食肉タンパク質の加熱状態とpHを可視化する技術

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食肉の消化されやすさの評価が可能に

2018-03-05  農研機構

ポイント

  • 食肉の消化されやすさ(消化性1))に関係するタンパク質の「加熱状態」および「pH 2)」を、赤外スペクトル3)の測定により、同時検出して可視化する技術を開発しました。
  • 食肉組織の狙った場所を解析可能で、胃を模した環境での胃酸によるpH変化や、調理によるタンパク質の熱変化を測定できます。
  • 本技術は、食肉の消化性を低下させない適切な調理法や、消化されやすい食肉製品の開発に役立ちます。
概要

食肉タンパク質の加熱状態とpHを可視化する技術
図 食肉タンパク質の加熱状態とpHの可視化技術の開発

高齢者などの低栄養状態の改善には、良質なタンパク質源である食肉の適切な摂取が有効ですが、食肉タンパク質は調理過程で加熱をし過ぎた場合や、胃でpHが十分に下がらなかった場合には、胃液中のペプシンによる消化性が低下することが知られています。
そこで、食肉製品の適切な調理法の解明や、消化吸収に優れた製品の開発に貢献するために、農研機構畜産研究部門とフランス国立農学研究所(INRA)畜産物品質ユニット(UR370)、フランス放射光実験施設SOLEILソレイユ顕微赤外ビームライン(SMIS)のグループは共同研究により、加熱調理前後の食肉試料において食肉タンパク質の加熱状態とpHを、赤外スペクトルの測定によって簡単に同時検出する技術を開発しました。開発した方法は食肉製品の組織中の狙った場所を解析可能で、胃を模した環境での製品の胃酸によるpH変化や、調理によるタンパク質の熱変化を測定し可視化できます。

関連情報

予算:運営費交付金、EU流動研究員制度AgreenSkills

詳細情報

予算:運営費交付金、EU流動研究員制度AgreenSkills

お問い合わせ

研究推進責任者
農研機構畜産研究部門長 塩谷 繁

研究担当者
農研機構畜産研究部門 畜産物研究領域 本山 三知代

広報担当者
農研機構畜産研究部門 企画連携室 広報プランナー 木元 広実
取材のお申し込み・プレスリリースへのお問い合わせ(メールフォーム)

開発の社会的背景と研究の経緯

高齢社会の進行とともに高齢者の低栄養状態が大きな問題となっています。食が細い高齢者にとって、適量の食肉摂取は良質なタンパク質を効率的に摂ることに繋がり、筋肉量の低下を防いで運動機能の維持につながることから重要とされています。しかし、咀嚼力の低下した高齢者は、硬くて咀嚼しにくい食材を敬遠する傾向が見られます。これを受け、加熱しても硬くなり難い食肉加工品など、食肉の組織構造を部分的あるいは全体的に改変した様々な高齢者向けの製品が開発されています。
一方、食肉タンパク質の消化吸収には、調理法や、タンパク質への消化酵素の作用のしやすさが関係しています。調理過程で加熱をし過ぎた場合や、胃でpHが十分に下がらなかった場合には、胃液中のペプシンによる食肉タンパク質の消化性が低下することが知られており(表1)、その結果消化に時間がかかって胃への負担が増加する可能性があります。食肉製品の組織構造を改変することは、火の通りやすさや胃液の浸透しやすさに影響し、消化吸収にも違いをもたらしている可能性があります。
そこで、農研機構畜産研究部門とフランス国立農学研究所(INRA)畜産物品質ユニット(UR 370)、フランス放射光実験施設SOLEILソレイユ顕微赤外ビームライン(SMIS)のグループは共同研究により、消化吸収の優れた食肉製品の開発や適切な調理法の提案に役立つと考えられる、食肉タンパク質の加熱状態とpHを簡単に同時検出する技術を開発しました。

