超短パルス軟X線レーザー特有の表面加工メカニズムを解明~ナノスケールの超精密・直接加工が可能に

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2019-11-28 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 軟X線領域の超短パルスレーザー特有の表面加工メカニズムを解明。
  • レーザー加工によるナノスケールの超精密表面造形が可能に。
  • 高集積回路やナノ構造をもつ機能性材料の量産化につながる成果。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長:平野俊夫)量子ビーム科学部門関西光科学研究所のヂン・タンフン主任研究員、石野雅彦主幹研究員、錦野将元グループリーダー、国立大学法人宇都宮大学(学長:石田朋靖)学術院(工学部)の東口武史教授、国立大学法人東京大学(総長:五神真)大学院工学系研究科附属光量子科学研究センターの坂上和之主幹研究員、早稲田大学(総長:田中愛治)理工学術院の鷲尾方一教授、国立大学法人東北大学(総長:大野英男)多元物質科学研究所の羽多野忠助教、国立研究開発法人理化学研究所(理事長:松本紘)放射光科学研究センターの大和田成起研究員(当時)、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)(理事長:雨宮慶幸)の犬伏雄一主幹研究員らの研究グループは、X線自由電子レーザー「SACLA」を用いて超短パルス軟X線レーザーに特有の表面加工メカニズムを解明しました。

現在、ナノメートルスケールの半導体造形技術は複雑な工程からなるリソグラフィプロセスによって実現されています。将来の量産化や低価格化を実現するためには、より単純な直接加工プロセスを用いた精密加工技術による高い量産性と品質の実現が鍵となります。従来用いられている赤外領域(波長:800〜1000 nm程度)に比べて波長の短い極端紫外(EUV)~軟X線領域(波長:10〜200 nm程度)の超短パルスレーザーを用いると、波長と同等の超精密加工が可能になると期待されています。また、パルス幅が数十~数百フェムト秒である超短パルスレーザーを用いることで、加工領域以外への熱的影響を抑制した非熱的加工が実現可能となります。

得られた実験結果を軟X線エネルギーの吸収による原子と電子の振る舞いを組み込んだ理論モデル計算と比較した結果、照射レーザーの波長や照射強度を材料に応じて適切に選択することで、シリコンだけでなくさまざまな材料で熱的影響を抑制した超精密加工が実現できる可能性を明らかにしました。今後、さまざまな材料を用いた超短パルス軟X線レーザーによる加工データの蓄積と検証を積み重ねることで、レーザー加工学理の解明が進み、高集積回路やナノ構造をもつ機能性材料の量産化につながると期待されます。

なお、この成果の詳細はNature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナル “Communications Physics”に2019年11月28日(木)10:00(グリニッジ標準時)にオンライン掲載されます。

本研究の一部は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「光量子科学によるものづくりCPS化拠点(研究代表者・東京大学・石川顕一教授・部門長)・JPMXS0118067246」、「先端ビームによる微細構造物形成過程解明のためのオペランド計測(研究代表者・京都大学・橋田昌樹准教授)・JPMXS0118070187」の助成を受けたものです。

研究の背景

現在、解像度10 nm以下の造形技術はいわゆる低強度、低温造形プロセスを用いたリソグラフィによって実現されています。しかしながら、リソグラフィプロセスではパターンの造形までに露光から現像までに多数の工程が含まれているため、さらなる量産化や低価格化を実現するためには、より単純なプロセスを用いた直接的な精密加工技術が必要とされます。

一般的に光や粒子などのビームを材料に照射して加工した際には、図1に示すように照射ビームと直接相互作用する「第一次相互作用領域」と、その領域からエネルギーが熱的影響として拡散してきた「第二次相互作用領域」が発生します。周辺の第二次相互作用領域では、熱的影響により加工部周辺の変質や開口外縁部の盛り上がり(リム)、そしてひび割れ(クラック)といった熱の影響による意図しない構造が発生し、加工の精度を悪化させます。パルス幅が数十~数百フェムト秒である超短パルスレーザー照射を用いた非熱的な加工1)では、このような不都合な構造を抑制することができ、集光径程度の微細な構造の直接加工が可能となります。赤外~可視光領域では、超短パルスレーザーによる非熱的加工についての研究が精力的に進められ、その加工メカニズムが明らかにされつつあります。一方、赤外線よりも波長の短い光である極端紫外線(EUV)~軟X線領域2)(波長:10〜200 nm程度)の超短パルスレーザーを用いることで、ナノメートルスケールの微細で精密なパターンを半導体等の材料表面に直接加工することが可能になると期待されます。我々の研究グループは、極短パルス軟X線レーザーに対するレーザー加工学理の解明3)を目指し、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser; XFEL)「SACLA」4)を用いた材料表面の非熱的加工メカニズムについての研究を開始しました。

