大気下でもホールと電子の双方を流す新しい分子性半導体材料の開発に成功

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2022-12-14 東京大学,大阪公立大学

  • 単一成分でホールと電子の双方を流すことのできるアンバイポーラ型の分子性半導体材料を開発した。
  • 従来の電子輸送材料の多くは、酸素や水を厳しく排除する真空状態や不活性ガス雰囲気下で用いられてきたが、大気下で高安定、かつ優れたホール・電子輸送性を示す材料を実現した。
  • 高性能かつ大気安定なアンバイポーラ型半導体材料の設計指針を確立し、有機太陽電池などの次世代型有機エレクトロニクスデバイスへの応用が期待される。
発表概要:

東京大学物性研究所の伊藤雅聡大学院生、藤野智子助教、森初果教授のグループと尾崎泰助教授、および大阪公立大学大学院工学研究科の牧浦理恵准教授と武野カノクワン研究員は、Lei Zhang大学院生(研究当時)、横森創研究員(研究当時、現在:立教大学理学部化学科助教)、産業技術総合研究所電子光基礎技術研究部門の東野寿樹主任研究員の協力のもと、分子量のそろった低分子材料を用いて大気下で安定な、ホールと電子の双方を流すことのできるアンバイポーラ型半導体材料の開発に成功しました。

有機エレクトロニクスデバイスの発展を担う新しい半導体材料として、ホールを輸送するp型半導体と、電子を輸送するn型半導体の両方の性質を兼ね備えたアンバイポーラ型半導体が注目されています。特に大気中での安定な材料の実現が難しく、別々のp型半導体とn型半導体を複合させた材料や一部のポリマー型材料などでこうした特性が見出されてきましたが、複合材料では接触界面における伝導効率の低下や、特性の制御に重要な構造情報がポリマーにおいては入手困難である点が問題となっていました。

低分子型有機半導体材料の主流であるπ共役系分子(注1)では、こうした輸送特性の発現に必要となる電子状態を実現するのは困難でしたが、今回、d電子をもつ金属を中心に据えたd/π共役系骨格を利用することで、水・酸素と反応しにくい化学的に安定な電子構造を実現しました。この骨格に適切な側鎖(注2)を組み合わせることで高秩序性・高次元性・溶液加工性を両立させた新たな分子性半導体材料を実現しました。

本研究成果は優れたアンバイポーラ型半導体材料の実現に向けた分子設計指針を与えるものであり、有機太陽電池や有機ELといった次世代型有機エレクトロニクスデバイスへの電荷輸送材料としての応用、ならびに溶液プロセスを用いた簡便かつ低コストなデバイス製造の実現に対する貢献が期待されます。

本成果は米国化学会誌 Journal of the American Chemical Society において、2022年12月13日にオンライン掲載されました。

発表内容:
①研究の背景

有機物から構成される有機半導体材料は、軽量性や柔軟性、溶液加工性などの無機半導体材料とは異なる特長をもち、フレキシブルデバイスや、低コスト・環境低負荷型の次世代デバイスのための主要な材料として産業利用に対する期待が高まっています。半導体材料には、プラスの電荷をもつキャリア(ホール)を輸送するp型半導体と、マイナスの電荷をもつキャリア(電子)を輸送するn型半導体があります。p型およびn型半導体材料は薄膜の形態にて、有機太陽電池などの有機エレクトロニクスデバイス内に挿入され、電極や絶縁層などと組み合わせた多層構造として用いられています。こうしたデバイスの性能を向上させるためには、層数や接触抵抗を低減させることが重要であり、その鍵を握る次世代半導体材料として「アンバイポーラ型半導体」が注目されています。アンバイポーラ型半導体は、p型とn型のどちらとしても機能する材料であり、これまでにp型半導体とn型半導体を混合した複合材料や、一部のポリマー材料などにおいてこうした特性が見出されています。しかし、複合材料においては界面での伝導効率の低下が依然として問題となっているほか、さまざまな長さの混在するポリマー材料では構造が乱れてしまうため、性能向上のための構造情報、およびそれに基づいた伝導機構の解明が困難でした。そこで長さにばらつきのない低分子材料の開発が注目されていますが、その主流となっているπ共役系分子では、アンバイポーラ型の電荷輸送特性の発現に必要となる電子状態を実現することは極めて困難でした。

②研究内容

本研究グループは、d電子をもつニッケル元素を中心に据えたd/π共役系分子の示す電子構造(注3)が、アンバイポーラ型の電荷輸送特性を発現させるのに理想的であることに着目しました。これらの分子は、高安定で水・酸素と反応しにくいうえ、金属材料としては比較的安価なニッケルを用いて簡便に合成できる点も魅力的です。こうした分子自体の示す電子構造・特性に加えて、優れたキャリア輸送特性を示す半導体材料を実現するには、高秩序かつ高次元性の積層状態を可能にする高い結晶性と、優れた薄膜加工性を実現させる高い溶解性という、一見矛盾する性質を両立させる必要があります。本研究グループは、こうした条件を満たす新材料をd/π共役系骨格と側鎖の組み合わせの中から探索し、両者を両立させるd/π共役系分子群を見いだしました。

