世界最小のダイヤモンド量子センサーの作成に成功

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細胞や分子のわずかな変化をとらえる超高感度センサーとして期待

2019-05-31 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

• 「量子センサー」は、細胞内のわずかな生命現象の変化をとらえることのできる次世代の超高感度センサーとして注目されている。

• 既存技術で作製できる量子センサーは数十ナノメートルサイズが限界で、細胞小器官や巨大な分子集団の情報を得るにとどまっていた。より小さいタンパク質などの分子の変化を計測するためには、極少サイズの量子センサーが必要。

• 本研究では、ナノメートルの均一なダイヤモンドに電子線照射と化学処理をすることで、世界最小の「量子センサー」を作製する方法を世界で初めて開発した。

• 「量子センサー」を用いて生きた細胞内部の詳細な情報を取得することで、たとえば認知症や老化のメカニズムを解明するなどの生命科学研究への幅広い貢献が期待できる。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)量子生命科学領域の白川昌宏領域研究統括(京都大学教授)、同・次世代量子センサーグループ寺田大紀氏(京都大学大学院工学研究科博士後期課程学生)・五十嵐龍治グループリーダー、および物質量子機能化グループ小野田忍主幹研究員・大島武グループリーダーらは、瀬川拓也ファビアン博士(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)、アレクサンダー・I・シャメス博士(ネゲヴ・ベン=グリオン大学、イスラエル)、大澤映二取締役社長((株)ナノ炭素研究所)および京都大学と共同で、生命現象や細胞内環境を精密計測するための次世代ツールとして期待される、世界最小の5ナノメートルのダイヤモンドで高感度な量子センサーの開発に世界で初めて成功しました。

疾病や細胞の老化・がん化、放射線に対する細胞応答など、生命現象が引き起こす生体内の変化は非常に小さく、その多くは既存の技術ではとらえることができません。その様な現象を正確に理解するためには、細胞や分子のわずかな変化に敏感に応答するセンサーが必要となります。そこで量研量子生命科学領域では、ダイヤモンドを材料とする「量子センサー」に注目し、その開発に取り組んでいます。

ダイヤモンドは炭素の結晶ですが、結晶中に不純物として窒素(Nitrogen)が存在すると、そのとなりに空孔(Vacancy)ができることがあります。この窒素と空孔の中心「NV(Nitrogen-Vacancy)センター」には、周辺環境の変化を極めて敏感に検知して量子状態が変わる特性があり、この特性をセンサー機能として利用することができます。このため、NVセンターを持つダイヤモンドは「量子センサー」と呼ばれ、次世代の超高感度センサーとして注目されています。

実際私たちは、数十ナノメートル程度のダイヤモンドに放射線の一種である「電子線」の照射と高熱処理により作製した量子センサーを、細胞内の構造変化をとらえるセンサーとして使い始めています。更にこの量子センサーを数ナノメートルまで小さくすると、タンパク質などの小さな分子の変化も計測できる様になると考えられてきましたが、従来の技術では作製不可能でした。

そこで本研究では、爆薬の爆発で炭素を圧縮する「爆轟(ばくごう)法」と呼ばれる手法で作製した微小なダイヤモンド(以下、爆轟法ナノダイヤモンド)に「電子線」を照射後、濃硫酸と濃硝酸を混合して熱した溶液(熱混酸)による化学処理を行いました。その結果、爆轟法ナノダイヤモンドの結晶中に「NVセンター」をもつ、5ナノメートルサイズの量子センサー作製に世界で初めて成功しました。

5ナノメートルという大きさは、下村脩博士が発見し2008年にノーベル賞を受賞した「緑色蛍光タンパク質(GFP)」とほぼ同じサイズです。GFPは結合しているタンパク質分子の位置を、蛍光発光を介して知ることができます。このGFPの代わりに5ナノメートルの量子センサーを使うと、位置だけではなく、タンパク質分子周辺の様々な情報(磁場、電場、温度など)を詳細に知ることができるようになります。これにより、たとえば異常型タンパク質がもたらす認知症の研究や、変性タンパク質による細胞老化のメカニズムの解明など、生命科学研究への幅広い寄与が期待できます。また、5ナノメートルサイズの量子センサーで創薬標的分子の計測などが可能となれば、新たな薬剤の発見・開発にも役立ち、医薬への応用も考えられます。

