新たな害虫忌避剤の登録認可取得~植物防御力を高め害虫を忌避。殺虫から制虫へ~

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2021-03-31 理化学研究所,農研機構,神奈川県農業技術センター,広島県立総合技術研究所

理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター実験植物開発室の安部洋専任研究員、小林正智室長、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の櫻井民人上級研究員、神奈川県農業技術センターの大矢武志主任研究員、広島県立総合技術研究所の松浦昌平主任研究員らの共同研究グループは、植物が持っている害虫に対する防御力を高め、難防除害虫として世界的に大きな問題となっているアザミウマ[1]類を忌避する害虫忌避剤を開発しました。そして、内閣府・食品安全委員会、厚生労働省・食品衛生分科会、農薬・動物薬部会での審議を経て、農林水産省の農薬登録を3月26日に取得しました。

本研究成果は、植物が有する害虫に対する防御力を高め、害虫を殺すのではなく、守るべき植物から忌避させることで、被害を抑えることを可能とする害虫忌避剤を開発したことです。これにより、従来の殺虫剤依存から脱却するとともに、持続的な農業生産に向け、生産者および消費者にとって安心度の高い新たな害虫管理に貢献すると期待できます。

現在、農業生産において、害虫の殺虫剤抵抗性の問題が顕在化しています。特にアザミウマ類は難防除害虫の代表的な存在として世界的に猛威をふるっています。今回、共同研究グループは、植物成長調節剤として実用化されているジャスモン酸類縁体「プロヒドロジャスモン(PDJ)[2]」により、植物の害虫に対する防御力を高め、アザミウマ類を忌避できることを新たに示しました。そして、トマトおよびミニトマトを対象とした圃場での実証試験を経て、新たな害虫忌避剤を開発し、このたび登録認可を取得しました。

新たな害虫忌避剤によるアザミウマ類防除の図

新たな害虫忌避剤によるアザミウマ類防除

背景

近年、農作物の生産現場では、害虫の殺虫剤抵抗性獲得による被害が深刻な問題となっています。特に、難防除害虫として国内外で猛威をふるうアザミウマ類は、殺虫剤抵抗性を高度に発達させており、その防除は困難を極めています(写真1)。アザミウマ類は寄主範囲が広く、その被害はアブラナ科、ナス科、ウリ科、キク科など多くの農作物野菜に加え、花き類にまで及びます。さらに、アザミウマは、植物ウイルスの媒介虫でもあることから、農作物にトマト黄化壊疽(えそ)ウイルス、キク茎壊疽ウイルス、アイリスイエロースポットウイルスなどのウイルス病を引き起こし、虫害とウイルス病害による多重被害を発生させています(写真2)。またアザミウマ類の体長はわずか1~2mm程度であるため、植物工場などの大型施設園芸への侵入を防ぐことは容易ではなく、ひとたび大型施設園芸などに侵入すると壊滅的な被害に至る場合があります。

アザミウマ類の写真

写真1 アザミウマ類(広島県立総合技術研究所 提供)

元素周期表の写真

写真2 アザミウマ類が媒介する壊疽(えそ)ウイルス被害(トマト)
(広島県立総合技術研究所 提供)

植物が生存していく上で、様々な害虫や病原菌に対して、自らの身を守るためには、植物の防御機構が必要不可欠です。植物防御には複数の植物ホルモン[3]が関わっていることが明らかとなっていますが、その中でものジャスモン酸[3]とサリチル酸[3]は最も重要であり、傷を伴う虫害に対してはジャスモン酸が、感染を伴う病害に対しては主にサリチル酸がそれぞれ働き、植物の身を守っています。共同研究グループはこれまでに、モデル植物シロイヌナズナを用いた基礎研究において、植物体内でジャスモン酸の働きが高まるとアザミウマ類を忌避し、一方、サリチル酸の働きが高まると誘引することを明らかにしてきました注1-3)。この研究シーズを進化発展させ、栽培圃場で活用できる生産体系を構築することができれば、安定的なアザミウマ類防除が可能となります。そこで今回、共同研究グループは、アザミウマ類を対象とし、既に植物成長調節剤として実用化されているジャスモン酸類縁化合物である「プロヒドロジャスモン(PDJ)」をアザミウマ類忌避剤として適用拡大し、農薬として実用化することを目指しました。

そして、産官に地方公設試を加えて共同研究グループを構成し、植物の防御力を高め、アザミウマ類を殺虫するのではなく、行動を制御することで革新的な防除体系の確立を可能にすべく、新たな忌避剤の開発に取り組みました。

