初期宇宙で見つかった宇宙網 ~銀河とブラックホールに恵みをもたらす宇宙の清流~

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2019-10-04 理化学研究所,東京大学大学院理学系研究科,ダーラム大学,国立天文台,名古屋大学

理化学研究所(理研)開拓研究本部坂井星・惑星形成研究室の梅畑豪紀基礎科学特別研究員(東京大学大学院理学系研究科客員共同研究員)、ダーラム大学計算宇宙論研究所のミケーレ・フマガリ教授、国立天文台アルマプロジェクトの松田有一助教、名古屋大学大学院理学研究科の田村陽一准教授らの国際共同研究グループは、地球から115億光年離れた宇宙において、銀河と銀河をつなぐように帯状に広がった「宇宙網」と呼ばれる水素ガスの大規模構造を初めて発見しました。

本研究成果は、初期宇宙における銀河や巨大ブラックホールの成長の源となった、ガスの供給過程の解明に大きく貢献すると期待できます。

宇宙網の観測は、銀河形成モデルを検証し、過去の宇宙における銀河と巨大ブラックホールの形成、進化を解明する上で欠かすことができませんが、宇宙網が放つ光は非常に弱かったため、観測することは困難を極めていました。

今回、国際共同研究グループは、みずがめ座の方向にある遠方銀河が群れ集まった領域である原始銀河団SSA22[1]に注目しました。X線からミリ波にわたる幅広い波長に基づく多様な観測を駆使して、水素ガスの大規模な帯状の構造が存在することが初めて確かめられました。また、18個の活発な星形成銀河や巨大ブラックホールが400万光年の範囲でこの宇宙網に沿って形成されていることを突き止めました。

本研究は、米国の科学雑誌『Science』(10月4日号)の掲載に先立ち、オンライン版(10月3日付け:日本時間10月4日)に掲載されます。

発見された宇宙網の画像(青い部分が水素ガス)の図

図 発見された宇宙網の画像(青い部分が水素ガス)

背景

これまでの宇宙の観測から、地球から100億光年以上離れた太古の宇宙では銀河が活発に生まれ育つ時代があったことが分かってきています。その初期宇宙には、私たちの住む天の川銀河の数百倍から数千倍もの速さで星を生み出す銀河が存在し、一方、銀河の中心では太陽の約1億倍という大きな質量を持つ巨大ブラックホールが急速な成長を遂げていたと考えられています。

これらの銀河や巨大ブラックホールを成長させるために欠かせない原材料が、水素を主成分とするガスです。現在の銀河形成モデルによると、このガスが「宇宙網」と呼ばれるクモの巣状のネットワークを形成し、その中でガスが凝集して、銀河や巨大ブラックホールが形成・成長すると考えられてきました(図1)。

図1 宇宙網のシミュレーションの例の図

図1 宇宙網のシミュレーションの例

水素を主成分とするガスがクモの巣状のネットワークを形成し、その中でガスが濃くなった場所(茶色の部分)で銀河やブラックホールが作られ、成長すると考えられている。

したがって、宇宙網の観測は、銀河形成モデルを検証し、過去の宇宙における銀河と巨大ブラックホールの形成、進化を解明する上で欠かすことができない重要な鍵だといえます。しかし、宇宙網が放つ光は非常に弱く、最大級の望遠鏡の集光力をもってしてもこれまで観測は困難を極めてきました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、みずがめ座の方向、地球から115億光年離れたSSA22原始銀河団に注目し、宇宙網の検出に挑みました。この領域は、これまでにも活発に星を生み出している銀河や成長を続ける巨大ブラックホールの存在が知られており、その周囲に宇宙網が存在しているかどうかが大きな関心事となっていました。

まず、活発な銀河や巨大ブラックホールがどれだけ、どのように分布しているのかを示す銀河と巨大ブラックホールの地図の作成を行いました。この際に活躍した望遠鏡がアルマ望遠鏡[2]です。アルマ望遠鏡のミリ波の観測により、星から暖められた塵を捉えることで活発に星を生み出している銀河を見つけることができます。

さらにX線による巨大ブラックホールの探査を行い、また見つけた天体までの距離を決定する分光観測をミリ波や赤外線で行いました。その結果、400万光年ほどの範囲に、18個の活発な銀河や巨大ブラックホールが密集して存在していることが明らかになりました(図2)。

