二重魔法性を持つ「カルシウム-60」の発見
2018/07/12 理化学研究所
理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センターRIビーム分離生成装置チームのオレグ・タラソフ客員研究員、安得順協力研究員、福田直樹仁科センター研究員、吉田光一チームリーダーらの国際共同研究グループ※は、理研の重イオン[1]加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[2]」を用いて、二重魔法数[3]核「カルシウム-60(60Ca)」を含む計8種の中性子過剰な新しい放射性同位体(RI)[4]を発見しました。
本研究成果は、中性子過剰な核物質(無限核子系)の状態方程式に関する研究の足がかりになると期待できます。
Caは陽子数が魔法数20の元素で、安定同位体の40Ca(中性子数20)と48Ca(中性子数28)、RIの52Ca(中性子数32)と54Ca(中性子数34)のように、中性子数が魔法数[3]となる二重魔法数核が四つ存在します。そこで、さらに重い二重魔法数核の60Ca(中性子数40)や70Ca(中性子数50)が存在するか否かが注目を集めていました。
今回、国際共同研究グループは、亜鉛-70(70Zn)ビームの入射核破砕反応[5]を利用し、60Caを含む計8種の新RIの発見に成功しました。これらのRIの存否は理論モデルによって異なりますが、今回の発見を再現する二つ理論が70Caの存在を予言していることから、二重魔法数核の超重同位体70Caの存在が強く示唆されました。
本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』の掲載に先立ち、オンライン版(7月11日付け:日本時間7月12日)に掲載されます。
図 カルシウム同位体
※国際共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター RIビーム分離生成装置チーム
客員研究員 オレグ・タラソフ(Oleg B. Tarasov)
協力研究員 安 得順 (アン・デュックスン)
仁科センター研究員 福田 直樹(ふくだ なおき)
チームリーダー 吉田 光一(よしだ こういち)
本研究には、理化学研究所、ミシガン州立大学(米国)、ロシア核研究合同研究所(ロシア)、東北大学、東京大学から30名の研究者が参加した。
背景
原子核は、核子と呼ばれる陽子と中性子で構成されています。原子核研究の基本問題の一つは、陽子と中性子のどういう組み合わせが原子核を作り得るのかということです。核図表上で、陽子の数を一定にし、中性子の数を増やしていくと、やがて原子核はそれ以上の中性子を束縛できなくなります。この限界を「中性子ドリップライン」といいます。また、中性子を増やしていく過程で、ところどころに周囲の原子核に比べて特に安定することがあります。そのときの中性子数は「魔法数」と呼ばれ、これまでに2、8、20、28、50、82、126が知られています。また、40も「準魔法数[3]」として古くから知られていました。
ところが最近の研究により、中性子数が陽子数に比べて極端に多くなる(エキゾチックな)環境では、16、32、34なども魔法数となることが明らかになってきました。その一方で、従来の魔法数が消えてしまうことも分かっています。魔法数や中性子ドリップラインの位置は、原子核内での陽子と中性子の間に働く力や運動様式を反映するため、これらを特定することは、原子核の理論モデルを評価する際に重要な判定基準を与えます。
カルシウム(Ca、原子番号20)は、陽子数が魔法数20の元素です。これまでに知られているCaの同位体は、35Caから58Caに至るまで幅広く分布し、それらには中性子数に魔法数を持つ「二重魔法数核」が存在します。現在、知られている原子核の総数は3,000種を超えますが、二重魔法数核は10あまりしか存在していません。そのうちの4つがCa同位体です。安定同位体では、それぞれ中性子数20と28を持つ40Caと48Caが、不安定な放射性同位体(RI)では、それぞれの中性子数が32と34である52Caと54Caがあります。一般的に、安定核から中性子数が増えるほど同位体は不安定になりますが、二重魔法数核は極めて高い安定性を持つため、60Ca(中性子数40)や、さらには超中性子過剰な70Ca(中性子数50)がその存在を予言されていました。
もし、70Caまで存在しているならば、Ca同位体は中性子数の変化に富む貴重な原子核の集合体となり、原子核研究に最適な試験場となり得ることになります。一方、最近の研究により、中性子数が非常に多いエキゾチックな環境下では、従来の魔法数が消失しているケースが見つかっています。70Caは極めて中性子過剰な原子核であり、その中性子数50はもはや魔法数ではない可能性もあります。
