隠れて増えるウイルスゲノムを見つけ出し分解する、植物の新たな防御機構を発見

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ウイルス病の新たな防除法に応用へ

2019-09-27 農研機構,佐賀大学

ポイント

農研機構と佐賀大学は、植物がもつ新たなウイルス防御機構をダイズから発見しました。ある種のウイルスは、生物の免疫機構から逃れるため、感染した細胞内に「隠れ家」を作り、そこでゲノムを増幅します。今回、ダイズモザイクウイルス抵抗性遺伝子(Rsv4)から作られるRsv4タンパク質が、ウイルスの「隠れ家」を見つけ出してウイルスゲノムを分解することにより、感染を防いでいることを明らかにしました。さらにこの仕組みを応用して、様々なウイルスの増殖を抑制する人工タンパク質の作成に成功しました。本成果は、ダイズモザイクウイルス抵抗性ダイズ品種の開発に役立つだけでなく、様々な農作物のウイルス病に対する新たな防除法に繋がると期待できます。

概要

ダイズモザイクウイルス(SMV)はダイズに感染すると収量や品質の低下を引き起こします。そこで防除手段として、古くからSMV抵抗性のダイズ品種が育成されてきました。しかし近年、従来利用されてきたSMV抵抗性遺伝子が効かないSMV変異株が出現し、問題となっています。
今回、農研機構と佐賀大学の研究チームは、変異株を含む広範囲のSMVに有効なダイズのSMV抵抗性遺伝子Rsv4を特定し、その遺伝子から作られるRsv4タンパク質が、これまで知られていない全く新しい仕組みでSMV感染を防ぐことを明らかにしました。SMVのようなRNAウイルス1)は、感染した生物の防御機構に見つからないよう、細胞内に「隠れ家」を作り、そこでゲノムを複製することが知られています。Rsv4タンパク質は、「隠れ家」を見つけ出してウイルスゲノムを分解することにより、ウイルス感染を防いでいることが分かりました。
研究チームは、この仕組みを応用して、トマトのトマトモザイクウイルスや、非常に多くの植物に感染するキュウリモザイクウイルスなど、ダイズ以外の作物で問題になっている様々なウイルスに対して、ウイルスの「隠れ家」に忍び込んでゲノムを分解する人工タンパク質を作製し、これらのウイルスの増殖を抑えることに実験室レベルで成功しました。
本成果により、従来の抵抗性遺伝子を持つダイズ品種へRsv4遺伝子を集積し、打破されにくい持続的な抵抗性をもつ品種の開発が可能になります。また、天然の抵抗性遺伝子が利用できないウイルスや抵抗性遺伝子を打破する変異ウイルスに対しても、新たな抵抗性遺伝子が設計可能となると期待されます。本成果は、国際科学雑誌「Nature Communications」(2019年9月27日発行)のオンライン版に掲載されます。

関連情報

予算: 農林水産省委託プロジェクト「ゲノム情報を活用した農作物の次世代生産基盤技術の開発」(SFC)、運営費交付金
特許: 特許第6549393号、特開2018-191622

問い合わせ先など

研究推進責任者 :農研機構次世代作物開発研究センター 所長 佐々木 良治

研究担当者 :農研機構次世代作物開発研究センター 畑作物形質評価ユニット
ユニット長 加賀 秋人

農研機構生物機能利用研究部門植物・微生物機能利用研究領域
主任研究員 石橋 和大

佐賀大学 農学部応用生物科学科 教授 穴井 豊昭

広報担当者 :農研機構次世代作物開発研究センター 広報プランナー 大槻 寛

佐賀大学総務部総務課 広報室(広報企画主担当) 溝口 香織

詳細情報

開発の社会的背景

植物のウイルス病には有効な治療薬がないため、抵抗性品種の育成による予防が最も有効な防除手段になっています。抵抗性品種は近縁野生種などの遺伝資源からウイルス抵抗性を付与する遺伝子を導入することによって育成されますが、遺伝資源には限りがあるため、作物によっては有効な抵抗性遺伝子が見つかっていないウイルスが数多く存在します。
ダイズモザイクウイルス(SMV、写真1)はダイズに感染すると収量や品質の低下を引き起こすため、古くからSMV抵抗性のダイズ品種が育成されてきました。しかし、これまで利用されてきたSMV抵抗性遺伝子を打破するSMV変異株が出現しており、変異株への対策が急がれます。新たな抵抗性遺伝子であるRsv4は、SMV変異株を含む広範囲のSMVに対して有効なことが分かっていましたが、Rsv4がどのような機能を持つタンパク質の設計図となっていて、どのようにSMVの増殖を抑制するのかは不明でした。