ミリ波とX線で見た観測領域の画像の図

図2 ミリ波とX線で見た観測領域の画像

水素を主成分とするガスがクモの巣状のネットワークを形成し、その中でガスが濃くなった場所(茶色の部分)で銀河やブラックホールが作られ、成長すると考えられている。

一方、宇宙網の主な成分である水素ガスは銀河や巨大ブラックホールからの光を受けて、紫外線の波長域で発光することが知られています。遠方宇宙からの光は宇宙膨張によって波長が長くなり、可視光でこの光を観測することができます。そこで、これまでに得られていたすばる望遠鏡[3]の広視野カメラ・シュプリーム・カム[3]で撮像された画像に対する解析の結果、銀河や巨大ブラックホールをつなぐように、広がった水素ガスの光がおぼろげながら見えてきました。

この光をさらに詳しく調べるため、VLT望遠鏡[4]による追観測を行いました。VLT望遠鏡に搭載されたMUSE[4]という観測装置を使うことで、2次元の画像だけでなく、スペクトルを含む3次元の情報を一気に得ること(面分光)ができます。その結果、水素ガスの大規模な帯状の構造が存在することが初めて確かめられました。

こうして、X線、可視光、赤外線、ミリ波とさまざまな観測を組み合わせることで、星形成の活発な銀河、巨大ブラックホール、宇宙網を網羅した3次元地図を描き出すことができました(図3)。銀河や巨大ブラックホールは、例外なく宇宙網に沿って分布していることが明らかになりました。

宇宙網の3次元画像の図

図3 宇宙網の3次元画像

図1の観測領域で見つかった宇宙網の3次元分布の様子。宇宙網の比較的淡く見える部分を青色で、比較的明るく見える部分を紫色で表している。銀河や巨大ブラックホール(赤の菱形)が、宇宙網に沿って分布していることが分かる。

この結果は、宇宙網に沿ってガスが銀河や巨大ブラックホールに流れ込み、そのガスを材料として銀河や巨大ブラックホールが成長するという理論・シミュレーションによる予測を観測の面から支持するものです。また、数多くの銀河や巨大ブラックホールに由来する光によって、宇宙網が明るく照らされていたことが、今回の検出につながったと考えられます。

今後の期待

本研究では、さまざまな波長の観測を駆使し、存在が予想されながらも検出することが難しかった宇宙網の姿を詳細に浮かび上がらせることに成功しました。このことは、銀河形成理論を観測的に検証していく上で強力な道具を手に入れたことを意味します。

今後、初期宇宙でどのように銀河や巨大ブラックホールが形作られていったのか、宇宙網がその進化をどのように制御したのか、さらに詳しく調べられていくものと期待できます。

補足説明

1.原始銀河団SSA22
1998年に発見された、みずがめ座の方向、115億光年先に存在する遠方銀河の群れ集まった領域。やがて現在の宇宙に存在する銀河の大集団である「銀河団」に進化するのではないかと考えられている。

2.アルマ望遠鏡
主に波長4ミリから350ミクロン(1ミクロンは1,000分の1ミリ)までのミリ波・サブミリ波と呼ばれる波長を観測することができる、南米チリのアタカマ砂漠に設置された望遠鏡。高い感度と解像度を兼ね備えている。

3.すばる望遠鏡、広視野カメラ・シュプリーム・カム
すばる望遠鏡は、国立天文台によってアメリカ・ハワイ島のマウナ・ケア山頂に建設された、口径8.2mの光学赤外線望遠鏡。シュプリーム・カムは、2017年まで運用されていた可視光カメラであり、広視野観測に威力を発揮した。現在は、後継のハイパー・シュプリーム・カムがその役割を担っている。

4.VLT望遠鏡、MUSE
VLT望遠鏡は、ヨーロッパ南天天文台によってチリ・パラナル天文台に建設された、口径8.2mの望遠鏡4台の総称。可視光から近赤外線の波長で観測を行う。MUSEはその中の1台に搭載された可視光の面分光を行う装置であり、同種の装置の中で最大の視野を誇る。MUSEはMulti-Unit Spectroscopic Explorerの略。