重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」では、ウラン、キセノン、亜鉛などの重イオンビームを光速の70%まで加速する超伝導リングサイクロトロン(SRC)[6]を中心とした加速器系と、これら重イオンビームの核反応によって作られるRIをビームとして高効率で収集し、高い分析能力でオンライン分離・同定をする超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)[7]を用いて、核図表上で安定核領域から遠く離れた多種多様なRIビームを生成しています。
RIBFでは、2012年に中性子過剰なCa同位体の生成に有利な亜鉛-70(70Zn)ビームが利用可能になり、54Caの生成により新しい魔法数34を発見した注1)ことを皮切りに、以降Ca同位体とその近傍のRIに関する研究が精力的に進められています。60Caは、54Caに続く5種目の二重魔法数カルシウム同位体であるということにとどまらず、さらに重い二重魔法数核70Caの存否(束縛性)に関する重要な情報を提供してくれるものと期待されます。
今回、国際共同研究グループは、RIBFで供給可能な70Znビームの強度がそれ以前の約2倍に増強したこと、BigRIPSの分離能力・収集効率が向上したことを背景に、これまで実現できなかった60Caとその近傍の新RIの発見に挑みました。
注1)2013年10月10日プレスリリース「重いカルシウムで新しい「魔法数」34を発見」
研究手法と成果
今回の60Caを含む新RIの探索では、安定な原子核の亜鉛-70(70Zn)ビームを光速の70%(核子当たり3.45億電子ボルト)まで加速し、それをベリリウム(Be)の生成標的に照射しました。入射核破砕反応で生成されたRIの中から、BigRIPSの第1ステージで60Caとその近傍の中性子過剰なRIを分離し、さらに第2ステージに通過させ、RIを同定するための粒子識別を行いました(図1)。
粒子識別は、RIの飛行時間、検出器通過時のエネルギー損失量、そして磁気剛性[8]を測定して行いました。RIBF加速器群から供給される1秒間に1.25兆個の大強度70Znビームを約100時間標的に照射し、BigRIPSによる高分解能・高感度な粒子識別を行った結果、二重魔法数核60Caとリン-47(47P)、硫黄-49(49S)、塩素-52(52Cl)、アルゴン-54(54Ar)、カリウム-57(57K)、59Ca、スカンジウム-62(62Sc)の計8種の新RIを発見することに成功しました(図2)。
今回発見したRIの束縛性は理論モデルによって大きく異なり、理論モデルの予言力に対する厳しい試金石となります。そこで、実験的に束縛性が明らかになっている計20種のRIを対象に(図3)、現存する14の理論モデル(質量モデル[9])の予言力をテストしました。その結果、20種のRI全ての束縛性を再現できたモデルは二つだけであることが分かりました(表1)。
次に、この二つの理論モデルが、Ca同位体の束縛性をどのように予言しているかについて調べてみました。図4は、偶数の質量数(陽子数+中性子数)を持つCa同位体の2中性子分離エネルギー[10]の予言値を、質量数ごとにプロットしたものです。2中性子分離エネルギーの値が小さいほど束縛性が弱く、正の値を取ればそのRIが束縛すること、負の値を取ればそのRIが束縛しないことを表しています。図4に示されている通り、今回テストに合格した二つの理論モデルが双方ともに、Ca同位体が60Caよりもさらに重い70Caまで存在することを予言しています。
今後の期待
本研究により、Ca同位体は今回発見された60Caよりもずっと重い(超中性子過剰な)70Caまで存在している可能性が高まりました。このような超中性子過剰な原子核の性質を調べることで、中性子過剰な核物質(無限核子系)の性質を支配する状態方程式に関する情報を引き出すことができます。
中性子過剰な核物質の理解は、原子核物理における重要なテーマであると同時に、中性子星[11]の構造や超新星爆発[12]のダイナミクスを理解する上でとても重要と考えられています。
原論文情報
