コーヒー粕で土壌消毒

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2019/01/10 農研機構

ポイント

農研機構はコーヒー粕を利用した新たな土壌消毒技術を開発しました。コーヒー粕と鉄塩1)から製造した殺菌用資材(ポリフェノール鉄錯体)2)を、土壌改良材として使用されている過酸化カルシウム3)と共に土壌に施用することにより、青枯病4)の発病が抑制されることを実験室レベルで確認しました。安全で環境負荷も少ない防除技術としての展開が期待できます。

概要


農研機構は、2012年、コーヒー粕と鉄塩で作った殺菌用資材(ポリフェノール鉄錯体)に過酸化水素(H2O2)5)を作用させるとフェントン反応6)によりヒドロキシルラジカル(・OH)7)が発生し、その強力な酸化力によって殺菌が可能であることを示しました。
今回、この反応を利用することにより、施設トマト栽培において深刻な被害をもたらす土壌伝染病の青枯病に対して強い発病抑制効果があることを実験室レベルで確認しました。土壌中で、効果的にフェントン反応を引き起こすためのH2O2の発生源としては、粉末の過酸化カルシウム(CaO2)が有効であることを明らかにしました。今回開発した土壌消毒法は、廃棄物であるコーヒー粕や土壌改良材として用いられるCaO2を利用するため、環境に優しい新たな土壌病害防除技術としての展開が期待されます。また、未解明であったコーヒー粕を利用したポリフェノール鉄錯体の・OH生成メカニズムについては、コーヒー粕中のコーヒー酸およびクロロゲン酸が、鉄を還元し、キレート化8)することにより生じていることを証明しました。

関連情報

特許第5733781号、特許第6179957号、特許第6202770号

問い合わせ先など
研究推進責任者 : 農研機構野菜花き研究部門 研究部門長 坂田 好輝

研究担当者 : 農研機構野菜花き研究部門 野菜病害虫・機能解析研究領域 森川 クラウジオ 健治

広報担当者 : 農研機構野菜花き研究部門 広報プランナー 望月 寛子

詳細情報

開発の社会的背景と経緯

施設トマトの産地では、土壌中の青枯病菌によって引き起こされる青枯病の発生が問題となっています。本病に罹病すると、株全体が急激にしおれ、収量は激減します。土壌伝染病である青枯病菌に対して有効な薬剤はクロルピクリンのような劇物指定の薬剤等に限られることから、環境に優しく、農家の負担も少ない土壌消毒法の開発が求められていました。
一方、日本ではコーヒー粕が年間60万トンも排出されると推定されており、その有効利用法が求められていました。これまでに農研機構は、茶殻あるいはコーヒー粕と鉄塩を混合・反応させることにより作製するフェントン反応触媒による画期的な殺菌技術を開発し、発表しました(2012年プレスリリース)。しかし、土壌病害の防除への応用や瞬時に分解する・OHの発生機序が解明されていませんでした。
今回、ポリフェノール鉄錯体とCaO2を土壌に施用することにより青枯病が抑制されることを、トマトを用いたポット試験で実証しました。さらに、この殺菌効果がフェントン反応触媒で発生する・OHによることをESR(電子スピン共鳴)スピントラッピング法9)により確認しました。また、コーヒー粕中のコーヒー酸やクロロゲン酸が・OHの発生に関与していることを明らかにしました。

