エタノールがトマトの高温耐性を高めることを発見~農作物を高温ストレスに強くする技術の開発に貢献~

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2024-02-19 理化学研究所,筑波大学

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チームの関 原明 チームリーダー、戸高 大輔 研究員、筑波大学 生命環境系の草野 都 教授らの共同研究グループは、トマトへのエタノールの投与により、高温ストレス耐性が強化されることを発見しました。

本研究成果は、農作物の高温耐性を強化する技術の開発に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、トマトの幼植物体に、安価で入手しやすいエタノールを投与した後、高温ストレス環境下に置きました。その結果、高温ストレス後の生存率が向上することおよび高温ストレスによる果実の生育ダメージが低減することを見いだしました。遺伝子発現や代謝産物の量的変化を網羅的に解析したところ、エタノールの投与によって、1)LEAと呼ばれるストレス応答性遺伝子の発現量が増加すること、2)グルコースやフルクトースなどの糖類が蓄積すること、3)増加すると生体にとって有害である活性酸素種の除去に関わる遺伝子の発現量が増加することが明らかになりました。これらの作用機序により高温ストレス耐性が向上する可能性が示唆されました。

本研究は、科学雑誌『Frontiers in Plant Science』オンライン版(2月19日付:日本時間2月19日)に掲載されました。

エタノール投与の有無による高温環境下でのトマトの生育状況の違いの図
エタノール投与の有無による高温環境下でのトマトの生育状況の違い

背景

地球温暖化などの気候変動により、熱波などの異常気象の発生が増加しています。厳しい高温条件は植物にとってストレス要因であり、作物がダメージを受けて収量が低下します。また、2050年までに世界の人口は100億人に達すると予想され、食糧不足が懸念されています。これらの課題を解決する有効な手段の一つとして、高温などの環境ストレスに強い植物(環境ストレス耐性植物)を創出する技術を開発し、作物に応用することが挙げられます。

関チームリーダーらはこれまでに、安価で入手しやすいエタノールの投与によって、植物の塩ストレスや乾燥ストレスなどのさまざまな環境ストレス耐性が強化されることを報告しました注1-5)。本研究では、トマトを用いてエタノール投与による高温ストレス耐性の変化を調べました。

注1)2017年7月3日JSTプレスリリース「エタノールが植物の耐塩性を高めることを発見新規タブで開きます
注2)Sako, K., Nagashima, R., Tamoi, M. and Seki, M. (2021) Exogenous ethanol treatment alleviates oxidative damage of Arabidopsis thaliana under conditions of high light stress. Plant Biotechnol. 38: 339-344.
注3)2022年6月22日プレスリリース「エタノールが植物の高温耐性を高めることを発見
注4)2022年8月25日プレスリリース「エタノールが植物の乾燥耐性を高めることを発見
注5)Vu, A.T., Utsumi, Y., Utsumi, C., Tanaka, M., Takahashi, S., Todaka, D., Kanno, Y., Seo, M., Ando, E., Sako, K., Bashir, K., Kinoshita, T., Pham, X.H. and Seki, M. (2022) Ethanol treatment enhances drought stress avoidance in cassava (Manihot esculenta Crantz). Plant Mol. Biol. 110:269-285.

研究手法と成果

共同研究グループは、ポットに植えられたトマトの実験用モデル品種であるマイクロトムを、20ミリモーラー(mM、M(モーラー)はmol/L(モル毎リットル)で、1mM=1mol/m3、0.12%)のエタノール水溶液が入ったトレーに3日間置くことでエタノール投与をしたところ、50℃の環境下に4時間置いた場合の生存率が上昇する、すなわち高温ストレス耐性が向上することを発見しました(図1A)。また、同様にエタノール投与を行った後、50℃の環境下に2.5時間置いたところ、果実の生育において高温ストレスによるダメージの低減が見られました(図1B)。

エタノールによる高温ストレス耐性強化の図
図1 エタノールによる高温ストレス耐性強化
20個体程度に2L前後のエタノール溶液を投与した。その際、ポットがつかっている溶液の高さは1cmから数cm程度であった。

(A)トマトへのエタノール投与により、高温ストレスにさらされても生き延びる個体が増えた。
(B)トマトへのエタノール投与により、高温ストレス後の果実の生育が良好になった。


次に、エタノールによる高温ストレス耐性強化のメカニズムを明らかにするため、遺伝子発現や代謝産物の量的変化をトランスクリプトーム解析[1]やメタボローム解析[2]により網羅的に調べました。その結果、エタノールの投与によって、ストレス応答性遺伝子LEAの発現量が増加することを見いだしました。LEAタンパク質は、液-液相分離[3]によるコンデンセート[4]の形成制御に関わっていることから、エタノール投与された植物の細胞内において、高温ストレス耐性に有利なコンデンセートが形成されている可能性が示唆されました。また、活性酸素種[5]の除去に関わる酵素をコードする遺伝子の発現量も増加することが明らかになりました。活性酸素種は大量に蓄積すると生体内で悪影響を及ぼすことから、除去に関わる酵素の増加は活性酸素種の影響を減らすことでストレス耐性の向上に寄与することが予想されます。一方、グルコースやフルクトースなどの糖類が蓄積することも明らかになりました(図2)。共同研究グループの最近の研究により、エタノール投与されたシロイヌナズナでは、糖新生[6]が活性化されて取り込まれたエタノールが糖に変換され、植物成長の促進に役立っていることが示されています。トマトにおいても同様に糖新生が活性化している可能性が示唆されました。これらの複合的な作用機序によって、エタノールを投与したトマトでは高温ストレス耐性が向上していると考えられます(図3)。

