金沢市の高校で捉えた放射線バーストで雷発生の瞬間に迫る

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2019-06-26 東京大学,京都大学,理化学研究所,名古屋大学,近畿大学,神戸市立工業高等専門学校,北海道大学,金沢大学,富山大学,静岡県立大学,首都大学東京

和田 有希(物理学専攻 博士課程3年生 / 理化学研究所 研修生)
榎戸 輝揚(京都大学白眉センター 特定准教授 / 理化学研究所 客員研究員)

発表のポイント

  • 2018年1月10日に石川県金沢市の市街地において、雷放電での原子核反応に由来する1秒未満の強烈な「ショートバースト」と呼ばれる現象の放射線観測に成功した。
  • このショートバーストの直前に、1分間にわたって雷雲から到来する放射線である「ロングバースト」も観測した。ロングバーストとショートバーストが引き続いて発生する現象の観測は世界初である。ロングバーストは雷放電の前駆現象として働き、ショートバーストや雷放電そのものの引き金を引いた可能性がある。
  • 研究チームは若手研究者が中心となり、世界的にも珍しい日本海沿岸の冬季雷に着目し、石川県内の高校や企業などと協力して観測網を整備しており、今後も拡大予定である。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科 和田有希 大学院生 / 理化学研究所 研修生、京都大学白眉センター 榎戸輝揚 特定准教授らの共同研究グループは、冬の雷活動によって発生した2種類の放射線バーストを、石川県金沢市の複数の高校で同時観測することに成功し、雷発生の前兆現象となった可能性を示しました。

研究グループは日本海沿岸部で発生する特徴的な冬の雷に注目して、放射線や電波帯での雷観測を行っており、2017年には雷放電によって大気中で原子核反応が起きる現象を解明しています。本研究では2018年1月10日に、石川県金沢市の上空を通過中の雷雲から1分間ほど発せられる微弱な「ロングバースト」(注1)と呼ばれる放射線バーストを観測しました。さらにそのロングバーストを観測している途中に雷放電が発生してロングバーストが消失し、続いて原子核反応(注2)に由来する1秒未満の短く明るい「ショートバースト」(注3)を観測しました。この継続時間の異なる2種類の放射線バーストの関係は未解明でしたが、今回の観測ではロングバーストが消失したと同時に、ショートバーストと雷放電が発生しており、ロングバーストがショートバーストや雷放電そのものの発生を促進した可能性を指摘しました。

本研究は金沢大学附属高等学校・金沢泉丘高等学校をはじめ石川県内の高校、大学、企業、自治体、富山県の自治体の協力で行われ、また日本初の学術系クラウドファンディングサイトacademist (注4)で一般市民から募った研究資金にもサポートされたことから、高校生や一般市民を巻き込んだ研究プロジェクトとなっています。

論文は2019年6月26日 午前2時 (日本時間)、英国Springer Nature社のオープンアクセス誌「 Communications Physics」にオンライン掲載されました。

発表内容

① 背景
雷活動は我々にとって身近な気象現象です。雷から発せられる強烈な光や電波は、半世紀以上にわたって詳細に観測されており、稲妻がどのように発達して落雷に至るのか、などが明らかになってきました。しかし、稲妻が最初に生まれるメカニズム、すなわち「雷発生のきっかけ」はよくわかっておらず、地球物理学における重大な未解明問題の一つとなっています。

この未解明問題に対し、近年では放射線が重要な役割を果たすのではないかという見方が有力となっています。1994年にアメリカ航空宇宙局 (NASA) の天文衛星が、地上で発生した雷放電と同時に地球から宇宙に向かって放出される放射線「地球ガンマ線フラッシュ」(注5)を発見しました。これは雷や雷雲に存在する高い電圧によって、電子を光速近くまで加速することで、X線・ガンマ線といった高いエネルギーの放射線が放出される現象と考えられており、天然の加速器として世界中で注目されています。