注1)Abe et al. “Antagonistic plant defense system regulated by phytohormones assists interactions among vector insect, thrips, and a tospovirus” Plant and Cell Physiology 53(1):204-212,2012 DOI:10.1093/pcp/pcr173

注2)安部ほか「ジャスモン酸機能制御剤プロヒドロジャスモンの制虫剤としての開発研究」Regulation of plant growth & development 55(1), 17-22, 2020

注3)Matsuura et al. “Suppressive effect of prohydrojasmon on western flower thrips Frankliniella occidentalis (Pergande) (Thysanoptera: Thripidae) on greenhouse tomato plants” International Journal of Pest Management 2020 DOI: 10.1080/09670874.2020.1817620

研究手法と成果

新たな忌避剤の開発に向け、共同研究グループは圃場におけるPDJのアザミウマ類忌避効果について実証試験を2014年から開始しました。最終的には8例の圃場実証試験(試験的な実証試験も含めると10数例)、2例の薬害試験を経て、2017年に忌避剤の開発に至りました。また、2カ年にわたる作物残留性試験データも加えることで、同年6月、トマトを対象としたアザミウマ類忌避効果を有するPDJとして農林水産消費安全技術センター(FAMIC)へ登録申請し、このたび認可を取得しました。開発した忌避剤は、定植前後にPDJを散布し、植物防御を高めることにより、トマトからアザミウマ類を忌避させることが可能となります。そして、その防除効果は既存の殺虫剤と同等であることが期待されます。殺虫剤の場合、散布後、一定期間の食害を被ったのちに、アザミウマ類に対する殺虫効果が認められることから、アザミウマ類によるウイルス媒介を防ぐことは困難だと考えられています。一方、今回開発した忌避剤は、散布した植物からアザミウマ類を忌避することで、食害を防ぎ、ウイルス媒介性をも半減するさせることも期待できます(図1)。

対象野菜での施設圃場試験の図

図1 対象野菜での施設圃場試験

500倍希釈PDJ溶液をアザミウマ放飼前に2回、放飼後に3回散布し、8株あたりのアザミウマ頭数を比較した。

今後の期待

過去にアザミウマ類に対しても卓効を示す農薬としてネオニコチノイド系の殺虫剤が市場に登場しました。しかし結果的に、わずか数年で抵抗性を獲得したアザミウマ個体が出現しました。アザミウマ類に対する防除対策が無くなってしまった生産現場は困窮しており、今後、殺虫剤だけに頼ることのない総合的な防除体系を確立していくことが重要です。これまで生産現場で繰り返されてきた新規殺虫剤の投入とその薬剤抵抗性害虫の発生という輪廻にくさびを打ち込むには、化学薬品に対する抵抗性の発達とは無縁である虫の「好き嫌い」といった本能に基づく行動を制御することが非常に効果的であると考えられます。

共同研究グループは、PDJにより、植物が本来有する防御力を高めることで、植物から害虫を忌避することを可能としました。害虫の特定の分子のみに作用する殺虫剤とは異なり、PDJにより植物に付与されるアザミウマ忌避性には、さまざまな植物代謝物が関わっているだけでなく、またその忌避作用にも多面的な効果が関わっていると考えられます。そのため、容易に抵抗性が獲得されるとは考えにくく、持続的な害虫防除が可能となります。また、殺虫ではないことから、天敵などの捕食者との併用も容易となります。今回の開発した忌避剤はこうした効果をもたらすとともに、「殺虫から制虫への転換」も可能とすることから、安全・安心を求める生産者や消費者ニーズにも答えやすく、今後の新たな害虫防除へ道を拓いた成果と言えます。

また今回の研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[4]のうち「2.飢餓をゼロに」と「15.陸の豊かさも守ろう」に大きく貢献すると期待できます。

農薬登録情報
作物名適用病害虫名希釈倍率使用液量使用時期使用回数使用方法
トマト
ミニトマト
アザミウマ類500倍100~300
(L/10アール)
収穫前日まで5回以内散布
補足説明

1.アザミウマ
体長1~2ミリ程度の微小害虫。寄主範囲が広く、アブラナ科、ナス科、ウリ科、キク科など多くの農作物野菜に加え、花き類にまで被害が及ぶ。植物ウイルスの媒介虫でもあることから、農作物に多重被害を発生させている。またオスがいなくても、単為生殖によってメスだけで個体群を増やすことができるため、たったメス一頭の侵入が大きなリスクとなる。

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