エタノールの事前投与による糖の蓄積の図
図2 エタノールの事前投与による糖の蓄積
(A)サンプリングを行ったサンプルの名前の説明。黄色の星印でサンプリングを行った。エタノール投与は図1と同様に行った。
(B)グルコース、グルコース-6-リン酸、フルクトース、フルクトース-6-リン酸のメタボローム解析の結果のヒートマップ。例えば、E3d(エタノール水溶液が入ったトレーにポットを3日置いたケース)vs W3d(水(エタノール無)の入ったトレーにポットを3日置いたケース)はサンプルの比較の種類を表し、W3dに対してE3dがどれぐらい変化したのかを算出した数値を示す(数値をlogスケールで色の濃さで表した)。

トマトにおけるエタノール投与による高温ストレス耐性強化のメカニズムの図
図3 トマトにおけるエタノール投与による高温ストレス耐性強化のメカニズム
エタノールを投与することにより、グルコースやフルクトースなどの糖類の蓄積およびLEAタンパク質や活性酸素種除去系酵素の増加が引き起こされ、これら複合的な要因が高温ストレス耐性の向上につながっていると考えられる。

今後の期待

本研究では、安価で入手しやすいエタノールをトマトの実験用モデル品種であるマイクロトムに投与すると、高温ストレス耐性が向上することを発見しました。本技術は、トマトの栽培品種をはじめとする作物の生産現場に応用されることが期待できます。また、エタノール事前投与の時期や方法を検討することにより、高糖度トマトの栽培技術に応用できる可能性があります。

今回の研究は、国際連合が定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[7]」のうち「2.飢餓をゼロに」や「13.気候変動に具体的な対策を」などへの貢献が期待されます。

補足説明

1.トランスクリプトーム解析
細胞中に存在する全てのRNAの発現プロファイルを網羅的に解析すること。遺伝子の機能解析や遺伝子ネットワークの解析などに利用されている。

2.メタボローム解析
メタボロームは細胞内で合成された低分子代謝産物の総体を指す。植物における総代謝物質は20万~100万種と考えられている。メタボローム解析とは、このメタボロームを網羅的に測定・解析すること。

3.液-液相分離
液体状態で分子組成が異なる2層に分離する物理現象。近年、細胞内の分画化を駆動する原動力として注目されている。

4.コンデンセート
液-液相分離によって形成される凝集体。生物学では膜のないオルガネラとも呼ばれる。ストレス顆粒など細胞内における生体高分子反応の場となっている。

5.活性酸素種
化学的に活性になった状態の酸素の一群。生体内のエネルギー代謝や感染症の防御過程で発生するほか、高塩濃度、高温、乾燥、強光などの環境ストレスによっても発生する。さまざまな生命現象に重要な役割を果たすが、過剰な蓄積は細胞に対して毒性を持つ。

6.糖新生
ピルビン酸やアミノ酸など糖質以外の物質からグルコースを産生する代謝経路。

7.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(セキ・モトアキ)
研究員 戸高 大輔(トダカ・ダイスケ)
国際プログラム・アソシエイト ドゥ・ティ・ヌ・クイン(Do Thi Nhu Quynh)
テクニカルスタッフⅠ 田中 真帆(タナカ・マホ)
研究員 内海 好規(ウツミ・ヨシノリ)
テクニカルスタッフⅡ 内海 稚佳子(ウツミ・チカコ)
基礎科学特別研究員 江副 晃洋(エゾエ・アキヒロ)
テクニカルスタッフⅠ 高橋 聡史(タカハシ・サトシ)
テクニカルスタッフⅠ 石田 順子(イシダ・ジュンコ)
統合メタボロミクス研究グループ
グループディレクター 斉藤 和季(サイトウ・カズキ)
(環境資源科学研究センター センター長)
テクニカルスタッフⅠ 小林 誠(コバヤシ・マコト)

筑波大学 生命環境系
教授 草野 都(クサノ・ミヤコ)
(理研 環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ 客員主管研究員)

龍谷大学 農学部
教授 永野 惇(ナガノ・アツシ)

産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門
副研究部門長 光田 展隆(ミツダ・ノブタカ)
研究グループ長 藤原 すみれ(フジワラ・スミレ)
研究員 中野 仁美(ナカノ・ヨシミ)

研究支援

本研究は、理研-産総研チャレンジ研究「エタノールで世界の食糧問題解決に挑む(研究代表者:関原明・藤原すみれ)」、科学技術振興機構(JST)CREST「エピゲノム制御ネットワークの理解に基づく環境ストレス適応力強化および有用バイオマス産生(研究代表者:関原明)」、同A-STEP「エタノール処理による葉物作物への高温障害軽減に関する試験研究(研究代表者:関原明)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「アンチセンスncRNAを介した植物の環境ストレス認識・記憶システムの解析(研究代表者:関原明)」「植物の高温・低温ストレス適応におけるRNA顆粒を介した転写後制御機構の解析(研究代表者:関原明)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Daisuke Todaka, Do Thi Nhu Quynh, Maho Tanaka, Yoshinori Utsumi, Chikako Utsumi, Akihiro Ezoe, Satoshi Takahashi, Junko Ishida, Miyako Kusano, Makoto Kobayashi, Kazuki Saito, Atsushi J. Nagano, Yoshimi Nakano, Nobutaka Mitsuda, Sumire Fujiwara, Motoaki Seki, “Application of ethanol alleviates heat damage to leaf growth and yield in tomato”, Frontiers in Plant Science, 10.3389/fpls.2024.1325365

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(セキ・モトアキ)
研究員 戸高 大輔(トダカ・ダイスケ)

筑波大学 生命環境系
教授 草野 都(クサノ・ミヤコ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
筑波大学 広報局

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