日本海沿岸には冬の訪れと共に雷雲が押し寄せ、現地では「雪起こし」「ブリ起こし」などと呼ばれています。この冬季雷は一般的な夏の雷と比べて大きな電流が流れやすい、雷雲が低い高度で発達するといった特徴をもつため、日本海沿岸は世界的にもまれな、雷観測に適した場所となっています。我々は2006年よりGROWTH実験 (Gamma-Ray Observation of Winter Thunderclouds) を立ち上げ、新潟県や石川県において冬季雷に伴う放射線現象の地上観測を推進しています。2007年には雷雲から数分間にわたって放出される微弱な放射線の上昇現象「ロングバースト」の観測に成功し、雷雲の中で電子が光速近くまで加速されていることを示しました。さらに2017年には雷放電と同時に発生した1秒以下の短く強い「ショートバースト」の観測によって、雷放電が大気中で原子核反応を起こすことを解明しました。しかし2つの継続時間の異なる現象「ロングバースト」と「ショートバースト」はどちらも雷活動に起因するものでありながら、お互いがどのような関係にあるのか、さらに雷放電にどのような影響を及ぼすのか、これまでほとんどわかっていませんでした。

② 研究手法と成果
我々はロングバーストやショートバーストを地上で詳細に観測するため、小型・省電力・高性能な放射線測定器の開発を行い、2015年から石川県金沢市を中心に複数地点での放射線の観測網を構築しています。測定器の開発には学術系クラウドファンディングacademistでの資金調達を行い、観測場所の確保には現地の高等学校、大学、自治体、企業にご協力いただいています。また放射線の測定のみならず、富山湾の沿岸部や大分県に設置した電波アンテナを用いて、雷放電そのものの遠隔観測も行っています。

2018年1月10日未明、金沢泉丘高等学校と金沢大学附属高等学校に設置した放射線測定器が、上空を通過中の雷雲から放出されたロングバーストを検出しました (図1)。

金沢市の高校で捉えた放射線バーストで雷発生の瞬間に迫る

図1:金沢市に設置した検出器の上空を通過する雷雲

ロングバーストはスポットライトのごとく放射線で地上を照らしながら、2校の上空を雷雲とともに移動した後、雷放電と同時に突如として消失しました。それと同時にショートバーストが発生し、原子核反応が起きたことを検出しました。

ショートバーストを生じさせた雷放電は、富山湾沿岸部の複数箇所に設置した電波アンテナで詳細に観測され、その結果、ロングバーストが消失した位置でショートバーストが発生したことがわかりました。ロングバーストは雷雲の中でも特に高い電圧がかかっている領域で発生したと考えられ、そこで光速近くまで加速された電子がショートバースト、ひいては雷放電そのものの発生を促進した可能性が指摘されます(図2)。

図2:一連の現象の模式図。雷放電が発生する前に雷雲からロングバーストが発せられ (左)、雷放電によってロングバーストが途絶、同時にショートバーストが発生した (右)。

③ 社会的意義・今後の予定
世界各地で頻発する雷ですが、放電がどのような「きっかけ」で始まるのか、その明確な答えは未だに得られていません。今回の観測ではロングバーストの消失とショートバーストの発生が雷放電の初期フェーズに起きており、ロングバーストが雷放電が始まる「きっかけ」となった可能性が示唆されます。本研究は雷の大きな謎を解明するマイルストーンといえます。

今回の一連の現象は石川県金沢市の市街地で発生しており、雷の裏の姿ともいうべき放射線バーストが、我々の生活の身近で起きていることがわかりました。しかし観測地点がまだ少ないため、今回の同時観測がまれなのか、頻繁に起きているのか、明らかになっていません。今回の成果を受けて、我々は金沢市周辺での放射線観測網の構築を加速し、ロングバーストおよびショートバーストが発生する仕組みや、「雷発生のきっかけ」の解明に取り組みます。今後はこれまでご協力いただいている機関・会社に加え、金沢市の沿岸から内陸にかけてお住まいの市民サポーターを募集して測定器の設置場所を確保し、より詳細な観測を進める予定です。