研究の経緯

農研機構ではダイズのゲノム情報を利用した品種開発システムの整備を進めており、DNAマーカーを使ったダイズ品種の育成と有用遺伝子の効率的な特定が可能になっています。そこで、本研究ではRsv4遺伝子を特定し、さらにRsv4がどのようにSMVの増殖を抑制するかの解明を目指しました。

研究の内容・意義
ダイズモザイクウイルス抵抗性遺伝子Rsv4の同定

1.ダイズのゲノム情報とDNAマーカーを用いた ポジショナルクローニング2)、および突然変異体と遺伝子組換え体を用いた確認実験により、Rsv4遺伝子を特定しました。これによってDNAマーカーを使った高精度育種選抜(写真2)ができるようになり、他の抵抗性遺伝子との集積により、打破されにくいSMV抵抗性ダイズ品種の育成が期待されます。

2.Rsv4遺伝子から作られるRsv4タンパク質は、これまでに知られているどのウイルス抵抗性遺伝子の産物とも異なり、RNAを分解する酵素(RNase H)に類似していました。多くのRNase HはDNAとRNAのハイブリッド二本鎖を分解する酵素です。ところが、Rsv4タンパク質の特性を調べたところ、二本鎖RNAを分解する新しいタイプの 二本鎖RNA分解酵素3)(dsRNase)であることが分かりました。

3.Rsv4タンパク質はSMVだけでなく、ウメ(ウメ輪紋ウイルス)、バレイショ(ジャガイモYウイルス、ジャガイモAウイルス)、カブ(カブモザイクウイルス)、インゲンマメ(インゲンマメモザイクウイルス)、ラッカセイ(ラッカセイ斑紋ウイルス)などの近縁ウイルスの増殖も抑えられることもわかりました。Rsv4によるウイルス増殖抑制効果は強く、発現させたRsv4タンパク質の量が十分であれば、実験室内の条件ではこれらのウイルスの増殖は完全に抑制されました。

二本鎖RNA分解酵素によるウイルス抵抗性機構

4.植物や動物などの真核生物は、ウイルスの二本鎖RNAを異物として認識して防御反応を誘導する免疫機構を発達させてきました。一方ウイルスは、この免疫機構から逃れるため、侵入した細胞の生体膜を乗っ取って複製のための場( 複製複合体4))を作り、複製時の二本鎖RNAを包み隠すことが知られています。そのため、ほぼ全ての生物は二本鎖RNA分解酵素をもっているにもかかわらず、ウイルスゲノムはこれらの酵素に分解されることなく、ウイルスは増殖することができます。

5.二本鎖RNA分解酵素であるRsv4タンパク質がどのようにSMVの増殖を抑制しているかを調べました。その結果、Rsv4タンパク質はSMVのもつタンパク質と相互作用してSMVの複製複合体に入り込み、SMVの二本鎖RNAを分解することが判明しました(図1)。この防御機構は、ウイルスゲノムに対する防御機構を発達させた真核生物と、そこから逃れるように進化したウイルスとの生存競争において、植物がさらにウイルスへの対抗策を獲得したものと考えられます。

6.研究チームは、Rsv4タンパク質の働きを模して二本鎖RNA分解酵素を複製複合体に送り込むことができれば、様々なウイルスの増殖を抑制できるようになると考えました。本研究では3種類の異なるウイルス(トマトモザイクウイルス、キュウリモザイクウイルス、カブモザイクウイルス)について、複製複合体に存在することが知られている植物由来のタンパク質に二本鎖RNA分解酵素を融合させた人工タンパク質を作製したところ、当該タンパク質を一過的に発現させた葉では標的とするウイルスの増殖が抑制されることが分かりました。

7.本成果により、植物自身が本来もっている2種類のタンパク質(二本鎖RNA分解酵素とウイルス複製に利用されるタンパク質)を利用することにより、様々な標的ウイルスの増殖を抑制する新たな抵抗性遺伝子が人為的に設計可能になりました。

