グラフェンをトポロジカル絶縁体に変えることに成功

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2018/11/12  東京大学,青山学院大学,カリフォルニア大学

発表のポイント
  • 炭素の単原子シート物質であるグラフェンに微量のビスマスとテルルから成る微粒子を導入することで、トポロジカル絶縁体にすることに成功した。
  • 理論的に予言されていたグラフェンのトポロジカル絶縁体を初めて実現し、トポロジカル絶縁体と2次元金属の間の遷移を外部電圧で制御できるようになった。
  • 電子デバイスにも有用なグラフェンにトポロジカルな性質を付与できたことから、スピントロニクスやバレートロニクスを含め、応用の可能性が大きく広がると期待される。
発表概要

東京大学物性研究所の春山純志客員准教授(研究当時)と勝本信吾教授、カリフォルニア大学アーバイン校のRuqian Wu教授らの研究グループは、2次元炭素結晶であるグラフェンを、トポロジカル絶縁体(注1)と呼ばれる特異な状態に変化させることに成功しました。
グラフェンは炭素のみで構成される原子一個の薄さしかないシート状の2次元物質で、熱伝導、電気伝導の高さから次世代電子デバイス材料として注目されています。一方、トポロジカル絶縁体状態はスピントロニクスへの応用が期待されています。トポロジカル絶縁体状態が生じるためには、強いスピン軌道相互作用(注2)が必要ですが、グラフェンは構成原子が軽いため、スピン軌道相互作用が小さくなっています。本研究グループは、ビスマスとテルルという重い原子で構成された超微粒子をグラフェンの上に微量に分散させ、量子トンネル効果(注3)を介してスピン軌道相互作用を導入することに成功しました。外部から加える電圧を制御することで、トポロジカル絶縁体状態が発現し、これを電気伝導、状態密度測定によって確認しました。また第一原理計算(注4)による検証も行い、グラフェンがトポロジカル絶縁体になったことが初めて確認されました。
本成果は米国科学誌「Science Advances」2018年11月9日(米国東部時間)に掲載されました。

全文PDF

図1左:試料の模式図。図1右:電極1と2の間に一定電流を流し、電極3と4の間の電圧を測って算出した4端子電気抵抗を、ゲート電圧に対して測定した結果。

図1左:試料の模式図。黄色い4角形は、チタンと金による電極を表しています。6角形の模様はグラフェン部分を表しています(実際の結晶格子6角形は一辺が0.14 ナノメートルです)。
図1右:電極1と2の間に一定電流を流し、電極3と4の間の電圧を測って算出した4端子電気抵抗を、ゲート電圧に対して測定した結果。赤と青の線は、微粒子を分散した試料で室温(300K、青線)、と低温(1.5 K、赤線)で測定したものです。ゲート電圧17.5 V付近でトポロジカル絶縁体状態が生じています。挿入図は、試料の走査プローブ顕微鏡写真に電極番号を記入したものです。

発表内容:
研究の背景

グラフェンは炭素原子が正六角形の蜂の巣状に並んだ結晶構造の2次元物質です。極めて丈夫で、電気伝導性が良く外部から加えた電圧で制御できるため、次世代の電子デバイス材料として期待されています。近年、基礎・応用の両面からトポロジカル物質が注目されていますが、グラフェンは理論的に初めてトポロジカル絶縁体が予言されたモデル物質でもあります。ただし、この理論は強いスピン軌道相互作用を前提としており、現実のグラフェンは原子番号の小さな(軽い)炭素原子を構成要素とし、原子の間をつなぐ電子の軌道も2次元の平面内にあるため、スピン軌道相互作用が非常に弱くトポロジカル絶縁体ではありません。また、スピントロニクスへ応用する上でも、スピン軌道相互作用が存在することは重要な条件となります。

