki, Watcharop Chaikittisilp,*& Tatsuya Okubo*
DOI 番号:10.1038/s41467-019-12394-0

6.問い合わせ先
東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻
教授 大久保 達也(おおくぼ たつや)

7. 用語解説
(注 1)勾配ブースティング法とは、機械学習アルゴリズムの一種であり、予測精度の低い(弱い)学習器を逐次的に構築していくことにより予測精度の高い統計モデルを構築していくブースティング法のうち、逐次的に弱い学習器を構築していく際にそれまでの学習器の結果をもとに予測に関する損失関数のパラメタの最適化に勾配降下法を用いている手法を指します。
(注 2)決定木とは、機械学習アルゴリズムの一種であり、木構造を用いて、データセットを最もよく分割できるように分岐点を設定することで、分類や回帰を行う手法を指します。
(注 3)グラフ理論とは、点と点どうしのつながりを辺の形で表すグラフという概念の中から、そのグラフのつながり方などの特徴を抽出する数学的手法を指します。

8. 添付資料

機械学習を活用したゼオライト合成の理解〜ほしい材料を思いのままに。究極の材料合成を目指して〜
図 1. 勾配ブースティング法と決定木という 2 つの機械学習アルゴリズムを用い、構築された機械学習モデル。「MFI、MOR、LTL、ERI-OFF」の合成条件領域に、結晶構造の類似性が見られる。


図 2. ゼオライトの結晶構造に関する「類似性ネットワーク」。同じ色のグループ内においてより高い類似性が見られる。

0501セラミックス及び無機化学製品1600情報工学一般
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