本研究は、MEXT/JSPS科研費JP26119001、JP26119004、JP15K21711および新学術領域研究の国際活動支援、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業「幹細胞における多分化能性維持の分子機構とエピゲノム構造の三次元的解析」(JP16gm0510004)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「コンポジット量子センサーの創成 -1細胞から1個体まで」(JPMJPR18G1)および「ナノダイヤモンドによる三次元構造動態イメージング技術の創成」(JPMJPR14F1) 、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)、内閣府 官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)などの支援を受けて実施されたもので、当該分野においてインパクトの大きい論文が数多く発表されている米国化学会発行の「ACS Nano」のオンライン版に2019年5月30日(木)に掲載予定です。

背景と目的

これまでGFPなど、生きている細胞内の分子(タンパク質やDNAなど)を観察できる様々な蛍光プローブが開発されたことで、生命科学は大きな進歩を遂げました。ところが、蛍光プローブは分子の「位置」を特定できますが、その位置で何が起こっているのかを詳細に知ることは困難でした。もし蛍光プローブで温度や電場などを測ることができるようになれば、そこで「何が起こっているのか」を正確に理解できるようになり、生命科学は更に大きく進展するはずです。最近になって、「計測も行える蛍光プローブ」としてダイヤモンドを材料とする「量子センサー」が注目されています(図1)。

一般的な蛍光プローブと量子センサーの違い

図1:一般的な蛍光プローブと量子センサーの違い。タンパク質やDNAなどの生体分子を標識することで、細胞内における分子の位置を知ることができる。量子センサーはそれに加えて、その位置周辺の温度や電場、磁場など、様々な情報を得ることもできる。

ダイヤモンドの結晶中に含まれるNVセンターは、光を当てると非常に明るく蛍光発光し(図2)、またセンサーとしても優れた特性を持っています(図3)。その特性をもたらすのは、NVセンターの持つ「電子」です。

通常のダイヤモンドとNVセンターを持つダイヤモンドの構造の違い

図2:通常のダイヤモンドとNVセンターを持つダイヤモンドの構造の違いと緑色レーザー光に対する発光特性の違い(左図)、およびその実際の写真(右図)。NVセンターのない部分はレーザーの散乱で緑色に見えるが、NVセンターがある部分は赤色に光る。

電子は「スピン」という量子的な性質を持っています。スピンは、音叉がある周波数の音で共鳴するのと同じ様に、ある周波数のマイクロ波を当てると共鳴するという特徴があります(図3上段)。そしてNVセンターにおける電子のスピンの場合、この「共鳴周波数」が温度や磁場、電場など様々な要因で変化します(図3下段)。これは逆に言えば、スピンの共鳴周波数を計測すればNVセンター周辺の温度や磁場、電場がわかる、つまり「ダイヤモンドがセンサーになる」ということを意味します。

NVセンターのセンサーとしての特性とNVセンターの共鳴現象

図3:NVセンターのセンサーとしての特性とNVセンターの共鳴現象。音叉が特定の周波数の音波で共鳴を起こすように、NVセンターも特定周波数のマイクロ波で共鳴を起こす(上段)。

私たちはこれまで、ダイヤモンドを材料とした量子センサーの研究開発を進めてきました。そして、数十ナノメートルのダイヤモンド結晶(ナノダイヤモンド)を使って様々な細胞内の細胞小器官などを標識し、例えばミトコンドリアの温度を計測することなどにも成功しています1。また近年では世界中の研究者が、更に小さいタンパク質分子やDNAにまで量子センサーの計測対象を広げるため(図4)、それらの分子の大きさに匹敵する数ナノメートルサイズのナノダイヤモンドにNVセンターを作る研究に取り組んできました。しかし、この様な試みが成功したという報告は今までありませんでした。

量子センサーの大きさと細胞内の計測対象

図4:量子センサーの大きさと細胞内の計測対象。細胞内の分子を計測するためには数十ナノメートルのセンサーでは大きすぎるため、分子サイズ(数ナノメートル)の量子センサーを作る必要がある。

そこで私たちは、TNT/RDXという爆薬の爆発を利用して作る「爆轟法ナノダイヤモンド」に注目しました。この方法で作ったナノダイヤモンドは、約5ナノメートルの均一な粒子径を持つことが古くから知られています。私たちのグループは爆轟法ナノダイヤモンド中に自然に形成されたNVセンターを使い、温度などが計測できることをこれまでの研究で既に確認しています2。しかし、爆轟法ナノダイヤモンドの結晶中に自然にNVセンターが形成される確率は非常に低く、この方法で作ったダイヤモンドは量子センサーとして利用することができません。そのため、結晶中にNVセンターを高い確率で形成する手法の開発が必要です。更に、爆轟法ナノダイヤモンドは凝集体を形成しやすく、その大きさはナノサイズより3桁も大きいマイクロメートルサイズにも及びます。