本研究の立ち上げ時には、学術系クラウドファンディングacademistで一般市民より募った資金により支援されました。また放射線測定器・電波アンテナの設置には金沢大学附属高等学校、金沢泉丘高等学校、金沢西高等学校、小松高等学校、小松市ひととものづくり科学館、石川メッキ工業株式会社、金沢工業大学、石川県工業試験場、株式会社サカイダフルーツ、富山県魚津市、氷見市、入善町にご協力いただいています。検出器の設置にご協力いただいた高等学校には研究者が出前授業を行い、積極的なアウトリーチ活動を展開しています。

共同研究グループ

本共同研究には中澤知洋 (名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構 准教授)、中村佳敬 (神戸市立工業高等専門学校電気工学科 准教授)、森本健志 (近畿大学理工学部 教授)、佐藤光輝 (北海道大学大学院理学研究院 講師)、米德大輔 (金沢大学理工研究域 教授)、澤野達哉 (同 博士研究員)、酒井英男 (富山大学 名誉教授)、鴨川仁 (静岡県立大学グローバル地域センター 特任准教授)、牛尾知雄 (首都大学東京システムデザイン学部 教授)、牧島一夫 (東京大学 名誉教授 / 東京大学 Kavli IPMU 客員上級科学研究員)、湯浅孝行 (民間企業勤務)、古田禄大 (日本原子力研究開発機構福島研究開発部門 研究員)、土屋晴文 (同原子力科学研究部門 研究副主幹) らが参加しています。

発表雑誌

雑誌名
Communications Physics論文タイトル
Gamma-ray Glow preceding Downward Terrestrial Gamma-ray Flash著者
Yuuki Wada*, Teruaki Enoto, Yoshitaka Nakamura, Yoshihiro Furuta, Takayuki Yuasa, Kazuhiro Nakazawa, Takeshi Morimoto, Mitsuteru Sato, Takahiro Matsumoto, Daisuke Yonetoku, Tatsuya Sawano, Hideo Sakai, Masashi Kamogawa, Tomoo Ushio, Kazuo Makishima, Harufumi Tsuchiya

DOI番号
10.1038/s42005-019-0168-y

論文URL

用語解説
注1 ロングバースト

雷雲から放出され、数十秒から数分ほど観測される放射線のバースト。雷雲の中に存在する強い電圧によって電子を光速近くまで加速し、放射線 (X線・ガンマ線) を放出する現象。世界各地で雷雲直下での地上観測、もしくは飛行機や気球などで雷雲の中に入っての観測が行われている。

注2 原子核反応

子核そのものを変化させる反応。我々の研究グループは2017年に、雷放電と同期する「地球ガンマ線フラッシュ」(注5)が大気中の窒素や酸素の原子核から中性子を剥ぎ取る、「光核反応」と呼ばれる種類の原子核反応が発生することを解明した。

注3 ショートバースト

雷放電と同期して発生する1秒未満の短い放射線バースト。原子核反応(注2)によって叩き出された中性子が、大気中の窒素などの原子核に吸着されたときに放出するガンマ線で構成される。

注4 academist

日本初の学術系クラウドファンデングサイト。我々の研究グループでは2015年に資金調達に挑戦し、153名のサポーターから目標金額を上回る160万円を調達することに成功した。

注5 地球ガンマ線フラッシュ (TGF: terrestrial gamma-ray flash)

NASAのガンマ線天文衛星が1994年に発見した、地球から宇宙へ向かって放出される強力な放射線のフラッシュ。雷放電と同時に発生することが知られている。近年では従来とは逆向きの、雷雲から地上に向かって放出されるものも見つかっている。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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