患者脳の微細構造解析でパーキンソン病の新たな疾患概念を提唱

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パーキンソン病は、難病アミロイドーシスの一種だった!?

2019-08-20 大阪大学,日本医療研究開発機構

研究成果のポイント
  • パーキンソン病 ※1患者の脳の病理解剖によって、タンパク質異常凝集体であるレビー小体 ※2がアミロイド線維 ※3と呼ばれる特徴的な構造を持つタンパク質の線維を含んでいることを初めて確認
  • 大型放射光施設SPring-8との共同研究により、脳切片内の凝集体の微細構造解析を実現
  • パーキンソン病の診断法や治療法の開発への応用に期待
概要

大阪大学大学院医学系研究科の荒木克哉特任研究員(市立豊中病院神経内科医員を兼任)と望月秀樹教授(神経内科学)らのグループは、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の八木直人特別研究員らとの大型放射光施設SPring-8※4における共同研究で、マイクロビームX線回折※5という手法を用いて、パーキンソン病患者の脳内に実在するタンパク質異常凝集体であるレビー小体に対する直接的な微細構造解析を行いました。その結果、レビー小体がアミロイド線維を含有していることを世界で初めて証明しました。

近年、レビー小体の主成分でパーキンソン病の原因タンパク質であるαシヌクレイン※6から人工的に作製されたアミロイド線維の断片が脳内を伝播することが動物実験で確認されていました。しかし、実際の患者の脳に存在するレビー小体に対する直接的な微細構造解析は技術的に困難であり、パーキンソン病患者の脳内のレビー小体にアミロイド線維が存在するという十分な証拠はありませんでした。そこで、同研究グループはマイクロビームX線回折という手法を用いて、特徴的な構造を持つアミロイド線維が実際の患者の脳内に存在することを世界で初めて確認しました(図)。

患者脳の微細構造解析でパーキンソン病の新たな疾患概念を提唱

この異常なアミロイド線維の凝集を抑制することでパーキンソン病の発症や進行を遅らせるという根本的な治療法の開発がすでに進められており、今回の研究はそのような治療法の妥当性を支持する成果であり、同研究が治療法の開発をさらに加速することが期待されます。また、本成果はパーキンソン病が全身にアミロイド線維が沈着することによりさまざまな症状を呈する難病のアミロイドーシス※7の一種であるという新たな疾患概念を提唱するための重要な根拠となります。さらに、今回構築された測定システムは、非常に難しいとされる脳内の数μm程度の凝集体に対する直接的な微細構造解析を可能としていることから、神経変性疾患のみならず、癌や膠原病といった多くの疾患にも応用可能です。

本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に、8月20日(火)午前4時(日本時間)に公開されます。

研究の背景

パーキンソン病はアルツハイマー病に次いで2番目に多い進行性の神経変性疾患であり、進行を抑制する根本的な治療は存在しません。近年、パーキンソン病の原因タンパク質であるαシヌクレインから人工的に作製したアミロイド線維の断片がマウスなどの実験動物の脳内で増殖、伝播することが注目されており、この増殖や伝播を抑制することでパーキンソン病の発症や進行を抑制するという治療法の開発が世界中で盛んに行われています。しかしながら、そのような現象が患者の脳内で起こっているという十分な証拠はありませんでした。一方で、全身にアミロイド線維が沈着することで発症するアミロイドーシスという疾患が古くから知られており、一般に患者から採取した組織において、アミロイドを染色するコンゴレッドという色素で染色される細胞外凝集体が見出されることで診断がなされます。また、アミロイドーシスはパーキンソン病と同様に進行性の難病とされてきましたが、最近になって、一部のアミロイドーシスにおいてアミロイド線維の凝集を抑制することにより症状の進行を抑制するという治療が日本でも保険適用となり、治療が行われています。

かなり前からパーキンソン病患者の脳内に特徴的なタンパク質異常凝集体であるレビー小体が形成されることはわかっていましたが、レビー小体は「コンゴレッド染色で染まらない」かつ「細胞内」の凝集体であることから、アミロイドーシスではないというのが一般的な見解とされていました。これまでの見解と動物における実験結果とが矛盾しており、同研究グループはこの矛盾の核心に迫ることが重要であると考えました。

そこで、同研究グループはSPring-8のBL40XUにおけるマイクロビームX線回折という手法を用いることで、パーキンソン病患者の脳切片に実在するレビー小体の微細構造を直接的に解析して、レビー小体がアミロイド線維を含有しているかどうかを調べました。

今回の成果

これまでパーキンソン病患者の脳内に存在する直径10μm程度のレビー小体の構造について、電子顕微鏡などを用いて直接的に解析することは技術的に困難でした。そこで、同研究グループはSPring-8の放射光から、より細くて強いX線マイクロビームを作成し、さらに高解像度の顕微鏡を用いた測定システムを構築しました。このシステムにより、患者脳内に実在するレビー小体に直接X線マイクロビームを照射して構造解析を行うことに成功し、X線回折という手法を用いて、レビー小体がアミロイド線維を含有していることを世界で初めて確認しました。