また、ここでは予想外なことに、側鎖上の炭素の数のわずかな違いによって、単結晶中での積層構造が劇的に変化することを発見しました。炭素数が1の置換基を導入したものは1次元的な積層様式をとり、炭素数が2もしくは3の置換基を導入したものはデバイスの安定駆動に有利な2次元的な電子構造を持つヘリングボーン(注4)型の積層様式を示しました(図1)。後者の積層様式は、溶液塗布により構成した数十ナノメートルの厚みの薄膜においても再現され、高秩序な結晶性薄膜の実現に成功しました。得られた薄膜を半導体層として挿入した電界効果トランジスタ(注5)デバイスは、アンバイポーラ型の電荷輸送特性を示し、その性能の指標となるキャリア移動度(注6)とオン・オフ比(注7)のどちらにおいても高い水準を示しました。これらの性能は、水や酸素を厳しく排除することのない開放環境において示されたものであり、高安定・溶液塗布可能・高移動度の新しいアンバイポーラ型半導体材料を実現させることができました。

fig1

図1:本研究で開発したd/π共役系分子の構造式と分子積層様式の模式図(左)とその結晶性薄膜を半導体層として使用した電界効果トランジスタの模式図(右)。側鎖上の炭素数を1から2または3に伸長すると、積層様式が1次元からヘリングボーン型へと変化した。得られた2次元的な電子構造は電界効果トランジスタの安定的なキャリア伝導を可能とした。

③社会的意義・今後の予定

今回新たに開発した分子性アンバイポーラ型半導体材料は、安価・簡便に合成でき、水・酸素と反応しにくく、溶液加工が可能で、優れたキャリア移動度とオン・オフ比を示す均整の取れた新しい半導体材料です。原子レベルでの構造情報の入手により、詳細な電子構造、および伝導機構解析が可能となり、ポリマー材料では確立されてこなかった優れた半導体材料のための分子設計指針を明らかにすることができました。今後、d/π共役系分子の特徴である中心金属と配位子との組み合わせに基づく構造自由度の高さの活用や、側鎖上の炭素数による積層様式の変化に基づいたより高次元的な電子構造による高輸送特性の実現による展開が期待されます。こうした分子性材料を用いた精細な材料設計戦略は、電気伝導性材料にとどまらず、磁性材料、光機能性材料などの多様な用途に拡張可能であり、次世代有機エレクトロニクスデバイスの発展への高い貢献が期待されます。

本研究は、JSPS 科学研究費助成事業(課題番号:JP16H04010, JP17K18746, JP18H05225, JP21K18597, JP22H00106, JP21K05018)、JSTさきがけ「物質探索空間の拡大による未来材料の創製」(研究者:藤野智子、課題番号:JPMJPR22Q8)、MEXT科学研究費助成事業新学術領域研究:「水圏機能材料:環境に調和・応答するマテリアル構築学の創成」(研究者:藤野智子、課題番号:JP20H05206・JP22H04523;研究者:牧浦理恵、課題番号:JP19H05715)、「ハイドロジェノミクス」(研究者:森初果、課題番号:JP18H05516)、公益財団法人 内藤記念科学記念財団、池谷科学技術振興財団研究助成、村田学術振興財団、花王芸術・科学財団、JST Spring GX(研究者:伊藤雅聡、課題番号:JPMJSP2108)の支援により実施されました。

発表雑誌:

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:Ambipolar nickel dithiolene complex semiconductors: from one- to two-dimensional electronic structures based upon alkoxy chain lengths
著者:Masatoshi Ito, Tomoko Fujino*, Lei Zhang, So Yokomori, Toshiki Higashino, Rie Makiura, Kanokwan Jumtee Takeno, Taisuke Ozaki, Hatsumi Mori*
DOI番号:10.1021/jacs.2c08015
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1021/jacs.2c08015

用語解説:
(注1)π共役系分子:
一重結合と二重結合が交互に連なった共役二重結合と呼ばれる構造を持つ炭素を中心とした骨格からなる分子を指す。
(注2)側鎖:
共役系骨格の水素原子を置き換える形で導入された部位を指し、これにより有機溶媒への溶解性や分子積層の様式を調節することができる。
(注3)電子構造:
物質中における電子の状態を指す。共役系分子では、分子内を比較的自由に運動できる電子が存在し、分子軌道と呼ばれる電子の空間分布をもつ。この分子軌道が隣り合う分子間で重なることでキャリアが伝導されることから、分子性半導体の伝導特性は、分子軌道のエネルギー準位や分子同士の配置によって大きく左右される。
(注4)ヘリングボーン:
一般には長方形をV字型に縦横に連続して組み合わせた模様を指し、開きにした魚の骨の形状に似ることからニシン(= herring)の骨(= bone)という意味を持つ。ここでは図1に示すような、隣接分子がV字型に縦横に連続して積層した分子積層様式を指し、このような分子積層様式を示す低分子型有機半導体材料はこれまでにも数多く報告されている。
(注5)電界効果トランジスタ:
ソース、ドレイン、ゲートの3つの電極と半導体層、絶縁層から構成され、ゲート電圧によってドレイン電流を制御するトランジスタである。スイッチング素子として論理回路等の中核を担うという産業的な重要性と同時に、有機半導体材料の移動度の測定によく用いられるという学術的な重要性も有する。
(注6)キャリア移動度:
単位電界下におけるキャリアのドリフト運動の速さを指す。キャリア移動度はデバイスの応答速度を決定する因子であり、移動度が高いほどデバイスへの応用の幅が広がるため、半導体材料の性能において最も重要視される指標の1つである。
(注7)オン・オフ比:
電界効果トランジスタのチャネルを流れる最大の電流値(スイッチオンの状態に相当)と最小の電流値(スイッチオフの状態に相当)の比を指す。これが大きいほどスイッチングデバイスとして優れている。
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