レーザー照射下の高分子材料をX線位相で観察

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高分子レーザー加工の三次元動的可視化に成功

2019-05-22 東北大学 多元物質科学研究所,高輝度光科学研究センター,科学技術振興機構

ポイント
  • レーザー加工は広く普及している技術ですが、被加工材料の内部でどのような構造的変化が起こっているか、十分に理解されているとは言えません。
  • 軽元素からなる材料(高分子材料など)に有効とされるX線位相CTを高度化し、高分子材料をレーザー加工する際の動的変化(融解、発泡、亀裂生成、灰化など)を三次元的に可視化することに成功しました。
  • 加工のミクロプロセス、加工スピード、あるいは、加工点周辺へのダメージの進展などについて、視覚的かつ定量的な情報をもたらし、当該分野の技術向上に大いに貢献するものと期待されます。

東北大学 多元物質科学研究所の百生 敦 教授(高輝度光科学研究センター 客員主席研究員)らのグループは、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 ERATOの一環として、高分子レーザー加工の様子を三次元的かつ動的に可視化する技術を開発しました。

これは、高分子材料などの軽元素からなる物質に優れた感度を持つX線CT(X線位相CTという)に基づくものであり、大型放射光施設SPring-8注1)を用いることにより、さらに高速三次元撮影を可能とするものです。シンクロトロン放射光による試料への照射ダメージが危惧されましたが、X線位相CTに適したフィルターを施すことで問題を回避し、この開発を成功させました。

一方、非接触で高精度な加工を可能とするレーザー加工が広く普及していますが、その加工性能は、加工表面を見ることによって判断されます。しかし、表面からは見えない材料の中のミクロなスケールにおいてどのような変化が起こっているか、十分に理解されているとは言えません。このような情報を獲得できれば、より高度な加工制御が可能となってくるものと期待されます。

そこで、今回開発した動的X線位相CTを高分子材料のレーザー加工モデルに適用し、動的変化(融解、発泡、亀裂生成、灰化など)を三次元的に可視化することに成功しました。レーザービームのサイズを大きく超える範囲で融解や発泡が進展していく様子が定量的に捉えられました。レーザー加工に関するこれまでにない知見を獲得するツールとして大いに期待されます。

本成果は、2019年5月22日(英国時間)に「Scientific Reports」にてオンライン出版されます。

<開発の背景と経緯>

切らずとも物体内部の構造を立体的に可視化できるX線断層撮影(X線CT)は、医用画像診断機器としてはもとより、工業用の精密検査、あるいは、学術用途のイメージング機器として広く利用されています。目では見えない物質内部を立体的に可視化することができます。可視化の際に付けられるコントラストは、物質がX線を吸収する度合いの大小によって与えられます。ただし、X線吸収は重い元素が高密度に含まれているほど大きくなる性質があるため、軽元素からなる高分子材料や生体の軟部組織に対して十分なコントラストが得られない場合が多くあります。

この弱点を克服することを目的に、X線位相コントラスト技術をX線CTに導入したX線位相CTの開発が行われています。百生教授はこの技術の先駆者であり、現在もその最先端を担う第一人者です。今回の開発は、高分子材料内部を立体的に可視化するだけではなく、その動きまでも捉える立体動画像の取得を目的としました。物質の機能や反応を理解するためには、止まった構造を見るだけでは不十分であり、その変化を可視化することが重要になります。

今回、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 ERATO「百生量子ビーム位相イメージングプロジェクト」における研究の一環として、白色シンクロトロン光注2)を用いたX線位相CTの高速化を実現しました。これを4D位相CTと呼んでいます。強力な白色シンクロトロン光は高分子試料に照射ダメージ(融解、発泡、燃焼など)を与えることが危惧されますが、X線位相CTに適したフィルターを施すことにより、この懸念を払拭しました。

百生教授らは、開発した装置を、高分子材料のレーザー加工をモデルとした実験に適用しました。非接触で高精度な加工を可能とするレーザー加工は広く普及しています。その加工性能は、仕上がった加工表面を見ることによって判断されます。ただし、顕微鏡を使ったとしても、表面からは見えない材料の内部でどのような変化が起こっているかは知ることができません。微細なレーザービームを形成し、材料の局部のみを加工することがレーザー加工の理想ですが、レーザー照射の影響が、レーザービームの大きさより広い範囲で材料内部に広がっていることが懸念されます。今回、高分子材料に赤外レーザーを照射しているところを、4D位相CTを用いてその場観察を行い、この懸念に対する知見を得ることができました。

<開発の内容>

X線位相コントラストは、X線透過格子を用いるTalbot(タルボ)干渉計注3)と呼ばれる方式で生成しました(図1)。X線は物質中を直線的に通り抜けると通常は考えられています。しかし、厳密にはわずかですがその方向が変わっています。これは、プリズムで光が曲げられる(屈折される)のと同じ現象です。ただしX線の場合、曲げられる角度は1万分の1度程度と極めて小さい値に留まります。しかし、Talbot干渉計を用いればこれを検出することができ、そこから位相コントラストが生成されます。

Talbot干渉計は強力な白色シンクロトロン光に対しても機能するという特徴を持っています。それゆえにX線位相CTが1秒以下で撮影でき、これが4D位相CTを可能とします。ただし、SPring-8の白色シンクロトロン光を照射すると、測定したい高分子材料にダメージを与えるという問題がありました。そこで、X線位相CTに適したスペクトルフィルター注4)を白色シンクロトロン光に施し、この懸念を払拭しました。これにより、以下で述べるレーザー加工をモデルとした実験で観察された現象が、真にレーザーによるものであるとの保証が与えられました。具体的にスペクトルフィルターとは、専用に設計された多層膜X線ミラーを用いるもので、Talbot干渉計による位相コントラスト生成に寄与するスペクトル成分のみを取り出す方策です(図1)。