X線エネルギーが吸収されて相互作用する領域の模式図

図1:X線エネルギーが吸収されて相互作用する領域の模式図

研究成果

超短パルス軟X線レーザーを固体物質に照射すると、超短時間(フェムト秒領域)に微小な空間(ナノメートル領域)において材料原子を構成する電子が励起され非平衡状態(Strong Electronic Excitation State; SEES)5)が生じることが予測されています。SEESに起因する材料の表面や内部での構造変化を利用したナノスケールの超精密加工技術への応用展開が期待されていますが、このような超短時間、微小空間において変化する物理現象を直接観測することは非常に困難であり、加工学理の理解は進んでいません。

本研究ではSACLAを用いて、シリコンに対する吸収特性が大きく変わる2つの波長(光子エネルギー)、10.3 nm(120 eV)と13.5 nm(92 eV)の超短パルス軟X線レーザー照射試験を行い、軟X線の吸収の違いによる表面加工形状について、原子間力顕微鏡(AFM)を用いた詳細な解析を行いました。その結果、軟X線の吸収が小さい波長(13.5 nm)を用いた場合、熱的影響による溶融プロセスが顕著となり、図2(a)のように表面形状において中央部の膨張や盛り上がったリム構造形成が見られました。一方、吸収が大きい波長(10.3 nm)を用いた場合では、レーザー照射条件を適切に選択することにより、図2(b)のように数nmスケールの深さ形状を持つ熱的影響が抑制された加工を実現できることがわかりました。

超短パルス軟X線レーザー照射後のシリコン表面の様子

図2:超短パルス軟X線レーザー照射後のシリコン表面の様子(AFMによる測定)

(a)波長13.5nm(92eV)の軟X線レーザー照射による加工痕。(b)波長10.3nm(120eV)の軟X線レーザーの最適照射によるナノスケールの加工痕

軟X線の吸収による原子と電子の振る舞いを組み込んだ理論モデル計算(XTANTコード6))と実験を比較した結果、シリコン表面に加工痕が発生する最小のレーザー照射強度(加工しきい値)が、図3の実線及び点線が示す理論モデルで示す非熱的加工しきい値から熱的加工しきい値までの計算結果とよく一致することを明らかにしました。これらの結果は、加工材料や加工サイズに応じて超短パルス軟X線レーザーの波長や照射強度を適切に選択することで、さまざまな材料に非熱的な超精密加工が実現できる可能性を示しています。

加工しきい値の理論モデル(実線)と実験結果(紫色)との比較

図3:加工しきい値の理論モデル(実線)と実験結果(紫色)との比較

結果のインパクト

本成果で得られた知見は、超短パルス軟X線レーザーによるレーザー加工学理の解明に向けた大きな一歩となります。今後、さまざまな材料を用いた超短パルス軟X線レーザーによる光と物質の相互作用についての加工データの蓄積を進めることで、ナノスケールの精度を持つ直接的なレーザー加工、造形プロセスが実現し、高集積回路やナノ構造をもつ機能性材料等の量産化につながると期待されます。

用語解説

1) 熱的な加工と非熱的な加工

加工部周辺の変質や開口外縁部の盛り上がり(リム)、そしてひび割れ(クラック)といった意図しない不都合な構造は、熱による材料の溶融過程が主体となって発生します。これに対して加工部周辺への熱影響が少ない加工を非熱的加工と称しています。加工部の熱溶融痕やクラックの形成状態の実験的見地や原子や電子の励起-緩和過程を考えるモデルの理論的見地から熱的影響を評価します。

2) 極端紫外(EUV)~軟X線領域

概ね波長が0.1ナノメートルから200ナノメートル(0.1–200 nm) の光を指します。中でも0.1–10nmの領域を軟X線、これより短い光を硬X線と呼ばれます。その中で波長が10–200 nmの領域は極端紫外線(Extreme Ultra-Violet: EUV)と呼ばれます。

3) レーザー加工学理の解明

「レーザー加工」をレーザーと物質との相互作用による基礎過程からその物理機構を解明することでレーザー加工を学理として構築し、サイバー空間(仮想空間)での加工シミュレーションから最適な加工パラメータの予測や最適な加工パラメータによる高精度・低コストなCPSレーザー加工手法の構築を目指しています。

4) X線自由電子レーザー 「SACLA」

SACLA(SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser)は理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で唯一のX線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser : XFEL)施設です。自由電子X線レーザーは、原子からはぎ取られた自由な電子を高エネルギー加速器の中で制御・加速させ、周期的な磁場の運動の中で発生する光を利用したレーザー発振を行います。

5) 非平衡状態(Strong Electronic Excitation State;SEES)

超短時間(フェムト秒領域)のエネルギー吸収によって、材料内部の微小な空間(ナノメートル領域)の電子が励起されます。この時、材料原子(格子)から電子が失われることによって、レーザーが照射された領域は不安定な状態 「非平衡状態」となります。レーザー強度が強い場合、照射領域の電子が一度に大量に失われるため、格子は非常に不安定な状態になっています。

6) 理論モデル:XTANTコード

N.Medvedev博士、Beata Ziaja教授らが開発したX線領域の光の吸収による原子と電子の振る舞いを組み込んだ分子動力学計算コード。X-ray-induced Thermal And Non-thermal Transitionsの略。

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