今回の研究で私たちは、爆轟法ナノダイヤモンドに放射線の一種である電子線を照射し、さらに濃硫酸と濃硝酸を混合して熱した溶液(熱混酸)で処理をすることで、NVセンターを有する5ナノメートルサイズの均一なナノダイヤモンドを作製することに成功しました(図5)。これにより、爆轟法ナノダイヤモンドを量子センサーとして利用する上での2つの大きな問題が解決されました。

爆轟法ナノダイヤモンドから5ナノメートル量子センサーを作製する手順

図5:爆轟法ナノダイヤモンドから5ナノメートル量子センサーを作製する手順。

研究の手法と成果

まず爆轟法ナノダイヤモンドに対して電子線を照射し、結晶中にどのくらいのNVセンターができたかをESRという方法(マイクロ波を用いる一般的なスピン計測法)により測定しました。その結果、電子線の照射量を多くするほど、高い確率でNVセンターが形成されることがわかりました(図6上段)。また、NVセンターを形成する際には、電子線照射後に800 ℃の加熱処理が必要であるというのがこれまでの常識でした。しかし驚くべきことに、爆轟法ナノダイヤモンドは800℃の加熱処理をしなくとも、電子線照射のみでNVセンターが形成されることが今回の研究で明らかになりました。

しかし、爆轟法ナノダイヤモンドは、電子線照射過程で1000ナノメートル程度の大きな凝集体を形成してしまいます。この凝集体は超音波などを使った一般的な破砕方法では、5ナノメートルに戻すことができませんでした。しかし、混酸(濃硫酸:濃硝酸=3:1の混合溶液)中で125℃に加熱(熱混酸処理)することで、マイクロメートルサイズの凝集体を5ナノメートルのナノダイヤモンドに容易に戻せることを明らかにしました(図6下段)。

1000ナノメートル程度に凝集したナノダイヤモンドが熱混酸処理で約5ナノメートルの単一サイズのナノダイヤモンドに分散したことがわかる

図6:電子線照射による爆轟法ナノダイヤモンド中のNVセンター量の増加(上段)。またこのグラフからは、高温熱処理(800℃)が不要であることもわかる。熱混酸処理によるナノダイヤモンド凝集体の再分散(下段)。1000ナノメートル程度に凝集したナノダイヤモンドが熱混酸処理で約5ナノメートルの単一サイズのナノダイヤモンドに分散したことがわかる。

また、得られたナノダイヤモンドのNVセンターに、緑色(波長532ナノメートル)のレーザー光を照射すると、赤色の光が放出され、顕微鏡でその姿を見ることができました(図7左)。また、「光検出磁気共鳴法」と呼ばれる方法(蛍光を使ってスピンが共鳴する周波数の計測法)を使って、このNVセンターの共鳴周波数(2870メガヘルツ=1秒間に約28.7億回の振動)を計測することにも成功しました(図7右)。共鳴周波数を測ればNVセンター周辺の温度や磁場、電場など様々な物理量の計測が可能になるので(図3参照)、5ナノメートルのナノダイヤモンドが間違いなく、量子センサーとしての特性を有することも明らかになりました。

赤く蛍光発光する5ナノメートルのナノダイヤモンド

図7:赤く蛍光発光する5ナノメートルのナノダイヤモンド。電子増倍型CCDカメラ(超高感度のCCDカメラ)で撮影(左図)。NVセンターの共鳴周波数の測定(右図)。共鳴を起こす周波数のマイクロ波を受けると蛍光が弱くなるというNVセンターの性質を利用して共鳴周波数を測定する(※グラフから、2870メガヘルツのマイクロ波で蛍光が弱くなったことを読み取ることができる)。

以上の結果から、爆轟法ナノダイヤモンドに対して電子線照射と熱混酸処理を行うことで、量子センサーとしての特性である「NVセンター」を持ち、かつ粒子径5ナノメートルの均一なナノダイヤモンドが作製可能であることを本研究で明らかにしました。