今後の予定・期待

将来、作物のゲノムを自在に書き換え、生育環境や目的に合わせて品種をカスタマイズする時代が来るといわれています。そのためには、現在のうちからどのように遺伝子を改変すれば目的の形質や性質をもつ作物を開発できるか知識を蓄積することが必要です。本研究の成果により、様々な標的ウイルスに対して自在に抵抗性遺伝子を設計できるようになりました。現在抵抗性遺伝子が利用できない多くのウイルス病への対抗策として、ウイルス病の多発地域や新たなウイルスの侵入が警戒される地域に向けたカスタムメイド型のウイルス抵抗性植物の開発に取り組む予定です。
また本研究の成果により、ダイズモザイクウイルス抵抗性遺伝子Rsv4のDNAマーカー選抜が可能になりました。今後は従来の抵抗性遺伝子を持つ品種への集積を進め、持続的なダイズモザイクウイルス抵抗性をもつダイズ品種を開発する予定です。

用語の解説
1)RNAウイルス
ウイルスは、ゲノムとしてもつ核酸の種類により、DNAウイルスとRNAウイルスに大きく分類される。RNAウイルスのうち、ウイルスの一本鎖ゲノムRNAがmRNAとして機能するものをプラス鎖RNAウイルスとよび、SMVはこれに含まれます。プラス鎖RNAウイルスのゲノムRNAは感染した細胞内で翻訳され、生じたウイルスタンパク質の働きによりオルガネラ膜上に複製複合体が形成されます。複製複合体では、ゲノムRNAを鋳型に相補鎖RNA(マイナス鎖RNA)が合成され、二本鎖RNAとなります。さらにマイナス鎖RNAを鋳型にゲノムRNAが複製される。このサイクルを繰り返すことにより、感染細胞内でウイルスゲノムは数十万~数百万にも増えます。
2)ポジショナルクローニング
多数のDNAマーカーと研究対象とする形質との遺伝的な関連性を利用し作成した遺伝地図をもとに、形質を制御する目的遺伝子の座乗するゲノム領域を絞り込んでいく遺伝子単離の手法。候補遺伝子は絞り込んだゲノム領域の塩基配列やアミノ酸配列を比較解析して特定します。
3)二本鎖RNA分解酵素
二本鎖RNAを分解する酵素でdsRNaseともよばれます。RNAを分解する酵素は生物に広く存在しますが、RNAの種類や構造に対する特異性が異なるため、様々なファミリーに分類されています。RNase IIIファミリーに属するタンパク質の多くが二本鎖RNA分解活性を示すことが知られていますが、Rsv4はこれとは異なるRNase Hファミリーに属する新しいタイプの二本鎖RNA分解酵素でした。
4)複製複合体
ウイルスゲノムRNAおよびRNAポリメラーゼを含み、感染した細胞のオルガネラ膜上に形成される複合体。膜が変形して細胞質から隔離されるため、ウイルスゲノムが複製される時の二本鎖RNAを植物の防御機構から隠していると考えられています。複製複合体の形成には、ウイルスのタンパク質だけでなく、感染を受ける細胞が元来備えている様々なタンパク質が利用されるが、ウイルスによって利用するタンパク質の種類は異なります。
発表論文

Ishibashi K, Saruta M, Shimizu T, Shu M, Anai T, Komatsu K, Yamada N, Katayose Y, Ishikawa M, Ishimoto M, Kaga A. Soybean antiviral immunity conferred by dsRNase targets the viral replication complex. Nature Communications DOI:10.1038/s41467-019-12052-5

参考図

写真1 ダイズモザイクウイルスが広がりモザイク症状を示すダイズの上位葉(左)と同じ植物体の下位葉(右)
ウイルスが多く蓄積している部分の色が薄くなります。

写真2 ダイズモザイクウイルスを接種したダイズから収穫した種子
品種「エンレイ」に生じた褐斑粒(左)、交配とDNAマーカー選抜によりRsv4を「エンレイ」に導入した系統の種子(右)。

図1 (1)Rsv4がない場合。ウイルスゲノム(青)は感染細胞内の防御機構から隠れて複製します。(2)Rsv4がある場合。Rsv4は複製複合体の中に入り込み、ウイルスゲノム(二本鎖RNA)を分解します。
(3)Rsv4を模した人工タンパク質による新たなウイルス防除法。ウイルス複製に利用されるタンパク質(HF)と二本鎖RNA分解酵素(dR)を融合することにより、複製複合体の内部に二本鎖RNA分解酵素を送り込むことができます。

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