O.B. Tarasov, D.S. Ahn, D. Bazin, N. Fukuda, A. Gade, M. Hausmann, N. Inabe, S. Ishikawa, N. Iwasa, K. Kawata, T. Komatsubara, T. Kubo, K. Kusaka, D.J. Morrissey, M. Ohtake, H. Otsu, M. Portillo, T. Sakakibara, H. Sakurai, H. Sato, B.M. Sherrill, Y. Shimizu, A. Stolz, T. Sumikama, H. Suzuki, H. Takeda, M. Thoennessen, H. Ueno, Y. Yanagisawa, and K. Yoshida, “Discovery of 60Ca and Implications For the Stability of 70Ca” Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.121.022501
発表者
理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 実験装置運転・維持管理室 RIビーム分離生成装置チーム
客員研究員 オレグ・タラソフ(Oleg B. Tarasov)
協力研究員 安 得順(アン・デュックスン)
仁科センター研究員 福田 直樹(ふくだ なおき)
チームリーダー 吉田 光一(よしだ こういち)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
補足説明
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- 重イオン
- リチウム、もしくは炭素より重い元素のイオンを重イオンという。イオン源により原子から電子を剥ぎ取ると、原子核の陽子数に比べて電子の数が少なくなり、全体としてプラスの電荷を持つことにより、加速器で電気的に加速することが可能となる。
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- RIビームファクトリー(RIBF)
- 水素からウランまでの全元素のRIを世界最大強度でビームとして発生させ、それを多角的に解析・利用することにより、基礎から応用にわたる幅広い研究と産業技術の飛躍的発展に貢献することを目的とする次世代加速器施設。 施設はRIビームを生成するために必要な加速器系、RIビーム分離生成装置(BigRIPS)で構成されるRIビーム発生系施設、および生成されたRIビームの多角的な解析・利用を行う基幹実験装置群で構成される。これまで生成不可能だったRIも含めて約4,000個のRIを生成できると期待されている。
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- 魔法数、二重魔法数、準魔法数
- 原子核は、原子と同様に殻構造を持ち、陽子または中性子がある決まった数のときに閉殻構造となり、安定化する。この数を魔法数と呼び、2、8、28、50、82、126が古くから知られている。また、40も準魔法数として古くから知られている。理研では、新たに16、34の魔法数の発見が報告されている。陽子数と中性子数がともに魔法数である原子核を二重魔法数核と呼ぶ。
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- 放射性同位体(RI)
- 物質を構成する原子核には、時間とともに放射線を放出しながら安定核になるまで壊変し続けるものがある。このような原子核を放射性同位体と呼ぶ。放射性同位元素、不安定同位体、不安定原子核、不安定核(エキゾチックな原子核)、ラジオアイソトープとも呼ばれる。天然にある物質は、寿命が無限かそれに近い安定核(安定同位体)で構成されている。
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- 入射核破砕反応(RI)
- 加速された原子核が標的の原子核に当たったときに、複数の破砕片に崩壊する反応のこと。破砕片には、陽子過剰核や中性子過剰核などのRIが多く含まれる。
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- 超伝導リングサイクロトロン(SRC)
- サイクロトロンの心臓部にあたる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐ磁気漏洩磁気遮断の機能を持っている。総重量は8,300トン。このSRCを使い非常に重い元素であるウランを光速の70%まで加速できる。また、超伝導という方式によって従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。
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- 超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)
