牛受精卵の染色体異常を生きたまま見分ける技術を開発
2018-05-11 東京農工大学 近畿大学 扶桑薬品 農研機構
ポイント
・ライブセルイメージング技術(注1)により、従来の顕微鏡観察では困難であった牛受精卵の細胞核や染色体を生きたまま8日間連続観察することに成功。
・細胞核や染色体に異常の認められない受精卵を選別することで、牛の妊娠率が向上する可能性を示唆。
・選別後の凍結受精卵を長距離輸送し、受胎に成功したことから、将来的には安定的な良好受精卵の供給が可能。
東京農工大学、近畿大学、扶桑薬品、農研機構の研究グループは、細胞内を生きたまま連続観察する「ライブセルイメージング技術」により牛体外受精卵(注2)の発生の様子を捉え、良好受精卵を選別することに成功しました。本技術を用いると、国際受精卵移植技術学会(IETS)の基準により形態が良好と判断した受精卵のなかにも、およそ半数に流産に繋がるとされる核や染色体の異常が認められました。選別後の良好受精卵は凍結後に長距離輸送し、仮腹牛に移植して受胎させることに成功しました。将来的には、本技術により良好と判断した牛受精卵を農家に供給することで、和牛の増産や乳牛の安定的確保が期待されます。
本研究成果は、英国のオンライン学術誌「サイエンティフィック・リポーツ」(英語:Scientific Reports (略称 Sci Rep))(2018年5月10日付)に掲載されます。
【※報道解禁:5月10日(木) 18:00(日本時間)】
・掲載誌:Scientific Reports
・URL:https://www.nature.com/articles/s41598-018-25698-w
・論文名:Live-cell imaging of nuclear–chromosomal dynamics in bovine in vitro fertilised embryos
・著者名:Tatsuma Yao, Rie Suzuki, Natsuki Furuta, Yuka Suzuki, Kyoko Kabe, Mikiko Tokoro, Atsushi Sugawara, Akira Yajima, Tomohiro Nagasawa, Satoko Matoba, Kazuo Yamagata, Satoshi Sugimura
現 状 : 近年、経済的な価値の高い黒毛和種(和牛)を、体外受精により増産する試みが徐々に増えてきていますが、妊娠率は30-50%にとどまっています。畜産農家にとって、妊娠に至らなかった場合の移植や移植後の牛の維持管理に係る損失は、100頭規模の農家で年間数百万円であり、その負担は莫大です。また、国レベルでも損失は無視できず、牛の受胎率向上は農林水産研究基本計画の重点目標の一つとなっています。妊娠率の向上には、良好な(流産しない)受精卵を選別することが重要ですが、主観的な形態観察のみで受精卵の良し悪しが判断されているのが現状です。そのため、良好な牛受精卵を生きたまま客観的かつ確実に選別できる技術の開発が渇望されていました。
研究体制 : 本研究は、東京農工大学大学院農学研究院生物生産科学部門・杉村智史テニュアトラック特任准教授、近畿大学生物理工学部遺伝子工学科・山縣一夫准教授、扶桑薬品工業株式会社研究開発センター・八尾竜馬主任研究員、農研機構畜産研究部門・的場理子上級研究員らが共同で実施しました。
研究成果 :本研究では、東京農工大学で採取した黒毛和種もしくは黒毛和種とホルスタインの交雑種由来の未成熟卵子を、近畿大学まで22時間成熟培養しながら輸送しました(図1)。成熟後の卵子は、黒毛和種由来の精子と体外受精し、核・染色体を赤色、微小管(注3)を緑色に染める蛍光プローブを顕微鏡下で注入し、超高感度カメラを搭載したスピニングディスク式共焦点レーザー顕微鏡(CV1000、横河電機)で、受精から8日目までライブセルイメージングをおこないました(図1)。その際、レーザーによる受精卵へのダメージがないよう、レーザーパワーや露光時間、撮影枚数などを詳細に検討しました。培養した369個の受精卵のうち、移植可能な状態まで発生した66個をIETSの基準に従い分類すると、55個が形態良好と判断されましたが、そのうちの25個で核や染色体に異常が認められました(図2)。ライブセルイメージングで選別した良好受精卵を凍結後、農研機構まで長距離輸送し(図1)、2頭の仮親の黒毛和種に移植したところ、2頭とも受胎、そのうち一頭は現在も妊娠継続中です。
今後の展開 :本研究により、核や染色体に異常の認められない牛受精卵を客観的に選別することが可能になりました。今後、ライブセルイメージング技術を用いて良好受精卵を選別することで、牛の妊娠率向上が期待されます。また、長距離輸送できることから、将来的には広範囲をカバーする「良好受精卵供給センター」等の創設により、受胎能の高い受精卵を安定的に農家に供給することが可能となり、和牛の増産や乳牛の安定的確保に繋がることが期待されます。
図1. 本研究の概要。東京農工大学(東京)で採取した卵子を培養しながら近畿大学(和歌山)に移送し、ライブセルイメージング技術を用いて選別した。良好牛受精卵は凍結して農研機構(つくば)に移送し、受胎能を確認した。将来的には良好牛受精卵を農家に供給することで、和牛の増産や乳牛の安定的確保が期待される。
図2. ライブセルイメージングで異常が認められた受精卵の画像。赤は核/染色体、緑は微小管、白いバーは30μm、数字は体外受精開始からの経過時間(h)を示す。正常な受精卵には母親由来の核と父親由来の核がひとつずつ存在するが、精子が複数卵子に侵入した場合などは核の数が3つ(左下)もしくはそれ以上になる場合がある。また、細胞分裂時に染色体が均等に分配されず一部取りこぼしのある場合がある(右下、矢頭)。いずれの異常も流産の要因となることが知られているが、通常の観察(左上、右上)ではこれらの異常を検出することができない。
注1)ライブセルイメージング技術:蛍光プローブを細胞内に導入し、生きたまま細胞内分子の挙動を可視化する技術。
注2)体外受精卵:体外で受精および発生が行われた受精卵。
注3)微小管:真核生物における主要な細胞骨格のひとつ。細胞分裂期には染色体を分配するための素装置である紡錘体を形成する。
◆研究に関する問い合わせ◆
(牛体外受精関連)
東京農工大学大学院農学研究院 生物生産科学部門 テニュアトラック特任准教授
杉村 智史(すぎむら さとし)
(ライブセルイメージング関連)
近畿大学生物理工学部 遺伝子工学科 准教授
山縣一夫(やまがた かずお)
◆報道に関する問い合わせ◆
東京農工大学 総務課広報・基金室
近畿大学生物理工学部 事務部 担当:小川・中井・石井・神崎