そこで、これまでグラフェンにスピン軌道相互作用を導入する試みが、表面を水素化するなどさまざまな方法を用いて数多く行われてきました。これらはいずれも一定強度のスピン軌道相互作用導入には成功しましたが、十分な強さではなかったり、グラフェン本来の性質を損ねてしまったりと、トポロジカル絶縁体の実現には至っていませんでした。

研究内容

本研究グループは、原子番号の大きなビスマスとテルルで構成されたナノメートル(注5)サイズの超微粒子を溶媒に分散させ、医療用の特殊な極微細針を用いてグラフェン上に滴下することで、グラフェン表面に欠陥などを導入することなく正確な微量の微粒子をランダムに分布させました。微量な微粒子でありグラフェン由来のバンド構造は残していますが、炭素格子と微粒子の間の量子トンネル効果を通してスピン軌道相互作用が導入されます。

図1(左)に示した形状の試料を用意し、さまざまな電極配置で電気伝導を調べました。グラフェンは絶縁体膜を介してゲート電極の上に置かれており、ここに加えた電圧(ゲート電圧)でグラフェンの電子濃度を制御できます。図1(右)には、電極配置の例と、ゲート電圧に対する4端子電気抵抗(注6)を示しています。トポロジカル絶縁体では、内部は絶縁体ですが試料の端には金属的なヘリカルエッジ状態(注1)が生じ、散乱のない完全導体となります。2次元トポロジカル絶縁体ではヘリカルエッジ状態は1次元で、状態自身の電気抵抗はゼロですが外部電極との間には量子化抵抗RQ(注7)だけの接触抵抗が生じます。図1(右)で、温度が1.5 Kの測定ではゲート電圧に対して抵抗がピークを示し、頂上付近で平らになっていますが、点線で示したようにその値は、ちょうどRQ/6になっています。これは端に散乱がない状態が生じている時に期待される値にぴったり合っており、この領域でトポロジカル絶縁体状態になっていることを明瞭に示しています。他の電極配置でも測定がなされ、いずれも抵抗ピークの値が期待される抵抗値に一致することが確認されました。

更に低温走査プローブ顕微鏡(注8)を用いて、トポロジカル絶縁体状態で局所状態密度を測定した結果が図2です。ゲート電圧が抵抗ピーク位置(トポロジカル絶縁体状態)以外では、状態密度にはギャップが現れません。トポロジカル絶縁体状態では、図2の「微粒子近傍」と書かれた測定結果のように、特にスピン軌道相互作用が強い微粒子の周りで微分伝導度がゼロの領域すなわちエネルギーギャップが広がります。しかし、試料端付近では赤いラインで示したように、このエネルギーギャップがつぶれてぎりぎり金属的な状態が現れていることがわかります。これが電気伝導に現れたヘリカルエッジ状態に対応しています。

図2: 低温走査プローブ顕微鏡の測定結果を示しています。横軸は針に加えた電圧、縦軸は微分伝導度と呼ばれる量で、そのエネルギーに電子がどの程度の濃度で存在しているかを示します。

図2:低温走査プローブ顕微鏡の測定結果を示しています。横軸は針に加えた電圧、縦軸は微分伝導度と呼ばれる量で、そのエネルギーに電子がどの程度の濃度で存在しているかを示します。グラフェンがトポロジカル絶縁体状態になっている時、表面に分散した微粒子の近くでは、青い線で示したように電子がほとんど存在しないエネルギー領域(エネルギーギャップ)が生じていますが、試料の端付近では、赤い線で示したように、ちょうどぴったりこのギャップが閉じて、ヘリカルエッジ状態が生じていることがわかります。

更に、微粒子をグラフェン上にばらまかれた原子集団から高温状態を通して合成するという過程を第一原理計算で行った上で、やはり第一原理計算で電子状態を計算し、トポロジカル絶縁体状態が生成し、実験を再現することを確認しました。以上から、グラフェン内で初めてトポロジカル絶縁体状態が生じていることが確認されました。