今後の展開

量子センサーは他の量子技術と共に、生命科学に大きな変革をもたらす「量子生命科学」の中核技術の一つになっていくと考えられます。量研量子生命科学領域では、NVセンター濃度の高い高感度ダイヤモンド量子センサーや、近赤外光で機能し組織深部の計測が可能な炭化ケイ素量子センサーなど、優れた特性を持つ魅力的な量子センサーの開発に取り組んでいます。本研究で「5ナノメートルサイズの量子センサー」が作成可能となったことで、目的に応じた量子センサーの選択肢は更に広がりました。例を挙げると、タンパク質等の分子を量子センサーで標識し、蛍光での位置観察と同時に様々な計測を一度にできるようになります。これにより、例えば認知症の原因となる異常型タンパク質が神経伝達異常を引き起こす様子を、蛍光画像と電場や磁場の計測の両面からとらえられる様になるかもしれません。また、老化がもたらされるメカニズムの解明にも、オートファジーで除去されない変性タンパク質や不良ミトコンドリアの測定をすることで貢献できると考えられます。更に、5ナノメートルの量子センサーを生きた細胞の中にくまなく配置すれば、あたかも日本列島各地に設置した気象観測装置が情報を集めるかのように、細胞内各所の温度、電場、磁場をはじめさまざまな情報を一度に収集できることも可能になると考えられます。これにより、例えば、正常細胞からがん細胞になる間で起こっている変化をとらえることが可能になれば、発がんプロセスの解明につながる情報が得られるかもしれません。5ナノメートルの量子センサーは、生命科学の進展に幅広く貢献できると期待しています。

用語解説

量子センサー
量子力学の原理に基づいて様々な物理量を計測するための装置、機器、素子などのこと。高感度で磁気計測が行えることから、量子センサーを用いた脳磁図検査の高感度化や装置の小型化などへの応用が期待されている。

創薬標的分子
細胞内の生命現象に関係するタンパク質分子の中で、薬剤によりその分子の機能を抑制することで疾病の原因を取り除く、あるいは進行を止めることのできるもの。創薬ターゲット分子。

緑色蛍光タンパク質(GFP)
オワンクラゲから発見された、青色の光を当てると緑色の光を出すタンパク質。生命科学の研究ツールとして、目的の遺伝子やタンパク質を観察するためによく用いられる。

蛍光プローブ
化学物質の濃度などの様々な情報を、蛍光の変化として示す物質。

共鳴現象・共鳴周波数
音叉は特定の周波数の音波(多くの場合440ヘルツ=音階の「ラ」の音)を受けると、共鳴し振動することで自らも同じ音を発する。この様な現象を「共鳴現象」という。NVセンターの持つ電子スピンも同様に、特定の周波数のマイクロ波を受けると共鳴を起こすことが知られている。この様に、ある物質が共鳴を起こす固有の周波数をその物質の「共鳴周波数」と呼ぶ。

ミトコンドリア
細胞の呼吸によって、生命を維持する活動を行うのに必要なエネルギーを取り出すための細胞小器官。その役割から「細胞のエネルギー工場」とも称される。

オートファジー
タンパク質の分解方法の一つ。オートファジーは、分解されるタンパク質や細胞小器官を二重の膜で隔離してオートファゴソームと呼ばれる膜構造を作り、そこにリソソーム(または液胞)が融合して内容物をまとめて分解するしくみである。大隅良典教授はこの研究で2016年のノーベル医学・生理学賞を受賞した。自食作用とも言われる。

掲載論文情報

Daiki Terada, Takuya F. Segawa, Alexander I. Shames, Shinobu Onoda, Takeshi Ohshima, Eiji Osawa, Ryuji Igarashi, Masahiro Shirakawa

“Monodisperse Five-Nanometer-Sized Detonation Nanodiamonds Enriched in Nitrogen-Vacancy Centers”

ACS Nano (2019)

参考文献

1.  Terada, D., Sotoma, S., Harada, Y., Igarashi, R., & Shirakawa, M. (2018). One-pot synthesis of highly dispersible fluorescent nanodiamonds for bioconjugation. Bioconjugate chemistry, 29(8), 2786-2792.

2.  Sotoma, S., Terada, D., Segawa, T. F., Igarashi, R., Harada, Y., & Shirakawa, M. (2018). Enrichment of ODMR-active nitrogen-vacancy centres in five-nanometre-sized detonation-synthesized nanodiamonds: Nanoprobes for temperature, angle and position. Scientific reports, 8(1), 5463.

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