素材から「銀」が剥がれない、効果長持ち!抗ウイルスグラフト材料の開発に成功

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マスクに付着したCOVID-19ウイルスの99.9%以上を1時間で不活化

2021-07-15 量子科学技術研究開発機構(量研/QST)

発表のポイント

  • ​放射線グラフト重合技術により、抗ウイルス性の高い「銀」を素材の表面に固定し、その効果が持続する繊維の開発に成功。
  • 繊維に付着したCOVID-19(SARS-CoV-2)の99.9%以上が、接触後60分でウイルスとしての機能を不活化。
  • 開発した抗ウイルスグラフト素材(不織布、ガーゼ、プラスチック)を使って、マスクや防護服、家財や壁紙、フェイスシールドやアクリル製パーティションなど、幅広い製品への展開が可能。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所プロジェクト「環境資源材料研究」保科宏行主幹研究員、瀬古典明プロジェクトリーダーは、株式会社ERHテクノリサーチ高橋牧克代表取締役、国立大学法人長崎大学(学長 河野茂)熱帯医学研究所森田公一所長と共同で、抗ウイルス効果が期待できる銀を、放射線グラフト重合1)により、マスクや洋服などの繊維素材に強固に結合させることにより、付着した新型コロナウイルスの99.9%以上を接触後1時間以内に不活化できる繊維の開発に成功しました。

新型コロナウイルス感染拡大に伴い、防護服やマスクなど、ウイルスとの接触を防ぐ製品の需要が高まりました。これらの製品で、ウイルスが付着したときに短時間で高い抗ウイルス活性が得られる素材を用いることは、使う人の安心と安全の確保につながります。これを実現するためには、抗ウイルス機能を素材の表面に高密度に安定して持たせることが必要となります。

そこで、私たちは、放射線グラフト重合という技術を使い、抗ウイルス効果が高い銀を不織布に固定化する技術を新たに開発しました。この方法で銀固定化不織布を作り、フォーカス計数法という測定により抗ウイルス性能を調べたところ、付着した40,000個のCOVID-19ウイルスは、1時間後には検出限界以下まで減少し、99.9%以上がウイルスとして機能しない状態になっていること、すなわち、1時間の接触でほとんどのウイルスが不活化されたことが分かりました。また、銀固定不織布は、水中で24時間浸漬攪拌しても、銀が不織布から脱離することは一切なく、様々な使い方に応えられることがわかりました。さらに、今回開発した放射線グラフト重合技術による銀の固定法を、不織布だけでなく、ガーゼ素材やプラスチックにも適用できるようにしたことから、防護服やマスクだけでなく、家財や壁紙、フェイスシールドやアクリル製パーティションなど、様々な素材・形状の製品に幅広く展開することが可能となり、より安心・安全な生活の実現に役立つことが期待されます。

背景

新型コロナ感染症(Coronavirus Disease 2019:COVID-19)が各地で猛威を振るい、日頃の感染防止対策が社会・経済活動に大きく影響することを改めて痛感させられました。コロナウイルスには、一般の風邪の原因となるウイルスや「重症急性呼吸器症候群(SARS:Severe Acute Respiratory Syndrome)」、「中東呼吸器症候群(MERS:Middle East Respiratory Syndrome)」ウイルスがあり、現在流行しているのは「新型コロナウイルス(SARS Coronavirus-2:SARS-CoV-2)」です。表面についたウイルスは、時間が経過すれば壊れてしまいますが、種類によっては24時間以上感染する力をもつと言われています。そのため、対策には即効性と持続性のある抗ウイルス性材料が必要とされています。

私たちは、抗菌性2や抗ウイルス性3に優れた銀に着目し、これを繊維状の素材表面に安定して固定化することで、日常品のみならず、医療現場で求められる即効性と持続性を満たす材料開発に繋げることができました。

【研究の手法】

量研では、これまでに水中に溶けている金属や大気中の臭いなどを効率良く吸着除去可能な微量金属除去捕集材4)や消臭剤の開発を進めてきました。今回開発した抗ウイルス性機能を有する繊維材料は、放射線グラフト重合により、図1のようにリン酸基を導入し、ここに銀を結合させて合成しました。まず、基材である不織布やガーゼに電子線を照射して、ラジカルを形成します。次に、リン酸基を含んだビニルモノマー5)溶液中に、照射した基材を浸漬させることにより、接ぎ木のように分子の枝となる高分子鎖を導入します。抗ウイルス機能を付与するためには、銀が適していることから、化学処理により高分子鎖末端のリン酸基に銀を結合させました。放射線グラフト重合により固定化した銀は、水中で24時間浸漬攪拌しても一切脱離することはありませんでした。
抗ウイルス性能は、SARS-CoV-2の試験株を、銀固定化繊維に滴下した後、一定時間経過ごとにウイルスの粒子数を調べることで評価しました。