- ウランやキセノンなどの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、RIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超電導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。
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- 磁気剛性
- 電荷を持った粒子の磁場中での曲がりにくさを表す量であり、運動量に比例し電荷に反比例する。磁気剛性の大きな粒子は磁石の外側を、小さなものは内側を通る。
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- 質量モデル
- 原子核の質量を予測する理論モデル。
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- 2中性子分離エネルギー
- 原子核から二つの中性子を取り出すのに必要なエネルギー。一つの中性子を取り出すのに必要なエネルギーは1中性子分離エネルギーと呼ばれる。分離エネルギーが正であることは、中性子を取り出すのにエネルギーを加えることを意味する。反対に負の場合は、中性子を取り出すのにエネルギーを加える必要がないので、その原子核は不安定である。
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- 中性子星
- 超新星爆発によって生まれる星の最終形態のひとつ。中性子を主成分とする超高温超高密度の星。半径は約10数km、質量は太陽の1~2倍で密度は1立方cmあたり10億トンにもなる。中性子星は宇宙空間に浮かぶ巨大な原子核とも呼ばれる。
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- 超新星爆発
- 大質量の星(恒星)が最期を迎えて爆発する現象。太陽質量の約8倍以上の質量を持つ星では、核融合反応により中心核の質量が増えると、やがて陽子の電子捕獲反応が起きて、中心核内部に中性子過剰な原子核が増える。これによって電子の縮退圧が弱まり、重力収縮が打ち勝って一気に崩壊する(重力崩壊型超新星爆発)。
図1 新RIの探索実験における超伝導RIビーム分離生成装置(BigRIPS)の配置
BigRIPSは、赤丸で示された第1ステージでRIビームの生成・分離を、青丸で示された第2ステージで粒子識別のための測定を行った。
図2 今回発見した8種の新RIを含む粒子識別図
横軸にRIの質量数と電荷の比、縦軸に原子番号を用いてプロットされた粒子識別図。赤色の線(既知限界)の右側が新RIの領域で、今回発見した8種の新RIは赤丸で示されている。
図3 今回発見した8種の新RIを核図表上に示したもの
本研究の対象核付近を核図表で示した。核図表とは、縦軸に陽子数、横軸に中性子数を取って原子核を分類したもの。安定核を灰色の四角で、これまでに発見されているRIを水色の四角で、本研究で新たに発見した8種の新RI(47P、49S、52Cl、54Ar、57K、59Ca、60Ca、62Sc)を赤色の四角で示した。また、RIの束縛性に対する理論モデルの予言力テストに使用した20種のRIを青色枠で示した。59Kについては、1事象のみの観測だったため発見したRIからは除外したが、理論モデルのテストには用いた。
表1 束縛性に対する理論モデルの予言力
実験的に束縛性が明らかになっている20種のRIを対象に、現存する14の理論モデル(質量モデル)の束縛性に対する予言力をテストした。表には本研究で発見した新RIについての結果を示した。また、既知のRIの束縛性を再現できていない三つのモデルは除外した。束縛性を再現できている場合は○で、再現できていない場合はXで示した。対象のRIすべての束縛性を再現できたモデルは、赤枠で示したUNEDF0とHFB-22の二つのみだった。
図4 偶数の質量数をもつカルシウム同位体の2中性子分離エネルギーの予言値
偶数の質量数を持つカルシウム同位体の2中性子分離エネルギーの予言値を、質量数ごとにプロットした。質量モデルHFB-22による予言値を赤色の実線で、UNEDF0による予言値を青色の破線で示した。2中性子分離エネルギーが小さいほど束縛性が弱いことを表しており、質量数が大きくなるにつれて束縛性が弱くなる傾向にある。2中性子分離エネルギーが正の値を取れば、そのRIが束縛することを表し、負の値をとれば、そのRIが束縛しないことを表わす。両モデルとも、カルシウム同位体が70Caまで束縛して存在することを予言している。