社会的意義・今後の予定

理論的予言から13年を経てようやくグラフェンをトポロジカル絶縁体に変化できたことは、基礎物理学的に大変大きな成果です。また、そのトポロジカル絶縁状態を外部から加えた電圧で制御できる点は、応用上も重要な進歩です。グラフェンの特性を損なうことなくスピン軌道相互作用によりエネルギーギャップを生じ、電気伝導を大きく制御できることで、より直接的に低消費電力スイッチ素子への応用の可能性が広がります。今後は、更に強いスピン軌道相互作用を導入して高い温度でもトポロジカルな性質を確認したり、電気伝導の制御ができるようにしたりすること、また、超伝導との組み合わせでトポロジカル量子計算を行えるようにするなど、さまざまな方向での研究の発展を図っていきます。

発表雑誌:
用語解説
(注1)トポロジカル絶縁体、ヘリカルエッジ状態
電子は粒子であると同時に波動としてふるまいますが、結晶中に入ると格子により規則正しく反射され、干渉効果によって、取り得る運動エネルギー状態が制限されます。どのような運動エネルギー状態が存在できるか、という規則をエネルギーバンド構造と呼びます。電子は空間運動以外にスピンと呼ばれる角運動量を伴う自由度を持っています。このスピンと空間運動(軌道)とが強く結合すると、バンド構造に特異な変化が生じます。
このような変化が生じたバンド構造と生じていないバンド構造とは連続的な変化でつなぐことができず、これを「トポロジーが異なる」と表現します。トポロジカル絶縁体は、真空や、スピン軌道相互作用の弱い通常の絶縁体とトポロジーが異なる絶縁体です。したがって、その界面ではバンド構造が連続変化できなくなり、界面にだけ金属的な状態が現れます。これがヘリカルエッジ状態です。ヘリカルエッジ状態には、常にスピン流が流れており、また散乱なしに電子を流すことができます。
(注2)スピン軌道相互作用
電子は空間運動(軌道)の自由度のほかに、スピンと呼ばれる角運動量を伴う内部自由度を持っています。スピンは素朴には電子の自転と解釈でき、軌道とは独立の自由度に見えます。しかし、電子は本来質量なしの粒子がヒッグス相互作用により質量を獲得したもので、このため、有限運動量領域では、軌道とスピンの間に相互作用が生じることになります。たとえば、スピンが特定の向きを向いている場合にはある軌道に入りやすい、などの効果が生じます。これをスピン軌道相互作用と呼びます。
(注3)量子トンネル効果
古典力学では、運動エネルギーで乗り越えられない壁を粒子が越えることはありませんが、量子力学では、粒子が一定の確率で壁の向こうへすり抜けてしまうことができます。これを量子トンネル効果と呼びます。
(注4)第一原理計算
測定された物質定数を使用せずに、物質を構成する原子のパラメーターから量子力学の原理方程式のみを用いてバンド構造等物質の性質を導く理論計算をこのように総称します。
(注5)ナノメートル
1 ナノメートルは10億分の1メートル。水素原子の直径がほぼ0.1 ナノメートルです。
(注6)4端子電気抵抗
電気抵抗を測定するには、一定の電流を試料に流して発生する電圧を測定しますが、電流を流す2つの端子と、電圧を測る2つの端子を別に取って測定された電気抵抗を4端子電気抵抗と言います。
(注7)量子化抵抗
電子は統計的にフェルミ粒子に分類され、1つの状態に同時に1個しか収容できません。このため、電子が通過する状態に散乱がなくても、状態への電子の出し入れの速さに制限が現れ、電気抵抗が生じます。その値は、電子の電荷をe、量子力学のプランクの定数をhとしてRQ=h/e2と決まっており、約25.9 kΩです。これを量子化抵抗といいます。
(注8)走査プローブ顕微鏡
試料表面に、原子オーダーまで尖らせた金属の針を接近させ、試料と針との間の量子トンネル効果を測定することで、試料の形状や電子状態を調べる装置で、空間分解能があるため、「顕微鏡」という呼び方をします。
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