この成果は前述の矛盾点を解消する重要な成果であり、細胞「外」沈着物というアミロイドーシス診断における古典的な概念にとらわれず、細胞「内」沈着物ではあるもののアミロイド線維を含有するレビー小体が形成されるパーキンソン病は、アミロイドーシスの一種であるという新たな概念を提唱する根拠となる画期的な成果と考えられます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、一部のアミロイドーシスで実用化されているアミロイド線維の凝集抑制治療がパーキンソン病においても応用できる可能性を示した重要な成果であり、本成果により現在盛んに行われているパーキンソン病に対する凝集抑制治療の開発がさらに加速することが期待されます。また、本成果はパーキンソン病が脳だけの病気ではなく、アミロイドーシスと同じく全身性の病気であるという概念を支持する根拠となる画期的な成果であると考えられます。

また本研究で構築された測定システムは、非常に難しいとされる脳内の数μm程度の凝集体に対する直接的な微細構造解析を可能としていることから、神経変性疾患のみならず、癌や膠原病といった多くの疾患にも応用可能であり、次世代の病理学的研究ツールとして発展することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2019年8月20日(火)午前4時(日本時間)に米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(オンライン)に掲載されます。

タイトル:
“Parkinson’s disease is a type of amyloidosis featuring accumulation of amyloid fibrils of α-synuclein.”
著者名:
Araki K, Yagi N, Aoyama K, Choong C, Hayakawa H, Fujimura H, Nagai Y, GotoY, Mochizuki H.

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業、文部科学省(MEXT)科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構(AMED)医療分野研究成果展開事業先端計測分析技術・機器開発プログラムおよび革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクトの一環として行われ、大阪大学 大学院生命機能研究科 難波啓一教授の協力を得て行われました。

用語説明
※1 パーキンソン病
振戦(ふるえ)、動作緩慢、筋強剛(筋固縮)、姿勢保持障害(転びやすいこと)を主な運動症状とする進行性の神経変性疾患であり、発症は50~65歳に多く、60歳以上における有病率は100人に約1人とされ、決して稀な疾患ではない。近年、便秘、嗅覚障害、レム睡眠行動異常といった全身性の非運動症状も呈することがわかっている。
※2 レビー小体
パーキンソン病の患者に見られる特徴的なタンパク質凝集体のことであり、その主成分はαシヌクレインというタンパク質であることがわかっており、人工的に作成したαシヌクレインのアミロイド線維の断片が脳内を伝播することが動物実験で確かめられている。また、これまでの研究から、病状の進行とともにレビー小体が増殖していくことが示唆されている。
※3 アミロイド線維
生物物理学的な定義では、アミロイド線維とはクロスβ構造という特徴的な構造をもった不溶性のタンパク質の線維である。クロスβ構造とはアミロイド線維に特徴的な繰り返し構造であり、タンパク質の種類によらずアミロイド線維に共通する特徴的な構造とされている。1935年にAstburyらにより初めて報告されたタンパク質の基本構造の一つで、その基本単位は線維軸に対して垂直に積み重なったβストランドが形成するβシートの層から成っている。アミロイド線維にX線を照射すると、各βストランド間の距離に対応する4.7Åの反射と隣り合ったβシート間の距離に対応する約10Åの反射を示すため、これらを用いてその存在を確認できる。
一方、病理学的なアミロイドの定義は、古典的かつ曖昧であり、実用的にはコンゴレッドで染色される、または電子顕微鏡で特徴的な線維構造を呈する細胞外沈着物とされている。
※4 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
※5 マイクロビームX線回折
X線回折は物質にX線を照射し、反射した光を測定することで、試料の構造解析を行う分析手法である。一般に直径10μm程度のレビー小体の微細構造解析を行うのは不可能であるが、より細くて強いPring-8のX線マイクロビームを用いることでそれが可能となった。
※6 αシヌクレイン
神経細胞内に存在するタンパク質で、その生理的機能はよくわかっていない。パーキンソン病の原因タンパク質の一つである。
※7 アミロイドーシス
タンパク質が異常凝集したアミロイド線維が全身の臓器に沈着することで、心不全、腎不全、下痢、しびれ、立ちくらみなどさまざまな症状を呈する難病である。遺伝によるもののほか、血液疾患や人工透析を原因とするものも知られている。
お問い合わせ先
研究に関すること

望月 秀樹(もちづき ひでき)
大阪大学 大学院医学研究科 神経内科学 教授

報道に関すること

大阪大学医学系研究科 広報室

SPring-8/SACLAに関すること

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
産学連携部医療機器研究課

2004放射線利用
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