国際共同研究グループ

理化学研究所
開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室
基礎科学特別研究員 梅畑 豪紀(うめはた ひでき)
(東京大学大学院 理学系研究科 客員共同研究員)

英国 ダーラム大学 物理学専攻
ダーラム大学計算宇宙論研究所
教授 ミケーレ・フマガリ (Michele Fumagalli)
大学院生 カルビン・シークス (Calvin Sykes)
系外銀河天文学センター
教授 イアン・スメイル(Ian Smail)
教授 マーク・スウィンバンク(Mark Swinbank)

国立天文台
アルマプロジェクト
助教 松田 有一(まつだ ゆういち)
(総合研究大学院大学 天文科学専攻 助教)
准教授 中西 康一郎(なかにし こういちろう)
(総合研究大学院大学天文科学専攻 特任准教授)
ハワイ観測所
特任研究員 久保 真理子(くぼ まりこ)

名古屋大学大学院 理学研究科
准教授 田村 陽一(たむら よういち)

東京大学大学院 理学系研究科 天文学教育研究センター
教授 河野 孝太郎(こうの こうたろう)
助教 廿日出 文洋(はつかで ぶんよう)

スイス連邦工科大学チーリッヒ校 物理学専攻
助教 セバスティアノ・カンタルポ(Sebastiano Cantalupo)

欧州南天天文台
教授 ロブ・アイブソン(Rob J. Ivison)
装置開発サイエンティスト ジョエル・バーネット(Joel Vernet)

カリフォルニア工科大学 ケイヒル天文学・天体物理学センター
教授 チャールズ・スタイデル(Charles C. Steidel)

カリフォルニア大学 ロサンゼルス校 物理学・天文学専攻
教授 アリス・シャプレー(Alice E. Shapley)

宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所
教授 山田 亨(やまだ とおる)

愛媛大学宇宙進化研究センター
准教授 鍛冶 澤賢 (かじさわ まさる)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究(B)「可視面分光とアルマ望遠鏡で探る銀河と銀河間物質の相互作用(研究代表者:梅畑豪紀)」、同基盤研究(B)「形成期の銀河を取り巻くガスフィラメント構造の研究(研究代表者:松田有一)」、若手研究(A)「形成期の銀河間を繋ぐガスネットワーク構造の研究(研究代表者:松田有一)」、同国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)「銀河形成期における宇宙網から銀河へのガス降着過程の研究(研究代表者:松田有一)」、同基盤研究(S)「ミリ波サブミリ波帯輝線銀河の無バイアス探査に基づく隠された宇宙星形成史の研究(研究代表者:河野孝太郎)」、同基盤研究(C)「超高光度超新星母銀河における隠された星形成活動および分子ガスの詳細研究(研究代表者:廿日出文洋))、国立天文台ALMA共同科学研究事業「なぜ宇宙再電離期にダストがあるのか:ALMAで探る宇宙の重元素合成史(研究代表者:田村陽一)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

H. Umehata, M. Fumagalli, I. Smail, Y. Matsuda, A. M. Swinbank, S. Cantalupo, C. Sykes, R. J. Ivison, C. C. Steidel, A. E. Shapley, J. Vernet, T. Yamada, Y. Tamura, M. Kubo, K. Nakanishi, M. Kajisawa, B. Hatsukade, and K. Kohno., “Gas filaments of the cosmic web located around active galaxies in a protocluster”, Science, 10.1126/science.aaw5949

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室
基礎科学特別研究員 梅畑 豪紀(うめはた ひでき)
(東京大学大学院理学系研究科 客員共同研究員)

ダーラム大学 物理学専攻 ダーラム大学計算宇宙論研究所
教授 ミケーレ・フマガリ (Michele Fumagalli)

国立天文台 アルマプロジェクト
助教 松田 有一 (まつだ ゆういち)
(総合研究大学院大学 天文科学専攻 助教)

名古屋大学 大学院理学研究科
准教授 田村 陽一(たむら よういち)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

東京大学大学院理学系研究科・理学部広報室

すばる望遠鏡について:
国立天文台ハワイ観測所 藤原英明(広報担当サイエンティスト)

アルマ望遠鏡について:
国立天文台アルマプロジェクト 平松正顕 (助教・教育広報主任)

名古屋大学総務部総務課広報室

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