研究の内容・意義

2012年に発表したポリフェノール鉄錯体によるフェントン反応にはH2O2が必要です。今回は新たな着想として、土壌にCaO2を施用することにより土壌水分(H2O)との反応で発生するH2O2の利用を試みました。蒸留水にCaO2とポリフェノール鉄錯体を添加すると、まずCaO2がH2Oと反応しH2O2が発生し、発生したH2O2がポリフェノール鉄錯体とフェントン反応を起こし・OHが発生することをESRスピントラッピング法により証明しました(図1)。また、トマトに青枯病菌を感染させるポット試験では、無処理区では全個体がしおれて枯死したのに対し(図2a)、土壌(1kg)にポリフェノール鉄錯体(2g)とCaO2(2g)を施用した処理区では土壌中の青枯病菌密度が減少し(図3)、青枯病は栽培期間(60日間)中に発病しませんでした(図2b)。土壌においてもポリフェノール鉄錯体とCaO2を施用することにより、土壌水分との反応により生じるH2O2を経たフェントン反応により生じる・OHが強力な殺菌効果を発揮したものと推測されます。
新技術では、廃棄物であるコーヒー粕と鉄塩で付加価値の高い殺菌作用のある資材を製造できます。また、・OHによる殺菌反応は土壌中で進行し、瞬時に電子を奪い安定化するので、有害物質の発生、拡散は無く、作業者に安全で、環境負荷も少ない技術です。

今後の予定・期待

本技術は、青枯病だけではなく他の土壌病害に対しても効果を示すと期待されています。なお、来年度から圃場での実証実験を開始します。現在、本技術の国内での普及に向け、ポリフェノール鉄錯体の低コスト製造技術の開発を進めています。

用語の解説

1)鉄塩
酸の水素イオンを鉄に置き換えた物質の名称です。塩化鉄、硫酸鉄等を示します。

2)ポリフェノール鉄錯体
コーヒー粕などの有機質資材と鉄塩を混合して製造された資材であり、コーヒー酸やクロロゲン酸等のポリフェノール類と結合した二価鉄の状態を維持10)することにより反応性の高いフェントン反応触媒となります。

3)過酸化カルシウム(CaO2)
カルシウム過酸化物の無機化合物であり、農業をはじめ各種産業用に幅広く利用されています。農業用途では、種子コーティングや根腐れの軽減資材(酸素供給材)として幅広く利用されています。

4)青枯病
土壌病害の一つで、土壌中に生残した青枯病の病原細菌(Ralstonia solanacearum)はトマト、ナス、ジャガイモ、バナナ、ショウガの根や茎など土壌と接触する部分から侵入します。感染が進むと急速にしおれて植物が青々としている状態で枯死するため、青枯病の名前がついています。

5)過酸化水素(H2O2)
非常に強力な酸化力を持ち・OHを生成する活性酸素の一種です。活性酸素は酸素分子がより反応性の高い化合物に変化したものの総称です。

6)フェントン反応
H2O2に二価鉄が作用し・OHを発生させ、強力な酸化力を得る反応です。

7)ヒドロキシルラジカル(・OH)
活性酸素の一種であり、反応性が高く、酸化力が強いです。通常の環境下では生成後速やかに消滅します。

8)キレート化
分子が金属イオンと強く結合し、安定な化合物(錯体)を作る反応です。

9)ESRスピントラッピング法
短寿命なラジカル(・OH等)をスピントラップ剤と反応させて安定化し、ESR(電子スピン共鳴装置)により検出する方法です。

10)二価鉄の(状態の)維持
コーヒー粕に含まれるコーヒー酸やクロロゲン酸といった還元性ポリフェノール類が三価鉄を二価鉄に還元し、フェントン反応触媒中の二価鉄を安定化させています。

発表論文

論文タイトル: Generation of hydroxyl radicals by Fe-polyphenol-activated CaO2 as a potential treatment for soil-borne diseases
雑誌名: Scientific Reports
著者: Cláudio Kendi Morikawa
所属: 農研機構野菜花き研究部門
DOI番号: 10.1038/s41598-018-28078-6

参考図


図1 ESRスピントラッピング法による・OHの発生の証明
矢印は・OHが存在した場合のみに生じる特徴的なスペクトルを示します。


図2 ポリフェノール鉄錯体とCaO2の施用による青枯病菌の発病抑制効果
(a)無処理区、(b)処理区(施用後2カ月経過)


図3 ポリフェノール鉄錯体とCaO2の施用による土壌消毒効果
同じアルファベット間は有意差のないことを示します。

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