放射線グラフト重合による銀固定化不織布の合成工程

図1 放射線グラフト重合による銀固定化不織布の合成工程

得られた成果

銀を固定化した不織布繊維とガーゼに、患者飛沫に見立てた新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)培養液(40,000 FFU6)を滴下し、室温にて一定時間後(30分、1時間、2時間、4時間)の生残ウイルス数を測定しました。その結果、1時間後には10 FFU未満(検出限界以下)となり、ウイルスが99.9%以上減少していることを確認しました(図2)。(滴下直後のウイルス粒子数を100とした相対値とすると、1時間後に0.025以下まで不活化7したことになります)。また、銀を固定化したガーゼでも、接触後1時間以内に10 FFU未満となり、同様にウイルスの不活化を確認しました。これにより素材によらず抗ウイルス性能を付与できていることが分かりました。

銀固定化グラフト繊維の抗ウイルス性能

銀固定化グラフト繊維の抗ウイルス性能

今後の展開

放射線グラフト重合による銀固定化技術は、ポストコロナにおいても、様々な抗菌、抗ウイルス性材料を製造する手法として活用できると考えています。銀の抗ウイルス性は応用範囲が広く、新たなウイルスの特長がわかれば、銀の導入量を変えたり、他の抗ウイルス機能を組み合わせたりすることで、様々なニーズに合わせてデザインすることができます。

今回開発した銀固定化不織布は、様々な形状への加工が可能であることから、マスクや防護服のほか、家具の化粧シートや壁紙等への利用が期待されます。また、プラスチック素材への固定化も実現できたことから、フェイスシールドやパーティション用アクリル板7へ応用できるようになります。

本研究の担当

  • 銀固定化技術の開発:量子科学技術研究開発機構、ERHテクノリサーチ
  • 銀固定化評価:ERHテクノリサーチ
  • 抗ウイルス性評価:長崎大学
  • 研究の統括:量子科学技術研究開発機構

用語解説

1)放射線グラフト重合

ビニール袋に使われているポリエチレンなどのプラスチック素材に放射線を照射した後、素材の性質を維持した状態で、接ぎ木のように新たな機能を導入し、プラスチックの特性を改良する技術です。

これまでに、ボタン電池用隔膜やセシウム除去用給水器のフィルターとして実用化されています。今回の銀固定化不織布の開発では、放射線の一種である電子線を用いています。

2)抗菌性

長期に亘って細菌(サルモネラ、ブドウ球菌など)を増やさない様にすることを抗菌と言います。細菌やウイルスなどの微生物を死滅・除去させる殺菌や、ある限られた空間や対象物から微生物を除去する除菌とは区別されます。細菌は、マイクロメートルの大きさです。マイクロメートルは、1mmの1000分の1の大きさを表す単位です。

3)抗ウイルス性

ウイルス(ノロ、トリインフルエンザなど)を不活化させること、つまり、ウイルスの外部組織を壊すことで、生物細胞に侵襲、増殖する機能を無くさせ、活動を停止させる状態にすることです。ウイルスは、ナノメートルの大きさです。ナノメートルは、マイクロメートルの更に1000分の1の大きさを表す単位です。

4)微量金属除去捕集材

金属イオンに対して強い結合力をもつ化学構造を持つ吸着材料であり、金属が溶け込んだ水の中にこの捕集材を浸漬すると、金属イオンが結合し、除去することができます。

5)ビニルモノマー

エチレンから水素を1つ引き抜いた−CH=CH2という構造(ビニル基と言う)に、リン酸基のような官能基を結合させた薬品のことを言います。電子線を照射して生成されるラジカルはビニル基と接触すると、高分子鎖が形成されます。

モノマーとは、重合を行う際の単位基質のことであり、これが結合すると、ポリマー(高分子)となります。

6)FFU

FFUとはウイルス数の単位でfocus forming unitの略。ウイルスを培養した細胞に感染させて、増殖するウイルスを定量的に測定する。1 FFUは生きたウイルス粒子、1 個と考えることができます。フォーカス計数法とも言います。

7)不活化

ウイルスが感染性をなくすことを言います。

8)パーティション用アクリル板

各会社の受付やスーパーのレジ等における接客時の互いの飛沫予防を目的とし、感染リスクを軽減するために使用されています。

 

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