開発した技術の特長
  1. 食肉試料から凍結切片4)を作製して赤外スペクトルを測定し、特定の波長の値を比較することで、タンパク質の加熱状態とpHを同時に判定できます(図1)。pH判定では、pHがタンパク質消化酵素であるペプシンの活性化の目安である約3.9より高いか低いかを判定します。加熱の有無、pHの誤判別率はそれぞれ0.9%、0.5%です。
  2. 食肉試料を破壊・抽出することなく、構造を保ったまま食肉タンパク質を解析できます。赤外顕微鏡5)を用いることで小さな領域の測定が可能で、これまで測ることのできなかった、加熱調理前後の食肉試料の任意の部位の加熱状態やpHを高空間分解能6)(数10 μm)で測定し、可視化できます(図2)。霜降り肉など脂肪の多い食肉においても、タンパク質を含む部分を空間的に分離することで、その場解析7)を可能にしています。
  3. 本技術の利用に当たっては、スペクトルにタンパク質以外の成分が含まれる場合や、対象とするタンパク質が筋線維タンパク質とアミノ酸組成が大きく異なる場合(例えばコラーゲンなど)は、pHマーカー値が変動するため注意を要します。
今後の予定・期待

本技術により、試料の赤外スペクトルから簡単に、胃を模した環境での胃酸によるpH変化や、調理による加熱変化が測定できるようになり、食肉タンパク質の消化されやすさの評価が可能になりました。本技術は消化性を低下させない食肉の適切な調理法や、消化されやすい食肉製品の開発に役立つと考えられます。例えば食品工場において過度なタンパク質の熱変性をさせない調理法の選択や、消化機能が低下しがちな高齢者向けの消化されやすい製品の開発、胃の調子が悪い方に向けた病院食の改善などに繋がると期待されます。今後、消化されやすい食肉製品開発を目指す企業などとの連携を進める予定です。

用語の解説

1)(食肉の)消化性
消化酵素によって消化される性質。

2)pH
水素イオン濃度。ピーエイチあるいはペーハー。pHの値が低いほど水素イオン濃度が高いことを表し、pHが7より低いと酸性である。

3)赤外スペクトル
試料に赤外線を照射し、透過あるいは反射光を分光することで得られるスペクトル。物質に固有の形を示すことから「分子の指紋」とも呼ばれ、分子構造解析や状態解析に用いられる。

4)凍結切片
顕微鏡観察をするために食肉などの組織を凍結後に薄切りした組織切片。

5)赤外顕微鏡
試料のマイクロメーターサイズの小さな領域に赤外線を照射して赤外スペクトルを取得することができる顕微鏡。

6)高空間分解能
空間的に小さい対象について、周囲と分離して測定する能力、あるいは分離できる空間的距離。

7)その場解析
解析の対象を、生体内など本来存在する場所にあるまま、抽出することなく測定をおこない、解析をすること。

発表論文

Motoyama M 1, Vénien A 2, Loison O 2, Sandt C 3, Watanabe G 1, Sicard J 2, Sasaki K 1 & Astruc T 2. In situ characterization of acidic and thermal protein denaturation by infrared microspectroscopy. Food Chemistry. 248: 322-329. DOI:https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2017.11.031

1 農研機構畜産研究部門、2 INRA畜産物品質ユニット(UR 370)、3 フランス放射光実験施設SOLEILソレイユ顕微赤外ビームライン(SMIS)

参考図表


表1 抽出した筋原線維タンパク質のペプシンによる消化性とpH、加熱変性の関係


図1 食肉試料の赤外スペクトルと加熱状態、pHの判定方法赤
外スペクトルの特定の波長の値の比較から、タンパク質の加熱状態とpHを判定できます。加熱の有無は熱によるタンパク質の二次構造の変化を検出することにより判定し、pHはタンパク質の酸性化によるアスパラギン酸残基のプロトン化およびタンパク質溶解に伴う疎水性アミノ酸残基の環境変化を検出することにより判定しています。pH判定では、pHがタンパク質消化酵素であるペプシンの活性化の目安である約3.9より高いか低いかを判定します。


図2 開発した技術による解析例
加熱前の食肉を(胃での胃酸によるpH変化を模した)酸で処理した後、本技術により判定した結果。サンプルの表面から1.5 mm内部までpHが約3.9以下になっていること、また食肉が加熱変性していないことを正確に判定できました。

 

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