図2にポリプロピレン試料を測定した結果を示します。試料は予め円盤状に成型し、その中心に赤外レーザー(波長1,064ナノメートル、出力50ワット)を35マイクロメートルに集光・照射しました。表示は中央部の縦割り位置のもので、数値はレーザー開始照射後の秒数です。例えば、34.0秒の画像で見られる暗い灰色を示している部分は、材料が融解したところに対応します。X線位相CTの技術で初めて可視化できました。その後、大きな穴が形成されていきました(動画URL:https://youtu.be/hKuLa0oUw78)。
図3は、この結果を三次元表示したものです。

アクリル試料を同様に撮影した結果を図4に示します。この場合は、レーザーと物質との相互作用の違いから、図2とは異なり、レーザー入射表面から発泡が起こっています(動画URL:https://youtu.be/yOFySlhgFYM)。
図5は、試料を透明化し、発泡部位を三次元的に可視化した表示です。

いずれの場合でも、細く絞ったレーザービームよりも広い範囲で高分子材料が変化を受けており、4D位相CTによって初めて可視化できました。レーザー加工ではさまざまな加工対象についてそれぞれのレーザー条件を設定した上で作業が行われます。本実験例を端緒に、さまざまな条件によるレーザー加工のその場観察に適用すれば、今回開発した4D位相CTが当該分野に大いに貢献できるものと期待されます。

<今後の展開>

百生教授らは、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)などの複合材料のレーザー加工をモデルとした実験にも4D位相CTの適用を始めています。また、CWレーザー照射とパルスレーザー照射の違いにより、被加工材料側の変化が異なることも分かっており、系統的な実験も進めています。これを受けて、レーザー加工の専門家との共同研究に発展させたいと考えています。

もちろん、4D位相CTの応用は高分子材料のレーザー加工のその場観察に限りません。さまざまな材料のさまざまな環境下にある動的変化(劣化、破壊、化学反応、相転移、相分離、浸透など)を観察対象にできると考えられるほか、本技術の生体内観察への適用や新規生体適合材料の創成など、生物学的応用も期待され、今後のさらなる展開を計画しています。

<参考図>

レーザー照射下の高分子材料をX線位相で観察
図1 開発した装置の基本構成

白色シンクロトロン光をいったん多層膜ミラーで反射させることにより、下流に設置するTalbot干渉計(G1とG2からなる)に適したバンド幅を持つビームに変換し、かつ、試料ダメージの問題を払拭した。CT計測用の回転台に固定した高分子試料に対し、回転軸に沿って赤外レーザー集光し、試料を照射した。撮影はフレーム数1,000/秒の高速X線カメラで撮影し、所定の画像演算を施すことにより4D位相CT画像を生成した。

図2 ポリプロピレンの撮影結果
図2 ポリプロピレンの撮影結果

円盤状のポリプロピレンの中央に赤外レーザーを照射しているときの4D位相CT撮影結果。表示は中央部の縦割り位置のもの。数値は、レーザー照射後の秒数。例えば、34.0秒の画像で暗い灰色を示している部分は材料が融解したところであり、X線位相CTの技術で初めて可視化できた。

動画URL:https://youtu.be/hKuLa0oUw78

 

図3 ポリプロピレンの撮影結果(図2)の三次元表示
図3 ポリプロピレンの撮影結果(図2)の三次元表示

数値はレーザー照射後の秒数。90度分を透明にして表示。

図4 アクリルの撮影結果
図4 アクリルの撮影結果

表示は図2と同様。図2と異なり、レーザー入射表面から発泡が起こっている。

動画URL:https://youtu.be/yOFySlhgFYM

 

図5 アクリルの撮影結果(図4)における発泡部位の三次元表示
図5 アクリルの撮影結果(図4)における発泡部位の三次元表示

<用語解説>
注1)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注2)白色シンクロトロン光
シンクロトロン放射光施設では、光速近くまで加速した電子を周回させている。その電子の運動が偏向電磁石により曲げられる際に、電磁波としてシンクロトロン放射光が発生し、さまざまな実験に使われている。シンクロトロン放射光にはさまざまな波長成分のX線が含まれている。さまざまな波長を含む可視光が白く見えることになぞらえ、そのようなシンクロトロン放射光を白色シンクロトロン光と呼ぶ。
注3)Talbot(タルボ)干渉計
X線格子(シリコンの基板上に隙間を作りながら細い金線を数マイクロメートル周期で形成したもので、図1のG1とG2)を所定の距離を保って配置したもの。これを試料と画像検出器の間に配置すると、試料によるわずかな屈折を反映してモアレ模様が観察される。モアレ模様を計測・解析することにより、X線位相CTが行われる。
注4)スペクトルフィルター
多くのシンクロトロン放射光実験では、特定の波長のX線のみ(単色X線)を白色シンクロトロン光から選別して使われる。白色シンクロトロン光をそのまま使う実験もあるが、試料へのダメージの問題が伴うことになる。本開発では、白色シンクロトロン光から25キロエレクトロンボルトを中心にバンド幅約10%のスペクトル成分を選別して使った。これは、バンド幅10%でTalbot干渉計が最も効率よく動作することと、試料へのダメージ問題を軽減することを狙ったためである。
<論文情報>
タイトル:“Development of pink-beam 4D phase CT for in-situ observation of polymers under infrared laser irradiation”
DOI:10.1038/s41598-019-43589-6
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

百生 敦(モモセ アツシ)
東北大学 多元物質科学研究所 教授

<JST事業に関すること>

内田 信裕(ウチダ ノブヒロ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部

<報道担当>

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室

科学技術振興機構 広報課

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

 

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